水利科学
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63 巻 , 6 号
No371
選択された号の論文の8件中1~8を表示しています
一般論文
  • 松浦 茂樹
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 63 巻 6 号 p. 1-14
    発行日: 2020/02/01
    公開日: 2021/05/05
    ジャーナル フリー

    土木事業は,河川,道路,鉄道,港湾などの社会インフラを整備する事業である。近世,主に「普請」とよばれていた。また建築は「作事」とよばれていた。一方,王政復古のもとに成立した明治新政府は,古代律令官制を参考に政府職制を定めていき,当初,土木は会計官事務の一つである「営繕」に含まれ,営繕司が担当した。「営繕」は,土木と建築をあわせた事務を行った。その後,民部官が新設されて土木司が置かれたが,公共建築物は「営繕」として会計官が担当した。土木と建築の事務は分離されたのである。 明治2(1869)年から3年にかけて民部省と大蔵省の設立と合併また分離が行われ,さらに4年7月には民部省は廃止となり,土木事業は工部省土木寮が 所管することとなった。ところが,同年4月土木寮はふたたび大蔵省所管となり,営繕寮を吸収して土木寮は存続した。 明治6(1873)年,地租改正条例が制定され,これを背景に翌年内務省が設立されて土木寮はここに移管された。10年,内務省は土木局と改正され,昭和6(1931)年まで55年間続いた。ここに用語「土木」は定着した。つまり,統 治のための政治職制から用語「土木」は定着したのである。なお農業水利事務は,明治14年の農務省の誕生により内務省土木局から分離した。

  • 河野 修一, 江﨑 次夫
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 63 巻 6 号 p. 15-39
    発行日: 2020/02/01
    公開日: 2021/05/05
    ジャーナル フリー

    近年,愛媛県内に天然生広葉樹林と竹林を含めた放置森林が増大している。 一方で森林に及ぼす外的因子の降雨量や降雨強度は,地球温暖化の影響により増加傾向にある。そのため,愛媛県においても森林を発生源とする災害が増大傾向にある。災害を減らす,あるいはこれ以上増加させないためには,森林の持つ土砂流出及び山地崩壊防止機能などの,いわゆる公益的機能を最大限に発揮させることが求められる。そのためには当然のことながら森林整備が必要である。その森林整備の具体的な数値目標となりうるのが土壌浸透能であると考え,県内で森林を有する19市町,228箇所で浸透能を測定した。その結果,森林整備を実施したスギ・ヒノキ人工林の浸透能の最大値は230mm/ hr,放置森林の浸透能の最小値は60mm/hr であり,極端な相違が認められた。天然生広葉樹林と竹林も同様な傾向であった。防災・減災,そして,森林資源の有効活用という視点から放置森林の早急な整備の必要性を指摘した。

  • 末次 忠司
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 63 巻 6 号 p. 40-60
    発行日: 2020/02/01
    公開日: 2021/05/05
    ジャーナル フリー

    平成時代は昭和時代ほど経済成長率が高くなく,また少子高齢化など,社会的に活力低下が見られた時代であった。豪雨が顕著となり,豪雨や洪水に頻繁に「異常」が付けられるなど,平成は災害の時代とも呼ばれた。低経済成長下にあって,東日本大震災もあり,防災に関する考え方や施設の計画・設計にも変化の兆しが見られたし,多数の大型治水施設も建設された。携帯やスマホの普及により,情報収集・伝達方法も変化し,アプリによる気象情報収集も一般的となるなど,ソフト対策も転換点を迎えた時代であった。利水は昭和から継続的に進められたが,環境は河川法が改正され,また環境に対する機運の高まりを受けて,様々な事業や対策が打ち出された。しかし,平成中期以降は災害の多発によって,環境施策が防災施策に押されがちな傾向が見られた。本報では,平成時代の治水,利水,環境に関する動向を整理するとともに分析を行い,総括することを目指したものである。

  • 饗庭 靖之
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 63 巻 6 号 p. 61-92
    発行日: 2020/02/01
    公開日: 2021/05/05
    ジャーナル フリー

    1 生物を保護する理由は,従来,生物の人間にとっての利用価値で説明されてきたが,国連の世界自然憲章や生物多様性条約により,生物自体に内在する価値を尊重することが,人間にとっての利用価値と併せて,保護の根拠とされるようになっている。

    2 生物を保護するためには,地球の自然環境を保全しなければならない。 生物の保護の仕方について,生物多様性条約は,生物多様性を保全することだとしたが,生物多様性の保全とは,個々の生物を保護することではなく,生物の集合体である生態系を保護することである。そして,生態系を保護することは,生物を質と量の両面で保全することが必要であり,生物の宝庫である森林を保全することが最も重要である。 ところが,森林は,現在のペースで400年あまりで地球上から消滅するという危機的な事態にある。 しかし,1992年の国連環境開発会議は,森林を保全するための条約づくりに失敗し,その後4 半世紀にわたってその状態が放置されており,これを変えて森林を保全することについての世界のコンセンサスを作らねばならないのが今日の課題である。 生物多様性でホットスポットとされる熱帯雨林など豊かな自然を有する開発途上国における森林減少の人為的原因は,①森林の伐採権を業者に与えるコンセッションが政府の財政補てんのために過度に設定されること,②膨大な貧困層の存在による住居や農地などの土地需要などにあると言われるが,その解決基準は,世界自然憲章に示されており,その内容である,アセスメントを前提とした森林経営と森林の地目転換を各国に要求する条約を作る必要がある。

    3 国連環境開発会議が,森林を保全するための条約づくりに失敗したのは, 先進国が,開発途上国の森林を利用し開発する行為に干渉するのは,森林を開発し尽くした先進国が開発途上国との経済格差を固定しようとする陰謀ないしはエゴイズムだと受け取められたからであるが,このような停滞原因を除去し,世界の森林の減少のスピードを落とすためには,日本や米国などをはじめとする先進国は,過去において森林を他の地目に転換した土地を,再度森林に戻す努力を行う必要がある。

  • ―日本人の河川観―
    池末 啓一
    原稿種別: その他
    2020 年 63 巻 6 号 p. 93-102
    発行日: 2020/02/01
    公開日: 2021/05/05
    ジャーナル フリー

    親鸞は「それがし閉眼せば賀茂河にいれて魚に与うべし」という言葉を残している。浄土真宗では喪葬一大事を否定するような意味をもつ言葉とされてきた。親鸞は,自らを必ず水葬にするようにと言い残したのであろう。葬制には水葬・林葬・土葬・火葬などがあるが,親鸞のこの言葉を通して,日本人の河川観・葬制観などを考察した。わが国では古代・中世には水葬・林葬が,一般庶民の間では行われてきた。これらの葬制を親鸞のみならず一遍らも望んでいた。この二つの葬制は大乗仏教的には,布施の最高形態の「利他行」の実践に当たる。「利他行」が,古代(仏教伝来以後)・中世の日本人の河川観・葬制観を形成していたと考えられる。水葬・林葬は今日的な表現をすれば,生態学的循環と考えられる。さらに,わが国には別の河川観もある。それは「禊」,「祓い」と言われて罪や穢れを除き去るというものである。これは,「水に流す」という言葉に象徴されるもので,日本人の人間関係や精神構造にも深くかかわっているかもしれない。

海岸林シリーズ
  • ──冬季の気象環境および防風機能──
    鈴木 覚, 萩野 裕章
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 63 巻 6 号 p. 103-124
    発行日: 2020/02/01
    公開日: 2021/05/05
    ジャーナル フリー

    林帯の防風機能に関して,林帯幅の広い林帯あるいは海岸防災林における観測事例は多くない。そこで,防風機能の発揮が期待される冬季における気象環境および防風機能を秋田県の割山海岸林において観測した。観測地の冬季の気象環境は林帯と直交する海風が卓越し,風速の鉛直分布,乱流強度ともに海岸域で観測される典型的な値であった。しかし,風向による不均一性がみられ,林帯に直交する風よりも北よりの風は乱れが大きい傾向があり,風向ごとの地表面状態の違いを反映していると考えられた。減風範囲は林帯幅が広い内陸防 風林と比較して,樹種や林帯幅に関わらず,ほぼ同じ値を示した。また,防風機能を良く表現しうるとの報告がある,林帯幅と幹枝葉の面積密度との積を指標に防風機能を検討したところ,内陸防風林の観測事例で作られた回帰式とよく一致した。

「後世に伝えるべき治山」60選シリーズ
  • 宮前 崇
    原稿種別: 研究論文
    2020 年 63 巻 6 号 p. 125-137
    発行日: 2020/02/01
    公開日: 2021/05/05
    ジャーナル フリー

    岩手県一関市西部に位置する磐井川地区は,地すべりの多発地帯であり,昭和22(1947)年のカスリン台風や昭和23年のアイオン台風では,地すべりを含む大規模山腹崩壊が発生し,一関市街地へ土砂流入等の甚大な被害をもたらす要因となった。その後,昭和30年代には融雪等により地すべりの動きが活発化したため,岩手県から国による直轄事業着手についての強い要請を受け,昭和44(1969)年度に青森営林局(当時。現東北森林管理局)から直轄地すべり防止事業に着手した。 平成20(2008)年の岩手・宮城内陸地震では,当時地すべり対策済の区域内では甚大な災害は起きなかったものの,震源に近い事業地周辺で大規模な地すべりが複数発生したため,事業区域を拡大し一体的に対策することとした。 排水トンネル工や集水井工等の抑制工を中心に,アンカー工や杭工等の抑止工,地すべり末端部の侵食防止を目的とした渓間工等を施工してきたところ,地すべりの動きは沈静化し,平成31(2019)年3月,半世紀にわたる本事業の所期の目的を達成した。

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