はじめに
近年新生児,未熟児医療の発達に伴って,心血管系の治療薬としてカテコラミン,ことにドパミン(DA)が汎用されるようになってきている。DAは脳組織内に存在するカテコラミンのなかでは,その含有量が50%以上と最も多く,心血管系,代謝系のみならず,脳内ではニューロトランスミッターとしても重要な役割を担っている1)。脳内でDAがニューロトランスミッターとして働く条件としては,脳外部,ことに血中カテコラミン濃度の影響を極力受けない環境が必要であり,ヒト成人ではDAは血液脳関門を通過しないことはよく知られた事実である2~4)。
一方,血液脳関門は出生時においては,十分には完成されていないとされていること5, 6),DA投与中の早産児では無呼吸発作が少ないとの報告7, 8),DAを投与された新生児において,コントロール群に比較して髄液中DA濃度が有意に高値であったとの報告7),髄液中HVA濃度のみが有意に高値であったとの報告9)がある。これらの報告は新生児期においては,血液中のDAが血液脳関門を通過し,中枢神経系へ種々の影響を与えている可能性があることを示唆している。これに反し,ノルエピネフリンに対する血液脳関門は出生時にほほ完成しているとの報告もある10)。
このようにカテコラミンに対する血液脳関門の完成時期に関してはいまだ議論の余地がある。幼若動物においてカテコラミンの血液脳関門通過性に関する検討は少なく,われわれの知る限りにおいては,幼若動物を使用した新生児期におけるDAの血液脳関門通過性に関する検討を行った報告はみられていない。今日ではカテコラミンは脳内ではニューロトランスミッターとしての役割のみならず,中枢神経系の発育と機能の制御にも関与していると考えられるようになってきており11),もし新生児期においてDAが血液脳関門を容易に通過することが事実とすれば,新生児にDAを投与することは心血管系,代謝系のみならず,中枢神経系に対しても何らかの影響を及ばしている可能性があり,幼若動物におけるDAの血液脳関門通過性の有無を検討することは重要な意義があるものと思われる。
そこで今回幼若ラットにDAを腹腔内投与し,直接髄液中のDAとその主要な代謝産物の濃度を測定することによって,DAの血液脳関門通過性の有無を検討した12)。また,新生児にDAが投与される症例は仮死児,呼吸障害児であることが多く,これらの児は出生前後の期間などにおいてhypoxiaの状態に,出生後の蘇生時などにおける酸素投与により逆にhyperoxiaの状態となることが多い。低酸素虚血負荷により血液脳関門が破壊されることも知られており13),幼若ラットにおいて低酸素負荷,低酸素負荷後における高濃度の酸素投与が,DAの血液脳関門通過性へ及ぼす影響についても検討を加えた。
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