筆者は,約40年に亘り,アフラトキシン研究およびかび毒研究に取り組み,その成果に対して,2025年1月に日本マイコトキシン学会学術賞を受賞した.本研究は,実に多くの共同研究者および研究支援者に出会い,それらの方々の協力により進められてきたものである.本稿では,これまで得られた主要な研究成果を概説するとともに,これらの関係者ならびに日本マイコトキシン学会への謝意を表したい.
アフラトキシン(AF)は,強い発がん性および急性毒性を有するかび毒であり,AFによる農産物汚染は食品安全上の大変重要な課題である.本稿では,研究開始当時はまだ世界的にも研究が始まったばかりであったAF生合成機構の研究についてまず説明する.特に,AF研究では,この物質が研究者にとっても危険であることから,安全なAF生産菌の取り扱いについて実験方法の工夫なども交えて紹介する.例えば,胞子および毒素への曝露を低減しながら,AF生産性を評価する必要があることから,新たに紫外線写真法および小規模チップ培養法を確立した.これらの手法を駆使することで,AF生産菌の種々の変異株を単離して,それらが蓄積する種々の中間体の同定,また酵素反応の研究に適した安全な変異株の利用が可能となり,これらを活用することで多くの酵素反応が明らかとなり,AF生合成経路のほとんどを明らかにすることができた.AFの立体特異性がAF生合成経路中どの酵素反応で決定されるか,また,AF生産かびが作る8種類のAF誘導体のうち,マイナ-AFであるAFM1などの4種のMグループAF誘導体がどのようにして作られるかを明らかにした.
また,穀物のAF汚染の防御を目指して,微生物によるAF生産阻害方法について研究を実施した.種々の環境から採取した種々の微生物について,AF生産の阻害活性を調べた.その結果,Achromobacter xylosoxidansが強力な阻害活性を有しており,この細菌が生産するCyclo(L-leucyl-L-prolyl)は,AF生産を特異的に阻害することが明らかとった.また,Penicillium citrinumが生産するかび毒シトリニンがAF生産阻害活性を有することが明らかとなった.このシトリニンの作用を調べる過程で,シトリニンの毒性は,AF生産かびが生産するコウジ酸によって無毒化されることが明らかとなった.さらに,この無毒化は新規物質「シトリニン-コウジ酸アダクト」が形成されることに因ることが明らかとなった.
一方,環境中のAF生産かびの分布や動態を明らかにすることは,穀物のAF汚染を事前に防御できる手法の開発に有用な知見をあたえると予想された.そこで,土壌など環境試料中に存在するAF生産かびを,高感度かつ目で見て検出できるジクロルボス–アンモニア法(DV-AM法)を開発した.さらに,AF生産かびの選択培地も開発し,同方法と選択培地を組み合わせることによって,環境中のAF生産かびを簡便かつ鋭敏に検出することが可能となった.この方法により,様々な地域の土壌についてAF生産かびの分布状況による調査が進行しているところである.
以上,約40年に亘り,多くの方々に支えられながら,AF生合成機構やAF生産防御に関わる多くの基礎的知見を得ることができた.これらが,近い将来において,実際に農作物のAF汚染の防御に役立ち,食品安全の実現に少しでも貢献できることを希望するものである.
Aspergillus lacticoffeatus WU-2020は固体培養条件下でクエン酸高生産性を示す糸状菌であるが,オクラトキシンおよびフモニシンの生合成遺伝子クラスターを保持し,オクラトキシンA,BおよびフモニシンB群(FB1,FB2,FB3)を産生する.本研究ではCas9 RNPを用いたゲノム編集技術により両クラスターを欠失させたWU-2020-Shin1株を作製した.WU-2020-Shin1株ではいずれのマイコトキシンも産生されず,クエン酸生産量は101 g/L,消費グルコース当たりの収率は72.7%(wt/wt)と野生株WU-2020(101 g/L,72.4%)と同等であった.以上より,ゲノム編集技術を利用して安全性の高いクエン酸高生産糸状菌の作製に成功した.
植物エキスは,貯蔵中農産物のかび防除において,殺菌剤等の合成化合物の代替となり得る.本研究では,アフラトキシン産生性Aspergillus flavus菌の生育を阻害することなく,アフラトキシンB1(AFB1)の産生を低減させることを目的として,20種類の植物から葉部エタノール抽出物のスクリーニングを行った.チップ法と呼ばれる試験を,アフラトキシン産生性A. flavus菌株の胞子を含む酵母―ショ糖(YES)液体培地を用いて実施した.その結果,試験したすべての植物エキスが,程度の差はあるがAFB1産生抑制および抗真菌作用の両方を示した.いくつかの植物エキスでは,抗真菌作用に比べてAFB1産生抑制が特に強く認められた.AFB1産生抑制/抗真菌作用の比率は0.3%から80.4%の範囲で変動した.植物エキスによるAFB1低減は,菌の生育を変化させずに食品や飼料でのアフラトキシンのリスクを低減できる可能性があり,耐性菌が蔓延しにくい防除法となりうる.
Yeastcidinは,Aspergillus oryzae No.G株が生産する抗菌物質であり,清酒酵母以外のほぼすべての酵母の生育を抑制するという興味深い抗菌スペクトルを示す.その分子量は,50,000~100,000であり,構造内部にペプチドを有する多糖類であることが示唆されている.また,多糖部分はアルドヘキソースからなり,1→4あるいは1→2結合の骨格構造で1→6結合の枝分かれ構造が存在すると考えられる.我々は,興味深い抗菌スペクトルを利用し,集積培地にYeastcidinを添加することで自然界に存在する清酒酵母の分離を試みた.その結果,清酒もろみで高いアルコール発酵能を示す複数の清酒製造用酵母の取得に成功し,また,酒蔵での清酒醸造に利用され“花酵母”という新しいブランドを生み出している.