生命保険産業では,近年,非正社員の正社員化が大規模にすすめられている。また,一般職の総合職化といった雇用管理区分の統合も行われている。本研究は,伝統的生命保険会社の雇用管理区分統合をめぐる事例から,人事制度変更の実態とその背景と論理,内実の変化,女性労働へのインパクトについて検討した。
その結果,先行研究ではコースを分けて人材育成することが効率的であると主張されてきたが,雇用管理区分で期待される役割を事前に固定化することは,効率的であるどころか,組織・育成上の課題となっていることが明らかとなった。雇用管理区分は,実際に担う業務にかかわらず,女性に対して社内で「期待される役割」を補助的なものと固定化してきたのに対して,雇用管理区分統合は「能力を発揮する主体」として女性を位置づけなおし,女性の「意思」に能力発揮を働きかける新しいタイプの女性活用策といえる。
(株)クレディセゾンは,2017年9月,「全社員共通人事制度」を導入した。従来の「総合職社員」「専門職社員」「メイト社員」という雇用区分をなくす,画期的な人事制度改革を断行したのである。本論文では,全社員共通人事制度の実態をふまえたうえで,雇用区分を廃止するという人事戦略がなぜ可能となり,現にどのような課題を抱えているのかを,制度改革の背景・要因・効果に沿って,特に労使による新たな規範の受容に留意しながら検討する。まず,背景においては,主にビジネス環境の変化とビジネス利益構造の変化を分析する。次に,要因においては,新たな規範を育む経験がどのように蓄積されてきたのかを中心に分析する。最後に効果においては,従業員から出された反応を中心に分析する。以上に基づき,「雇用区分廃止」が持つ意味と,それがどのような課題を抱えているかを考察する。
創造産業の労働市場は,プロジェクト基盤の短期契約が主で,制度的規制が適用されない非公式な労働市場の特性がある。先行研究では,労働者が自律性と自己実現の価値に合致するという理由から,安定的な雇用と労働権に対する保護より非公式な労働市場体制を好むことを示している。そこで本研究は,フリーランスから正規職労働者に変わった創意労働者がその雇用形態の変化をどのように理解し,行動するのかについて考察した。このため,非正規労働の不安定さを解消するために正規職化政策を推進した韓国の公共放送局で働くフリーランスの放送作家を対象に,2018年から2020年にかけてアンケート調査と面接調査を実施した。2年にわたる正規職転換期間中に放送作家たちがどのように不安定性と働き方,そして作業場での社会的関係間のバランスをとり,それによって雇用形態に対する好みがどのように変化したのかを分析した。
地方自治体とその相手方との契約において,社会政策的基準を適用する実践事例がみられるようになったのは,おおよそ10年またはそれ以上前のことである。本稿では,この間の事例として,地域の労働市場に対する2種類の介入の仕方を紹介する。第1のものは,職種ごとの相場が形成されている建設工事の分野に主眼をおいた賃金条項のある公契約条例である。第2のものは,知的障害者をはじめとする就労困難者の労働力としての定着をはかる手段として,政策目的をふまえた基準で業務委託の相手方を選定する方法である。
公契約条例を通じた,建設工事分野の賃金・労働条件の改善の可能性を検討する。
まず,調査結果に基づき,重層的な請負構造の下での建設労働者の賃金・労働条件の実態を確認する。そのことによって,公契約条例の必要性が明らかになる。
一方で,全国的には公契約条例の制定は進んでいない。公契約条例が制定された自治体数は50超にとどまる。それはなぜか。自治体の課題は何であるのか。公契約条例の制定にどのような条件が必要であるのかを,条例の制定に失敗した自治体の経験もまじえながら考える。
本研究の目的は,エンゲル方式を用いて貧困基準を試算し,現行の生活保護基準額との比較検証を試みて,その有用性や課題を明らかにすることである。試算結果である,夫婦子ども3人世帯の生活扶助基準相当額は,14.0万円~23.2万円と幅のある結果となった。推計モデル[3]のみ低い水準を示したが,推計モデル[1],[2],[4]はおよそ同水準の結果を示しており,消費支出階級の選択よりも,勤労控除の取り扱いをどうするかが,生活扶助相当額を左右していた。絶対性を包含するエンゲル方式では,推計モデル,食料費の構成,生活扶助相当に含む内容など作業段階における判断の裁量によって貧困基準に幅が生じる。分析結果から,2009年時点において,相対的基準がエンゲル方式による絶対的基準を下回っていると結論づけるのは早計であると考えるが,絶対的基準が担保されているかを継続して検証することの必要性を看取できる。
アニメ産業において制作者が用いるスキルは客観的な形式で表現されないが,同業者内では理解可能な形で共有されているという特徴を有する。本稿では,評価の基準が変わりながらその都度の状況に適切な判断がなされることを意味する「浮動する規範」という考え方に依拠しながら,アニメ制作者の語りに基づいて彼らが理解する実力の内実を明らかにした。その結果,同じ監督層であっても,工程全体を見渡すことを経験した制作進行や撮影職出身者と,作画や映像表現に特化したアニメーター出身者では準拠集団が異なっており,それによって異なる技能観を有していることが明らかになった。さらに,アニメーター同士のスキルはそれぞれ自らを他者から差異化することに形式として理解可能なものとなっていた。こうした知見に基づき,客観化されず関係性に基づくスキルであっても,OJTを通したスキル形成が重要性を持つことを示唆した。
本稿の目的は,世帯の経済状況が子どもの食生活にどのような影響を与えているのかを,フード・インセキュリティ(Food Insecurity)という観点から明らかにすることである。分析に当たって,本稿では東京都が2016年に実施した「子供の生活実態調査」における高校生の子どもとその保護者の個票データを用いた。
本稿の分析から,世帯所得は食料を購入することができないといった経験,高校生のアルバイト就労時間を媒介して,高校生の子どもの欠食数に間接的に影響を与えること,また高校生の子どもが摂取する食品群の多さに対しては,食料を購入することができないといった経験,高校生のアルバイト就労時間に加え,母親の就労時間を介して間接的に影響を与えると同時にそれらを介さずに直接的にも影響を与えることがわかった。
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