本研究は,人の唾液によるデンプンの消化実験において,デンプンがまだ残っているにもかかわらず,予め発色させておいたヨウ素デンプン反応が速やかに消失することに着目し,唾液中にヨウ素デンプン反応を阻害する低分子物質の存在を仮定した。低分子であれば熱に安定である可能性があることから,唾液アミラーゼの熱変性実験とベネジクト反応による還元糖の検出反応を組み合わせ,還元糖が検出できなくなる処理を施してもヨウ素デンプン反応の消失が起こるか検討した。その結果,調べた全ての人の唾液で,加熱処理すればベネジクト反応が表れない一方,ヨウ素デンプン反応は非加熱の唾液と同様に消失した。また,ゲルろ過によって唾液中の成分を分子量で分画したところ,無機イオンと同様な画分と,タンパク質のピークから離れた画分にヨウ素デンプン反応の消失活性が見られた。このことから,少なくとも低分子と高分子のヨウ素デンプン反応を阻害する,熱に安定な物質(または混合物)が人の唾液に存在していることが明らかとなった。従って人の唾液によるデンプン消化の検出に,ヨウ素デンプン反応は適切でない場合があり,ベネジクト反応による呈色や,視覚や味覚による消化の観察・実験が必要と考えられた。
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