糸状菌Aspergillus nidulansは二次代謝産物(SM)の一種としてステリグマトシスチン(ST)を生産する.SMは共通の前駆体物質から合成される.しかし,あるSMの欠損による他のSM生産への影響はよく分かっていない.本研究ではA. nidulansのST生合成クラスターを含む8つのクラスターおよびwA遺伝子をそれぞれ欠損させ,STの生産性を解析した.ST生産について,オースチノール(AUS)クラスターA欠損株(aus1Δ)では増加したが,AUSクラスターAおよびB両方の破壊株(aus1Δ aus2Δ)では変動は見られなかった.STクラスター欠損株ではAUSおよびデヒドロオースチノール(DAUS)生産に変動は見られなかった.
著者は以前の研究で,市販のキットを用いて,H-2トキシン,HT-2トキシン,デオキシニバレノールによる翻訳阻害のin vitroセルフリーアッセイを開発し,報告してきた.これらの化合物が本システムにおいて有意に翻訳を阻害することを示した.さらなる評価のため,本研究ではさらに3-アセチルデオキシニバレノール,15-アセチルデオキシニバレノール,デオキシニバレノール-3-グルコシドの3つの修飾デオキシニバレノールをこのin vitroセルフリーアッセイで検討した.このアッセイにおいて15-アセチルデオキシニバレノールはデオキシニバレノールと同様に翻訳を阻害した.一方,本アッセイにおいて3-アセチルデオキシニバレノールはおよそ100倍低い翻訳阻害活性が観察され,デオキシニバレノール-3-グルコシドでは翻訳の阻害は見られなかった.これらのデータは先行研究を裏付けるものであり,本アッセイの有用性が実証されたことを示唆している.今後,他のトリコテセン類への応用が期待される.
麹菌(ここでは黄麹菌と呼ばれるAspergillus oryzaeを中心に説明する)は日本醸造学会により我が国の「国菌」に認定された醸造用糸状菌であり,様々な伝統発酵食品の製造に使用されている.麹菌のゲノム解析結果が2005年末にNatureに掲載されて以降,麹菌に関する多様な研究が展開されている.麹菌のゲノム解析完了前後のそれぞれ20年間で,研究方針と内容が大きく変化した.筆者は,1986年に当時の農林水産省食品総合研究所に採用後,継続して麹菌を対象とした研究を実施してきた.現在,麹菌育種工学寄附講座を大阪大学大学院工学研究科内で運営しており,これまでの醸造研究に加えて生態学の発想も導入して研究活動を行っている.本講演では,筆者の37年間の研究内容を時系列で簡単に振り返って説明した後,現在取り組んでいる研究を紹介する.
ホソヘリカメムシ(Riptortus pedestris)は東アジアに広く分布するマメ科作物の重要害虫であり,消化管に発達した共生器官にCaballeronia属の共生細菌を保持している.我々の研究により,ホソヘリカメムシはCaballeronia共生細菌を母子間伝播することなく,孵化後に周辺土壌中から獲得することが明らかとなってきた.本稿では,ホソヘリカメムシが土壌中の多様な微生物群の中からどのように共生細菌を特異的に選別するのか,その多層メカニズムについて概説する.