【はじめに】近年、地球大気の進化と関連して、イオウの質量に依らない同位体分別 (Mass-independent isotope fractionation of sulfur, MIF-S) が盛んに研究されている。32S, 33S, 34S, 36Sの4つの安定同位体を持つイオウは一般の化学反応では、δ33S=0.515δ34S, δ36S= 1.90δ34Sの関係を満たす。これらからの偏位Δ33S=δ33S-0.515δ34S, Δ36S=δ36S -1.90δ34Sで定義されたΔ33Sが±0.2‰, Δ36Sが±0.5‰以上の値のとき、一般にMIF-Sとみなされる。始生代堆積岩などに観測される大きなΔ33S値は当時の大気が遊離酸素を含んでおらず、短波長UVが地表付近に到達し、SO2がSOとOに分解後、不均化反応により分子イオウと硫酸になり、MIF-Sを生じたと解釈された (Farquhar et al., 2000など)。大きなMIF-Sは実験室内で184.9nmや193.2nmなどの紫外線分解によって得られており、始生代のδ34S-Δ33Sの分布から、UV分解の波長として193nm が強調されてきた(Farquhar et al., 2001)。昨年度、我々は32SO2, 33SO2, 34SO2, 36SO2の吸収断面積(cross section)を測定し、193.2nmにおける各アイソトポマー間のcross sectionの違いが、193.2nmレーザー照射実験におけるδ33S , δ34S , δ36S , Δ33S, Δ36Sの結果と一致しており、S-O結合のイオウの質量に強く依存した同位体分別異常であることを示した。【実験】本研究ではSO2の光反応によるMIF-Sの波長依存性を詳細に理解するために、SO2の酸素同位体の効果を検討した。32S (99.99%) と34S (99.90%) を3種類のO2 (99.7% in 16O, 97.6% in 18O, 52.0% in 18O) で6種類のSO2に変換し、185~330nm領域での吸収スペクトルを0.1nm幅で0.05nmステップで測定した。測定結果から32S16O2, 32S16O18O, 32S18O2, 34S16O2, 34S16O18O, 34S18O2のアイソトポマーのcross sectionをそれぞれ見積もった。【結果と考察】32Sと34S のいずれの場合も200nm付近において、S18O2置換体はS16O2に比較して約1.0nm、S16O18Oは約0.5nm長波長側に同位体シフトすることがわかった。酸素同位体置換体の同位体効果は非常に大きく、32SO2と 34SO2 の間のイオウ同位体の違いによるシフトよりも大きかった。とくにこの傾向は長波長側において顕著であり、220nm付近においてはイオウ同位体置換による同位体効果はほとんど違いが見られないのに対して、酸素同位体置換による長波長側への同位体シフトははっきり観測された。地球上におけるδ18Oは中低緯度の海洋表層水より極域氷床が約50‰まで軽く、生物の呼吸作用によっても大きく変動することが知られている。本研究の結果は地球表層における酸素同位体組成の変化がSO2の光反応を介して、イオウの異常な同位体分別を引き起こす可能性があることを示唆している。
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