サイコパス臨床群には感情情報処理に問題があり,中性情報よりも感情情報が記憶されやすい感情バイアスが生じないことが報告されている。本研究では,このサイコパス臨床群と同様の記憶における感情バイアスの低下が,サイコパシー傾向の高い健常者でも生じるという仮説を検討した。一次性・二次性サイコパシー尺度に回答した45名の大学生を対象に,記憶における感情語の影響を測定する感情記憶課題を行った。その結果,先行研究と一致して,高サイコパシー群は低サイコパシー群より感情バイアスが低下していた。さらに,高サイコパシー群に見られた感情バイアスの低下は,ポジティブ感情に顕著に見られた。これらの結果より,サイコパシー特性を持つ健常者でも臨床群と同様に感情情報処理に問題があることが示されただけでなく,サイコパシー特性はポジティブ感情を伴う記憶に影響する可能性があることが示唆された。
本研究では,受刑者におけるネガティブ気分制御のあり方を検討することを目的とした。刑事施設に入所中の成人受刑者796名(男性375名,女性421名)に対して,社会的望ましさ,ネガティブ感情 (NA),ネガティブ気分制御方略への期待感 (NMR) について尋ねる質問紙調査を実施した。社会的望ましさによる回答の偏りをスクリーニングしたうえで,NMR尺度に因子分析を施し,“気分の安定性”“気分改善への行動的方略”“効力感”“気分安定への認知的方略”の4因子を抽出した。性別ごと,罪種ごとのNMRおよびNAの特徴を検討するため,平均値の差の検定を行ったところ,女性は男性に比べてNAの得点が高く,気分の安定性,行動的方略の得点が低いことが示された。NAおよびNMRの得点には,罪種間の差は認められなかった。対象者全体,および男女別,罪種別にNMRとNAとの関連を検討するため,重回帰分析を行ったところ,対象者全体,男性,および女性において,気分の安定性がNAに負の影響を与えていることが示された。罪種別の分析においては,罪種間でNMRからNAへのパスに違いが見られ,重大事犯・粗暴犯においては,気分の安定性が負の影響を,認知的方略が正の影響を与えており,知能犯においては,気分の安定性,効力感が負の影響を与えていた。これらの結果から,性別,罪種によるNAおよびNMRの差異を論じた。