日本健康教育学会誌
Online ISSN : 1884-5053
Print ISSN : 1340-2560
ISSN-L : 1340-2560
31 巻, 2 号
選択された号の論文の8件中1~8を表示しています
巻頭言
総説
  • 森本 ゆふ, 關根 美和, 池田 恵, 澤 龍一, ニーリー マーセラス, 高橋 哲也, 代田 浩之
    2023 年 31 巻 2 号 p. 46-55
    発行日: 2023/05/31
    公開日: 2023/06/22
    ジャーナル フリー

    目的:現代社会に暮らす人々が安全で質の高いヘルスケアを受ける上で,eヘルスは欠かすことのできないテクノロジーである.eヘルスにまつわる一連のスキルはeヘルスリテラシーと呼ばれ,2006年にNormanとSkinnerによって初めてその概念が紹介された.本稿は定義とフレームワークを手がかりに,eヘルスリテラシーの現在までの状況を俯瞰することを目的としたナラティブ・レビューである.

    方法:文献検索エンジン,手動検索,文献探索ツールを用いて関連文献を取得した.

    結果:6つの定義と9つのフレームワークが見出された.フレームワークはNormanとSkinnerの提唱した“リリーモデル”とそれに関連するものが3つ,“リリーモデル”以外のフレームワークが6つである.フレームワークに含まれる要素は「スキル・知識・経験」「環境・条件」「アウトカム」「その他」の4つに分類された.

    結論:2006年以降,eヘルスリテラシーが包括する要素は飛躍的に拡大している.経験や学びを通じた個人のリテラシーの向上や,テクノロジーの進歩に対応したスキルの移り変わりなどによって,eヘルスリテラシーは変化するものであり,定義やフレームワークの要素の中にもその傾向が認められた.

原著
  • 坂本 達昭, 三宅 裕香, 酒井 海帆, 菊永 侑樹奈, 松元 遥南, 細田 耕平
    2023 年 31 巻 2 号 p. 56-65
    発行日: 2023/05/31
    公開日: 2023/06/22
    ジャーナル フリー

    目的:児童を対象とした調理動画とフィードバック提供を合わせた調理体験プログラムによるセルフエスティーム(以下SEとする)向上効果を明らかにすること.

    方法:準実験デザインにて,2021年7~8月に熊本市内の小学4~6年生を対象に全5回のプログラムを行った.介入群24名には,食材と調理操作を解説した動画を提供した.参加者には,調理後に振り返りシートを提出させ,振り返りシートの内容を踏まえてフィードバックのメッセージを送った.対照群29名には,食材と紙のレシピのみを提供した.プロセス評価は,各回終了後に行い調理の難易度等をたずねた.プログラムの効果は,プログラム参加前後のSEの変化から評価した.SEの評価は,信頼性と妥当性が確認された尺度(得点範囲8~32点)を用いた.日程上の都合により途中で辞退した者などを除き,介入群23名と対照群28名を解析対象とした.

    結果:性別,学年および参加前のSEに群間差はなかった.プロセス評価の結果は,両群ともに概ね良好であった.介入群のSEの中央値(25, 75パーセンタイル値)は,プログラム参加前23.0(21.0, 25.0)と比べて参加後25.0(20.0, 28.0)は有意に高値であった(P=0.022).一方,対照群のSEに変化は認められなかった.

    結論:調理動画とフィードバックを提供する調理体験プログラムは,小学4~6年生のSEを高める効果を有する可能性が示唆された.

特集:健康教育・ヘルスプロモーションにおけるナッジの活用―研究・実践における現状と課題―
  • 濱野 強, 新保 みさ
    2023 年 31 巻 2 号 p. 66-67
    発行日: 2023/05/31
    公開日: 2023/06/22
    ジャーナル フリー
  • 竹林 正樹, 後藤 励
    2023 年 31 巻 2 号 p. 68-74
    発行日: 2023/05/31
    公開日: 2023/06/22
    ジャーナル フリー

    本稿は,健康支援関係者に向け,行動経済学やナッジの原理を概説することを目的とする.

    経済学は,人・物・金といった限られたリソースをどのように配分すると満足度を高めることができるのかを分析する学問である.伝統的経済学では,目的達成のために手立てを整えてベストを尽くす「合理的経済人」をモデルとする.行動経済学は,健康の大切さを頭でわかっていても認知バイアスの影響で望ましい行動ができないような「ヒューマン」を対象とする.

    ナッジは行動経済学から派生した行動促進手法で,認知バイアスの特性に沿ってヒューマンを望ましい行動へと促す設計である.ナッジが行動を後押しできるのは,認知バイアスには一定の系統性があり,ヒューマンの反応が一定の確率で予測できるからである.ナッジは他の介入に比べて費用対効果が高く,ナッジの中でも「デフォルト変更」に高い効果が報告されている.一方で,ナッジは行動変容を継続させるほどの効果は期待できないことや,日本での研究が少ないことといった限界がある.

    ナッジはヒューマンの自動システムに働きかける介入であり,倫理的配慮が求められる.介入設計に当たってはスラッジ(選択的アーキテクチャーの要素のうち,選択をする当人の利益を得にくくする摩擦や障害を含む全ての要素)になる可能性がないかを入念に検討する必要がある.

  • 林 芙美
    2023 年 31 巻 2 号 p. 75-82
    発行日: 2023/05/31
    公開日: 2023/06/22
    ジャーナル フリー

    目的:様々な要因が望ましい食行動の実現に影響することから,食行動変容は容易ではない.そこで,人がどのような意思決定をしているのか理解し,健康や栄養に関心がない人も含め,望ましい行動を自発的に選択することを後押しする方法であるナッジが注目されている.本報では,食行動変容に関するナッジについて,有用性と課題について概説する.

    内容:食行動変容にナッジを用いた研究のメタアナリシスでは,「利便性の強化」や「大きさを変える」といった行動レベルのナッジの方が,栄養成分表示などの認知レベルのナッジに比べて有効であった.また,メニュー名などの情報提供においては,「健康」よりも,味や見た目など「おいしさ」を表す方が,食物選択を促し,さらに食べた後の満足度が高いなど,より影響が大きいことが示されている.ただし,個人の行動変容の継続性に関しては,今後更なる研究が必要である.

    結語:ナッジは,意思決定の場面で生じるバイアスを理解し,情報や選択肢の提示の仕方を変えるなど,比較的安価に行える点でも利便性は高い.健康に無関心な人の行動変容への効果も期待されている.中でもデフォルトは有効であるが,それだけでは十分ではない.より健康な選択を簡単にするナッジは,ヘルスリテラシーの向上も支援する.ナッジは万能ではないが,ナッジか教育かの二者択一ではなく,両方実施することが,「誰一人取り残さない」取組において必要である.

  • 溝田 友里, 山本 精一郎
    2023 年 31 巻 2 号 p. 83-92
    発行日: 2023/05/31
    公開日: 2023/06/22
    ジャーナル フリー

    目的・方法:健康無関心層への対策としてナッジやソーシャルマーケティング等の行動科学の活用が推奨されている.筆者らはがん検診受診率向上を目的に,ナッジやソーシャルマーケティングを使ったがん検診受診勧奨のための資材を作成した.

    結果:作成した資材は2015年から2018年の間に787市町村から430万人に送付された.データが得られた167市町村について前年度との比較による効果検証を行ったところ,141市町村(83%)で受診率が上昇し,全体として受診率が2.6%上昇し,1.44倍となっていた.ナッジを応用したさらなる受診勧奨として,PRやメディアを戦略的に活用し,乳がん検診をテーマにしたテレビ番組の放送に合わせて,市町村から個人にはがきを送付するキャンペーンを行ったところ,放送後3か月間で前年同月比1.5~7.6倍の受診率向上効果が認められた.さらに放送後,他のテレビや雑誌,SNS等に受診の呼びかけが広がった.翌年は同様の方法で大腸がん検診の精密検査の受診勧奨も行った.

    結論:本研究によりナッジ等の行動科学的アプローチが,がん検診受診の行動変容に有効であることを示すことができた.全国的キャンペーンの実施にはメディアや全国市町村との地道な関係構築が必須であるため手間と時間がかかるが,都道府県単位で実施すれば,実行可能性と効果が高まることが期待できる.

  • 濱野 強, 新保 みさ
    2023 年 31 巻 2 号 p. 93-98
    発行日: 2023/05/31
    公開日: 2023/06/22
    ジャーナル フリー

    背景:近年,行動変容を促す手段として「ナッジ」が注目されている.本稿では,健康教育・ヘルスプロモーションの研究・実践におけるナッジの活用に寄与すべく,日本健康教育学会誌を中心に日本での研究のレビューを行い,今後の課題について検討した.

    内容:今回の対象論文については,以下の特徴が挙げられる.(1)日本健康教育学会誌では,食に関連したテーマでナッジの活用が多く報告されており,他誌では食行動,受検勧奨,専門医への紹介受診に関して報告されていた.(2)ナッジの設計では,英国のBehavioral Insight Teamが提案する枠組みであるEAST(Easy: 簡単に,Attractive: 印象的に,Social: 社会的に,Timely: タイムリー)を用いた報告が多かった.(3)EASTに基づくナッジの設計では,EASTの全ての要素を含む設計と組み合わせを考慮した設計の両者が報告されていた.(4)一部の研究では,ナッジの活用に伴い,新たに時間や費用面での負担が生じることが指摘されていた.(5)ナッジを活用できる人材育成や倫理面での議論の必要性が指摘されていた.

    おわりに:限られたテーマではあるが行動変容におけるナッジの効果が示唆されていた.健康・ヘルスプロモーションにおけるナッジの活用のためには,多彩な研究テーマにおける研究・実践の蓄積やナッジを活用できる人材の育成が望まれる.

feedback
Top