ニジェール川におけるカバ狩りは,イブン・バトゥータによる14世紀の旅行記にも記された歴史をもつ活動である。公には,フランス植民地期以降,野生動物の保護の観点から禁止されている。ソルコは,かつてこの狩りに専門的に従事してきたとされる人びとである。現在では細々と漁業を営むにすぎず,農業のみに従事する者も少なくない。
2006年,地元住民の死亡事故をきっかけに集団的なカバ狩りが組織された。狩りには首都から派遣された治水林野庁のハンターが多数参加したが,最終的に獲物を仕留めたのは彼らの銃ではなく,地元のソルコの銛だった。銛は,名前と意思と人格を持ち,ソルコの呼びかけに応じて標的を貫く呪物だった。ソルコは漁師から呪術師へと変身したのである。
ニジェール川のカバとは単なる野生動物ではなく,川という御しがたい自然を体現する力である。ソルコの変身はこの力を「畏れる」人びとの呼びかけに応じて生じ,銛はそのソルコの呼びかけに応じて呪物と化す。本稿では,カバ狩りが人と動物の直接的な命の奪いあいではなく複数の意思や力に媒介されている点に着目し,畏れという情動によって動物-人間関係の複数化・間接化が促されることを指摘する。
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