日本毒性学会学術年会
第46回日本毒性学会学術年会
選択された号の論文の459件中51~100を表示しています
シンポジウム 9
  • 酒井 大輔
    セッションID: S9-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    全胚培養法(Whole-embryo culture: WEC)は、着床後の哺乳類胚を子宮外に取り出してバイアル内で培養する方法で、着床後に子宮内で進行する器官形成の解析を可能とします。環境因子の用量や暴露のタイミングを厳密にコントロールすることが可能なことから、発生毒性研究に有効な実験手法です。また、細胞や組織の移植、標識による細胞系譜の追跡、局所的な遺伝子導入など、分子発生生物学的な解析にも応用されています。本講演では、WECの実験手技や注意点を解説し、代替法としての利点や欠点についてお話しさせていただきます。また、私のこれまでの発生生物学的研究から得られた、発生異常を誘発する環境要因に関する知見についてもご紹介させていただきます。

  • 小島 肇
    セッションID: S9-5
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     医薬品等の開発において、種差や個体差の問題の回避が提起されて久しい。非臨床試験における本問題の解決策の一つとして、ヒト初代細胞や幹細胞を用いてこの問題を回避する動きが広まっている。しかし、現状では、種差の問題以上に、in vitroin vivo試験の壁は高い。その理由の一つは、これまでに開発され、国際的に標準化されたin vitro試験の多くは、局所毒性や遺伝毒性等に限定され、有害性の同定にしか利用できない現状であり、未だにリスク評価には耐えられないからである。

     この問題を解決するために、ラットやヒト肝細胞株、ラット凍結肝細胞、ヒト凍結肝細胞およびヒト多能性幹細胞由来の肝細胞など種々の細胞を用いた薬理効果、毒性等の比較研究が進んでいる。さらに、2次元培養では細胞の分化や機能発現が脆弱ということもあり、オルガノイドやスフェロイドを用いた3次元培養などに加え、工学的な研究者との協調により、器官構造を模したモデルを用いて機能発現の更新を目指した研究が進められている。これらの成果により、ヒトとげっ歯類との種差が埋まることを期待している。

     曝露評価においても、in vitro生理学的薬物動態モデル(PBPK :Physiologically based pharmacokinetic model)の開発が、Organ-on-a-chipを用いた生体模倣システム(MPS: Microphysiological System)によって進められ、これまでの動物実験結果との比較が始まっている。これにより、薬物の血中濃度の推移がin vitroで外挿できる日も近いと期待している。

     これらの質の高いin vivo研究の発展により、in vitroin vivo試験のギャップが埋まり、新たなリスク評価手法が行政的に認められる日も夢ではなくなっている。

シンポジウム 10
  • 佐藤 且章
    セッションID: S10-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     製薬企業が本邦で実施する医薬品開発は、一般的には、成人の検討から始まり、成人の承認が見えてきた時点で、小児の開発の必要性について検討開始することが多い。最近では、小児医薬品開発においても、成人向け医薬品と同様に、国際共同試験を含む世界同時開発が促進されてきている。小児に対する医薬品は、成人と同様の有効性及び安全性のエビデンスが得られていない状況で使用されてきた背景も踏まえ、欧米では小児医薬品開発を義務化する規制が敷かれている。この規制のもと、欧米では成人における医薬品開発の早い段階から、規制当局と企業の小児医薬品開発計画についての議論が開始される。世界的規模で計画された小児医薬品開発を適切に進めるためにも、日本への期待は大きく、世界の医薬品開発を担う一員として、その期待に応えていかなければならない。

     このような環境のもと、日本で小児医薬品開発の検討を行った後、実際に臨床試験の実施に向けてPMDAに相談する時期になって、必要な非臨床試験データ、特に幼若動物試験のデータを求められ、開発計画に含まれていないということがあるのではないだろうか?

     今回、本邦において、小児医薬品開発の戦略を考案する際に起こるような問題点や製薬企業担当者が頭を悩ませるポイントを示したい。

    1.既存のデータや計画中の非臨床試験と、規制当局が求めるデータが異なる。

    2.企業側は、臨床で十分なデータがあると考えていたが、幼若動物試験の実施を求められる。

     同時に小児医薬品開発における安全性の懸念はどういうものがあるかを紹介したうえで、幼若動物試験及びそのデータにどのようなことを期待しているのかを示したい。

    3.小児臨床試験データへ、幼若動物試験データは外挿できるのか?

  • 西村 拓也
    セッションID: S10-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     小児用医薬品開発において必要となる非臨床試験については、ICH-M3(R2)ガイドラインやICH各極の規制当局が発出しているガイドラインが参考にされているが、幼若動物試験の要否やその試験デザインについての記載に乏しく、ICH各極のガイドラインにおいても幼若動物試験の試験デザインについて推奨事項が異なることから、各規制当局間で要求事項の不一致が生じ得る状況にあった。このような背景の中、医薬品規制調和国際会議(ICH)において、小児用医薬品開発における追加の非臨床安全性試験の実施の要件や幼若動物試験の試験デザインについてS11のトピックとして議論されており、国際的な規制調和を目指したガイドライン作成の作業が進められている。

     本邦における小児用医薬品開発を取り巻く環境も徐々に変化している。欧米においては、新規医薬品における成人での開発の過程において、小児に対する開発方針を検討することを開発企業に義務づける制度があり、小児用医薬品開発が活性化されている。本邦では、小児用医薬品開発について法的に義務付ける規制はないが、小児用医薬品に対する薬価での小児加算や再審査期間の延長、医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議、PMDAにおいては、海外規制当局との連携や国内ステークホルダーとの意見交換、レギュラトリーサイエンス戦略相談において小児分野を優先分野とした開発支援等を通じ、小児用医薬品の開発を促進するための取り組みが行われている。今後も、小児用医薬品開発の促進に伴い、小児用医薬品開発における非臨床試験について検討を要する場面が増えていくものと思われる。

     本発表では、小児用医薬品開発における幼若動物試験の要否に関し、審査や相談における最近の論点や今後の課題等について紹介したい。

  • 松本 清
    セッションID: S10-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    近年、小児用医薬品開発の必要性の高まりと共に幼若動物を用いた安全性試験が増加している。それに伴い各地域では非臨床試験ガイダンスが整備され、現在は国際的にハーモナイズされたガイドライン(ICH S11)が制定されつつある。幼若動物を用いた安全性試験を実施する場合、通常、用量設定試験(あるいは予備試験)が実施され、Definitive試験を実施するための必要な情報を収集することが求められる。しかし、幼若期の動物は生理学的・解剖学的に成獣と異なり、用量設定試験を実施して予期せぬ悪影響がみられることや、段階的に進む成獣の反復投与毒性試験と異なり1回の用量設定試験でDefinitive試験を実施するといった幼若動物試験特有の難しさが存在する。しかしながら、幼若動物を用いた安全性試験ガイドラインには用量設定試験の詳細はあまり記載されておらず、医薬品開発者が独自の方針で実施しているのが現状である。より適切な用量設定試験を実施することで、Definitive試験を滞りなく遂行させ、不必要な追加試験をなくすことや使用動物数の削減に貢献できると考えられる。そこで本講演では、幼若動物における用量設定試験にフォーカスをあて、既報告の用量設定試験の計画や結果の事例を参考にしながら、効果的・効率的な用量設定試験について考える場を提供したい。

  • 峯島 浩
    セッションID: S10-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    近年,グローバルでの幼若動物を用いた非臨床安全性試験のガイドライン化が進められ(ICH S11),昨年末にStep2ドラフトガイドラインが発信され,最近までパブリックコメントを募集していたことは周知の通りである。ドラフトガイドラインには,幼若動物試験での各種エンドポイントについての必要性やその内容について記載されているが,とりわけ中枢神経系(CNS)に関する評価については,必要性,検査方法やそれらのバッテリーについての具体性に乏しく,開発者にとって判断しづらい部分と思われる。具体性が乏しい背景として,医薬品や化学物質を暴露でCNSに特異的に影響がみられた報告が乏しく(確実な陽性対照物質が無い),エビデンスとなる詳細な調査や基礎研究が遅れていることにある。これまで生殖発生毒性試験の中で,発達中のCNSへの影響の懸念が取り沙汰され,古くから米国や本邦で行動奇形の共同検討がなされてきたが,画一的なデザインで実施され,その当時のテストバッテリーが未だ標準的な検査方法となっている。近年,CNSの高次機能や発達のメカニズムが徐々に明らかにされ,それらに関連した分子に作用するモダリティが増加してきた中,益々CNSへの影響の懸念が高まっており,特にCNS発達中の小児では,直接投与で高暴露となることから,影響への懸念が大きく精度の高い評価の構築が望まれている。本シンポジウムでは,これまで生殖発生毒性試験で検討されてきたCNS評価方法,幼若動物試験で近年積極的に取り入られている検査方法,及び医薬品において報告されている幼若期暴露でのCNSの中枢神経障害例を紹介し,発達神経毒性に対する懸念や危惧について考え,今後の基礎検討への取り組みへのきっかけとなれば幸いである。

シンポジウム 11
  • 姫野 誠一郎
    セッションID: S11-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    わが国において、米からの摂取する重金属としては、Cdが主たる問題であった。鉱山国であった日本では、イタイイタイ病が起きた富山県のみならず、多くの地域で鉱山廃水による土壌のCd汚染があり、Cd摂取による健康影響の評価、米へのCd蓄積の軽減対策が重要であった。一方、近年、国際的には米へのヒ素の蓄積とその影響が問題となっている。バングラデッシュなどのアジア各地において、地下水に高濃度の無機ヒ素が検出され、飲料水のみならず、灌漑用水を介して米がヒ素によって汚染されている。コーデックス委員会は、玄米の無機ヒ素濃度0.35 mg/kg、精米の無機ヒ素濃度を0.2 mg/kg以下とするよう勧告している。一方、植物生理学の最新の知見により、無機ヒ素はケイ酸を取り込む輸送体、CdはMnを取り込む輸送体を介して土壌から根に取り込まれることがわかってきた。ケイ酸もMnも米にとって重要な元素である。元来、米は無機ヒ素とCdを蓄積しやすい植物なのである。土壌学の成果は、米にCdが蓄積しにくくするための方策も生み出している。土壌からのCdイオンの溶出は嫌気的な条件で抑制されることから、収穫時期に水田に水を張る「湛水管理」により、我が国の米のCd濃度を大きく減少させることに成功している。しかし、土壌中の無機ヒ素は嫌気的条件で逆に溶出が促進されるため、湛水管理によって米に無機ヒ素が蓄積されないか懸念されている。本シンポジウムでは、バングラデッシュのヒ素汚染地で糖尿病や喘息が増加している実態に関する特別講演、我が国におけるCdと無機ヒ素の摂取実態、湛水管理を実施している秋田県におけるCdとヒ素の摂取状況、および、Cdを蓄積しない米の開発に関する最新の研究成果の報告を行っていただく。これらの報告により、米からのCdと無機ヒ素摂取の現状と問題点について認識を共有化し、将来への方策を考える議論の材料としたい。

  • 吉永 淳
    セッションID: S11-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    日本人のカドミウム(Cd)、無機ヒ素(iAs)の一日摂取量と摂取源について、演者らが行ったマーケットバスケット(MB)調査結果や、各機関で行われた調査結果をまとめた。2015年に演者が行ったMB調査に基づくCd, iAsの推定一日摂取量は21.8, 25.5 µg/person/dayであった。どちらも穀類からの寄与がもっとも大きく、およそ60%を占めた。Cdは野菜・魚・いもが、iAsは海藻が次に寄与が大きかった。

    Cdは食品安全委員会が定めた耐容週間摂取量 7 µg/kg/week に比べると1/2~1/3の摂取レベルとなる。iAsは現在、国際機関によって耐容摂取量策定中なので明確なことはわからないが、発がん性に関するBenchmark Doseに比べると25.5 µg/person/dayは決して低い摂取レベルではない。

    これまでのMB調査結果と比べると、Cdの一日摂取量は1970年台から半減しており、現在まで年間0.5 µg/day程度減少している。これは農水省による対策によって、流通する米中のカドミウム濃度が低下していることと、日本人の米消費量が減少していることの相加効果であると考えられた。

    一方iAsについては注目されたのが最近であることもあり、過去のMB調査結果はないが、陰膳調査データからは減少傾向がかすかに見えている。米の消費が減少していることから、iAs摂取量も減少していると考えられるが、米中iAs濃度に減少傾向が見られないため、Cdほどの摂取量の減少が見えないものと考えられる。

  • 堀口 兵剛
    セッションID: S11-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     我が国にはかつて富山県神通川流域を始めとして各地に鉱山や製錬所由来のカドミウム(Cd)汚染地域が存在していたが、土壌復元事業などの対策により姿を消しつつある。それに加え、平成15年頃より湛水管理(8月中に田の水を張ることにより土壌中pHを上げて稲のCd吸収を抑制する)がCd汚染地域で広く実施されるようになり、今日では基準値を超えるCd濃度の米が生産されることはほとんどなくなった。

     ところが、湛水管理には同時に稲の土壌からのヒ素の吸収を促進して米中ヒ素濃度の上昇をもたらす作用がある。しかも、米中ヒ素の80%以上は毒性の強い無機ヒ素である。従って、湛水管理を実施しているCd汚染地域では高濃度の無機ヒ素を含む米が生産されることが危惧されている。

     秋田県にはかつて125カ所もの非鉄鉱山が存在していたため、県内には今日でも大小様々なCd汚染地域が散在している。実際に、基準値を越えるCd濃度の米が生産されたために農用地土壌汚染対策地域に指定された面積と件数は秋田県が全国第一位である。従って、それに応じて湛水管理が実施されている地域もおそらくは全国で最も広いと推測される。演者はこのような湛水管理を実施しているCd汚染地域で自家産米を摂取してきた農業従事者を対象に健康調査を実施しており、その際に自家産米のCd濃度とヒ素濃度も測定している。これまでの県北地域での調査結果では、湛水管理のために米中Cd濃度は低減しているが、国際基準値を超えると考えられるヒ素濃度の米はほとんど見られておらず、また県内の対照地域の米中ヒ素濃度とも大きな差がない。この理由は明らかではないが、土壌の性質やヒ素濃度が関係しているかもしれない。また、当然ながら当該地域の農業従事者において過剰のヒ素曝露は見られない。今後も湛水管理を実施している県中央地域や県南地域で農業従事者に対する健康調査を継続して検討する必要性がある。

  • 石川 覚
    セッションID: S11-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    コメは日本人にとってカドミウム(Cd)・ヒ素(As)の主要な摂取源である。それら有害な化学物質の長期間摂取による潜在的な健康被害リスクを防ぐ上で、生産現場で実行可能なイネの吸収抑制対策は必要である。現在、Cd吸収抑制対策として出穂前後の湛水管理が奨励されているが、そのような水管理はAs吸収を助長させるため、生産現場において両物質を同時に低減させることは難しい。一方、イネのCd・As輸送に関わる分子メカニズムは近年大きく解明され、低吸収品種の育成に向けた分子育種が可能な段階になった。本発表ではイネのCd・As研究における当研究グループの最近の成果を紹介しつつ、今後の課題や展望について議論する。

    我々は、Cdをほとんど吸収しないイネ品種を突然変異育種法で開発し、「コシヒカリ環1号」の品種名で種苗登録した。この品種はマンガン輸送体遺伝子OsNramp5が変異し、根のCd吸収が大きく抑制されている。OsNramp5の変異部位を検出するDNAマーカーを活用して、コシヒカリ以外のイネ品種もCd低吸収タイプに替える分子育種が現在進行中であり、今後は新たなCd低吸収性品種の登場が期待される。

    イネは2つのケイ酸輸送体(Lsi1とLsi2)を経由して亜ヒ酸を地上部まで運ぶが、玄米のAs集積は節で機能するファイトケラチン(PC)合成酵素(OsPCS1)とPCと亜ヒ酸の複合体を液胞に隔離する輸送体(OsABCC1)によって制御されていることがわかった。特にOsPCS1をイネで高発現させると、玄米の無機As濃度が低下するため、無機As集積の少ない品種を育種する上で重要な遺伝子であることがわかった。

    今後、As低吸収性の品種が開発されれば、「コシヒカリ環1号」との交配を通してCdもAsも低いイネ品種が完成し、コメからの摂取量は大幅に低減すると期待される。

シンポジウム 12
  • 竹田 修三
    セッションID: S12-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    大麻草には「薬物型」大麻草と「繊維型」大麻草がある。これらにはカンナビノイド(フィトカンナビノイド)という大麻特有の成分が数多く含まれている。薬物型には主成分としてテトラヒドロカンナビノール(THC)、繊維型にはカンナビジオール(CBD)が含まれている。近年、医療用大麻という言葉をよく耳にするが、諸外国では嗜好用も含めた大麻の合法化が進んでいるという現状がある。一方、我が国では、大麻は「大麻取締法」の厳しい法規制下にある。この目的として、THCが幻覚を含めた向精神作用を示し、乱用の対象とされるためである。また、本法は、何人たりとも大麻から製造された医薬品の施用の禁止、さらに研究目的であっても、医薬品の開発を目的としての人への臨床試験を禁止している(大麻取締法・禁止行為)。これまでに我々は、THCとCBDの薬理・毒性研究を行ってきた。本演題は「大麻成分の功罪:大麻主成分を例に考える」であるが、上述した「大麻草主成分」について、これらの正と負の側面について、我々の研究成果とともに議論したい。

  • 奥田 勝博, 浅利 優, 田中 宏樹, 堀岡 希衣, 塩野 寛, 清水 惠子
    セッションID: S12-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    【背景】近年世界的な問題となった危険ドラッグであるが、その代表的成分であるカチノン系化合物や合成カンナビノイド系化合物とは異なる強力な成分が存在する。ジフェニジンはその一つであり、幻覚剤PCPや解離性麻酔薬ケタミンの構造類似体で、NMDA受容体に拮抗することで強力な作用を発現する。当講座で実施した解剖事例において、血液中からジフェンジンが検出されたことを契機に、その生体内動態や依存性発現メカニズム等について詳細な検討を行ってきた。

    【死亡例】統合失調症を患い通院中の40歳代男性が自室にて座位前屈で死亡して発見された。死亡2週間前に危険ドラッグ所持により警察の取り調べをうけているが、死亡時、処方された治療薬の残量に矛盾はなく、自室に危険ドラッグは見当たらなかった。司法解剖時、死斑発現は極めて強度。舌根部から咽頭、喉頭、気管分岐部を超え、胃内容物が充満。その他急死の所見が多数認められた。LC-MS/MSによるスクリーニングから、血液及び尿中にジフェニジンの含有が示唆された。本屍の死因は誤嚥による窒息と診断されたが、誤嚥を誘発した原因として薬物による中枢神経抑制を介した咽頭喉頭反射の消失が強く示唆された。

    【組織分布】ジフェニジンの血中濃度は左心血で29.2 ng/mLであった。組織では最低値を示した頭蓋骨で10.4 ng/mL、脂肪組織で最高値を示し365.5 ng/mLとなった。フェニル基水酸化体の未変化体に対する存在割合は肺、肝蔵および尿で10%を超え、シトクロームP450による水酸化を受けた後の尿中排泄が推測された。

    【依存性メカニズム】ラット脳マイクロダイアリシスによる検討を行ったところ、ジフェニジン投与直後から自発的運動量の増加と側坐核におけるドーパミンの濃度上昇が観察された。この結果により、ジフェニジンは黒質~線条体のA9神経系よりも、腹側被蓋野~辺縁系のA10神経系、いわゆる脳内報酬系を優位に刺激していることが示唆された。

  • 吉留 敬
    セッションID: S12-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     以前に不整脈治療薬であるフレカイニドの過剰摂取による死亡が疑われた事例を経験し,生前の血中薬物濃度と死体内の薬物濃度の比較を行うことができた。その際,死後の左心血中のフレカイニド濃度は,生前血の17.7倍という著しく高い値を示していた。そこで,動物を用いた実験などを行うことで,フレカイニドは死後その心臓血中濃度,特に左心血中濃度が上昇すること,また,この上昇の原因が,フレカイニドの著名な肺への蓄積と死後の血液の酸性化であることを明らかにした。

     ところで,覚せい剤であるメタンフェタミンは心臓血中濃度が死後上昇することが以前より知られており,覚せい剤はフレカイニドと同様に塩基性の薬物であることから,その心臓血中濃度の死後上昇機構はフレカイニドと同様のものであると考えられた。そこで,覚せい剤の検出された剖検事例について,その末梢血中濃度と心臓血中濃度の比較検討を行い,血液の流動性などが,末梢血と心臓血中濃度に影響を与えていることを明らかとしてきた。

     その後,死体の各種体液中の覚せい剤濃度の比較を行なったところ,胃内で著しく高濃度を示すことが明らかとなった。覚せい剤は法規制対象の薬物であり,乱用者はしばしば第三者によって飲まされたと主張する。そのような主張を生前にしていた場合,その摂取経路の特定は死者が生前に自ら静注により摂取したのか,それとも経口的に飲まされたのかを鑑別する上で重要なものとなる。そこで,動物実験および事例の検討を行うことで,覚せい剤の摂取経路の鑑別法の構築を行なっている。

  • 桑山 健次
    セッションID: S12-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     法中毒学における薬物分析の目的は、事件現場に残された試料、事件関係者から採取された生体試料等の中に含有される薬物の種類や量を調べることにより、事件と薬物との関係を明らかにするための科学的な客観証拠を得ることである。

     薬物摂取の証明に一般的に使用される生体試料は尿や血液であるが、尿や血液中の薬物は数日以内に体内から消失するため、試料採取が遅れた場合には薬物を検出できない。一方、毛髪には薬物が長期間残存し、数か月以上経過後に採取された毛髪であっても薬物を検出できる場合がある。また、摂取された薬物の一部は血液を介して毛根部に取り込まれ、毛髪の成長とともに薬物の存在位置が毛先側に移動するため、採取された毛髪内の薬物分布と毛髪の成長速度から摂取時期をある程度推定することができる。したがって、毛髪は、薬物検査における尿や血液の代替試料として有用である。

     しかしながら、毛髪内に取り込まれる薬物は微量であり、分析を妨害する夾雑成分が多いため、確実に薬物を検出・同定するには高度な分析法が要求される。また、毛髪への薬物取込の詳細なメカニズムは未だ解明されておらず、外部からの付着の可能性も考慮する必要があるため、分析結果の解釈には注意を要する。

     本講演では、我が国で最も乱用されている規制薬物である覚醒剤と大麻、性犯罪等に悪用される事例が多い睡眠薬を分析対象とした毛髪中薬物分析法と分析結果の解釈について発表する。また、我々が最近開発した、1本の毛髪を0.4 mm間隔(1日の平均的な成長速度に相当する長さ)に分画し、毛髪内の薬物分布を測定する分析手法(マイクロ分画分析)とそれを応用した薬物摂取日特定法について紹介する。

  • 安部 寛子, 奥田 勝博, 田中 直子, 佐々木 千寿子, 小林 寛也, 船越 丈司, 則竹 香菜子, 前橋 恭子, 那須 亜矢子, 山岸 ...
    セッションID: S12-5
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    ご遺体の死因判断を行う法医分野において、薬物分析は重要な役割を担った分析である。近年では、多くの法医学教室といった解剖施設に、質量分析計が導入され、以前よりも精度の高い薬物分析が可能な設備は整いつつある。しかし、設備が整ったからといって、どこの解剖施設でも同じ薬物分析結果を得られているわけではなく、各施設で分析結果にバラツキがあるのが現状である。そこで現在10大学の法医学教室が集まり、薬物分析の品質管理・品質改善に向けたDrug Screening Method Sharing (DSMS)プロジェクトを実施している。

    プロジェクトは、①連携体制の構築、②外部精度管理体制の構築、③法医解剖における薬物統計調査、を中心に実施しており、薬物分析の標準化を目指しながら、分析メソッドや試薬の共有といった分析業務の連携体制構築、分析結果の品質管理・改善に向けた体制構築、そして最終的にはプロジェクト内での品質管理された、精度ある全国的薬物統計調査を目標に取り組んでいる。本プロジェクトにより、日本では一施設にほぼ一人体制で分析を実施している法医学教室が多い中、自施設のみでは認識できなかった分析上の問題点を見つけ、改善ができるようになった。また、法医薬物分析に関して、情報の集約、情報共有などといった施設間での交流が密になったのも非常に大きな成果であると考えている。2014年から開始し、今年2019年になって5年目に入った。今回、このプロジェクトの紹介と成果、今後の課題について報告する。

    *本プロジェクトは、旭川医科大学、香川大学、北里大学、国際医療福祉大学、信州大学、東京医科歯科大学、東京慈恵会医科大学、横浜市立大学、東京大学、千葉大学の各法医学教室メンバーにより実施しているものである。メンバーは随時募集中。法医分野に問わず、薬物分析に興味のある機関は是非お声がけください。

シンポジウム 13
  • 中島 欽一
    セッションID: S13-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    近年、神経疾患の病態解明や治療を目的として、転写因子遺伝子を導入することにより体細胞を直接ニューロンへと分化転換させる方法が開発された。しかし、遺伝子発現のオン・オフを決定する根本的な仕組み、エピゲノム動態の詳細は十分に分かっていない。我々は今回、転写因子NeuroD1(ND1)の強制発現によるミクログリアからニューロンへのダイレクトリプログラミングを基にして、エピゲノム変化に着目した分化転換の分子基盤解明を目指した。これまでにND1は、ミクログリアのヒストンバイバレント修飾(転写抑制性H3K27me3と活性化H3K4me3を同時にもつ)領域に結合し、ニューロン特異的遺伝子群の発現を上昇させることがわかった。また、ミクログリア特異的遺伝子群には、ND1によって発現が誘導された転写抑制因子が結合し、H3K4me3修飾を減少させ、H3K27me3修飾を増加させることで、その発現を抑制することがわかった。さらに、ND1発現ウィルスをマウス線条体に注入することにより、生体内でもミクログリアからニューロンへの直接分化転換が可能であることも明らかとなった。本講演では、これらのメカニズムとともに、その応用の可能性についても議論したい。

  • 瀧 憲二
    セッションID: S13-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     医薬品を含む化学物質による毒性発現において,トランスクリプトミクス作用と合わせてエピジェネティクス作用を考慮する必要が提起されてきている。エピジェネティクスに関与する反応としては,核のクロマチンモデリングに影響を及ぼすDNAのメチル化,脱メチル化,ヒストンのアセチル化,脱メチル化,ユビキチン化,リン酸化などの作用とともに,ノンコーディングRNAによる遺伝子発現調節機構も挙げられる。

     エピゲノム毒性としてよく知られているのが神経毒性と生殖発生毒性であるが,本報告では,抗てんかん薬バルプロ酸のクロマチン構造に影響する毒作用,制癌剤5-アザシチジンの胎盤に対する影響,その他の例を提示し,miRNA発現に関わる分子生物学的領域での網羅的解析からの知見を紹介する。

     更なる知見として,miRNAの発現制御およびDNAメチル化の異常パターンは,最終的に薬物曝露,疾患の重症度,あるいは将来の疾患または障害を発症するリスクの“初期指標”として,診断バイオマーカーの役割を果たす可能性が示唆されている。これらの報告と共にエピゲノム創薬の展望と派生しうる毒作用について言及する。

  • 小野 竜一, 相﨑 健一, 北嶋 聡, 菅野 純
    セッションID: S13-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     我々は、網羅的な遺伝子発現ネットワーク解析に基づいて化学物質の毒性を予測および評価するために、細胞1個当たりの mRNA コピー数を測定するPercellomeプロジェクトを推進している。これまでのPercellomeプロジェクトの結果より、化学物質の反復ばく露を行うことで遺伝子発現の定常状態(基線反応*)が変化する遺伝子群が存在することを我々の先行研究で明らかにした。反復ばく露影響の分子機序の解明のためには、その制御メカニズム解明が必須である(*:ばく露の都度の変化を「過渡反応」、反復曝露による定常状態の変化を「基線反応」と定義した)。

     化学物質の単回ばく露、反復ばく露に関わらず、ばく露されたマウスのゲノム情報は、基本的には受精卵から老齢に至るまで変化は無いことから、「反復ばく露による遺伝子発現の定常状態の変化」は、エピジェネティクス制御の変化によると考えられる。そこで、四塩化炭素(5mg/kg)を 14 日間連続で投与した肝臓サンプルにおいて網羅的ヒストン修飾解析(ChIP-seq)をH3K4me3 (活性化)、H3K27Ac (活性化)、H3K27me3 (抑制)、H3K9me3 (抑制)について行った 。

     「反復ばく露により遺伝子発現の定常状態(基線反応)が増加した」遺伝子は20あり、うち13でヒストン制御の関与が示唆された。その中でSerpina7 は、H3K27Ac(活性化)との強い相関があり、その上流制御因子としては、Hnf1-a が知られ、ヒストンのアセチル化に寄与することが報告されている。この例から、我々は化学物質の反復ばく露により、「反復ばく露による遺伝子発現の定常状態の変化」の一部はヒストン修飾を介したエピジェネティックな変化によるものであると結論した。ここでは、その詳細を報告する。

  • 畑田 出穂, 森田 純代, 野口 浩史, 堀居 拓郎, 中林 一彦, 木村 美香, 岡村 浩司, 坂井 淳彦, 中嶋 秀行, 秦 健一郎, ...
    セッションID: S13-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     今世紀初頭の次世代シーケンサーの登場により様々な病態におけるエピゲノム情報を入手することにより、エピゲノムと病態との相関をみつけることは可能となった。しかしながら見出した相関を実証するのは難しかった。それはエピゲノムをその阻害剤により非特異的に操作することはできたが、特定の遺伝子のエピゲノムのみを操作することが困難であったからである。また同じことが治療においても問題であった。すなわちエピゲノム酵素の阻害剤はエピゲノム疾患の治療への試みに用いられていたが、それには限界があった。すなわち標的以外の遺伝子に作用することによる副作用である。そこで研究面、治療面の両方から特定の遺伝子のエピゲノムを操作する技術の開発が待たれていた。

     我々はCRISPR/Cas9ゲノム編集技術を応用して特定の遺伝子のエピゲノムを操作する技術を開発した。すなわち(1)ガイドRNAと複合体を形成し標的遺伝子に特異的に結合するdCas9にエピトープが複数をつなげた融合蛋白と、(2)(1)のエピトープを認識するミニ抗体とエピゲノム因子の融合蛋白、を組み合わせることで標的に複数のエピゲノム因子をリクルートし、特定遺伝子のエピゲノムを効率的に改変できるようにした。この方法は特定の遺伝子のエピゲノムのみを操作できるので、エピゲノム疾患モデルの作製や疾患治療にも応用できる可能性を持つ。

シンポジウム 14
  • 中山 勝文
    セッションID: S14-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    シリカ(二酸化珪素)やアスベスト等と同様に一部の無機ナノ粒子は重篤な肺疾患等を引き起こす危険性が指摘されている。生体内においてこれら無機微粒子の表面は、細菌や死細胞といった病原体の表面と同様に負に帯電し、またそれら表面に補体等が付着するため、マクロファージなどの貪食細胞が病原体と見誤って無機微粒子を貪食すると予想される。しかしながら無機微粒子は病原体とは異なり貪食細胞内で消化されず、細胞ストレス応答(NLRP3インフラマソームの活性化や細胞死など)を引き起こす。これが疾患を引き起こす原因であると考えられる。しかしながらその一方で貪食細胞が細胞表面でどのように無機微粒子を認識するかについては未だに不明な点が多く残されている。今回我々は、貪食細胞による微粒子の認識機構を解明する一環として、マクロファージcDNAライブラリーを用いた機能的スクリーニング法により、シリカ粒子受容体としてクラスBスカベンジャー受容体メンバー1(SR-B1)を同定した。さらにマクロファージは単に電荷だけでなく形状や材質などに応じて異なる受容体を介して無機微粒子を識別している可能性があることが判ってきた。本シンポジウムではスカベンジャー受容体ファミリー分子を介したマクロファージの無機微粒子の認識機構および炎症性疾患への関与について我々の研究成果を中心に紹介したい。

  • 白砂 孔明, 尾関 綾衣, 高橋 宏典, 大口 昭英
    セッションID: S14-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     次世代を残すためのイベントは厳密に制御され、多くの妊娠機構に対して免疫機構が関与する。一方、免疫機構の破綻によって着床障害や妊娠高血圧症候群等が起きる。多くの異常妊娠では病原体などの感染が関与しない『無菌性炎症』と認識され、この経路の1つであるインフラマソームと呼ばれるタンパク質複合体が注目されている。NLRP3インフラマソームは体内の様々なDAMPに反応してインターロイキン(IL)1βを分泌させ、過剰な活性化は痛風、動脈硬化、アルツハイマー病など様々な病態を誘導する。

     ナノマテリアルは次世代を担う新規素材であるが、ナノ粒子(NS)はNLRP3インフラマソームを活性化し炎症性疾患にも関与する。NSを妊娠マウスに曝露させると母体体重が低下し、胎盤機能不全、胎児発育不全や胚吸収(流産)が起きた。このとき胎盤内では好中球等がNSを貪食し、NLRP3インフラマソームの活性化が起きた。NLRP3欠損の妊娠マウスでは胎盤内への白血球浸潤が抑制され、NSで誘導した胎盤機能不全、胎仔発育不全や胚吸収が改善した。

     妊娠高血圧腎症(PE)患者の胎盤や末梢血白血球では、NLRP3インフラマソームが健常妊娠よりも活性化されている。Angiotensin IIを妊娠マウスに持続的に投与することでPEモデルを作製すると、胎盤内に多くの好中球が集積し、腎機能異常と低体重胎仔が誘導された。NLRP3欠損妊娠マウスでは、Angiotensin II誘導性の高血圧が抑制されるが、腎機能異常と低体重胎仔には関与しなかった。

     PE患者ではNLRP3インフラマソーム活性化因子である尿酸結晶や遊離脂肪酸(FFA)を含む危険信号の発現が高い。このFFAをヒト胎盤細胞に処置すると、NLRP3インフラマソーム依存的にIL-1β産生が引き起こされた。FFAを妊娠マウスに曝露させると胎盤内でNLRP3インフラマソーム活性化と好中球の動員が誘導され、胚吸収が起きた。

     本発表では、自然炎症を制御するNLRP3インフラマソームが暴走することで様々な異常妊娠が誘導される事象について紹介したい。

  • 福山 朋季, 渡部 優子, 田島 均, 田食 里沙子
    セッションID: S14-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     外来性エストロゲンは免疫機能に影響を及ぼす事が知られており、我々はこれまでに、幼若期の外来性エストロゲン曝露が成熟期のアレルギー病態を悪化させる事を証明した。しかし、外来性エストロゲンに関するこれまでの動物実験の報告は、胎児期ないし幼若期にエストロゲンを曝露し、休薬期間後の成熟期におけるアレルギー病態の増悪しか見ておらず、エストロゲン曝露とアレルギー病態増悪の直接的な因果関係は不明である。本発表では、我々が調査したエストロゲン曝露とアレルギー病態増悪の直接的な因果関係について概要を紹介する。In vivo実験では、Th2型ハプテン誘発皮膚ないし気道アレルギー炎症モデルのアレルギー惹起直前にPPT (エストロゲン受容体α (ERα) アゴニスト) およびDPN (ERβアゴニスト) を経口投与し、惹起後の皮膚ないし肺の炎症、痒み反応さらに各標的組織における免疫担当細胞数と炎症性サイトカイン産生量を測定した。In vitro実験では、ヒト角化細胞およびヒト気道上皮由来細胞株にPPTおよびDPNを24時間曝露し、免疫刺激後の炎症性サイトカイン産生量を測定した。結果、皮膚アレルギーモデルでは、皮膚の炎症反応および痒み反応がPPT曝露のみで増加したのに対し、気道アレルギーモデルでは、肺の炎症反応がPPTおよびDPNのいずれの曝露によっても増加した。TSLPやIL-33といった炎症性サイトカインも、皮膚アレルギーモデルではPPT曝露によってのみ増加したのに対し、気道アレルギーモデルではPPTおよびDPN曝露のいずれによっても増加した。In vitro実験においても、ヒト角化細胞はPPT曝露のみで炎症性サイトカイン産生量が上昇したのに対し、ヒト気道上皮細胞ではPPTおよびDPNいずれの曝露によっても炎症性サイトカイン産生量が増加した。以上の結果は、エストロゲン曝露がアレルギー病態悪化に直接的に寄与している事を証明していると同時に、皮膚アレルギーおよび気道アレルギーでは、依存するエストロゲン受容体が異なる可能性が示唆された。

  • 角 大悟
    セッションID: S14-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    東アジアに代表される諸地域で井戸水を介した慢性ヒ素中毒が発生しており、多臓器における発癌、糖尿病や循環器疾患など広範囲な疾病を発症している。 一方で、バングラデシュとスウェーデンのグループの調査により妊娠中の長期ヒ素曝露によって幼児の下気道感染症のリスクが高くなることが報告された。 現在までに慢性ヒ素中毒によるこれらの疾患の発症機序についての報告はなされているが、生体の防御機能の中枢を担う免疫機能がヒ素化合物により障害を受けているかについての詳細な報告は少ない。 当研究室では、「生体の免疫機能がヒ素化合物によって障害を受け、それがヒ素による健康障害の増悪因子になったのではないか」と仮説を立て、ヒ素化合物の免疫機能を担当する細胞の機能に対する影響について検討を進めている。ナチュラルキラー(NK)細胞は、T細胞から放出されたIL-2を受容することで、IFN-γ等の様々なサイトカインを放出する。 また、サイトカインを受容したNK細胞は、がん細胞を特異的に認識する受容体やがん細胞を攻撃する因子の発現を上昇させることで、癌細胞への攻撃能を活性化する。 本発表では、慢性ヒ素中毒による発癌におけるNK細胞への影響について紹介する。

  • 李 順姫, 武井 直子, 吉留 敬, 西村 泰光, 大槻 剛巳
    セッションID: S14-5
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     珪肺症は典型的な塵肺症の一つであり、珪酸(シリカ、SiO2)の慢性曝露により肺の線維化を引き起こす疾病である。珪肺症例では、呼吸器病変とともに関節リウマチとの合併であるCaplan症候群、強皮症、全身性エリテマトーデス、ANCA関連血管炎といった自己免疫疾患を高頻度で合併することが報告されている。珪肺症例で自己免疫疾患の合併が生じることについて、従来、珪酸粒子のアジュバント効果によるものと捉えられてきた。この効果に加え我々は、肺内やリンパ節などに繋留した珪酸粒子は循環免疫担当細胞と慢性かつ反復性の邂逅を繰り返すことによる直接的な作用があると考えている。

     これまでに我々は、珪肺症例末梢血中の反応性T細胞、制御性T細胞はともに慢性的に活性化していることを明らかにした。珪肺症例の反応性T細胞では膜型Fas/CD95分子の発現が顕著に低下しているのに対し、制御性T細胞では膜型Fas/CD95分子は過剰に発現していることを見いだした。これは、珪肺症例の反応性T細胞はFas/CD95媒介のアポトーシスから逃れ長期生存するのに対し、制御性T細胞では早期に細胞死が引き起こされることを示唆している。さらに、この反応性T細胞は、Fasリガンドの機能を阻害する可溶性FasやDcR3を高発現しており、珪肺症例では反応性T細胞の活性化がより増長される条件が揃っていることが明らかとなった。珪肺症例における血漿中自己抗体を測定したところ、抗CENP-B、抗C-ANCA、抗-CCP、抗-dsDNA、抗SS-A抗体が健常人より顕著に亢進しており、珪肺症例では自己免疫疾患が未発症にも関わらず、すでに自己抗体が出現していることが確認された。これらのことから、珪肺症例では、反応性および制御性T細胞両群のアンバランスにより自己寛容の破綻が起きていることが考えられ、自己免疫疾患発症へと傾向していることが示された。

  • 柴田 寛子, 石井 明子
    セッションID: S14-6
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    バイオ医薬品の有効成分であるタンパク質やペプチドは,ヒトの生体内で機能している生理活性タンパク質やペプチドと同一のアミノ酸配列であっても,ヒトに投与した際に免疫原性を示す場合がある.免疫原性とは,生体内で免疫反応を引き起こす性質のことで,代表的な免疫反応に抗薬物抗体の産生が挙げられる.抗薬物抗体が産生されると,中和抗体による有効性の低下や,免疫応答による有害反応が生じる可能性が指摘されている.また,エポエチン アルファ製剤の製剤処方変更により出現した中和抗体が,内因性物質であるエリスロポエチンの生理活性を阻害し赤芽球癆が発生した事例のように,抗薬物抗体が内因性物質に交叉反応し重篤な有害反応を招く場合もある.従って,バイオ医薬品の開発においては,有効性・安全性確保の観点から,臨床試験において感度が高く信頼性のある分析方法を使って抗薬物抗体を評価することが極めて重要である.通常,抗薬物抗体の陽性率や陽性検体における中和抗体の有無などが測定され,承認申請時に審査の対象となる.欧米の規制当局では免疫原性の評価に関するガイドライン等が既に整備されているが,抗薬物抗体の評価にはいくつかの技術的な課題がある.本講演では,実際の測定事例を交えて,バイオ医薬品の免疫原性評価に関する現状と課題を概説する.

シンポジウム 15
  • 真木 一茂
    セッションID: S15-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     ヌクレオチドから構成される核酸医薬品は、現在治療法の確立していない疾患への適用などが期待され、遺伝性疾患(デュシェンヌ型筋ジストロフィー、遺伝性トランスサイレチンアミロイドーシス等)を中心に開発が盛んに進められている。現在開発されている核酸医薬品には、構造、標的、作用機序等の違いにより、様々な種類(アンチセンス、siRNA、miRNA等)があるが、他のモダリティーにない特性として、標的とする塩基配列にハイブリダイズすることで薬理作用を引き起こすことから、安全性評価としては、過剰な薬理作用に起因するオンターゲット毒性のみならず、標的以外の塩基配列にハイブリダイズすることに起因するオフターゲット毒性を明らかにする必要がある。したがって、核酸医薬の安全性評価では、従来の化学合成医薬品やバイオテクノロジー応用医薬品を対象に構築された従来のガイドラインのみ対応することは困難であるため、海外ではDIAの Oligo Safety Working Groupにより非臨床安全性の主要な項目に関するWhite Paperが順次発表され、本邦でもAMED「S6:バイオ/核酸医薬品の安全性に関する研究」の研究班により「核酸医薬品の非臨床安全性評価に関するガイドライン(案)」が作成されている。

     一方、このように確立したガイドラインがない状況下でも、核酸医薬品の開発は急速に拡大していることから、PMDAでは、上記のガイドライン(案)等を参考にしつつも、バイオバイオテクノロジー応用医薬品に関するICH S6(R1)において「本ガイドラインに示される原則は、… (中略) … オリゴヌクレオチド製剤にも適用されうる」との記載を踏まえ、ICH S6(R1)の基本理念である「ケースバイケース」の原則を適用し、個々の核酸医薬品について安全性評価を実施してきた。本講演では、核酸医薬のうちRNAを標的とするもの(アンチセンス、siRNA、miRNA)に焦点をあて、それぞれの安全性評価における我々の基本的な考え方について紹介したい。

  • 山口 照英, 内田 恵理子
    セッションID: S15-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     Zinc-Finger-Nuclease(ZFN)やTALENといったゲノム編集が遺伝子治療の新たなツールとして登場し、従来の遺伝子治療と異なり目的遺伝子のそのものを改変できる究極の遺伝子治療技術として先天性遺伝子疾患の治療をはじめ様々な疾患に対する開発が進んでいる。ZFNやTALENは目的遺伝子へのターゲッティングや設計など高度な技術を必要としていが、微生物の生体防御システムであるCRISPR/Casの登場により目的遺伝子への特異性を決定付けるガイドRNA(sgRNA)を設計するだけで目的とする遺伝子の切断や改変が非常に容易にできるようになり、開発が急速に広がっている。 これまで40を越えるゲノム編集を利用した臨床試験がNIH-Clinical-Trialのデータベースに登録されているが、その多くがCRISPR/Casを利用している。

     CRISPR/Casは遺伝に改変のデザインの容易さがある一方で、当初より目的外とする遺伝子の改変をするオフターゲット効果について懸念がだされていた。類似した配列に対する切断や改変が行われるリスクをどのように評価するか多くの手法が開発されている。オフターゲット効果を低減化するためのsgRNAの設計や長さの調製などによる低減化などの報告があるが、オフターゲット効果の解析手法の限界も指摘されている。一方で、オフターゲットの他、遺伝子の切断に伴う染色体の転座や欠失などの変異や相同組換えを目指した改変でのP53の変異が起きやすい事等などが報告されている。

     本発表では、ゲノム編集による遺伝子治療の国内外の開発状況についてオーバービューすると共に、ゲノム編集を適用する際の安全性の課題について議論を行いたい。さらに、ゲノム編集の上記のようなリスクを低減化する様々な改良が行われており、遺伝子治療としての規制的要件をどのように適用していくべきかについても考察したい。

  • 井上 貴雄, 内田 恵理子
    セッションID: S15-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     近年、ゲノム編集を用いた医療技術や核酸医薬の開発が大きく進展している。これらのモダリティは蛋白質を標的とする従来の医薬品とは異なり、DNAあるいはRNAのレベルで生体を制御できる点が大きな特色である。作用機構としては、これまでの医薬品では難しかった「疾患の原因となる分子をなくす」あるいは「機能的な分子を発現させる」ことが可能であり、特にアンメットメディカルニーズの高い遺伝性疾患や難治性疾患の領域での応用が注目されている。これらの医療技術では、オリゴ核酸がDNAあるいはRNAと相補的に結合することで標的配列を認識するが、この標的認識の原理は蛋白質を標的とする医薬品と比較すると、極めて明確であり、イメージしやすい。このわかりやすい標的認識機構は、いわゆる「オフターゲット効果」を容易に想起させ、そのリスクを懸念する声も多い。

     我々はこれまでアンチセンス医薬を対象にオフターゲット効果の予測・評価法について検討を行ってきた。具体的には、in silico解析とヒト細胞を用いたin vitro解析(アレイ解析等)を組み合わせた評価法を提案し、この評価スキームを多角的に検証することで、個体におけるオフターゲット効果を高い精度で予測できることを明らかにしている。

     低分子医薬のオフターゲット作用は主に動物試験で評価されるが、オフターゲット分子(対象は主に蛋白質)は特定されていないケースが多く、また、オフターゲット分子に対する作用の程度も種により異なることから、動物でどの程度安全性が予測できているかは不明確な部分も大きい。これに対して、核酸医薬のオフターゲット効果(=狭義のオフターゲット作用:対象はRNA)については、ヒト細胞を用いた上記のスキームで高い精度で予測できることから、他の機序に由来する毒性よりもリスク管理しやすいと解釈することができる。本発表では、実験的データに基づいてオフターゲット効果の予測・評価法について考察したい。

  • 河合 純, 廣瀬 直毅, 佐野 浩美, 岡崎 康司, 八木 研, 山本 由美子, 依馬 正次, 清田 弥寿成, 築山 智之, 中家 雅隆, ...
    セッションID: S15-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     核酸医薬の開発やゲノム編集の医療応用において、ヒトおよび試験動物のゲノム配列およびRNAの構造と発現情報はきわめて基本的で重要な情報である。医薬は 望ましくは疾患に関連する臓器や分子に対する特異性が高く薬効を発揮しつつかつ副作用が生じないことであり、そのためにモデル動物を用いた有効性の評価と安全性を評価する前臨床試験も実施される。ゲノム・RNA・遺伝子発現の情報は評価の基盤となるものであり、創薬に携わる開発者のみならず規制当局などレギュラトリーサイエンスを含む幅広い領域で情報の共有が望まれるR&Dの基盤であると認識している。近年のゲノム科学はヒトやさまざまな試験動物のゲノムとトランスクリプトームの多様な分子と遺伝情報の発現について新たな知見をもたらしている。その成果は新たな創薬意欲に刺激を与えている。同時にデータ量が膨大でありながら、核酸医薬を開発するために欠けているデータや利用環境がある状況を踏まえ、AMEDの支援による『核酸医薬のためのゲノミクスデータベース(仮称)』 の開発が進行中である。 本発表では発展するゲノム科学を概観しつつ、テスト版データベースを紹介し、今後の『核酸医薬創薬に資する霊長類オミックスデータベース』の方向性と課題を述べたい。

  • 内藤 雄樹
    セッションID: S15-5
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    アンチセンスやsiRNAをはじめとする核酸医薬品や、CRISPR-Cas9を利用したゲノム編集遺伝子治療は、本来の標的以外の類似配列が意図せず認識されてしまうことによりオフターゲット作用を引き起こす場合がある。このようなハイブリダイゼーション依存的なオフターゲット作用をインシリコに予測する方法として、ゲノムや転写産物のデータベースを塩基配列検索プログラムを用いて検索する方法が一般的である。しかしながら、核酸医薬品やゲノム編集の標的となる配列は長さが短いため、一般的な配列検索プログラムを用いると検索に漏れが生じることが多い。本発表では、ミスマッチや挿入欠失が複数あるような短い塩基配列でも正確に漏れなく検索することのできるGGGenome (https://GGGenome.dbcls.jp/) をはじめ、核酸医薬やゲノム編集の安全性評価に役立つウェブツールやデータベースを紹介する。

シンポジウム 16
  • 奈良岡 準
    セッションID: S16-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     近年、研究や技術革新は、パラダイム転換を行いながらエクスポネンシャルな加速をみせており、本学会においてもその進歩から新たな概念や評価方法が報告され、毒性研究へ応用を目的とした次世代研究の発表も多く行なわれている。

     毒性学は多様性に富み学際的な科学である性質を持ち、その時代の最新の科学技術を取り込むごとにパラダイムシフトを起こし発展してきた。最近ではオミクス技術の進展により、網羅的解析という流れができ、得られた膨大なデータから知見をえることが可能となった。

     さらにはリアルワールドデータの活用技術が進展した結果、ヒトでの副作用予測が加速し、またデジタルヘルス技術の進展は、毒性試験で言えばこれまで人間の目に頼っていた定性的な所見を、定量的な解析へ変化させ、より詳細な解析を可能としている。

     そのような中、依然未解決のアンメットメディカルニーズの解決に向け、新しいモダリティの利用などにより、治療手段が多様化・増えていく中で、我々安全性研究者は、日頃から最新科学や技術を把握し、より最適な毒性評価を行っていく姿勢が求められている。

     今回、毒性研究において注目されつつある、あるいは毒性研究に応用可能と考えられる研究をされている各先生方のご講演に先立ち、今後医薬品の安全性研究に求められる新しい潮流について考えるきっかけとなる話題を提供したい。

  • 千田 廉, 猪股 智夫, 岡田 啓司
    セッションID: S16-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     ヒトを含む動物の行動を「数値化」する事は本学会でも重要な研究テーマの一つと思われる。本研究は「脳機能の最終的なOUTPUTでもある『行動』を詳細に解析することで、脳の理解に繋がるのではないか」という仮説がスタートであった。最新の加速度センサは、小型で消費電力も少ないためウェアブルセンサとして長時間の測定が可能となり、スマートホンはもちろん、従来からある地震計、車のエアーバックスイッチ、機械の異常検知にも広く利用されており、我々の生活の中に深く浸透している。さらに、「バイオロギング」と言われる動植物の動きを記録するセンサとしても広く使用されている。筆者は小型化・無線化された加速度センサを使いて牛の歩様を定量化・可視化し、跛行治療評価、予後判定に関する研究を皮切りに、ヒト、ラット(一部埋め込み)、犬、馬の歩様・行動解析を行ってきた。また、EAPセンサ(超薄型ピエゾ型圧力センサ)を利用した牛乗駕行動やヒト嚥下動作などの解析を行った。本発表では、対象となる動物の動作・行動のセンサデータから解析した「特徴量」について紹介し、機械学習を用いた判別解析の事例も紹介する。

     ここ数年間でデータ送信方法は特定小電力無線、Bluetooth、そして900 MHz帯域を中心としたLow Power Wide Area(LPWA)による長距離送信が可能となり多個体データの同時収集が容易となった。さらに5G やNarrow Band-Internet to Thing(NB-IoT)を利用することで、大量データをリアルタイムにサーバー収集することが安価となる。今後、実験動物から得られる大容量データの収集と機械学習やAIを使った解析とのシナジーが求められる。IoTを利用した産業動物管理用データ収集と情報報知システムの知見から、実験動物からヒトまでの一貫した行動解析への応用についても考えてみたい。

  • 橋本 均
    セッションID: S16-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     精神・神経疾患などの脳疾患は、分子レベルの病態機構はまだ多くが未解明であり、治療効果が不十分または治療抵抗性の症例が認められることからも、その病態機構の解明と新たな創薬に向けた脳科学研究は、今後の重要な課題である。我々のグループでは、これまでに遺伝的、環境要因あるいは薬理学的な精神疾患および神経変性疾患のモデル動物を用いて、これら疾患の分子機構や創薬ターゲットの探索研究を行ってきた。さらに最近は、脳疾患の機構や創薬の研究には、仮説を設けず、広範な脳領域の神経等の振舞いをバイアス無しに捉え、定量的に比較解析する研究が重要であると考え、疾患モデル動物においてそれを実施する研究を進めている。これまでに全脳組織をイメージングする技術として、組織透明化法や二光子顕微鏡を用いた方法などが開発されているが、撮像速度と空間解像度のトレードオフの関係が技術的な制限要因になっていた。

     そこで演者のグループでは、この制約を克服する装置の開発を行い、最近サブセルラーレベルの精細さで、マウスの全脳を最速2.4時間で撮像できるFAST (block-FAce Serial microscopy Tomography)と名付けた装置を開発した。FASTを用いて成体コモンマーモセットの高精細全脳イメージングやヒト死後脳(後頭葉の一部)のイメージングにも成功するとともに、構造や神経活動をマウスの個体群間で比較するメソッドを開発し、脳疾患に伴う構造変化や治療薬による神経活動パターンの変化などを解析する研究を行っている。

     このような組織レベルの精細イメージングと画像解析技術は、薬物の有効性や安全性の評価やその機構の解析に有用であることが期待され、脳に限らず様々な組織の解析にも用いることが可能であることから、本シンポジウムでは、今後の創薬研究への本技術の応用性についての議論を深めたい。

    1) Seiriki et al., Neuron, 94, 1085–100 (2017).

    2) Seiriki et al., Nat Protocols, in press

  • 佐藤 匠徳
    セッションID: S16-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    今世紀初めにヒト全ゲノム解読されて以来、2013年には人間の脳内神経回路すべてをマッピングする超大型プロジェクトが、2016年には人体の約37兆個の全細胞の全遺伝子発現を解読しようとする大規模国際プロジェクト「Human Cell Atlas」が、欧米を中心にスタートした。日本でも今年、「全身レベルで全情報を」という方針が国から打ち出された(http://www.jst.go.jp/report/2018/180829.html)。我々の研究グループは、生体内の分子―細胞―臓器―臓器間―個体といった多階層を横断するレベルでの生体機能メカニズム、そして、この世の中にある全ての疾患間の関係性を遺伝子レベルから病態レベルで定量的に表す新しい概念であるHuman Disease Network(Diseasome)をReal-World-Data(RWD)と統合することで、ヒトの生体機能から病態までを統合的にかつ定量的にAIを駆使することで計算機上に再構成したVirtual Human の開発(Virtual Human InformatiX計画)を行っている。本講演では、このVirtual Human InformatiX計画のひとつとして、マウスの全身網羅的トランスクリプトームデータ(一部 iScience, 2, 238-268, 2018に公表)にAIを駆使してヒトの治験データを含むRWDを機械学習させることで、マウスのデータを「ヒト化」させることに成功した。そして、このHumanized Mouse-Database (hMDB)を用いて、高精度かつ効果的に各種医薬品や機能性食品・飲料素材のAE, PK, INDなどを予測でき、且つ既存の医薬品や機能性食品・飲料素材のDRにも活用できるプラットフォームを構築することに成功したので、本講演でそれらの実例を紹介する。

シンポジウム 17
  • 山田 隆志, 本間 正充, 広瀬 明彦
    セッションID: S17-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    In Japan, introduction of regulatory acceptable in silico approaches is required for risk assessment and management of large number of chemicals without toxicity data, including food contact materials, DNA reactive impurities in pharmaceuticals and industrial chemicals via environment. In order to respond to such regulatory needs, National Institute of Health Sciences has developed reliable toxicity databases of chemicals and conducted development and improvement of in silico approaches for the regulatory purposes. We examined the Threshold of Toxicological Concern value of non-cancer endpoint using the HESS repeated dose toxicity database of industrial chemicals developed in Japan. We found a similar threshold value for the dataset compared with those derived from other existing datasets. Further analysis is being performed in terms of structure, mechanism and critical effect of 5 percentile substances for possible cohort of concern. For Ames mutagenicity, a large-scale database was developed for substances under the Industrial Safety and Health Act in Japan. By providing this dataset to the QSAR vendors all over the world, we conducted the international collaborative research for improving the models and achieved improvements in prediction accuracy. Regarding repeated dose toxicity, we developed case studies of read-across by category approach, which were reviewed by experts of OECD IATA Case Studies Project. Several elements were identified for increasing regulatory acceptance including justification of similarity hypothesis based on possible mechanism and endpoint prediction using reliable test data in a transparent and reproducible way. We are promoting sharing lessons learned from experiences of our case studies with domestic stakeholders.

  • 小島 肇
    セッションID: S17-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     経済協力開発機構(OECD: Organisation for Economic Co-operation and Development)の非動物実験の皮膚感作性試験として試験法ガイドライン(TG:Test Guideline)として、TG442C: In Chemico Skin Sensitisation, Direct Peptide Reactivity Assay(DPRA)、TG442D: In Vitro Skin Sensitisation, ARE-Nrf2 Luciferase Test Method、TG442E: In Vitro Skin Sensitisation, In Vitro Skin Sensitisation assays addressing the Key Event on activation of dendritic cells on the Adverse Outcome Pathway for Skin Sensitisationなどが公定化されている。いずれのTGも複数の試験法が記載されており、合計7試験法が3つのTGの中に含まれている。しかし、いずれの試験法を用いても、単独使用では強い感作性物質あるいは非感作性物質を同定できるに過ぎず、さらにその感度も改善が必要な状況である。

     そこで、OECDでは、皮膚感作性評価に関する“試験の実施と評価のための戦略的統合方式(IATA :Integrated approach to testing and assessment)ガイダンス文書No.256”を公定化し、その添付資料として12通りのケーススタディが提案された。それらの中から選ばれた3種を用い、皮膚感作性評価にける確定方式(DA: Defined Approach)が各国の専門家で検討されている。それらは、花王株式会社より提案された統合的試験戦略(ITS:Integrated testing strategies)、花王株式会社より提案された連続的試験戦略(STS :Sequential Testing Strategy)およびBASF社から提案された2 our of 3 assaysである。このDAはTG同様、加盟国間における試験結果の相互受入(MAD:Mutual Acceptance of Data)の対象であり、ケーススタディとはその重み付けが異なる。現在、動物実験結果との比較に留まらず、1)ヒト結果と比較するための結果の検証、2)適用範囲、3)不確定要素の検討が進んでいる。OECDにおいて、2020年にはこのDAは公定化されると見込まれている。

  • Ronald N HINES, John COWDEN, Jason C LAMBERT, Anna B LOWIT, Louis J SC ...
    セッションID: S17-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    The US Environmental Protection Agency (EPA) has advanced the research, development, validation, and translation of new approach methodologies (NAMs) to increase our understanding of chemical risk. EPA-developed NAMs are comprised of data, tools and predictive models tailored to be fit-for-purpose solutions for chemical screening, prioritization, and assessment. For example, EPA has developed a computational model that evaluates potential chemical-dependent estrogenic activity that is being used as an alternative to low and medium throughput tests in the Endocrine Disruptor Screening Program. However, the lack of accepted, efficient validation methods and some technical NAM limitations represent significant challenges to the widespread application of NAM-based data in decision-making. EPA is working to address these barriers; for example, EPA is developing methods and tools to address the lack of metabolic competence in NAM test systems. Despite these challenges, EPA has made significant strides in the implementation of NAMs for use in Agency regulatory decisions and is at the forefront of developing validation approaches for an array of non-animal testing methods. An example is the recently released interim science policy on the acceptance of alternative approaches for identifying skin sensitization hazard. EPA is also advancing NAMs for the assessment of data-poor chemicals associated with contaminated sites. EPA will continue to be a leader in the identification and practical application of NAMs to advance knowledge of potential exposures and hazards from environmental chemicals for the purposes of informing timely and scientifically-appropriate regulatory decisions. This abstract does not necessarily reflect the views or policies of the Environmental Protection Agency.

  • Tracy CHEN
    セッションID: S17-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    Toxicology is critical to US Food and Drug Administration’s (FDA) mission because it is applied across the breadth of FDA-regulated product areas.  Toxicological testing is done during the development and evaluation of FDA-regulated products, from human and animal drugs and medical devices to food and food ingredients, human biologics, and tobacco products.  Today’s advances in systems biology, stem cells, engineered tissues, and mathematical modeling are offering exciting opportunities to improve toxicology’s predictive ability, potentially enhancing FDA’s ability to quickly and more accurately predict potential toxicities--and reduce associated risks to the public.  These breakthroughs also hold the potential for replacing, reducing, and/or refining animal testing. FDA’s Predictive Toxicology Roadmap is a six-part framework for integrating novel predictive toxicology methods into safety and risk assessments of its products. Critical to the implementation of the roadmap is partnership with FDA’s stakeholders, including NIH, EPA and other federal agencies through programs such as Toxicology Testing in the 21st Century (Tox21) and the Interagency Coordinating Committee on the Validation of Alternative Methods (ICCVAM).  FDA’s unprecedented role in the development and evaluation of the organs-on-a-chip technology with sister federal agencies and industry will be described and offered as an example of how FDA is enabling innovation in this exciting field.

シンポジウム 18
  • 中西 剛
    セッションID: S18-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     近年、月経困難症や子宮内膜症などの女性生殖器疾患の増加により、不妊症が社会問題化しているが、このような原因として環境中に存在する化学物質の関与が疑われている。これまでにダイオキシン類やフタル酸エステル類等と成人の女性生殖器疾患との因果関係について数多くの報告がなされているが、その影響については賛否両論であり明確な結論を見いだせていないのが現状である。これは、化学物質の雌性生殖毒性における毒性発現機構の理解が不十分であることに原因があると考えられる。一方で我々は、これまでに一部の雌性巻貝類に雄性生殖器を発生させるなど内分泌かく乱作用が問題となったトリブチルスズ(TBT)やトリフェニルスズ(TPT)が、核内受容体であるretinoid X receptor(RXR)とperoxisome proliferator-activated receptor(PPAR)γを介して、様々な生物種に対して生体影響を与える可能性を示してきた。またTBTおよびTPTは、げっ歯類に対しても発生毒性や精子細胞形成の阻害など生殖毒性を有することが報告されていたが、最近TBTについては、繁殖期の雌性ラットに対して性周期異常や繊維化を伴った子宮の炎症を誘発し、妊娠率の低下を招くことが報告された。この原因としては、視床下部-下垂体-性腺軸(HPG axis)に対する影響が考えられているが、我々はこの影響にもRXRまたはPPARγが関わっているのではないかという作業仮説を立て、TBTと同様にRXRおよびPPARγに対してアゴニスト作用を示すTPTについて28日間の反復投与試験を行った。その結果、TPTも発情間期の延長を伴う性周期の異常を誘導することが確認された。発情間期の誘導にはエストロゲンレベルの上昇が関与しているが、我々はTBTおよびTPTがエストロゲン受容体(ER)に対し直接的に作用するのではなく、RXRまたはPPARγを介してエストロゲンシグナルを修飾している可能性を見いだした。本講演では、有機スズ化合物の雌性生殖毒性におけるRXRまたはPPARγの関与について、我々の最近の知見を紹介すると共に、このような生殖毒性におけるこれらの核内受容体の関与について議論をしたい。

  • 福島 民雄
    セッションID: S18-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    精巣毒性は医薬品開発においても開発中止を余儀なくされる毒性の一つである。精巣での精子形成には非翻訳型RNAの関与も大きいことが知られている。本研究では精巣毒性物質であるエチレングリコールモノメチルエーテル(EGME)によって変化するmiRNAを中心に、投与期間による影響、他の化合物による影響について精査した。EGME 2000mg/kgを雄ラットに単回経口投与した場合、投与6時間後には精母細胞消失、精母細胞(核濃縮、崩壊)がみられ、投与24時間後にはセルトリ細胞空胞化も認められた。miRNA発現については、6時間後にmiR-760-5pの増加、24時間後にmiR-134、 miR-320及びmiR-188-5pの増加、miR-92aとmiR-449aの減少がみられた。一方、精巣特的に発現量の多いmiR-449aの血漿中濃度の変化はなかった。次に、EGME 100 mg/kg/dayで雄ラットに1、7及び14日間反復経口投与したところ、病理組織学的変化が顕著であった投与7日目以降に、miR-134、miR-188-5p及びmiR-320の発現量の増加がみられたが、miR-92a及びmiR-449aは変化がなかった。さらに、精巣毒性を惹起するジニトロベンゼン(DB)、ヘキサンジオン(HD)及びシクロホスファミド(CP)の毒性用量を雄ラットに単回投与し、投与24時間後の精巣におけるこれらのmiRNA発現量を検査したところ、DB及びHD群では、miR-134及びmiR-320が顕著に減少したが、CP群では変化がなかった。よって、EGME特異的に変化したmiRNAは、他の化合物では全く異なる挙動を示した。以上のように、精巣毒性における共通したバイオマーカーの作出は非常に困難を極めると思われた。

  • 小川 毅彦
    セッションID: S18-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     私たちは、2011年に精巣器官培養法を用いて、マウスのin vitro精子形成に成功しました。その成功の秘密は、牛胎仔血清の代わりに血清代替製品(KSRもしくはAlbuMAX)を培養液に添加したことでした。このことは、in vitro精子形成に必要な重要因子が、すべてそれら代替血清の中に含まれていることを意味しています。それ故、それら重要な因子を同定するための研究を開始しました。レチノイン酸、ホルモン(テストステロン、LH、FSH、トリヨードサイロニン)、さらには様々な脂質が必要であることが分かってきました。そのような因子を組み合わせることで、in vitro精子形成を誘導し、重要な因子を同定する研究を紹介します。

     一方、従来の器官培養法には限界があることから、生体内環境により近い培養技術の開発も行っています。その一つが、マイクロ流体システムを導入した培養デバイスの開発です。これにより、培養組織片への栄養供給と酸素供給を調整し、長期間の培養も可能となりました。また、マイクロ流体デバイスの材料素材であるPDMSを組織片に被せるだけの方法でも、精子形成を誘導でき、かつ未成熟精巣組織片を生体内とほぼ同様に成長させることができるようになりました。このような新しい器官培養法の成果を紹介します。

  • 山縣 一夫
    セッションID: S18-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、日本において2015年時点で不妊に悩み、実際に体外受精などの何らかの生殖補助医療を受けている夫婦は5.5組に1組にのぼる。一方で、技術は日々進歩しているにも関わらず妊娠率は10∼20%前後であり、むしろ近年は減少傾向にある(日本産科婦人科学会「倫理委員会・登録・調査小委員会報告」)。その主たる原因として、母体の高齢化や外的環境ストレス、さらには不適切な培養条件による卵子・初期胚の質の低下が想定されている。そこで、妊娠率を向上させるためにもその「質」の実体を科学的知見によって理解し、正確かつ定量的に評価する手立てが重要になるであろう。我々は、培養中の胚にダメージを与えることなくさまざまな現象を3次元的に継時観察できるライブセルイメージング技術を開発し、胚の質の評価につなげることを目的として研究を行っている。これまでに、ディスク式共焦点レーザー顕微鏡をもとにした観察システムの構築や各種蛍光プローブの開発、画像解析技術に基づいた定量化法の確立などを進め、初期胚卵割過程における染色体動態や発生速度、ATP濃度の動態について検討を行ってきた。その結果、例えば若齢マウス由来の胚では染色体分配や細胞質分裂に異常が見られ、さらに発生速度に胚ごとのばらつきが多く観察された。また、逆に高齢マウス由来胚では、排卵数に大きな低下がみられるものの、胚発生における染色体安定性やATP濃度に関しては大きな差が見られないことが明らかとなってきた。さらに最近ではマウスのみならず、ウサギ、ウシ、ヒト胚を用いた検討や、卵胞培養中の卵子形成や成熟過程のライブセルイメージングを行っている。本講演では、これまで行ってきた取り組みについてレビューするのに加えて最近のトピックスについて紹介し、ライブセルイメージングによる胚の質の評価法の有用性について議論したい。

  • 鈴木 堅太郎
    セッションID: S18-5
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     器官形成過程における外生殖器発生は、アンドロゲン依存性の高い形成過程である。よってアンドロゲンシグナルの破綻は、様々な外生殖器の先天性形成異常を引き起こす。特に胎生期の尿道形成過程は、アンドロゲンの感受性が高く、化学物質の毒性評価をする上で有用であると考えられる。我々は、マウス尿道形成過程をモデルとしてアンドロゲンの作用メカニズムを理解するため、簡便かつ効率的なアプローチが可能なin vitro組織スライス器官培養系を樹立した。これまでの研究から、アンドロゲンは、ある特定の間葉細胞の細胞増殖を抑制的に制御すること、細胞骨格を介して細胞移動を制御すること、またライブイメージング解析から、オスの間葉細胞は、アンドロゲン依存的にオス特有の細胞挙動(細胞移動速度、細胞移動距離、細胞移動方向)を示すこと、細胞移動にはアクトミオシンによる力学的制御が不可欠であることを明らかにしてきた。さらに、本法は、尿道形成過程におけるアンドロゲンの標的遺伝子として同定したMafb(V-maf musculoaponeurotic fibrosarcoma oncogene homolog B)の発現誘導を指標に、組織のアンドロゲン応答性を経時的にモニターすることが可能である。

     本シンポジウムでは、マウス尿道形成過程をモデルとしてわかってきたアンドロゲン依存性の器官形成メカニズム、さらに、抗アンドロゲン作用のスクーリーニングに向けた新たな評価系について論議したい。

シンポジウム 19
  • 山川 けいこ, 横平 政直, 成澤 裕子, 橋本 希, 今井田 克己
    セッションID: S19-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     CD44は細胞外マトリックスと結合する接着分子として多くの正常細胞の細胞膜に局在し、主なリガンドはヒアルロン酸である。CD44は細胞外マトリックスとの相互作用、細胞運動や細胞増殖、シグナル伝達など様々な細胞の機能に関与している多機能分子でもある。また、CD44は選択的スプライシングにより多くのvariant isoformが存在する。CD44のvariant isoform は多くのヒトがん細胞で発現しており、がん幹細胞の特性である治療抵抗性の獲得や浸潤・転移など腫瘍細胞の悪性度との関連性が報告されている。特に、ヒト肺癌においてはvariant exon 6を含むCD44(CD44v6)は予後不良因子であるとの報告がある。そこで我々は、CD44v6が前がん病変を含めて肺発がんにどのように関与しているのかを明らかにするため、マウス肺発がんモデルを用いて肺発がん過程の早期から進展期に認められた各病変におけるCD44v6の発現を免疫組織学的に検討してきた。その結果、正常Ⅱ型肺胞上皮細胞にはほとんどCD44v6の発現が認められなかったが、肺胞上皮過形成でCD44v6陽性細胞が出現し、腺腫、腺癌と悪性度が高くなるにつれCD44v6陽性細胞率は有意に上昇した。また、進展期では、腫瘍結節辺縁部においてCD44v6強発現を伴う乳頭状増殖優勢の腺癌では、結節周囲の肺胞内へCD44v6陽性腺癌細胞が島状、乳頭状に進展する像を認めた。これらの結果より、CD44v6は、肺発がん過程において、Ⅱ型肺胞上皮の増殖という早期の段階から腫瘍形成、進展期にわたり関与し、CD44v6の発現が肺がんの発育、進展に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。病理組織学的所見に加えCD44v6は、肺の増殖性病変や孤立した腫瘍細胞の検出および腫瘍細胞の悪性度の予測に有用な指標となりうるのではないかと考える。

  • 豊田 武士, 山田 貴宣, 松下 幸平, 曺 永晩, 赤木 純一, 森川 朋美, 水田 保子, 西川 秋佳, 小川 久美子
    セッションID: S19-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

     γ-H2AXはDNA二重鎖切断(DSB)の鋭敏な指標として知られ、幅広い分野での応用が期待されている。齧歯類を用いた長期発がん性試験の代替法が求められる中で、我々はγ-H2AXを指標とした膀胱発がん物質の早期検出法開発を目指している。これまでに膀胱発がん物質32種、非膀胱発がん物質22種の計54物質について、ラットへの28日間経口投与後の膀胱粘膜を用いて解析した結果、γ-H2AX形成による膀胱発がん性の検出感度は84.4%(27/32)、特異度は100%(22/22)であった。DSBは直接的なDNA損傷のみならず、細胞増殖やゲノム不安定性に関連した間接的な傷害の結果としても生じることから、γ-H2AXは遺伝毒性機序に限らず、膀胱発がん性の広範なマーカーとして利用し得ると考えられる。本手法は既存の28日間反復経口投与試験への組み込みが容易であり、化学物質の効率的かつ迅速なリスク評価法になり得る。

     遺伝毒性(N-butyl-N-(4-hydroxybutyl)nitrosamine; BBN)および非遺伝毒性(メラミン)膀胱発がん物質を対象として、γ-H2AX形成の用量相関性を経時的に検証した。その結果、膀胱粘膜におけるγ-H2AX形成は明瞭な用量相関性を示し、病理組織学的変化および細胞増殖マーカーであるKi67よりも鋭敏な指標であることが明らかとなった。また、多重免疫蛍光染色による解析において、メラミン投与群ではγ-H2AX陽性細胞の大半がKi67と共局在を示したのに対し、BBN投与群では共局在細胞に加えてγ-H2AX単独陽性細胞も多く認められた。この結果は、γ-H2AX形成機序の解析によって、膀胱発がん過程における遺伝毒性機序の関与を判別できる可能性を示唆している。

     さらに、膀胱発がん性早期検出指標の候補として、KRT14、ALDH1A1およびCD44等、膀胱の組織・癌幹細胞マーカーも応用できる可能性がある。γ-H2AXにこれら複数のバイオマーカーを併用した検討は、評価の精度向上および発がん機序の推定にもつながると期待される。

  • 今井 俊夫
    セッションID: S19-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    基礎研究や医薬品開発において、種々の三次元細胞培養法が用いられている。がん細胞株や患者がん組織由来細胞から、例えば幹細胞主体のスフェロイドが、また幹細胞と種々の分化した細胞の混在したオルガノイドが樹立できる。我々は、ヒト大腸がん手術検体の余剰組織から、組織を重度免疫不全マウスに皮下移植するpatient-derived xenograft(PDX)、組織を細胞塊に分散しマトリゲルに埋植して三次元培養するオルガノイド、更にオルガノイドと同じ組織から得られた線維芽細胞との共培養系を樹立し、それらの特性を比較解析するとともに、抗がん剤の評価に応用している。

    PDXはマウス皮下で生着した際の組織像が元のがん組織と類似し、培養細胞を用いる方法に比べ、臨床での反応性をより反映した条件で抗がん剤の評価ができるとされている。我々はNCCオンコパネルを用いるがん関連遺伝子異常の比較解析により、PDXは元組織の主な遺伝子異常を維持していることを確認した。またDNAマイクロアレイによる解析でも、元組織のもつ遺伝子発現パターンがPDXにて症例毎に類似していた。しかし、PDXの安定した使用にはマウス皮下で3回程度の継代を要し、樹立までに数か月を要する。一方、オルガノイドは上皮細胞を選択的に培養するため、がん細胞に対する抗がん剤の直接作用の解析に適している。我々はこれまでに、大腸がんオルガノイドの抗がん剤に対する反応性が症例毎に異なることを明らかにした。また線維芽細胞との共培養系では、オルガノイドが上皮-間質転換を示すことが一部の症例で示され、PDXに類似した間質との相互作用を含む評価系としての利用が期待される。更に、オルガノイドと線維芽細胞はPDXに比し短期間で樹立・培養できる上、ハイスループットな利用も可能である。

    以上、患者組織由来の移植組織、三次元培養細胞は元のがん組織に類似した特性を有し、目的に応じて使い分ける必要があると考えられた。

  • 塚本 徹哉, 寺本 篤司, 桐山 諭和, 山田 あゆみ
    セッションID: S19-4
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    非小細胞肺癌の中でも、細胞診画像による腺癌と扁平上皮癌の鑑別は困難な場合が多い。本研究では、ヒト気管支鏡生検時の液状検体細胞診標本をPapanicolaou染色し、顕微鏡デジタルカメラで撮影した腺癌、扁平上皮癌、小細胞癌の肺細胞診検体画像を用い、画像識別に優れるDeep Convolutional Neural Networks(DCNN)を用いて自動分類を試みた。さらに、大量の自然画像を学習したDCNNアーキテクチャーの流用(fine-tuning)が画像識別能力の改善に有効かどうかを検討した。Fine-tuningしたアーキテクチャーとして、AlexNet、GoogLeNet、VGG-16の3つのDCNNを用いた。オリジナルのDCNNは3層の畳み込み層(Convolution layer)、3層のプーリング層(Pooling layer)、2層のフル結像層(Fully connected layer)を持ち、腺癌、扁平上皮癌、小細胞癌の3つの癌細胞の識別確信度を得、その識別結果は71.9%であった。それに対して、AlexNetは、5つの畳み込み層、5つのプーリング層、3つのフル結合層を持ち、 総合的な識別確信度は75.5%に向上した。一方、GoogLeNetは、22のlayerを持つがフル結合層を欠く構造で識別確信度70.8%と低値であった。また、VGG-16は、16個のlayerからなり識別確信度76.8%と良好な結果を得た。以上から、Fine-tuningが細胞診の画像分類に有効であることが示唆された。今後、更なる識別率向上のため、DCNNの構造最適化を行う必要があると考えられた。

シンポジウム 20
  • 永樂 元次
    セッションID: S20-1
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    我々がマウスおよびヒト多能生幹細胞からの大脳皮質オルガノイド形成について報告して以降(Eiraku et al., 2008)、神経オルガノイド研究は世界的に広がり、現在では再生医療の移植用途や病態モデル、創薬プラットフォームなどの応用を目指したものから、脳進化発生生物学などの基礎研究のモデルとしての有用性を示すものまで、幅広い研究分野で受け入れられ多くの報告がなされている。神経幹細胞は1細胞からニューロスフェアと呼ばれる神経細胞塊を形成することはできるが、層構造形成や3D形態形成などの神経発生において重要な研究対象として捕らえられている多細胞現象を再現することはできない。体性幹細胞をソースとして1細胞から構造体を形成できる腸管オルガノイドなどとは異なる。神経オルガノイドは多くの場合、多能生幹細胞をソースとして形成される。本講演では、哺乳類の神経発生過程を概説し、神経オルガノイド 形成の理論的背景と今後の展開について述べる。

  • 佐々木 伸雄, Hans CLEVERS
    セッションID: S20-2
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    これまでにも,国内外の多くの研究室によってがん研究が精力的に推進されてきたが,我々は未だにがんを完全に制圧することはできていない.その1つの理由として,がんは複数種類のがん細胞によって構成される“腫瘍内不均一性の問題”が挙げられる.近年のシーケンス技術の向上により,単一腫瘍内において個々のがん細胞の遺伝子情報が異なることがシングルセルレベルで解明され,腫瘍内不均一性についての理解が深まるようになってきた.しかし,これらのシーケンス技術にも現時点においていくつかの問題も存在する.そこで我々は,次世代シーケンス技術と三次元組織幹細胞培養法オルガノイドを組み合わせることで,大腸がんの腫瘍内不均一性についてproof-of-conceptの創出に成功した.本研究においてはこれらの技術を用いることで,大腸がん細胞をシングルセルレベルで遺伝子変異・発現パターン・メチル化状態を明らかにするだけでは無く,それぞれのがん細胞に対する抗がん剤感受性試験を同時に実施することで,様々な種類の大腸がん細胞の遺伝的変化と形質(phenotype)を結びつけることを可能にした.今回の発表では,オルガノイド培養法が切り開く新しい形の創薬研究や毒性研究について皆様と一緒に討論したいと思う.

  • Yvonne P DRAGAN
    セッションID: S20-3
    発行日: 2019年
    公開日: 2019/07/10
    会議録・要旨集 フリー

    Hazard identification for pharmaceutical agents has moved earlier into the pipeline, as more predictive toxicology tools are developed and implemented. Attrition analysis indicates that the cardiovascular system, liver, CNS, GI and kidney are among the most common adverse effects observed.    The increased pressure to de-risk the portfolio has presented an opportunity for newly developed human-focused in vitro tools that permit a greater functional perspective than cell lines and even conventional primary cell cultures.  Specifically, human derived iPSC cells have been developed to examine the potential of compounds to impact pro-arrhythmia, as well as contractility.  Similarly, individual and population-based effects, such as disease can be incorporated into risk assessment.  In vitro derived biomarkers can be used to anchor observed adverse effects across in vitro observations, in vivo nonclinical species and patient responses.  The prediction of liver toxicity in human both in clinical trials and post-marketing has proven difficult in part due to the contribution of multiple cell and individual characteristics.  The switch from 2D to 3D culture of liver cells has improved the predictivity of this de-risking activity.  For the GI system, organoids have proven useful in assessing human and nonclinical species GI toxicity potential.  The judicious application of new in silico and in vitro tools, such as iPSC cells and organoids within the drug discovery process will enable a greater likelihood of success across the drug development continuum.

feedback
Top