本研究は下顎位の変化による聴覚路の機能変化を検討したもので, 健常者における閉口位 (CP) , 側方位 (LP, 上下犬歯の尖端位) および前方位 (PP, 上下切歯の切端位) における伝音機能をティンパノグラムによって, 蝸牛神経機能を歪成分耳音響放射によって, 脳幹の応答様相を音響性耳小骨筋反射によって, それぞれ測定した.閉口位の測定値と比較した結果,
1. 音響性耳小骨筋反射では, 反射閾値には下顎移動による変化は認められなかった.波形潜時L
1 (反射波形の最大振幅の10%値への到達所要時間) には側方移動により作業側 (WS) , 非作業側 (NW) ともに統計的差違が認められたが, 前方位 (PP) では変化は認められなかった.
2. ティンパノグラムでは, 側方位 (LP) でも前方位 (PP) でも静的コンプライアンス (STC) の有意な増加が認められたが, 中耳腔圧 (PRS) や容積 (EAC) の変化は認められなかった.
3. 歪成分耳音響放射では, DPレベル (耳音響放射の応答閾値) は, 作業側 (WS) では2000Hzで有意に低下し, 5031Hzで有意に上昇した.非作業側 (NW) では1250Hzおよび5031Hzで有意に上昇し, 2000Hzで有意に低下した.しかし, 前方位 (PP) では変化は認められなかった.
以上の結果から, 下顎位の変化は蝸牛外有毛細胞の活動や鼓膜張筋に影響を及ぼすと考えられ, この変化は脳幹の反射弓を経由した遠心路の耳小骨筋の反射応答として認識できると考えられる.これら自律神経機能の変調が可逆的変化であることから, 聴覚路を指標とした生理的下顎位の数値的把握の可能性が示唆される.
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