本研究においては,精神分析学者である,Winnicott, D.W. の非行理論を紹介し,彼の対象関係論に基づいて,非行少年の両親像と心理状態との関連を実証的に検討することを試みた.Winnicottは非行を発達早期の発達促進的環境(愛情)の剝脱との関連から論じ,非行は少年の希望の表現であると述べている.さらに,青年期においては,青年は愛情剝脱と類時した体験をし,抑うつ的で無気力なドルドラム(Doldrums)におかれるが,子ども時代のように両親に同一化することもできず,こうした状態からの逃避の試みとして非行が利用されるとされている.
方法としては,少年鑑別所入所中の非行少年115人(男子84人,女子31人)と,健常の中学生・高校生479人を対象に,両親像と抑うつ状態(CDI),特性不安,孤独感,絶望感を質問紙によって調査した.その結果,非行少年,特に女子は,健常の青年に比べ抑うつ傾向や不安が高く,深刻なドルドラム状態を経験していることが示唆された.また彼らの両親像は侵入的操作的で,愛情供給に乏しいものであった.さらに,非行少年の両親像と心理状態の関連の仕方には性差があり,ともに同性の親像が自我発達を促進する機能を果たしていないことが明らかになった.
マレー版TATの8BM図を前にして,生体解剖,バラバラ殺人,麻酔なしの外科手術などといった冷情的攻撃空想を物語った非行少年の諸特徴を考察した.少年鑑別所に収容された21事例を対象として調査した結果,以下の知見が得られた.
これら事例のうち,17例は男子,4例は女子であり,年齢は14歳から19歳にまで分布していた.男子では18歳又は19歳の者が9例(53パーセント),女子では16歳又は17歳の者が3例(75パーセント)であった.本件非行について,男子では,殺人,殺人未遂,傷害致死を含む暴力犯罪を犯した者が7例,性犯罪が4例,放火が2例であった.一方,女子の4例は,傷害,恐喝,又は器物損壊を犯した者たちであった.精神薄弱と判定される事例は1例もなく,多くの事例の場合,知能指数は正常範囲内であった.精神科診断によれば,3例は精神分裂病の疑い,1例は境界性人格障害の疑いと診断された.
ほとんどの事例が,両親の離婚,両親との離別,虐待,葛藤,あるいはその他の心的外傷体験にさらされるなど,極めて過酷な生育環境で育ったことがうかがわれた.幼児期において愛情や安定した養育環境を欠いていたことが,人間的な情性や共感性に乏しい人格を形成するとともに,両親及び外界に対する強い敵意や復讐の感情を欝積させたことが推察された.そうした偏りの大きい人格が冷情的攻撃空想に反映していることが考えられた.