O/Wエマルション系における脂質酸化に及ぼす油滴径の影響は,次のように考えるのが一般的であろう.油滴径が大きいと比表面積が小さく,油水界面での酸素の物質移動の影響により酸化が遅延される.一方,油滴が微細化すると,油水界面を通して十分量の酸素が供給されるので,反応自体が律速となり,脂質の酸化速度は油滴径に依存しない.しかし,既往の論文では,油滴を微細化すると酸化が促進されるとするもの[1-5]と,逆に遅延されるとするもの[6-10]がある.また,油滴径は脂質の酸化に顕著な影響を及ぼさないという報告もある[11-15].このように結果が大きく異なる理由として,使用されている脂質の種類,油滴の大きさの範囲,酸化過程を測定する温度などが異なることに加えて,広い油滴径の範囲にわたり,脂質の状態がまったく同じO/Wエマルションを調製することが,実験的には困難であることがあげられる.そこで本研究では,コンピュータ・シミュレーションにより,O/Wエマルション系における脂質酸化に及ぼす油滴径の影響について検討した.すなわち,
N分子の脂質を
m個の油滴に分割し,ある瞬間に(無次元時間0で)
n分子のラジカルがそれぞれの油滴に均等またはランダムに発生する場合を想定し,発生したラジカルの影響はその油滴内に留まると仮定して,全体の平均的な酸化過程を計算した.また,一定の時間間隔で1個ずつラジカルがランダムに発生する場合の酸化過程についても計算した.脂質の分子数
Nは一定としたので,油滴の数
mが大きいほど,油滴が微細化されたことに相当する.
10
3個の油滴に対して,初期(無次元時間0)に10
5または10
3分子のラジカルを均等またはランダムに発生させて,脂質の未酸化率の変化を計算した(Fig. 1).発生するラジカル数が油滴の数より大きいとき(
n>
m)には,ラジカルの発生が均等でもランダムでも脂質の酸化過程はほぼ同じであった.一方,ラジカルの発生数が油滴数と同じ10
3分子で,均等に発生する場合には,発生数が10
5分子の場合に比べて,酸化誘導期は遅延されるが,酸化速度には大きな差異は認められなかった.しかし,ラジカルの発生がランダムなときには,酸化速度がやや遅くなり,脂質の酸化はある未酸化率で停止した.その未酸化率は確率的に計算できる.
次に,初期に10
5分子のラジカルが,1,10,10
2,10
3,10
4または10
5個の油滴に対してランダムに発生する場合の脂質の酸化過程を計算した(Fig. 2).油滴数が発生するラジカルの数より少ない1~10
4個の場合には,油滴の大きさに関わらずほぼ同じ酸化過程を示したが,10
5個の場合には,Fig. 1と同様であるが,一定の未酸化率で脂質の酸化が停止した.
上記では,10
5分子のラジカルが初期に一斉に発生したが,同数のラジカルが一定の時間間隔で1個ずつランダムに発生する場合の酸化過程を計算すると(Fig. 3),油滴数が多い,すなわち,油滴が微細化するほど,酸化の誘導期が延長され,酸化速度も遅くなった.また,未酸化率が0.75,0.5または0.25に到達する時間の分布は,当然ながら,未酸化率が低くなるほど分散が大きくなった.
ラジカルは油滴に対して均等かつ一斉に発生するのではなく,徐々にかつランダムに発生すると考えるのが妥当であろう.したがって,Fig. 3に示すように,油滴を微細化すると,発生したラジカルの影響が及ぶ範囲が狭くなるので,脂質全体の酸化は遅延される.また,ここで示した効果のほかに,油滴を微細化すると,油滴の表面を覆っている乳化剤の疎水基により脂質が希釈される効果が顕在化して酸化速度が小さくなると予測するモデルを提出している[10].これらの2つの効果により,乳化直後の脂質の状態がまったく同じであれば,ナノエマルション系ではマイクロエマルション系よりも酸化が遅延されることが期待される.
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