本研究は, 生理的な下顎側方移動に伴う聴覚路の機能変化について検討を行った.健常有歯顎者11名の閉口位と犬歯尖端位 (側方位) におけるティンパノグラムおよび歪成分耳音響放射を測定した結果,
1.下顎切歯点は, 前方に0.8 (1.1) mm, 側方に3.8 (0.9) mm, 下方に2.8 (1.3) mmに移動し, 顆頭点は作業側で前方に0.2 (0.3) mm, 外方に0.3 (0.3) mm, 下方に0.3 (0.5) mm移動した.このときの顆路角は矢状顆路角23.7 (59.3) ゜, 側方顆路角-4.7 (63.1) °であった.非作業側では, 前方に2.9 (1.2) mm, 内方に0.5 (0.4) mm, 下方に3.3 (1.3) mm移動し, 顆路角は矢状顆路角49.6 (6.8) °, 側方顆路角9.6 (7.0) °であった.
2.ティンパノグラムは, 作業側耳では鼓膜インピーダンスは有意に減少したが, 中耳腔圧と中耳腔容積の変化は認められなかった.非作業側耳では, いずれにも変化はみられなかった.
3.DPレベルは, 作業側耳では2000Hzで有意に低下し, 5031Hzで有意に上昇した.他方, 非作業側耳では1250Hzおよび5031Hzで有意に上昇し, 2000Hzで有意に低下した.他の周波数では変化はみられなかった.
4.側方移動量とDPレベル変化量との相関関係は, 切歯点側方移動量と作業側耳の2000Hz, 垂直移動量と作業側耳の1250Hzにそれぞれ正の相関, 2531Hzおよび5031Hzに負の相関が認められた.しかし非作業側耳においては全測定値で有意性は認められなかった.他方, 顆頭点の変化との相関関係は, 作業側側方顆路角と2531Hzにのみ正の相関が認められたが, 他の測定値間のいずれにも関係はみられなかった.
以上の結果より, 下顎側方運動において, 中耳腔の圧や容積の変化がみられず, その変調は鼓膜インピーダンスおよびDPレベルに認められたことから, 下顎位の変化が聴覚路に及ぼす影響は三叉神経の感覚受容の変化であることが示唆された.
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