水利科学
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63 巻, 2 号
No367
選択された号の論文の7件中1~7を表示しています
一般論文
  • 松浦 茂樹
    2019 年 63 巻 2 号 p. 1-24
    発行日: 2019/06/01
    公開日: 2020/08/05
    ジャーナル フリー

    今日,通説として近世に関東流,紀州流なる河川工法があったといわれている。関東流は,近世初期,関東郡代をついだ伊奈家によって行われたもので,治水面では堤防は小さくて越流・氾濫させる,水利面では湖沼を水源として用水と排水とは分離させない。一方,紀州流とは近世中期に井澤弥惣兵衛為永によって始められたもので,堤防は高くし氾濫させない,用水は遠方から導水し用水と排水は分離させるとするものである。

    たしかに,近世において関東流,紀州流の用語が識者により,また現場でも使用されていた。だが,その内容は堤防・圦樋の形状など技術の細部についてであって,工法全体のことではない。しかし,関東流,紀州流の用語こそ使用していないが,真壁用秀によって近世中期に新たな工法が始められたことが主張された。その背景として,河川管理の制度が享保年間に大きな転換をみていた。

    関東流,紀州流の通説は,近代になって創られていった。まず明治時代,吉田東伍によって治水面からの通説がほぼ唱えられた。それを受け戦後になって菊地利夫により,利根川東遷事業とも関連させて治水面の通説が明確に確立された。また水利面についての通説も菊地によって確立された。これらの通説が妥当かどうか,伊奈家そして井澤が活躍した埼玉平野でみるならば,そのような評価は困難である。

  • 末次 忠司, 相澤 風雅
    原稿種別: 研究論文
    2019 年 63 巻 2 号 p. 25-37
    発行日: 2019/06/01
    公開日: 2020/08/05
    ジャーナル フリー

    洪水防御のための治水対策として,河道改修が実施されたり,ダムや放水路などが建設されている。しかし,河道沿いに建物が連担している場合は河道改修が困難であるし,ダムや放水路は地域や河道に与えるインパクトが大きい。これに対して,遊水地は必要な用地を確保できれば,確実に洪水調節を行え,しかも平常時は洪水調節以外の活用が可能である。そこで,全国で洪水調節に活用されている遊水地や調節池のなかで,特徴的な遊水地を対象に,その概要,洪水調節効果,洪水調節機能を発揮させるための工夫などについて考察を行った。

  • 村上 哲生
    原稿種別: 研究論文
    2019 年 63 巻 2 号 p. 38-53
    発行日: 2019/06/01
    公開日: 2020/08/05
    ジャーナル フリー

    木曾川中流域(岐阜県八百津町〜愛知県犬山市)の天然製氷施設の分布,製法や生産量,及び天然氷製造の衰退要因について,文献資料調査と現地観測に基づき報告する。対象の地域では,木曾川左岸沿いの,南からの日射を遮る山が川に迫る地形に製氷施設は集中していた。また,製氷施設附近には,例外なく川湊があり,氷の移出に舟運の便が不可欠であったことが窺える。製氷施設には,斜面に製氷池を設ける方式と,河川敷を製氷池として利用する方式があり,前者では池の跡の石積みが現在も残っている。生産効率はいずれも著しく悪く,一冬で池の面積100m2当り3〜5トン程度と推定された。この地域の天然製氷の記録は,一部の地域を例外として,1920年以降途絶える。製氷事業の衰退は,機械氷との価格競争に対抗できなかった可能性が大きく,1900年代初頭の一時的な温暖化の影響は小さいと考えられる。

  • 山口 晴幸, 酒井 裕美
    原稿種別: 研究論文
    2019 年 63 巻 2 号 p. 54-108
    発行日: 2019/06/01
    公開日: 2020/08/05
    ジャーナル フリー

    車両・工場・焼却施設等から排出される排気ガスや煤煙・煤塵からの窒素・硫黄酸化物を始め,PM2.5などの微小粒子状物質や生活環境の中で幅広く使用されている重金属類等の有害化学物質は,発生源の特定が難しい非特定供給源の汚染物質となる場合が多い。それらは大気汚染の誘発に留まらず,ひいては地表面に降下して吸着・沈着し,土壌・水質汚染等を引き起こすことが指摘される。特に,巻き上げ・飛散や降水による流出・移動性の高い土壌表層部に含まれる粒径75μm 以下の微小粒径土粒子,所謂「微細土粒子(マイクロ土粒子75)」は有害化学物質の吸着性が高く,経口摂取による健康被害や河川・海洋等の水系に流出して,二次的汚染因子となることが懸念される。 本稿では,人為的活動の活発な市街地生活圏での園地,砂場,グラウンド等の地表面の表層部土壌を対象に,特に,土壌に含まれている微細土粒子(マイクロ土粒子75)に着目して,基本的な土質・化学物性を始め,構成する主要元素・酸化物成分組成や重金属類等の含有・溶出性に関する化学成分特性の解明を試みている。さらに,土壌の環境化学的評価への解釈・議論に役立てるために,酸化物成分組成に基づいた新たな土壌分類方法を考案している。

近年の土砂災害シリーズ
  • 岡本 隆, 阿部 俊夫
    原稿種別: 研究論文
    2019 年 63 巻 2 号 p. 109-122
    発行日: 2019/06/01
    公開日: 2020/08/05
    ジャーナル フリー

    2016年(平成28年)台風10号は,気象庁の観測開始以来はじめて東北地方の太平洋側へ上陸し,岩手県の小本川,閉伊川流域を中心とする北上山地東部に甚大な土砂災害をもたらした。現地調査によれば当該地域では大規模な斜面崩壊は発生しなかったにもかかわらず,渓流域から土石流や土砂流形態による大量の土砂流出が認められた。山腹斜面の薄い表土層とは対照的に,渓流域には厚い渓岸・渓床堆積物が認められ,これが土砂流出の主たる生産源と考えられた。台風の接近,通過時には岩泉町(アメダス岩泉)で最大時間雨量70.5mm/h,総降雨量250.5mm を記録するなど各地で200mmを超える降雨量を記録した。最大時間降雨量の確率年は岩泉町で305年と算定され,現地では極めて激しい短時間降雨が生じた実態が明らかとなった。以上より当域で発生した土砂災害のプロセスを推定すると,台風通過時に生じた短期の集中豪雨は山腹斜面で保水されず,速やかに渓流域へ流出して異常出水が起き,渓岸崩壊や渓床堆積物を巻き込んで大量の土砂流出をもたらしたと考えられた。

  • 岸 功規
    原稿種別: 研究論文
    2019 年 63 巻 2 号 p. 123-133
    発行日: 2019/06/01
    公開日: 2020/08/05
    ジャーナル フリー

    平成28年(2016年)熊本地震(以下,「熊本地震」という。)により,熊本県,大分県を中心に広範囲にわたり山腹崩壊が発生し,人命・財産が失われるなど甚大な被害が生じた。また,山地の斜面においては,亀裂が多数発生するなど地盤が脆弱な状態となったと考えられた。林野庁では,熊本地震による山腹崩壊等の被災箇所が広域に及ぶこと,森林には立木が存在し,ヘリコプターによる上空からの目視調査では亀裂や小崩壊の特定が困難なこと,今後の豪雨に備えて山腹崩壊の危険性を早急に把握する必要があることから,震度6弱以上の市町村及びその周辺の山腹崩壊等の発生が多く見られた市町村を対象に,約2,800km2の範囲で,高密度(4点/m2以上)の航空レーザ計測を実施した。その結果を判読・解析することにより,亀裂及び崩壊箇所を把握し,それらをプロットした崩壊箇所等位置図を作成して,熊本県,大分県及び関係市町村に情報共有し,今後の豪雨時等に際しての警戒避難体制の整備等に活用いただいたので,これらの取組について報告する。

ニホンジカシリーズ
  • 田村 淳
    原稿種別: 研究論文
    2019 年 63 巻 2 号 p. 134-146
    発行日: 2019/06/01
    公開日: 2020/08/05
    ジャーナル フリー

    自然植生の回復のためにシカ柵(以下,柵)を設置したとしても,必ずしも以前の植生に戻るわけではないこと,また,柵を設置したら数十年スケールで維持する必要があることを,丹沢のブナ林とモミ林の研究事例から紹介した。ブナ林の事例では,同一斜面上の設置年の異なる2基の柵において,柵内各1群と柵外から1群の計3群の土壌を採取して,撒きだし試験により埋土種子の組成を調べた。シカの採食に弱い多年草の個体数は3群ともにほとんど無かったことから,シカの採食に弱い多年草の回復は埋土種子に頼ることはできず,地上部に植物体があるうちに柵を設置する必要があると考えられた。モミ林の事例では,林冠ギャップ下と閉鎖林冠下に柵を10年間設置してモミなど10種の稚樹の樹高成長を調べたところ,すべての樹種はギャップ下の柵内で樹高が高くなっていたが,モミの樹高は最大で37cm であった。林冠下の柵内では樹高は当初と変わらず20cm 未満であった。モミ林ではギャップが形成されてから柵を設置する方がよく,それでも柵を数十年維持する必要がある。以上のように,柵による植生回復には限界があり時間がかかるものの,衰退した自然植生や脆弱な生態系では優先して柵を設置することが望まれる。

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