エチオピアは世界的にみても妊産婦死亡率が依然として高い国のひとつである。妊産婦死亡率の低減を目指すなかで,医療施設における分娩が推奨されてきた。医療施設での分娩がいまだ少ない理由として,設備不足,交通の問題,経済的理由に加え,重要な伝統や慣習が医療施設における出産では損なわれることがあげられる。医療施設における出産を浸透させるべく,エチオピア各地で医療機関の敷地内に臨月と診断された妊婦が出産までのあいだ生活する場を提供する方策がとられている。筆者がこれまで調査をおこなってきたエチオピア西南部マーレでは,人びとは妊婦たちが共同生活を送る場を「妊婦の家(gobi indo maari)」と呼んでいる。本稿では,エチオピア西南部マーレにおけるリプロダクションに対する行政介入がどのように進められているのか,「妊婦の家」の運営に注目して,その現状と課題を記述する。今回の調査結果から,「妊婦の家」は,エチオピア国内では内発的な開発実践として評価を得ているが,数値的な改善を目標としているがゆえの性急さによって,妊婦に対して心理的負担を強いるような状況をうみ,妊産婦ケアという本来の目的にそぐわないものになっていることが明らかとなった。