らいに関する薬物療法の歴史を通覧するに,経験的方法論より次第に理論的アプローチを通じて,より科学的方法論をもって,その道の変遷をたどっている。かかる努力が近代的つ輝かしい標準的な薬物治療の発見を促し,らい治療の分野に相当の見るべき治療効果をあげつつある。しかし一面,薬物の副作用,最適量,薬剤耐性の臨床的意義,重度難治らいの諸問題などは,いまだ充分に解決されたとは言いがたい。これらの諸問題を解決するため,薬物のよりよい併用療法の研究はもちろんであるが,さらに強力な新薬の発見に不断の努力がなされている。
1957年日本の浅野らにより新しく合成され堤らによりらい化学療法に導入されたMHQは該新物質の化学的性状,生物学的毒性試験,抗菌スペクトルらにおいて,優れた特性を有し,ことに抗酸菌中,結核菌に対しては,低濃度において完全にその発育を阻止すると報告されている。それだけに,これを軟膏として外用使用することにより,らいが皮膚に好発するだけその効果が速効直達的であるであろうことが想像される。
著者は,日本におけるらい臨床医の数種の治療効果の報告を綜合して,相当の効果を期待できうると思われ,かつこれらの報告に勇気づけられたので,著者が日本国厚生省より,コロンボ計画に基づき,医療協力のためカンボジア国に1力年半にわたり派遺されたのを機会にして,同国唯一の国立らい療養所において,MHQ軟膏の単独療法を6ヵ月間試みた。
臨床実験に選ばれた患者は10名で1名はT型(case 1)で,他はすべてL型患者であり,全例この疾病に関して長い病歴を有し,過去において,ズルホン剤を投与されていた者ばかりであったが,1例(case 10)を除き,実験終了後,特に認むべき副作用もなく,好成績をあげ得ることが出来た。
飜って,Etisulは,いむべき悪臭があり,これを日本のらい患者に使用した場合,70~80%の皮膚炎を惹起する難点があったが,MHQにいたっては,かかる好ましからざる臭気もなく,ほとんど全例においてかかる副作用はなく,患者らは常夏の国で裸体に近く,外用薬とし,衣服を汚染することも少なく,患者達はMHQは,優れた薬剤だといっていた。
本実験においては,例症が少なく,これが長期間,治らい剤としての資格を獲得するには,さらに例症を積みかさねる必要があるものの,らい治療外用薬として,らい治療界に新しいしかも従来よりも病巣に対し,直達的にも効果をおよぼすという形の変った薬剤を追加したことは注目に値する。
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