ビタミンCとして知られる
l-アスコルビン酸は,強い還元能をもつため広く利用されている水溶性抗酸化剤である.有機溶媒中でリパーゼの触媒作用を利用したアスコルビン酸と脂肪酸との縮合反応により,6-
O-アシルアスコルビン酸が合成されている.アシルアスコルビン酸は親水性基と親油性基を有する両親媒性の抗酸化剤であり,抗腫瘍活性などを有するため有益な食品添加物であるといえよう.著者らも,固定化リパーゼを用いた回分および連続反応にて各種アシルアスコルビン酸を合成し,それらの界面活性剤特性や脂質に対する抗酸化能を評価するとともに,脂質粉末化技術への適用を検討した.しかしながら,アシルアスコルビン酸の効果的な利用にはその水溶液中での挙動についての知見が必要であるにも関わらず,水溶液中での抗酸化特性に関する検討はなされていない.一方,生理的に有用な物質であるカテキンを含むほとんどの茶飲料は,寒冷期間中はベンダー内で加熱保存され,そのうえ好熱性嫌気性菌の胞子を死滅させるために高温での熱処理が必要であるため,水溶液中での茶カテキンの安定性向上は重要な課題といえる.本研究では,水溶液中での(+)-カテキンの分解過程を様々なpHおよび温度下で測定した.そして,その分解過程をWeibull式で表現し動力学パラメータを決定した.固定化リパーゼを用いてアセトン中でアスコルビン酸とオクタン酸を縮合させ,アシルアスコルビン酸の中では比較的親水的なオクタノイルアスコルビン酸を合成した.そして,アスコルビン酸またはオクタノイルアスコルビン酸を添加した場合の水溶液中でのカテキンの分解動力学について検討した.
オクタノイルアスコルビン酸の合成には,
Candida antarctica由来の固定化リパーゼを用い,2-ブタノンおよび水による二相分配抽出にて精製した.所定量のカテキン,アシルアスコルビン酸およびリン酸緩衝液(pH5.0~7.5)を茶褐色バイアル瓶に入れ,所定温度(37~70℃)の恒温水槽に浸し振盪させた.ODSカラム(4.6 mmϕ×250 mm)およびUV検出器(280 nm)を用いたHPLCにてカテキン残存量を測定した.
カテキン分解について動力学解析を行った結果,カテキン初濃度が高いほどWeibull式の適合性が低かったが,分解速度定数
kおよび形状定数
nがいずれも小さかった.いずれの初濃度でも
n値が1未満であったため,初期段階で分解が進み,徐々に分解速度が低くなることが示された.これらの結果は,カテキン初濃度が高いほど,カテキンの残存分率の低下が遅いことを示している.また,pHおよび温度が低いほど
k値が低く,低温・低pHでのカテキンの高い安定性が示された.一方,
n値には顕著なpHおよび温度依存性が認められなかった.速度定数の温度依存性がArrhenius式に基づいて解析され,見かけの活性化エネルギーおよび頻度因子を決定した結果,カテキン分解過程におけるエンタルピ-エントロピ補償の成立が示されたため,異なるpH下での分解が本質的に同じメカニズムで進行したことが示唆された(
Tβ=46.4℃).カテキン水溶液へのアスコルビン酸添加によりその安定性が向上し,アスコルビン酸濃度が低いほど
k値が低くなる傾向が認められた.他方,オクタノイルアスコルビン酸を添加した場合では,その濃度が0.01 mmol/L以下であればカテキン分解が抑制され,0.1 mmol/L以上であれば分解速度が高くなった.オクタノイルアスコルビン酸の25℃水溶液中での臨界ミセル濃度が1.24 mmol/Lであるため,オクタノイルアスコルビン酸のこの特徴的な挙動がミセル形成に起因するのではないかと考え,水-オクタン酸メチル系でのカテキンの分配係数
Pを測定した.カテキン濃度が高いほど
P値は高かったが,いずれのカテキン濃度でも0.1未満であった.したがって,カテキンのミセル相への分配による見かけのカテキン量の減少ではないことが確認された.しかし,オクタノイルアスコルビン酸のミセル形成がカテキンの不安定化に何らかの影響を与えているものと考えられる.異なる温度下におけるオクタノイルアスコルビン酸添加時のカテキンの安定性を測定した結果,オクタノイルアスコルビン酸はいずれの温度でもカテキン分解を抑制し,その抗酸化能は温度に依存しないで発現されたことが示された.
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