水利科学
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62 巻, 1 号
No360
選択された号の論文の6件中1~6を表示しています
一般論文
  • 和田 一範
    原稿種別: 研究論文
    2018 年 62 巻 1 号 p. 1-27
    発行日: 2018/04/01
    公開日: 2019/05/31
    ジャーナル フリー

    アミガサ事件(大正3年⟨1914年⟩9月15日)と有吉堤(大正5年⟨1916年⟩ 12月18日竣工)の一連の事件の中で,もっとも大きなクライマックスシーンは,神奈川県庁に押し寄せた数100人の大抗議集団の場面,および内務省からの再三の電報による中止命令と,対岸東京側からの連日100人にも及ぶ監視集団の怒号の中で,道路改良工事に名を借りた堤防工事を進めた地元住民の場面である。その後,内務省の調停を受けてこの一大事件は,一気にハッピーエンドの終息へと向かい,有吉忠一知事の譴責処分と,御幸堤防落成式の場での有吉堤の命名で,一大活劇はいったん幕を閉じる。続いて,2 年後の内務省多摩川直轄事業化に向けて大局は動いてゆく。 これら一連の流れには,時の為政者たちの大いなる政策シナリオがある。 この論文は,既報4件の続報である。これまでの論文で一貫して主張をしているのは,防災の主役,自助・共助と,公助との連携が重要であり,そのモデルが大正年間の多摩川で繰り広げられた,アミガサ事件と有吉堤,そして内務省直轄による抜本改修着工に至る一連の顛末にある,ということである。そこには,現代の防災に通ずる多くの教訓が詰まっている。 重要な視点は,一連の事件が,防災の主役,自助・共助から発信され,公助がこれに呼応するかたちで展開してきたことであり,自助・共助と,公助との連携,鉄の結束が生んだ大きな成果であることである。 そこにはヒーローはいない。 地元住民が自ら発信し,共助としての議員団を動かし,公助である様々な行政機関,村役場,郡役所,県庁の役人,県議会,そして神奈川県知事,さらに多摩川直轄化の流れにおいては,東京府側の議員,東京府の役人,東京府知事,そして内務省の役人たち,内務省次官,譴責処分書の発信者である総理大臣大隈重信までが居並ぶ,一連の連携プレーの勝利なのである。 この一連の大活劇の中で,唯一,悪者として登場して去って行くのは,石原健三知事である。しかしこの人は,そんなに治水に理解のない,災害弱者に冷たい小役人ではない。アミガサ事件直後の現地視察から,県議会での対応などに,アミガサ事件の事後処理のシナリオを垣間見ることができる。 有吉知事においても,良く知られた郡道改良事業着工と並行して,多摩川の直轄改修事業化に向けて様々な取り組みを展開しており,この人なりの有吉劇場とも言うべき,ダイナミックなシナリオが見える。 本論文は,アミガサ事件の勃発から,有吉堤着工までの空白の期間,内務省直轄化に向けて,どのようなシナリオが描かれ調整がなされたのか,論考を行ったものである。

  • 松浦 茂樹
    原稿種別: 研究論文
    2018 年 62 巻 1 号 p. 28-71
    発行日: 2018/04/01
    公開日: 2019/05/31
    ジャーナル フリー

    綾瀬川は,埼玉平野の中央部を流れ,その開発と深く関わっている。今日では備前堤直下からの流れとなっていて,その上流の元荒川と分離されているが,元々は荒川が流下していた。戦国時代になって,備前堤と一体的に慈恩寺台地が開削され,荒川は元荒川筋に転流した。 備前堤の存在を前提にし,下流部では開発が進められた。近世になると,用水源として元荒川からとともに見沼溜井から導水されたが,享保年間には見沼代用水路が整備された。 備前堤には,荒川とともに利根川の氾濫水が襲ってきた。このため備前堤で防御され,その増強を図る下流部と,湛水するためそれを阻止しようする上流部との間で厳しい軋轢が生じた。大洪水のときには上流部は堤防切崩しを行い,自らの水害を少なくしようとした。両者間で堤防の高さを決めるなど調停が図られたが,近世では解決に至らなかった。 近代になると,利根川・荒川では国直轄により改修が進められ,それを背景に埼玉県は綾瀬川改修を行おうとした。だが下流部は東京府内を流下する。下流部を改修しないと埼玉県内では進められない。府県間で対立となったが,結局は,かなりの費用を埼玉県が負担し,埼玉県で事業は進められた。

  • 中村 徹立, 山田 正
    原稿種別: 研究論文
    2018 年 62 巻 1 号 p. 72-93
    発行日: 2018/04/01
    公開日: 2019/05/31
    ジャーナル フリー

    利根川から手賀沼,江戸川へ浄化用水,都市用水を導水する北千葉導水路には,カワヒバリ貝が付着し,施設のメンテナンス上,支障がある。導水停止により導水管内のカワヒバリ貝を低酸素状態で死滅させるには,導水管内の水が導水停止から低酸素状態になるまでの日数に,低酸素状態での貝の生存日数を加えた日数を要する。死亡した貝は自然剝離し,導水の掃流力で大部分は管外に排出されると推定される。なお,導水管は 2 条あり,導水運用を確保したまま,1 条の導水停止ができる。2 条ある導水管の内,1 条を夏期に 1 月間,実際に導水停止してカワヒバリ貝の死滅状況を確認した。導水管の再塗装時に付着したカワヒバリ貝の人力除去が必要となるが,その前年に 1 条停止し,付着したカワヒバリ貝を酸欠死滅,自然剝離させれば,カワヒバリ貝の人力除去日数を軽減できる。ただし,大量斃死による水質悪化の懸念がある場合は,再塗装の前年以外にも一定頻度で 1 条停止を行うことが望ましい。

  • ──住民の意見や気づきを河川・防災に活かすために──
    田中 隆文, 熊谷 冴矢子, 大津 悠暉, 西田 結也
    原稿種別: 研究論文
    2018 年 62 巻 1 号 p. 94-118
    発行日: 2018/04/01
    公開日: 2019/05/31
    ジャーナル フリー

    事業に住民の意見を反映させようというボトムアップ的な意見集約手法が形骸化してしまってはいけない。ファシリテーターの技量に負わせてしまうのではなく,発言を阻害する人文・社会学的な要因を探り,ボトムアップ的発言を醸し出す方策について研究が推進されるべきである。本報告では,バーンスティンの「限定コード/精密コード」及びダグラスの「Group Grid 理論」そして藤垣の「硬い科学観」を踏まえ,ボトムアップ的発言を醸し出す場の特徴を解析する手法を提案した。この手法は,「硬い人文的な使命感 OCM」,「硬い社会的な使命感 OSS」,「硬い自然科学的な使命感 OND」の三つの類型化指標を用い,社会的活動を八個の領域に区分しその性質を明らかにするものである。例えば「原子力村の開発研究」は三つの類型化指標のいずれもが"硬い使命感"である領域に分類された。様々な社会活動に本手法を適用した結果,各活動の特徴を露わにでき有用であることがわかった。そこで次に,サイエンスカフェやシナリオワークショップなどのボトムアップ的な意見集約手法の特徴を分析し,ボトムアップ的発言を醸し出すための留意点を提示した。

森林と放射性物質シリーズ
  • 金子 信博
    原稿種別: 研究論文
    2018 年 62 巻 1 号 p. 119-133
    発行日: 2018/04/01
    公開日: 2019/05/31
    ジャーナル フリー

    福島第一原子力発電所事故により環境が放射性セシウムで汚染された。住居や公共施設,そして農地は除染が進んだが,森林の除染については,汚染された森林面積が広大であることや,除染廃棄物の処理の点から一部を除いてほとんど行われていない。そこで,森林生態系の仕組みを活用し,木質チップを散布して除染を行う方法(マイコエクストラクション)についてその原理をデータに基づいて解説した。森林では放射性セシウムのほとんどが土壌の表層に集積しており,伐採した樹木をチップ化して林床に敷設すると自然に菌類が繁茂し,土壌からチップへ放射性セシウムを移行させる。その後,林床からチップを除去することで森林から放射性セシウムを除去できる。この方法は,植物による吸収(ファイトレメディエーション)よりはるかに効率が良い。菌類がカリウムを多量に必要とすることを利用しており,コストや環境影響の点,ならびに森林施業の継続の点ですぐれている。

連載
  • 〜横浜市金沢地区を中心とした三浦半島周辺の探索調査〜
    山口 晴幸
    原稿種別: 研究論文
    2018 年 62 巻 1 号 p. 134-160
    発行日: 2018/04/01
    公開日: 2019/05/31
    ジャーナル フリー

    金沢地区は神奈川県横浜市の南端部に位置し,鎌倉市と近接する東京湾に面した地域である。鎌倉幕府開設を機に,鎌倉への陸路・海路の要所となり,人物・物資の往来はもとより,幕府武将らが館を構えるなど,一気に賑わいをみせ,中世鎌倉時代から歴史的に発展してきた地域である。鎌倉〜江戸〜明治時期には,殊に,平潟湾の千変万化する風光明媚な海風景が旅人・墨客らを魅了し,全国的に人気の観光スポットとして名を馳せてきた。また,近代の戦前期頃までは,金沢の海風景をこよなく愛した政治家・文化人などが別荘・別邸などを建てて住み着き,海浜保養地としても知られていた。 このような時代的背景と変遷の下,金沢地区では,中世鎌倉時代からの貴重な歴史的構築物や遺跡・文化財などが数多く保全・伝承されてきた。その中でも主に,ここでは,歴史的な人物や遺産・遺構などと関連し,伝説・逸話・口碑などを秘めた古水や史跡水(水場や水辺も含む)にスポットを当てた探索調査を試みている。 本稿では,古き時代からの変遷と共に,地域の生活・習俗・文化等の発展史に深く係わってきた古水・史跡水・水場を「時代水」と称して着目し,先代人に纏わる利水的な遺構や関連する遺物などを中心に取り上げ,関係する人物や歴史的な時代背景などを織り交ぜて,その来歴・変遷・現状などを解説している。殊に,先代人の利水や水工に纏わる「水」への思いや発想・構想における英知・苦難などに触れることで,今後に継承すべき事柄に光を照らし,利水技術や水工物の古事来歴を顧み,再考する機会になればと願っている。

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