日本食品工学会誌
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21 巻, 3 号
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解説
  • 佐藤 謙一郎, 塩谷 茂信, 柳内 延也
    2020 年 21 巻 3 号 p. 89-94
    発行日: 2020/09/15
    公開日: 2020/09/29
    ジャーナル フリー

    筆者らは,疲労回復や記憶力改善効果が期待されるイミダゾールジペプチドの動物エキスからの分離精製法を開発した.本法により得られた高純度イミダゾールジペプチドは,ほぼ無味・無臭であり,ナトリウムやクレアチニンなどの不純物がなくなったために,腎機能が低下している高齢者でも安心して摂取できる機能性食品素材である.筆者らは高純度イミダゾールジペプチドを使用した臨床試験を実施し,中高年の男性成人に対し,高純度イミダゾールジペプチド400 mg,アスコルビン酸300 mg,およびフェルラ酸20 mgを含む抗酸化剤3種配合のドリンクを8週間摂取させると,血中リンパ球DNAの酸化障害を改善した.さらに軽度認知障害の高齢者へイミダゾールジペプチドを1 g/日を12週間摂取させると,臨床的認知尺度,ミニメンタルステート検査のスコアが改善を示した.これらの結果から,高純度イミダゾールジペプチドは生活習慣病を予防する食品素材の1つであることが示唆された.

  • 今村 維克
    2020 年 21 巻 3 号 p. 95-111
    発行日: 2020/09/15
    公開日: 2020/09/29
    ジャーナル フリー

    食品などに使用される生体分子の中には,その不安定性のため劣化の問題が付きまとうものが少なからず存在するが,それら不安定物質を糖からなるアモルファスマトリクスに包括することで乾燥時および保存時の物理化学的変化から保護することができる.筆者の一連の研究において,まず,種々の糖について凍結乾燥・保存時におけるタンパク質安定化作用およびそれらのアモルファスマトリクスの物理化学的特性を評価・比較した.糖類アモルファスマトリクスによるタンパク質安定化機構については,これまでに3つの仮説がそれぞれ提唱・検証されてきたが,筆者らは得られた実験結果に基づき,それらの仮説を矛盾なく組み合わせた安定化モデルを構築した.次に,凍結乾燥時におけるタンパク質安定化作用をさらに高度化するため,様々な物質の共存下で酵素水溶液の凍結乾燥を行い,凍結乾燥後における残存酵素活性を比較した.その結果,二糖と多糖の複合系,糖エステルなどのある種の界面活性剤,そしてタンパク質自身も高度なタンパク質安定化効果を有することを明らかにした.さらに,糖類アモルファスマトリクスによる包括安定化技術をO/Wエマルション中の油滴粒子およびナノ固体粒子の分散・包括に応用した.油滴微粒子,ナノ固体粒子とも糖類アモルファス内に均一かつ安定に包括することができ,凍結乾燥操作に伴う凝集および容器壁への脱落を最低限にできることを明らかにした.また,(アモルファス化により)糖が有機溶媒に飽和溶解度を大きく超えて溶解する現象を利用し,糖類アモルファスマトリクスに疎水性香気物質を分散包括することに成功した.

原著論文
  • 都 甲洙, 佐瀬 勘紀, 小林 りか, 佐藤 眞直, 裵 英煥, 前田 竜郎, 上野 茂昭, 荒木 徹也
    2020 年 21 巻 3 号 p. 113-121
    発行日: 2020/09/15
    公開日: 2020/09/29
    ジャーナル フリー

    アイスクリームの内部構造は,主に気泡,氷結晶,乳製品で構成され,これらは,アイクリームの最終品質に大きな影響与える.アイスクリームの内部構造計測は,光学顕微鏡,電子顕微鏡,X線CTなどがあるが,これらの計測には,凍結置換法,凍結固定法,凍結乾燥法などによる試料の前処理が必要で,とくに,電子顕微鏡,X線CT計測には,前処理として試料の凍結乾燥が行われる.このため,アイスクリーム内の氷結晶が昇華し,空隙として残り,元来の気泡との区別が困難である.

    本研究の目的は,極低温ミクロトームスペクトルイメージングシステム(Cryogenic Microtome Spectral Imaging System, CMtSIS)とX線CTを用い,アイスクリームの内部構造を計測することにある.具体的には,1)アイスクリームの6種類オーバーラン(Overrun: OR)をコントロール可能なフリーザーを用い,4種類(Very Low, Low, Medium, High)のアイスクリームを製造し,重量を基準にしたオーバーラン(OR)を測定した.2)CMtSISにより自動位置きめにより得られた結合画像から気泡の表面積を求め,CMtSISの切削厚を掛け体積を求めた.この気泡の体積を基準にした3種類(Very Low, Medium, High)のオーバーラン(ORVc)を算出した.3)CMtSISにより得られた連続2次元断面画像を用い,気泡,氷結晶,乳製品の3次元像を構築し,気泡と氷結晶の体積を算出し,さらに,気泡の3次元像の体積を基準にしたVery Lowのオーバーラン(ORVc-3D)を算出した.4)X線CTにより得られた画像から気泡の表面積を求め,X線CTの3次元画像構築に伴う画素の厚さを掛け気泡の体積を求めた.この気泡の体積を基準にした2種類(Low, High)のオーバーラン(ORVx)を算出した.

    CMtSISは,試料を切削するミクロトーム部,自動XYステージ,分光観察部で構成される.ミクロトーム部の熱交換器は液体窒素を冷媒とし,室温から-100℃まで,切削刃は,熱交換器を通った液体窒素により-50℃で制御される.X線CTは,大型放射光施設SPring-8のビームライン(BL14B2)で,X線エネルギーは12.4 keVである.試料周辺は,液体窒素を吹き付け,約-30℃で制御される.結果は以下である.1)アイスクリームの重量を基準にしたORの平均値は,Very Lowが11.5%, Lowが22.7%, Mediumが44.3%, Highが73.8%であった.2)CMtSISの自動位置きめにより得られた36枚の結合画像から,気泡,氷結晶,乳製品を識別した.また,結合画像の実寸法は,1164×924μm2で,気泡のミクロ(相当円直径:0.9μm2)からマクロ面積(相当円直径:48362.0μm2)までの計測が可能になった.3)CMtSISによるORVcの平均値は,Very Lowが10.5%, Mediumが42.8%, Highが77.7%で,この際,ORはそれぞれ11.5%, 44.3% , 73.8%であった.4)CMtSISによるORVc-3Dの平均値は,14.8%で,この際,ORは12.7%であった.5)X線CTによるORVxの平均値は,Lowが21.7%,Highが71.3%で,この際,ORはそれぞれ22.7%,73.8%であった.本研究の手法は,従来のような凍結乾燥,凍結置換,材料構成成分の染色などの試料の前処理が不要となり,かつ,アイスクリームの内部構造を直接に計測できる大きな特色がある.

  • 堀江 祐範, Supatjaree RUENGSOMWONG, Bhusita WANNISSORN
    2020 年 21 巻 3 号 p. 125-137
    発行日: 2020/09/15
    公開日: 2020/09/29
    ジャーナル フリー

    後発酵茶は,茶葉を微生物(乳酸菌や真菌)により発酵させた茶で,日本やタイなどで伝統的に製造されている.このうち,日本では,四国山地および富山県において伝統的に製造されている.一方の生産地であるタイでは,後発酵茶はミャンとよぶ.ミャンはタイ北部で生産され,消費地も大部分は北部である.筆者は,2019年12月に,タイ王国北部のナーン県,ランパーン県およびチェンマイ県において,ミャン製造の現場を見る機会を得た(Fig. 2).

    ミャンは発酵期間によって2種類に区別される.発酵期間が数週間のものは,Miang-Faat(Astringent Miang)とよぶ.これに対して,数ヶ月の乳酸発酵を行うものは,Ming-Som(Sour Miang)とよぶ.また,製造方法の面からは,乳酸発酵のみで製造するタイプと,乳酸発酵の前に真菌による発酵を行うタイプがある.

    ミャンは製造工程には乳酸発酵を含み,茶葉を乳酸発酵させることで製造する.この乳酸発酵には,Lactobacillus属乳酸菌が関与している.ミャンはタイ北部の広い地域で製造されており,各地域のミャンは基本的な発酵様式は類似するものの,相違点も多い.

    日本の後発酵茶が発酵後の茶葉を天日乾燥し,熱湯で淹れた「茶」を飲用するのに対し,ミャンは発酵後の茶葉をそのまま食する.日本の発酵茶では,原料となるチャは中国変種(Camellia sinensis var. sinensis)を用いる.これに対して,ミャンの原料として用いられるチャは,アッサム変種(Camellia sinensis var. assamica)である.初夏に硬化した葉を用いる日本の後発酵茶とは対照的に,ミャンには柔らかい若葉のみを用いる.また,日本の後発酵茶の製造時期は製造に適した茶葉を収穫することができる7月~8月に限られるが,ミャンの製造は年間を通して行われる.

    チャの若葉を素手あるいは指につけたフィンガーナイフを用いて刈り取る.このとき,茶葉をどのようにとるかは,生産者により異なる.筆者が見た中では,茶葉の3分の2程度をちぎるものが多かった.一方で,全葉をとって使用する生産者もおり,長年続けられてきた生産者ごとの習慣に基づく.ミャンの製造工程の概要をFig. 3に示す.刈り取られた葉は,竹のバンドである程度の大きさの束にまとめるか,網でできた袋に入れて,水を入れた鍋が設置されたかまどで蒸される.木で出来た桶に茶葉を詰めて蒸されるが,この樽は底に穴が空いており,竹を網状に編んで葉が抜け落ちないようにしてある.蒸す行程は茶葉を柔らかくし,酵素を失活させる.蒸し時間は,約1~2時間程度である.蒸した後の茶葉を冷ましたのち,新たに竹のバンドで茶葉をまとめ,隙間なく樽や竹かご,バケツに詰めてゆく.このとき,樽やかごの中にはプラスチックバックを入れておき,この中に茶葉の束を詰め,空気を抜いた後,口を堅く閉めることで,乳酸菌の生育に適した嫌気条件を作る.そのまま,樽を数週間から数ヶ月室温で置き,乳酸発酵させると完成である.

    ナーン県のミャンは葉を蒸したのち,乳酸発酵の前に真菌による発酵を行う2段階発酵によってつくられる.ナーン県では,乳酸発酵に際し,塩を添加した水に浸漬する.

    ランパーン県では,乳酸発酵の際に,茶葉を水に浸漬するが,塩は添加しない.

    チェンマイ県では,乳酸発酵に際しては,水を添加せずに発酵を行う.

    チェンマイ県のミャン工場では,よく管理された乳酸発酵によるミャンの製造が行われている.茶葉を蒸すための水は,フィルターと活性炭処理により浄化された脱イオン水を使用する.蒸す工程はボイラーを用い,茶葉を詰めた樽にホースで蒸気を送る.茶葉は冷却した後,ビニール袋を入れた樽で乳酸発酵される.発酵期間は2~3カ月から長いもので1年に及ぶ.発酵時に水は加えない.発酵後のミャンは,マスクと手袋を着用した職員により重さが量られ,竹のバンドで縛られる.別のパッキング工場で窒素ガスを封入し,パッキングされて製品となる.

    ミャンの製造方法の地域差は,発酵に関与する乳酸菌の選抜に影響し,風味の違いに直結すると考えられる.

  • 安達 修二, 宮川 弥生
    2020 年 21 巻 3 号 p. 141-145
    発行日: 2020/09/15
    公開日: 2020/09/29
    ジャーナル フリー

    食用色素(着色料)は,食品の見栄えや保存性に影響する添加物である.ベニバナの花弁から抽出される色素は天然色素の1つであり,黄色と赤色の色素を含む.黄色の色素(ベニバナ黄)の主体は水溶性のsafflomin AとBであり,赤色色素(ベニバナ赤)のそれは水にもエタノールにも溶けにくいcarthaminである[1-3].ベニバナ赤は食品,化粧品などで使用される[1]とともに,医薬品としての利用も期待されている[4].

    ベニバナ黄とベニバナ赤はともに熱により分解しやすい[1].ベニバナ黄の熱分解は,酸性条件では1次反応速度式に従うが,中性やアルカリ性条件ではそうではない[5].水系でのベニバナ赤の安定性に及ぼす因子については詳細な研究がなされており,高温では橙黄色または黄色の化合物に分解する[6].ベニバナ赤は熱とともに,光に対しても不安定であるが[7],pHが高いと比較的安定である[8].

    ベニバナ赤は水にもエタノールにも溶けにくいが,水とエタノールの混合液(含水エタノール)には比較的よく溶ける(Fig. 1).とくに,エタノール濃度が50~80%(v/v)ではよく溶ける.このように,ベニバナ赤の溶解度はエタノール濃度に大きく依存するが,退色動力学に及ぼすエタノール濃度の影響については報告がない.そこで,ベニバナ赤の退色過程に対する活性化エネルギーと頻度因子に及ぼすエタノール濃度の影響について検討した.

    ベニバナ赤溶液を入れた試験管を,所定の温度に設定したヒートブロックに入れても,反応液はすぐにはその温度にならない(Fig. 2).しかし,ベニバナ赤の退色は比較的速い反応であるため,反応液の温度が上昇する間にも,退色反応が進行し,速度解析を難しくする.一方,反応液の温度が所定の値に達したのちは,ベニバナ赤の最大吸収波長である520 nmにおける吸光度は片対数紙上で時間に対して直線的に低下する(Fig. 2).したがって,ベニバナ赤の退色過程は1次反応速度式に従うと仮定した.また,昇温過程でも退色が進行することを逆に利用し,反応液の温度を時間に対して直線的に上昇させる定速昇温法により,退色反応に対する活性化エネルギーと頻度因子を一度の実験で決定することを考えた[10,11].

    まず,80%(v/v)に溶解したベニバナ赤の退色過程を異なる昇温速度で観察し(Fig. 3),1 次反応を仮定した定速昇温法が適用できることを検証した(Fig. 4).

    つぎに,種々のエタノール濃度におけるベニバナ赤の退色過程を測定し,活性化エネルギーおよび頻度因子を算出した.ややバラツキはあるものの,ベニバナ赤の退色過程に対する活性化エネルギーと頻度因子はエタノール濃度には依存しなかった(Fig.5).

    ベニバナ赤の退色過程では520 nm付近の吸光度(赤色)が減少するとともに,390 nm付近の吸光度(黄色)が増加する(Fig. 2).そこで,種々のエタノール濃度での退色過程に対し,520 nmにおける吸光度の減少ΔA520と390 nmにおける吸光度の増加ΔA390をプロットすると,エタノール濃度に依存せず,1本の直線となった(Fig. 6).

    これらの結果より,ベニバナ赤の溶解度はエタノール濃度に大きく依存するものの,その退色機構はエタノール濃度には依存しないことが強く示唆された.

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