食品およびその素材に含まれる成分(分子)は相互作用し,その存在状態が均一であることは少なく,物理的または化学的に多様な状態で存在する.したがって,構成成分の存在状態に不均一性があるので,各構成成分の経時的な化学的または物理的変化がある式で表現できたとしても,全体の変化は,その式では表現できないことが多い.そのような場合,従属変数の経時変化をWeibull式[1](Avrami式[2])のような2つまたはそれ以上のパラメータを含む式で表現すると,実用的には便利である.しかし,得られたパラメータから生起している現象を深く考察することは難しい.
遊離酵素の熱失活過程は一次反応速度式(式(1))で表現され,残存活性と時間の関係は図2の破線で示されるように,片対数プロットが直線になる.しかし,水不溶性担体に共有結合で固定化された酵素の熱失活過程は,図2の実線で示されるように,片対数プロットが直線とならず,曲線となる.ここで紹介したモデルはこの現象を説明するために考案されたものである[4].酵素はタンパク質であり表面に多くの官能基がある.これらの官能基がさまざまな結合様式で水不溶性担体と共有結合している(図1).すなわち,固定化された酵素の状態は多様で,個々の酵素分子は式(1)に従って失活するが,失活速度定数kが異なる,すなわち,kに分布があると考えた.kの分布にはいろいろな形が考えられるが,一つの試みとして,Eyringの絶対反応速度論[3]を参考に,kと熱失活に対する活性化自由エネルギー∆G≠がガウス分布すると仮定する.このように考えると,固定化酵素の活性の残存率は式(5)で表され,図2に実線の曲線で示すように実測値をよく表現できた.式(5)は,数学的には速度定数が対数正規分布に従うと仮定したことと同じであるが,提案したモデルでは,活性化自由エネルギーの平均値とその分散を知ることができ,固定化された酵素の状態の多様性をより深く理解できる.
分子の存在状態が多様で,化学的または物理的な変化に対する感受性に不均一性があると思われるいくつかの系にこのモデルを適用した.
リグニンは複雑な化学構造をもち,アルカリニトロベンゼン酸化の受けやすさにも多様性があると考えられる.そこで,上述のモデルを適用すると,主要なアルデヒド類の生成挙動をよく表現できた(図3)[5].なお,ここではアルデヒドの生成に着目しているので,式(5)に相当する式が式(9)となる.
また,非共有結合による成分間の相互作用に多様性がある例として,粉末化脂質の自動酸化[6,7],マイクロカプセルからのフレーバーのリリース[8,9]およびステンレス表面に吸着したタンパク質の脱着過程[10]を取り上げた.
脂質の自動酸化過程は,式(10)の自触媒型の速度式で表現できるので,式(5)の個々の分子種の残存率を表す項には,式(10)の積分形である式(11)を代入し,全体の未酸化率の経時変化は式(12)で表される.初期に急激に酸化が進行し,その後一定値に漸近するという実測値の傾向をよく表現した(図4).また,酵母の脂質二重膜に保持されたフレーバー[8]やシクロデキストリンに包接されたフレーバーのリリース挙動(図5)[9]も,式(5)によりよく表現できた.さらに,タンパク質(β-ラクトグロブリン)はステンレス表面に多様な様式で付着しており,そのアルカリおよび酵素による洗浄過程も式(5)でよく表現できた(図6)[10].
本稿は,日本食品工学会2022年度年次大会で開催された松野・宮脇メモリアルシンポジウムで紹介した内容の一部を詳述したものである.松野隆一先生は,2022年4月に急逝され,神のもとに召された.本稿は,適用例を増したうえで公表しましょうと,以前から先生と構想をご相談していたものである.適用例を増やすことはできなかったが,メモリアルシンポジウムを区切りに,これまでに構想していた内容をまとめた.本稿を故松野隆一先生に捧げます.
白甘藷の22 kDa成分に血糖上昇抑制効果があるが,同定には至っていない.今回,陰イオン樹脂を用いて,この成分の単離を試みた.弱陰イオン交換樹脂(TOYOPEARL DEAE-650M)による精製では活性画分が分離されたが単離には至らなかった.強陰イオン交換樹脂(TOYOPEARL SuperQ-650M)による精製では22 kDa付近の成分が単離されたが活性成分ではなかった.そこで強弱陰イオン交換樹脂を組み合わせることにより活性成分である22 kDaスポラミンタンパクが単離された.これらの結果から,イオン交換樹脂の吸着力の差を利用して分離が可能となり,血糖上昇抑制成分は類似した多型性を有するスポラミンの中の一成分であることが明らかとなった.