経済地理学年報
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68 巻, 1 号
特集 ネットワークとロカリティの経済地理学
選択された号の論文の11件中1~11を表示しています
表紙
発刊の辞
特集論文
  • ―英語圏の経済地理学理論における「ヘゲモニー化」?―
    宮町 良広
    2022 年 68 巻 1 号 p. 4-28
    発行日: 2022/03/30
    公開日: 2023/05/19
    ジャーナル フリー

        本稿は,21世紀初頭の20年間で英語圏の「広義の経済地理学」に急速に浸透し「ヘゲモニー化」したともいわれるグローバル生産ネットワーク(GPN) 論について,内容の整理・紹介,同論をめぐる成果や批判,論争の検討を通じて,同論の意義を考察することを目的とする.GPN論の独自性は,第1に非企業主体を取り込む一方で企業主体の一つとして戦略的パートナーを同定したこと,第2 に主導企業型と戦略的パートナー型の企業間ネットワークを提起したこと,第3に因果メカニズム解明のために3つの動的諸力を定めたこと,第4に企業戦略の4 パターンを見いだしたこと,第5 に地域経済発展を解明する新概念として価値獲得曲線および戦略的カップリングを提起したことに整理できる.
        2010年代以降,GPN関連の研究が多数発表された.それらはGPNの定義の拡張,動的諸力概念の検証,企業戦略の分析,価値獲得曲線・戦略的カップリング概念と地域発展に区分される.さらに隣接領域である,国家,金融,労働,環境面での研究が増えた.他方,GPN論には地域的不均等発展に関する研究が不足しているとの批判もある.それに対してGPN論の主唱者は同論が大理論ではなく中理論であると反論し,また「ヘゲモニー化」などの賞賛論については慎重に受け止めている. GPN論の複数の概念は日本の経済地理学にも有用であることから,日本でも今後浸透する可能性をもつ.

  • ―九州・山口の自動車産業集積を事例として―
    藤川 昇悟
    2022 年 68 巻 1 号 p. 29-46
    発行日: 2022/03/30
    公開日: 2023/05/19
    ジャーナル フリー

        九州・山口の自動車産業集積は,トヨタ,日産,ダイハツ,そしてマツダのグローバル生産ネットワーク(GPN) に接続されることで,1990年以降,急速な成長を遂げた.現在,国内の自動車生産の約20%を占める国内第3の生産拠点である.本稿の目的は,九州・山口に進出する自動車メーカー4社のGPN,とりわけ組立工場群のグローバルな分業に着目することで,この九州・山口における自動車産業集積の持続可能性を検討することである.本稿は,九州・山口における生産モデルが,九州・山口以外の地域も含めどこで生産され,そして世界中のどこで販売されているのかを分析することで,この問題に取り組んだ.
        本稿の結論は以下の通りである.日本の自動車メーカーは,2010年代,積極的に生産のグローバル化を進めた.このなかで日本の自動車メーカーは,国内から海外へ小型車を移管すると同時に,高級車や中型車の輸出を増やすことで,国内生産を維持している.そして,これらの高付加価値なモデルの輸出拠点として選ばれているのが,九州・山口の組立工場である.それゆえ自動車の生産台数の維持という量的な観点からみると,九州・山口の自動車産業の持続可能性は高いといえる.

  • 中澤 高志
    2022 年 68 巻 1 号 p. 47-73
    発行日: 2022/03/30
    公開日: 2023/05/19
    ジャーナル フリー

        本稿は,留学に関する英語圏の研究の批判的検討を通じて,日本における留学に関する地理学的研究の発展に寄与することを目的とする.留学をとらえる際には,移住―定住ではなく,移動―定位という分析視角が重要である.人口地理学は学生の国際移動を発生させ方向付ける構造に注目してきたのに対し,教育地理学は主体に目を向けて留学の意思決定やその意味を問うてきた.いずれの研究も人的資本論に類する経済決定論に陥るきらいがあったが,近年はそれを克服する研究が登場している.オーストラリアやニュージーランドの研究者は,都市社会地理学的背景から,留学生の排除と周縁化をもたらす都市空間がいかにして生成し,留学生がどのように自らをそこに定位しようとしているのかを描き出した.留学の経験をそれ以降のライフコースに位置付ける研究は発展途上にあるが,留学生のプレカリティといった新しい問題提起をしつつある.

  • ―北部準州・キャサリン地区の研究活動を事例に―
    大呂 興平
    2022 年 68 巻 1 号 p. 74-96
    発行日: 2022/03/30
    公開日: 2023/05/19
    ジャーナル フリー

        農業の技術は,公共財としての性格が強いうえ,地域の生態環境や社会経済環境に応じて見いだされる必要が大きい.このため先進国では,国内各地に設立された政府の農業試験場が,地域農業における研究開発を担ってきた.ところが,近年では政府による研究開発の便益が厳しく問われ,各国では,受益者である地域の生産者が研究開発の意志決定に深く関与する,「生産者主導」の研究開発が試みられている.とりわけ,オーストラリアでは,生産者の売上げにより拠出された研究資金配分機関が,政府の農業試験場に研究資金を配分し,生産者ニーズに即した研究を実施させる制度が先駆的に確立されてきた.本稿では,北部準州キャサリン地区の肉牛部門を事例に,こうした変革下で生じている,地域農業の研究開発過程におけるローカルな生産者群と研究者との相互作用を分析した.キャサリン地区では,地域の生産者が自身の直面する具体的な技術的課題を提起したうえで,専門分野における研究動向や研究資源を熟知した農業試験場の研究者が,研究すべきテーマと,研究以外の普及活動や行政施策で対処すべき課題を整理している.この整理の過程では,研究上の専門知識をめぐる情報の非対称性を背景に,生産者の実情から乖離した研究者本位の意志決定がなされかねないが,研究資金配分をめぐる上位の制度や,地域の生産者群および研究者の間で蓄積されていた社会関係資本により,こうした危険性は抑止されていた.

  • 山本 健兒
    2022 年 68 巻 1 号 p. 97-117
    発行日: 2022/03/30
    公開日: 2023/05/19
    ジャーナル フリー

        本稿は,ジェイン・ジェイコブズの都市経済に関する理論的洞察を,社会経済地理学の観点から再検討することを目的とする.そのために,Jacobs(1969)とJacobs(1984),及びそれぞれの和訳書を取り上げて,両著作に共通する論理と違いを考察した.その結果,ジェイコブズの言う移入置換はNorth(1955)の移出ベース論に通ずることが明らかとなった.移入置換のためにはインプロビゼーションを必要とすると彼女は述べたが,これは漸次的イノベーションを意味する.Jacobs(1969)は農村と対置される都市の経済を論じたが,Jacobs(1984)は農村や中小都市を含む都市地域が国民経済の発展の礎であると論じた.これは大都市圏を意味する.諸都市あるいは諸都市地域が相互交易ネットワークを形成することが各都市あるいは各都市地域内部の経済的多様性を作り出すとともに国民経済の発展につながると論じたのである.
        以上のジェイコブズの洞察は集落よりも大きく国家領域よりも小さなスケールの地域の経済発展を考えるうえで重要であるが,日本における中核や周辺での経済に関するジェイコブズの理解には誤りがある.九州の農村部にはインプロビゼーションと移入置換を実行し,かくして開発された域内向けの新しい財を移出財に転換することに成功した中小企業が少なくないからであり,都市地域も九州では形成されているからである.とはいえ,現在の九州農村部の経済発展に関する展望が明るいというわけでは必ずしもない.この点に関して,地域が活力をもつためには,ドイツ社会地理学が重視する「生活の基本的諸機能」を充足しうる地域の形成が重要である.そうした地域形成が大都市圏内でのみ可能というわけでは必ずしもない.

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