どの研究分野にあっても,その時々に研究者の通念ともいうべきものが覆いかぶさっていて,その通念が時には研究をエンカレッジし,時には研究をディスカレッジする.かつて, N. Bohrが当時見出されている以上の素粒子は存在しないと考え,それがヨーロッパの研究者に強い影響を与えていたが,これはその典型である.このような通念を,以前「個別科学の思想」と呼んだことがある(田中一, 1958:673).自然観は個別科学の思想の一つとして,研究者の個々の研究の土台として時には強い影響を及ぼすことがある.ここでは,自然観の内の二つを取り上げ,それらがわが国の素粒子研究や原子核の理論的研究にどのような影響を与えたかについて,若干考察することにする.ここで取り上げる自然観は「自然の豊かさ」及び「自然の史的展開」であって,何れも自然あるいは世界の累層性に基づくものである.ここで,累層性とは通常階層性と呼んでいるものであるが,著者は階層性と呼ばず累層性と呼ぶことにしている.その理由は2.2節で具体的に述べることにする.まず,累層性とは何かから始めることにしよう.なお,この論文の骨子は1963年の論文「自然の論理」(田中一, 1963)に基づいている.以後この論文を引用するときには単に「自然の論理」とのみ記す.
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