社会政策
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13 巻, 1 号
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巻頭言
特集 仕事の世界における権力関係とハラスメント
  • 大沢 真理
    2021 年 13 巻 1 号 p. 5-18
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     本稿は,社会政策学会141回大会の共通論題「仕事の世界における権力関係とハラスメント」にかんする座長報告である。第2節では,あらかじめ学会HPに掲載された座長メモを敷衍しつつ,まず国際労働機関(ILO)が創立100周年にあたる2019年の第108回総会で採択した条約190号および勧告206号について,その暴力とハラスメントの定義が「差別」と結びつけられていない点に着目する。ついで,暴力とハラスメントの組織的要因という論点を取り上げる。共通論題当日の質問やコメントを適宜行論に織り込んでいる。本稿の第3節は,190号条約および206号勧告の策定過程を,暴力とハラスメントの定義に焦点をあてて振り返る。第4節では,「第4次産業革命」に直面する日本企業が,情報通信分野のイノベーションで立ち遅れている問題に目を向ける。暴力とハラスメントの撲滅に抜本的に取り組むことは,イノベーションへの隘路を拓くことにもつながると示唆する。

  • ――4つの害アプローチ(Four-harms Approach)――
    申 琪榮
    2021 年 13 巻 1 号 p. 19-34
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     セクシュアルハラスメントが減少しない原因の一つに社会の理解が未だ低水準にあることが挙げられる。多くの対策マニュアルや政府の指針ではセクシュアルハラスメントに該当しうる行為の事例が列挙されているだけで,なぜそれが防止すべきことなのかについては理解が得られにくい。セクシュアルハラスメントを根絶するためにまず必要なのは,セクシュアルハラスメントの本質とそれがもたらす害について社会的認知度を高めることである。本稿では,セクシュアルハラスメントとは何か,被害者にどのような害をもたらすかという問いを立てて,セクシュアルハラスメントを理解するための「4つの害(尊厳の害,性差別の害,労働の害,長期的な自己実現の害)アプローチ」を提示する。「4つの害アプローチ」は,構造的な観点を保持しながら,被害者の立場に立ってセクシュアルハラスメントの実態を総合的に捉える視点を与えると考える。

  • 野村 正實
    2021 年 13 巻 1 号 p. 35-45
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     2000年代初めに「パワーハラスメント」という日本語が案出されて以来,「パワハラ」が雇用にかかわる深刻な問題だと認識されはじめた。そして2019年労働施策総合推進法はパワハラについて「雇用管理上必要な措置」を講じるよう事業主に義務づけた。しかし同法はパワハラ防止と被害補償にとって十分といえるものではない。現在,労働法学者や法律実務者さらには産業医によってパワハラの予防と対策が活発に議論されている。しかし,他の社会科学分野からのパワハラ研究はほとんど見られない。このような状況は「パワハラ」概念に起因しているとはいえ,好ましいものではない。日本でパワハラといわれてものは,日本的雇用慣行と表裏一体となっている組織風土と密接に関連している。本稿では日本的雇用慣行・組織風土がどのようなメカニズムで権力によるハラスメントを生みだすのか,試論的に論じる。

  • ――ILOハラスメント撤廃条約と対比して――
    新村 響子
    2021 年 13 巻 1 号 p. 46-58
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     2019年6月,ILOで「仕事の世界における暴力とハラスメントの撤廃に関する条約」が採択された。この条約では,ハラスメントを身体的,精神的,性的または経済的な害悪を与える行為として広くとらえ,雇用契約上の労働者のみならず,インターンや休職者,さらには「使用者の権限,義務,責任を行使している人」も広く保護対象としている。

     一方,日本では,同年5月に,事業主にパワハラ防止措置を義務付ける法律が成立したが,保護対象となる労働者は限定され,ハラスメント禁止条項や刑事罰が規定されていないため,条約が求める水準には至っていない。また,パワハラ,セクハラ,マタハラが別個の法律や指針で規定されているため法構造がわかりづらく,ハラスメントが生じる背景や要因を捉えて解消するという視点も不足している。

     日本でも,これらの課題を踏まえて独立のハラスメント防止法の制定を検討すべきである。

小特集 加賀ワークチャレンジ事業(加賀WCP)の政策過程とその成果:地方部―都市部連携による就労支援事業のコンテクストとガバナンスの分析
  • Introduction to the Special Report
    長松 奈美江
    2021 年 13 巻 1 号 p. 59-62
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー
  • 筒井 美紀
    2021 年 13 巻 1 号 p. 63-73
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     地域雇用政策が実質未経験の加賀市はなぜ,地方創生事業と生活困窮者自立支援事業の接合という挑戦的課題に取り組んだのか。本稿は本小特集の第1論文として,まずは加賀WCPの発端と経緯を概略する。続いて,第2・第3論文で援用される分析枠組みを説明する:多様なコンテクストの織りなしがフロントラインの実践を構造化し,そこから結果が生じる[van Berkel et al. eds., 2017]。

     後続論文の内容を先取りして一言で表わすならば,次のように言える:加賀WCPは,社会サービス供給における不確実性をより大きくした。加賀WCPの政策対象者は,地方創生事業の想定よりずっと多様で不安定で予測困難だからだ。こうした対象者へのサービス供給をめぐる合意形成,それに適したガバナンスの構築は困難であった。本事業は,事業諸主体の理念や目的の「緩やかな連結」[Weick, 1969]によって実行されてきたと言えよう。

  • ――石川県加賀市における加賀ワークチャレンジ事業を事例として――
    神﨑 淳子
    2021 年 13 巻 1 号 p. 74-83
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     本稿は,地方創生事業で行われる仕事づくりが,地域雇用政策として発展する可能性があるか検討することを目的としている。地域雇用政策においては包括的なガバナンス能力の必要性は指摘されているが,地域雇用政策の基盤を持たない地域がその能力をどのように形成するかについては従来十分な検討はなされていない。本稿では加賀WCPを事例に,自治体にとって新規事業ともいえる地方創生事業において,権威と正当性という視点からフロントラインの動機づけが事業のガバナンスにどのように影響したか検討する。加賀WCPでは,当初トップダウンで事業がスタートした後,各関係者が「ルース・カプリング」し,経験豊かな受託事業者の職業的専門性が活かされるかたちで事業が進行した。これらは,地域の生活基盤にかかわる課題を顕在化させる仕組みをつくる一方,行政内部の調整や地域産業との関係づくりには資源制約や権威の側面から課題を抱えることとなった。

  • ――女性起業家による活動の軌跡――
    仲 修平
    2021 年 13 巻 1 号 p. 84-95
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,加賀WCPの受託事業者がなぜ短期間のうちに事業を立ち上げて軌道にのせることができたのかを明らかにすることである。そのためにまず,事業者が拠点とする大阪府下において自治体と民間企業の連携が就労支援事業の遂行に際してどの程度進んできたのかを量的調査に基づいて分析した。そのうえで,受託事業者が大阪府豊中市でいかに就労支援の経験を積んできたのか/それを加賀WCPに応用したのかを質的調査から検討した。

     本調査に基づくと主に2点が明らかとなった。第1に,全国に先駆けて就労支援事業を展開してきた大阪府の自治体において,就労支援の体験や就職先を提供する民間企業と連携することは,例外的な自治体を除くと限定的であった。第2に,受託事業者は数年のうちに約10社と協力関係を結ぶことに成功したが,その背景には就労支援の受託事業を積み重ねてきた経験を,加賀市の状況に調整して再構築できたことによることが明らかとなった。

投稿論文
  • 須田 木綿子
    2021 年 13 巻 1 号 p. 96-106
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     我が国で最初に民営化された公的対人サービスの仕組みとしての介護保険制度に着目し,市場化と管理主義のバランスが事業者に及ぼす影響を,社会学領域の組織理論に基づき,事業者の戦略的退出の視点から検討した。使用したのは,2005年から2018年に東京都内2区の通所介護事業者と訪問介護事業者を対象に実施したパネル調査のデータである。その結果,管理主義が強調される介護保険制度においては,戦略的退出による適応をはかる事業者と継続して存在する事業者が存在し,それら多様な事業者間の相補的関係性が示唆された。また,このように異なる事業者から構成される多元性は,法人格と,法人格以外の組織特性に基づく重層的な構造から成る様子がうかがわれた。得られた観察結果についてサービスの安定性の視点から考察するとともに,今後の課題を整理した。

  • 平尾 智隆
    2021 年 13 巻 1 号 p. 107-119
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     本研究の目的は,スキル・ミスマッチが賃金に与える影響を検証することにある。具体的には,同じスキルを獲得したにもかかわらず,より低いスキルしか求められない仕事に就いた者(スキル過剰者)とそのスキルに見合った仕事に就いた者(スキル適当者)の賃金を比較する。また,より高いスキルが求められる仕事に就いた者(スキル過少者)の賃金をスキル適当者のそれと比較する。労働意欲と仕事満足についても同様の分析を行う。

     分析の結果,①スキル過剰者はスキル適当者に比べて賃金が低いこと,②スキル過少者の賃金はスキル適当者のそれと比べて高いこと,③スキル過剰者はスキル適当者に比べて労働意欲と仕事満足がともに低いことが明らかになった。本研究の分析結果は,今後の経済成長のためには,社会的・企業的・個人的なロスとなるスキル・ミスマッチを回避する手立てを考えることの必要性を提起している。

  • ――就業と離家・家族形成をめぐる日英比較――
    乾 彰夫, 樋口 明彦, 佐野 正彦, 平塚 眞樹, 堀 健志, 三浦 芳恵, Andy BIGGART
    2021 年 13 巻 1 号 p. 120-131
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     1990年代以降,若者の大人への移行は著しく長期化した。若年労働市場の悪化は離家や家族形成に深刻な影響を与えている。しかし国による社会保障制度の差は,それらへの影響に違いをもたらしていることが考えられる。すなわち若者への保障が厚い制度のもとでは労働市場でのリスクは必ずしも直接に離家や家族形成に影響を与えない一方,それが乏しい制度のもとでは影響が直接的であることが予想される。本研究では若者の離家と家族形成への社会保障制度の効果について,日英比較を通しての検証を行う。日本の若者への社会保障は極めて限定的である。一方イギリスのそれは近年大きく後退したもののなお一定の厚みがある。分析結果からは,家族形成において,イギリスでは労働市場におけるリスクに対して社会保障が一定の緩和機能を果たしている一方,日本ではその効果はほとんど見られないことが示された。

  • 栗原 耕平
    2021 年 13 巻 1 号 p. 132-143
    発行日: 2021/06/25
    公開日: 2023/06/26
    ジャーナル フリー

     本稿では,戦間期におけるイギリス港湾産業の産業別全国交渉・協約に,労働組合と使用者それぞれがどのような機能を期待し,どのようにかかわったのかを検討する。

     1920年代前半の港湾産業では,労働組合が賃金・労働条件の最低限規制としての産業別全国交渉・協約の形成・確立を主導し,対して使用者の側は産業別全国交渉・協約の適用範囲の縮小を追求することでローカルな単位での賃金・労働条件決定の余地の拡大を追求した。しかし1930年代になると,使用者の側が産業別全国交渉・協約の適用範囲の拡大を,能率向上を妨げるローカルの制度・規制の解体のために追求し始める。戦間期には,使用者が解体を企図した制度・規制を支える港湾労働者の交渉力や自律性が強化されており,産業別全国交渉・協約の性格の変化は,この制度・規制の維持をめざす労働者のローカルな闘争を,使用者が解体できなかったために生じていたのである。

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