不均一な土中の溶質移動に用いられる動相不動相モデル(MIM)は,動相割合θm /θと動相と不動相の交換係数αを用いて溶質混合が不十分な非平衡状態を表現する。MIM は,θm /θとαをそれぞれを独立して定めることはできないが,実測データに対して最適化することで非平衡溶質移動を自由度高く表現することができる。団粒構造の発達した黒ボク土と単粒構造の砂丘砂に対するMIM の適用事例を示し,飽和黒ボク土の団粒構造中の平衡溶質移動,不飽和砂丘砂の非平衡溶質移動について論じた。そして,団粒土に限らず,広く不均一な溶質移動に対するMIM の適用の可能性を示した。今後,団粒内外の拡散律速の生じる吸着や好気・嫌気状態の混在などへの適用が期待される。
2016年熊本地震による地下水への影響を把握するため,震源ならびに地震断層周辺の湧水16地点を対象に,本震発生後から主要イオン及び金属元素の濃度測定を開始した。地震前の濃度との比較から,Al,V,Mn,Fe は地震直後に濃度が増加し,その後,低下したことが明らかになった。こうした挙動は,地震動によるAl,Mn,Fe のコロイドとしての放出や岩石由来のV の溶解で一時的に地下水中の濃度が顕著に増加した後,それらの効果が弱まり,かつ,濃度の低い山体地下水が混合し希釈されたことが原因と推察される。1年8ヵ月間の観測の結果,これらの金属元素の濃度は地震発生から1 年余りで概ね定常状態へ近づいたと判断される。
蛍光染料は,水の動きを把握するためのトレーサーとして広く利用されているものの,地下水に添加した際,著しく濃度低下するケースが確認されている。本報は,種々の水試料に蛍光染料を添加した際の蛍光染料の濃度変化について調査し,濃度変化が生じた場合そのメカニズムに関する情報を得ることを目的に実験を行った。その結果,蛍光染料の保存性は,フルオレセインナトリウム(ウラニン)やナフチオン酸ナトリウム(NAP)で低く,その主な要因が地下水中の微生物の影響であると考えられた。得られた情報から蛍光染料を保存性トレーサーとして用いるための留意点についてまとめ,蛍光染料の濃度分析用の試料の適切な保存方法を提案した。
本論文では,越後平野全域に分布する被圧帯水層であるG1層中の地下水の広域的な流動と水質形成を論じた。G1層は長岡では地表付近に分布し,新潟市内では深度160 m に達する。本調査により,長岡では越後平野の他のエリアと比べて地下水流動は活発で,深層地下水がG1層を涵養することが明らかになった。また,燕,三条,吉田周辺にて分布する高Cl-濃度の地下水には,最終氷期に涵養された古い地下水と,地下水年代が70年未満の若い地下水があることが分かった。これは古い地下水が分布する帯水層に新しい地下水が涵養されたこと,そしてその水質形成には海成層の存在が大きく影響していることを意味する。今日までG1層中に古い地下水が残留している理由は,最終氷期終了後の海進に伴う動水勾配の減少と,G1層が難透水性の地層によって覆われたことが原因と考えられる。
北アルプス東麓の葛温泉地域3 か所の温泉水の水素・酸素安定同位体比,トリチウム(3H)分析を行い,温泉水の起源,流動様式,熱源を推定した。葛温泉は,ナトリウム塩化物泉とナトリウム炭酸水素塩泉の中間型であった。トリチウムと水素・酸素安定同位体分析結果から,温泉水は天水起源で少なくとも1980年代後半よりも以前に,周囲の山岳地帯に降った降水と推定した。地下に浸透した水は,鮮新世花崗岩類で加熱され,高瀬川沿いの高透水部から流出していると判断した。