文化人類学
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表紙等
第18回日本文化人類学会賞受賞記念論文
  • いま、対話を捉えなおす
    太田 好信
    2023 年 88 巻 3 号 p. 417-434
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/05/09
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    本論は、忘却と記憶を物語る。文化人類学的知の民主化に向け対話性を想起しようという呼びかけである。知の権威は危機にあり、未来は不透明なときだからこそ、文化人類学の「民族誌的感性」が重要になる、とジェイムズ・クリフォードは主張している。民族誌的感性とは、聞くことが学びであり、自己を驚きに開き続け、翻訳という関係性にコミットすることをいう。本論では、クリフォードのいう「民族誌的感性」とは知の脱中心化であり、それは対話、協働、アンラーニングなどの諸概念に結びつくことを述べる。

    脱植民地化の影響下、現在は過去との間で対話を求められてもいる。文化人類学者も説明責任(アカウタビリティ)を問われ、歴史に絡め取られていることへの自覚を無視できなくなった。脱植民地化は再創造されていると理解すれば、20世紀後半から現在まで文化人類学が継続し、対応を迫られている困難な課題といえる。本論では『文化を書く』は「文学的転回」や「言語的転回」の兆候ではなく、脱植民地化への対応という歴史性を重視した解釈をおこなう。脱植民地化からの挑戦は、「協働」という発想を促した。しかし、協働は忘れていた過去の復活ともいえる。『文化を書く』で言及されたバフチンの対話性を媒介とし、文化人類学の「起源神話」となっているマリノフスキのフィールド調査者像から目覚め、脱中心化した知として文化人類学を捉えなおすことで、脱植民地化に対する応答を継続したい。

原著論文
  • 日本の介護保険制度における「自立」概念の分析から
    辻本 侑生
    2023 年 88 巻 3 号 p. 435-451
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/05/09
    ジャーナル 認証あり

    本論文は、福祉制度それ自体に関する人類学的考察の不足という課題を踏まえ、日本の公的介護システムである介護保険制度がどのようなプロセスで成立したのか、特にどのようにして高齢者の「自立」支援が理念化されていったのかという点について、一次・二次資料を用いて記述・分析したものである。調査の結果、介護保険制度における「自立」概念は、障害者運動の流れを踏まえつつ、劣悪な状況に置かれていた高齢者により良いケアを提供しようとする現場福祉職員や、それに共鳴する有識者・厚生省官僚の協働の中で生まれた理念であったことが明らかになった。他方で、介護保険制度の制度設計当初から財政的な限界が見据えられていた中で、「自立」の概念が、ケアの対象者を制限しようとする論理の中でも用いられていたことも明らかになった。以上の経緯について、本論文では、人類学者、アネマリー・モルの「選択のロジック/ケアのロジック」の議論を補助線に分析し、2つの意味の異なる「自立」が、いずれも高齢者本人の意思や選択を重視する「選択のロジック」に基づいていたからこそ併存していたことを指摘した。

  • 中国広東省梅州市の香花派におけるモノとモノの連関
    ケイ 光大
    2023 年 88 巻 3 号 p. 452-472
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/05/09
    ジャーナル 認証あり

    既存のモノのエージェンシー論は、人間の認知や意図とモノの関係(リアリティの側面)、人間の身体や感覚とモノの関係(アクチュアリティの側面)および人間の認知の曖昧さとモノの関係(モノの半人格論)に分けられている。これらのアプローチは、モノが人間と関連付けられることによって、エージェントとなることを提示している。しかし、モノのエージェンシーは、必ずしも人間との連関から得られるものではなく、特定の人間と遭遇する以前に、モノとモノの連関も同じようにエージェンシーを生み出す可能性があると考えられる。そこで本論は、物質宗教論を手かがりとして、中国広東省梅州市における香花派という地方仏教組織を事例とし、神像にまつわるモノたちのネットワーク(神像が置かれている物理的環境、風水、供物、紙銭、線香、別の神像など)から、神像が他のモノとの接触によってエージェンシーを獲得し、人間の感覚、認知と行動に影響を与えるプロセスを描き出したい。それによって人間に対するモノのエージェンシーは、モノたちの連関によっても生み出されることを明らかにする。本論では、こうした状態のモノを「人間以前のエージェントとしてのモノ」と名付ける。こうしたモノとモノの連関によってモノがエージェンシーを得るプロセスは、民間信仰の既存構造を機械的に複製するものではなく、新しい神を導き入れる創発的な再生産といえる。

特集 手仕事のオーセンティシティ——「プリント化」する伝統染織
  • 中谷 文美
    2023 年 88 巻 3 号 p. 473-485
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/05/09
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    The production and consumption of textiles rooted in traditional ways of life have undergone radical changes in terms of their materials, technologies, designs, and usage everywhere in the world. Yet those changes are not necessarily linear and common in every situation. The articles compiled under the special theme, Handwork: Authenticity of Hand-woven/Hand-embroidered Textiles "in Print," illustrate the ways in which a variety of actors are involved in the complex process of negotiations to situate traditional textiles in both local and global markets. The cases from Taiwan, China, India, and Turkey, based on long-term fieldwork in the production sites, are examined with a special emphasis on the concept of authenticity, which bears increasing importance in the face of cross-cultural consumption of locally meaningful textiles. At the same time, a concomitant tendency for further mechanization of textile production, typically printing motifs on the surface of fabrics, is analyzed from a viewpoint of its implication for the continuing production of handmade textiles.

  • 台湾における先住民の織りと文化創意産業の事例から
    田本 はる菜
    2023 年 88 巻 3 号 p. 486-504
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/05/09
    ジャーナル 認証あり

    今日の先住民のアートやクラフトにおいて、「オーセンティシティ」は作品のスタイルや形式から導かれる正統性にもまして、正しい作り手との結びつきを示すものになりつつある。ただし生産物に排他的な作者を想定するこの傾向は、グローバルに浸透する知的財産の観念と親和的である。本稿では、文化創意産業(文化クリエイティブ産業)に参与し始めた台湾の先住民セデックを対象に、かれらが織りと服飾品生産を通じて、生産物と唯一の作り手の結びつきを根拠とするオーセンティシティをいかに受け入れ、遂行し、変形させうるのかを検討する。その結果本稿は、言説として構築されるオーセンティシティから、モノの製作を通じて「成形」されるオーセンティシティへと視点を移す必要があること、それによって、フィールドの人々が特定のモノを作ることで「支配的な分類」を遂行し、またその分類を作り変え、新たな価値を作り出そうとする創造的営みに光を当てうると主張する。

  • 中国貴州省のミャオ族における手刺繍と機械刺繍の位置づけ
    佐藤 若菜
    2023 年 88 巻 3 号 p. 505-522
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/05/09
    ジャーナル 認証あり

    本論文の目的は、中国貴州省に暮らすミャオ族女性の民族衣装に施される刺繍の事例から、消費者や販売者による「手刺繍は本物/機械刺繍は二流品」という価値づけに対し、作り手にとっての手刺繍と機械刺繍の位置づけを明らかにすることである。特に、刺繍製作の実践を、技法習得から衣装製作までの過程と、複数ある刺繍技法の歴史的変遷から詳細に把握し、ミャオ族の手仕事をめぐる真正性を再考する。外部からの価値づけと同様、ミャオ族自身もまた刺繍を手で施すことを重視し、機械刺繍の使用は隠すべきこととみなしていた。刺繍の種類ごとに手仕事のあり方を詳細に見てみると、1980年代になってミャオ族全体に普及した型紙刺繍においては、手本の忠実な再現(つまり複製)が求められ、1980年代よりも前から普及していた布の目刺繍においては、刺繍見本を踏まえた上でのわずかなオリジナリティが求められていることがわかった。また、製作において複製が繰り返されてきた型紙刺繍においてのみ機械化が進んでいた。以上のことから、ミャオ族には異なる性質からなる2種類の手仕事が混在しており、それらは「手本の複製」と「見本からの創造」といった特徴があることを示す。手本の複製は、機械刺繍の生産工程にも見られるが、より広くは威信財としての衣装の普及と定着、維持のなかで起きたことを指摘する。

  • 中国モン(ミャオ族)衣装のオーセンティシティ獲得のプロセス
    宮脇 千絵
    2023 年 88 巻 3 号 p. 523-542
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/05/09
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    本稿は、中国雲南省文山チワン族ミャオ族自治州のモン(ミャオ族の自称集団)のスカートを事例に、そのプリント化と手仕事化という一見相反する現象から、中国における少数民族の文化のオーセンティシティ獲得のプロセスを明らかにするものである。多民族国家である中国では、少数民族の装いは民族集団間の差異化をはかるための「民族衣装」として機能してきた。そのため、外形の違いといった視覚情報が重視され、染織や刺繍といった手仕事は失われつつあった。モンのあいだでも、この30年ほどのあいだでスカートに施されるろうけつ染めやクロス・ステッチが、スクリーンプリントやプリントの化繊布に置きかわるプリント化が進展した。

    しかし近年、手仕事を取り入れた「古いスタイル」が市場で販売されるようになった。それに伴い、モンのあいだでも手仕事への再評価が高まり、商品として経済的価値を持つものとして再認識されるようになってきた。この状況は一見、無形文化遺産登録や博物館事業の展開による伝統への回帰だとも捉えられる。しかし「古いスタイル」には「伝統」としての手仕事と同時に「革新」としての商品化という役割も付されており、本稿ではそこに中国独自のオーセンティシティ獲得のプロセスがあることを明らかにする。

  • インド・木版捺染布アジュラクと「プリント化」をめぐって
    金谷 美和
    2023 年 88 巻 3 号 p. 543-561
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/05/09
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    本論の目的は、インド、グジャラート州カッチで製作される染織品アジュラクとその生産者を事例に、いわゆる伝統的な布工芸品の生産・消費の現場において生じている「プリント化」という現象を通して手仕事と機械生産の二分を批判的に検討することである。手仕事と機械生産という二分法は根強く、この二分は手仕事のほうがよりオーセンティックであるという観念と結びついてきた。「プリント化」とは、丹念な手仕事によって生み出されてきた布製品が新たな技法により大量生産される現象を指すと同時に、量産技法の導入により文化的社会的な背景が捨象されて文様だけが表層的に取り扱われるようになるという現象も指す。アジュラクは、職能集団カトリーによって地域の牧畜民男性のために生産されてきたが、新しい技術の導入により「プリント化」が進行している。同時に、大規模災害を契機としてグローバル市場に接続され、より伝統的とみなされる技法によって製作されるアジュラクの評価が高まっている。アジュラクの生産者は、着用者やデザイナーに先んじてアジュラクのオーセンティシティについて語る占有権を得ようと積極的に働きかけている。本論は、布の着用者と生産者が異なる事例であり、布のオーセンティシティの決定権とアイデンティティをめぐってせめぎあいが生じている現状を明らかにし、手仕事と機械生産の境界について再考する。

  • パッチワーク絨毯のグローバルな流行をめぐって
    田村 うらら
    2023 年 88 巻 3 号 p. 562-578
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/05/09
    ジャーナル 認証あり

    本稿は、トルコで発案・生産された「パッチワーク絨毯」と呼ばれる製品とさらにその模倣品を事例として、手仕事の現代的展開の特徴について論じることを第1の目的とする。まずこの新しい絨毯が誕生した経緯を概観し、観光客向けトルコ絨毯商やオンラインショップでの販売を通してグローバルな消費者に届くまでの流通過程におけるオーセンティシティや「手仕事」性の表現のされ方、そしてそれらが次第に後退してゆく状況を明らかにする。さらに2010年代には、パッチワーク絨毯のデジタル画像を転用したパッチワーク風機械製プリント絨毯も登場し、トルコ国内外で安価に大量販売されるに至った。そこではもはやオーセンティシティや「誰の」布であるかは不問に付され、「ヴィンテージな雰囲気」をまとった視覚的消費だけが肥大化している。

    また、本稿の第2の目的は、パッチワーク絨毯の流行がトルコの既存の手織り絨毯産業に与えた影響を明らかにすることである。この新しいタイプの絨毯は、グローバル市場を相手に大々的な展開を見せ、停滞する国内既存絨毯産業に当座の恩恵をもたらした。しかしながら、パッチワーク絨毯の生産者やそれらを扱うトルコの手織り絨毯商人は、元は「手織り」ではあっても既存絨毯とは全く異質なパッチワーク絨毯を酷評したり、それを扱うことに誇りがもてないなどという葛藤を抱えてもいた。彼らがいかにこれらを商品としてアピールし、ジレンマと付きあってきたのかを検討する。

萌芽論文
  • 浪江町の新住民の事例から
    楊 雪
    2023 年 88 巻 3 号 p. 579-590
    発行日: 2023/12/31
    公開日: 2024/05/09
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    Although twelve years have passed since the 2011 Fukushima nuclear accident, most former residents have decided not to return to their homeland, even after the evacuation orders were lifted. This article focuses on the lives of three newcomers in Namie town and explores what it means to live in a town that former residents consider not yet ready for ordinary life. Drawing on the concept of liminality, I argue that Namie's transitional process of recovery is not only identical to a state of liminality, but also stuck in a permanent state of liminality. This article also demonstrates how Namie's liminal situation affects the newcomers' lives, as they find meaning in living in Namie but not without contradictions and compromises.

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