場の理論における因果律の歴史は長く,色々な側面を持っている.特に,それは量子力学の非局所的な性質と深く関わっていて観測問題との関連でも興味深い.因果律の場の量子論的記述(微視的因果律)は,しばしばハイゼンベルグ描像で次の様に表現される.[numerical formula(1.1)]ここで,φ(x)は場の演算子であり,それがポーズ場(フェルミオン場)ならば[,]は交換子(反交換子)である.つまり(1.1)は「互いに空間的な2点にある場の演算子は可換である」ということを表している.これは,自由な場のみでなく,局所的な相互作用が存在する場合にも成り立つ.また,このことは局所場の理論の最も本質的な要請のひとつにもなっている.量子力学では,可換な物理量は,互いに影響を及ぼさずに観測できるという原理が存在するので(1.1)は,空間的に離れた2点の観測は互いに影響を及ぼし合わないということを示している.つまり,いかなる場の擾乱(信号)も光速を超えて伝わらないということである.しかし,これは抽象的な演算子の関係であって,いかに信号が伝わるかなどということは判りにくい.そこで,別の描像-シュレーディンガー描像-で因果律がいかに表現されるか調べた.はじめに,初期状態の波動関数が時空の原点に局在したデルタ関数で表されるような一粒子の非相対論的・相対論的な量子拡散(quantum diffusion)について調べた.その結果非相対論的には局在した次の瞬間には粒子は無限遠方まで場所に依らない確率で拡散してしまい,光速を超えて粒子が運動し得るということがわかる.しかし,非相対論では,光速を無限大と近似しているので当然の結果である.相対論的には,その状況はやや改善され,空間的である領域のうち十分遠方である位置に拡散する確率は殆どゼロになる.しかし,相対論にさえも光円錐の外側のコンプトン波長程度の領域には無視できない確率で粒子を見い出すことができることが,簡単な計算からわかる.したがって,この場合も因果律が破れているといえる.この原因については,現在検討中であるが,一つは初期にデルタ関数の波動関数を用意することが非局所的な操作であることに起因していると考えられる.この問題を避けるために,次に局所的な操作により場に擾乱を与え,それが時間とともに場の中をどのように伝わるかを調べた.先ず,自由な場において時空の原点に擾乱を与えるようなラグランジアンとして次のモデルを考えた.[numerical formula](1.2)ここで,φ(x)はポーズ場(質量mのスカラーボゾン場)の変数である.時刻t<0で任意の初期状態を用意して(1.2)の系で時間発展させt>0での波動(汎)関数をψ_F[φ]とする.そこで,終状態の空間的領域の密度行列ρ[φ^^〜_s,φ_s]を次の様に定義する.(1.3)φ_t:時空の原点(擾乱が加わった点)に対して時間的な領域にある場の変数.φ_s:時空の原点(擾乱が加わった点)に対して空間的な領域にある場の変数.このとき「ρ[φ_s,φ_s]は,Jに依らない」ということを示すことができる.このことは,場に擾乱が加わった点に対し,空間的な領域の状態はその影響を全く受けないということであり,完全に因果律を満していることがわかる.相互作用が存在しても,局所的であるならば同様のことを示すことができる.つまり,シュレーディンガー描像での因果律は「場の擾乱が加わった点に対して空間的な点における密度行列は場の擾乱の影響を受けない」と表現される.さらに,シュレーディンガー描像の因果律の表現からハイゼンベルグの因果律の表現を導くことができる.このことからシュレーディンガー描像の因果律の表現は,ハイゼンベルグ描像のそれと少なくとも等価,又はそれよりも広い概念を含んでいると考えられる.なお,本文中では自然単位系c=〓=1を用いる.
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