1.はじめに
報告者は,これまで「持続可能な住みよい都市」のあり方としてのLivable Cityに注目し,その評価が高いカナダ・バンクーバーとオーストラリア・メルボルンの都市圏整備の特徴や郊外市街地などの現状などについて報告してきた(Yamashita et al. 2006,山下2007など)。本報告では,バンクーバー都市圏において1970年代より実施されてきた成長管理政策の特徴と,その取り組みによる成果と今後の課題について述べたい。
2.GVRDと“Livable Region Strategic Plan”
バンクーバーの住み良いまちづくりの取り組みは,バンクーバー市を中心とした都市圏全体で行われている。それを推進するバンクーバー都市圏の広域行政体である“Greater Vancouver Regional District”(以下,GVRD)の基本的な役割は,都市圏全体の地域計画,水,下水,排水,住宅,交通,大気環境の保全,公園などに関する資源とサービスの管理である。GVRDの組織としての特徴や課題については生田(1999)が詳細に論じている。ここでは,今日のバンクーバーの都市圏形成に重要な役割を果たしている,GVRDが1996年に策定した“Livable Region Strategic Plan”の特徴を整理したい。ここで取り上げる“Livable Region Strategic Plan”は,バンクーバー都市圏を構成する21の自治体とブリティッシュ・コロンビア大学保有地などの任意地区の総合計画として位置づけられ,各自治体の個々の地区開発の際のマスタープランとなっている。この計画の主要な目標は,1).緑地帯の保全,2).完結したコミュニティの形成,3).コンパクトな都市圏形成,および4).交通手段選択肢の増加である。これはモータリゼーションの進展によって深刻化した大気汚染と郊外でのスプロールに対する対策として,多機能で利便性の高い都心と郊外タウンセンターを中心としたコンパクトな都市圏を形成し,さらにそれらの中心地を公共交通によって有機的に結ぶことにより,自動車移動の機会減少と移動距離の縮小およびスプロールの抑制を図っている。
3.成長管理政策の成果と課題
バンクーバー都市圏は,フレーザー渓谷のメインランド低地の一部に広がるが,北部は急峻な山地に連なる傾斜地,南東部はフレーザー川の河口部に位置し軟弱な地盤となっているため,市街地開発には不適な地域となっている。GVRDは,こうした地域を除き,公共交通で結ぶことが可能な9つの自治体にまたがる地域を,成長集中地区に指定し成長管理を進めている。都市圏の公共交通の中核として機能しているのが,1986年のバンクーバー万国博覧会のために整備されたスカイトレインである。スカイトレインは,都市圏の都心と郊外各地を結ぶ公共交通の骨格をなし,現在では平日で平均約22万人の利用がある。そのスカイトレインの各駅は,バスの運行距離の短縮化を意図して,周辺住宅地と結ぶバス・ルートの結節点としても機能している。
こうしたスカイトレインなどの郊外の交通結節地には,都心に準ずる郊外核として8ヵ所の広域型郊外タウンセンターと13ヵ所のコミュニティ型郊外タウンセンターが整備され,とりわけ前者はゾーニングにより日常生活に必要な多様な機能と中高層住宅が集積し,コンパクトで利便性の高い空間が形成されている。
以上のような取り組みの成果として,都心や広域型郊外タウンセンターの多くは,活力のある中心地として機能し,それらを公共交通網がネットワークする都市圏構造が完成しつつある。
他方、最近ではこうした利便性の高い都心や広域型郊外タウンセンターの形成,香港返還以後の富裕層の増加やオリンピック関連の好況などの要因により,都心をはじめとした地域では,地価や不動産物件の高騰が生じ,居住人口の再郊外化とそれに伴う交通渋滞の深刻化が報告され始め,新たな課題となりつつあり、地域の開発を限定的に行う成長管理政策の反作用とも言えよう。
*本研究をおこなうにあたり,平成18~20年度科学研究費補助金(基盤研究(C))「我が国におけるリバブル・シティ形成のための市街地再整備に関する地理学的研究」(研究代表者 山下博樹)の一部も使用した。
参考文献
生田真人 カナダにおける大都市圏政府の形成について-バンクーバー
の事例から-,立命館地理学11, pp.1~13,1999年
山下博樹 バンクーバー都市圏における郊外タウンセンターの開発-リバブルな市街地再整備の成果とし て-,立命館地理学19,2007年(印刷中)
Yamashita H. et al. The development of diverse suburban activity centres in Melbourne, Australia. Applied GIS 2(2), 2006, pp.9.1~9.26. DOI:10.2104/ag060009 http://publications.epress.monash.edu/toc/ag/2006/2/2
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