本稿では,1938年における厚生省保険院総務局企画課の年金構想を検証し,それによって労働者年金保険の原案である「勤労者厚生保険制度要綱草案」を分析した。用いた資料は,主に国策研究会の報告書等に掲載された戦時労務対策委員会の会議録等である。
その結果,第一に,1938年における企画課の年金構想は,世界恐慌によって把握された社会問題の解決を目的としたこと。第二に,戦時労務対策委員会への川村企画課長による「勤労者厚生保険」の提案は,社会保険をファンドとする「国民労務調整基金案」への抗弁であり,包括された失業保険は戦時労働政策にならなかったこと。第三に,1939年7月に企画課が起草した「要綱草案」は,川村による「勤労者厚生保険」を基礎に技術的事項を具体化したものであり,その目的は,主に「国民生活安定」をスローガンとした少額所得者の防貧だったことが明らかとなった。企画課は,恒久的に機能する公的年金の創設を目指していた。
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