本稿では,治山砂防事業が対象とする様々な土砂災害を土砂流出現象として統一的にとらえ,流域スケールで土砂流出現象を取り扱う事の意義を自身の研究を中心にしてレビューした。流域内に分布する土砂を,山腹斜面からの土砂生産量,河床への土砂滞留量,河床からの流域外への土砂流出量に分け,一定期間における土砂生産量に対する土砂流出量の割合を土砂流出速度と定義した。山地流域では,斜面崩壊,土石流,洪水氾濫などの移動形態にかかわらず,流域サイズごとに土砂流出速度を特定することができ,流域サイズが増加するにしたがって土砂流出速度は減少する。また,流域の土砂流出速度は,土砂生産の後に大量に河床に滞留した土砂が一定量に減少するまでの緩和プロセスによって支配されていることを明らかにした。緩和プロセスは,土砂生産の起きる間隔すなわち再帰時間と,滞流土砂が一定量に減少するまでの緩和時間とで表され,これにより河床上昇河川と河床低下河川とが出現することが示唆された。このように土砂流出現象の流域スケールでの把握は,国際的にはメジャーな方法であり,災害予測や治山砂防計画においてきわめて重要であることを述べた。
遺伝的に優れた特性を有する種苗を作り出す林木育種においては,現在,第1世代の精英樹同士の交配により,成長特性等がより優れた第2 世代の精英樹が「エリートツリー」として選抜されつつある。これらエリートツリーを中心として,「森林の間伐等の実施の促進に関する特別措置法」(以下,「間伐等特措法」という)に基づく特定母樹としての指定・普及が進められており,今後,二酸化炭素吸収能力の高い森林の造成による地球温暖化対策や,造林初期投資の縮減等を通じた林業の成長産業化への貢献が期待されている。一方,森林の防災・減災機能のうちその中心となる森林の表層崩壊防止機能は,主に崩壊面に生育する林木の根系が斜面の抵抗力を補強することにより発揮されており,森林の成長と高い相関関係があること,間伐等適切な森林管理によりこれらの機能の維持向上が図られることが明らかになりつつある。このため,地上部(幹,枝)のみらず地下部(根系)の早期成長が期待されるエリートツリーの導入は,主伐・再造林後の森林の表層崩壊防止機能の維持・強化を通じて,強くしなやかで緑豊かな国民生活の実現を図る「緑の国土強靭化」にも大きく貢献することが期待される。 今後は,エリートツリーの増殖の高速化を図りながら,造林後のエリートツリーの根系発達等に関する調査研究や,その特性を最大限発揮させるための施業体系の提示に取組んでいくことが重要である。
大きな水害被害は破堤に伴って発生する。しかし,個別の破堤や氾濫現象を分析した研究は多いが,多くの事例に基づいて,破堤現象を越水→破堤→氾濫の各プロセスごとに,詳細に考察した研究はあまりない。そこで,本研究ではこれまでに発生した破堤・氾濫現象,関連する計算・実験結果,破堤・氾濫現象に関する各種特性について考え,包括的に破堤氾濫現象を明らかにするものであり,破堤氾濫に関するノウハウ集とも言える。更に甲府盆地を対象にした氾濫対策として,開発した氾濫シミュレータについて解説した。
明治29年(1896年)制定の旧河川法の手続きにあたって,それ以前にすでに大連続堤が整備済みであった東京府側が,これを了解しなかったために,内務省の河川堤防としての建設の認可が下りなかったものである。大騒動の後の内務省の最終調停は,東京側の堤防よりも三尺(約90cm)低くするという条件で,神奈川県側の新堤建設を認めるものであった。 一方,平間の渡し下流にはそもそも150間(約270m)の大きな突堤が,神奈川県側から東京府側に突き出すように整備されていて,長年有効に機能していた。この突堤は,背後にある神奈川県橘樹郡道兼用の伊勢浦堤と食い違うように配され,二つをあわせて霞堤としても機能していた。 神奈川県側,御幸村のこの地先には大変有効であったこの突堤は,対岸東京府側矢口村には,洪水流を対岸に向ける,脅威であった。東京府側,矢口堤防に大きな脅威をもたらすこの突堤を,矢口村の地域住民は相当,嫌っていた。 有吉堤の騒動の当初,神奈川県側は,この突堤と伊勢浦堤をつなげて,さらに上流側無堤地区の新堤につなげるという工事を始めたので,対岸の住民はたまらない。結局,この突堤の扱いは,内務省,東京府,神奈川県の三者調停の中で,最後までもめる最大の懸案事項となった。 このたび神奈川県立公文書館所蔵の飯田家文書(ID2200710116,ID2200710134)において,その後の顚末の全ぼうが明確になる新たな資料を見いだしたので,活字にして紹介するとともに,防災にかかる教訓として分析をしてみたい。それは,有吉堤の大騒動の結着に続く,次の大きな幕のドラマであり,さらには多摩川直轄改修への道につながる,橘樹郡の連携の復活劇である。 防災の基本である,防災の主役,自助・共助と,公助との連携の教訓の,歴史的なモデルがここに見いだされる。
近年,多発する集中豪雨による流木等被害に対する山地防災力を高めるため,荒廃山地における復旧整備とともに山地災害危険地区の重点的・集中的な復旧・予防対策の推進が急務であるが,これまでの治山事業の優先度は,治山技術者の経験をベースに現地調査結果に基づき評価を行っており,より広範囲を効果的かつ効率的に評価する手法の確立が課題となっていた。 そこで筆者は,先進技術である航空レーザ測量データの活用に着目し,山梨県の峡南林務環境事務所管内のうち山地災害危険地区が密集し,山腹崩壊地等も集中する御殿山地区にて,既存のレーザデータから得られる情報から広域の地形解析や森林解析を行い,その結果を事業実施箇所の選定における優先度評価にフィードバックする手法について検討した。また事業優先度が高いと評価された地区に対して,レーザデータを利用し想定土砂量を算出し,効果的な施設配置計画を効率的に策定するなど,治山事業における航空レーザ測量データの活用の有効性について総合的な検証を行った。
NPO 法人雨水市民の会は,東京の下町墨田区で頻発する都市型洪水や渇水の経験をきっかけとして発足し,以来25年間雨水の利活用について普及啓発を行ってきた。産官学民の連携の中で雨水活用が広まり,2014年には「雨水の利用の推進に関する法律」が施行された。度重なる大災害を経験し,雨水をまちに面的にとどめ貯留・利用・浸透することが重要と認識されつつある。さらに広く雨水活用を進めるには,溜めた雨水への不安や不信感を払拭することが大切と考えた。そこで首都圏を主として雨水タンクの実態調査や,溜めた雨水の 水質調査を行った。その結果,タンクの立地や大きさ等に関わらず,雨水に無機成分や有機物の汚染,細菌の汚染はあまり見られず,ほぼ無色透明な軟水であることがわかった。普段から集水面等をチェックし,五感で日常的に水質状況を把握していけば,非常時にも安心して使える水資源である。まちに健全な水循環を取り戻すため,雨水を水循環の要として,幅広く市民に雨水活用の普及啓発等を進めたい。