癩研究の進展にとり,癩菌の培養と共に,その動物移植の達成が強く要望されたことは当然であり,漸く1960年にShepardのマウスfoot pad法に解決の手がかりが得られ,さらにReesらにより胸腺剔出, X線照射など免疫能発現抑制処置動物において著明な増菌と病変が報告された。
一方,近年先天性胸腺欠損ヌードマウスが免疫異常動物として,細胞免疫を担うべき胸腺細胞が誘導されず,従って感染抵抗性の減弱,自己免疫現象の促進,異種組織の移植に対する拒絶反応の消失など,細胞免疫不全が知られている。ために通常の飼育では諸種の感染症により早期に死亡するが,これを無菌若しくはSPF条件下で飼育すると長期生存が可能であるとされている。
そこで,このヌードマウスに癩菌を接種し,ビニールアイソレーター内でSPF飼育,観察することを計画し,1974年7月11日に実験を開始した。マウスは5週齢ヌードマウス(BALB,/c-nc/nu)を実中研より購入し,8匹を実験に供した。また対照としてKKマウスを加えた。
癩菌浮遊液は再燃患者結節より調製,1.0×104/0.03mlを右側後趾足蹠内に注射し,アイソレーター内で飼育した。飼料,飲料水などアイソレーター内に搬入するものはすべてオートクレーブで滅菌済みのものである。一方KKマウスは同様に注射し,普通飼育を行った。飼育室温度は20℃~25℃である。
成績:ヌードマウス8匹のうち,早期に死亡した2匹を除き,6匹が実験の対象になった。接種8ヵ月後の剖検において,2匹の足蹠部からそれぞれ3.5×105,4.6×105の菌数が算えられ,とくに前者では右ソケイリンパ節の塗抹標本に200個近い抗酸菌が検出された。さらに13ヵ月後死亡した1例では,2.6×106以上の菌が算えられたほか,組織片に混在して無数の菌塊が認められた。同時に左右のソケイリンパ節および肝臓の塗抹にも抗酸菌が見出され,足蹠内における経時的な増菌と全身性感染の可能性が示唆された。17ヵ月に至り,生存した3匹の菌接種足蹠に肉眼的腫脹が認められ,このうち2匹は尾根部に潰瘍を,2匹には眼瞼の腫脹が同時に見られた。3匹をそれぞれ17ヵ月,19ヵ月および22ヵ月目に剖検したが,3例はともにほぼ同程度の病状を呈し,肉眼的病変部よりの塗抹標本には無数の抗酸菌が見出きれた。病理組織学的検査において,足蹠の腫脹部は抗酸菌を充満せる癩細胞と空泡細胞からなる癩腫様病巣の所見を呈し,加えて眼瞼,耳介および尾など低体温部への転移病巣がみられたほか,リンパ節,内臓にも抗酸菌が見出された。とくに足蹠病変部の末梢神経はもとより,大腿部経骨神経および腓骨神経への菌の侵入と増殖が顕著であった。血管壁の肥厚と血管腔内の菌の存在も観察された。
ヌードマウスの全身性に生じた病巣部の抗酸菌が,はたして接種された癩菌の増殖によったものか否かを調べるために,病巣部より分離した増殖菌について同定試験を行い,以下の成績を得た。1) 小川培地で集落の形成なし,2) 普通マウスに増菌像が認められない,3) ピリジン処理により,抗酸性が失われた,4) D-dopa oxi-dase活性陽性,5) レプロミン反応はL型に陰性,T型に陽性。以上の結果から,増殖菌は癩菌の性状をもつことが確かめられ,このことはヌードマウスの足蹠内に接種された癩菌が,その局所で増殖し,接種局所のみならず全身性に癩腫癩病巣を生ぜしめたことを示した。
今回の研究は,ヌードマウスが胸腺剔出およびX線照射動物あるいはアルマジロによる実験癩以外の新しい実験動物癩のモデルの確立を示めしたものであり,ヌードマウスの利用は,今後の癩の化学療法および免疫学を一層発展せしめるものと期待される。
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