国内外の調査から,妊産婦の自殺頻度が高いことが判明した。特に東京都23区の調査によると妊産婦の自殺率は国際的にも高く,大きな反響が生じた。一方,英国の大規模調査からは,妊産婦の精神状態と乳幼児の発達障害との間に有意な関係が明らかになった。こうしたエビデンスを受けて,新たな周産期メンタルヘルスに対する以下の日本の動向が注目された。1)関連学会に関しては,産婦人科関連学会の最新のガイドラインに妊産婦健診時の精神疾患の早期発見の方法が明記された。日本周産期メンタルヘルス学会は,多職種向けのコンセンサスガイドを作成した。2)厚労省は,産後の定期健診時(2週間,1カ月)における産後うつ病のスクリーニング・システムを提示し,市町村に対しては,産後の精神疾患の早期発見と適切なケアのための地域リエゾン体制の連携強化の課題を提示した。3)2017年度から自殺総合対策大綱に,産後うつ対策が新たに掲載された。
欧米では妊産婦死亡数だけでなく,産褥42日以降1年未満の後発妊産婦死亡(late maternal death)も重要とされ,特に精神疾患による自殺が問題となっている。しかし,日本では死亡診断書や死体検案書に妊娠・分娩情報が書かれないため,その実数が把握できていない。自殺総数はわかるものの周産期メンタルヘルスの問題かどうかは把握できず,対策を打てない状況にある。一方,無治療の周産期のうつ病や精神疾患は,自殺など本人の問題のみならず,養育能力低下から児の発育障害,精神発達障害,ネグレクト,児童虐待へとつながり大きな社会問題となり得る。イギリス,スウェーデンの妊産褥婦の自殺率と比較しても大阪,東京,三重県の自殺率は極めて高く,母子を見守り支援する産科領域,精神科領域,地域行政などを交えた地域連携支援体制の確立が急務である。
周産期の女性の向精神薬使用の増加により,精神科医や患者は妊娠・授乳と精神疾患に関する適切な情報を獲得し,有効に還元することが求められている。そのためにヘルスリテラシーという能力,すなわち「自分に必要な情報を入手し,それを理解し評価したうえで上手に活用する」ことが求められるが,日本人は欧州人に比して苦手な傾向にある。 医療関係者,患者,行政の間で効果的にリスク・ベネフィット情報を共有し,適正なリスクコミュニケーションが行われるが,周産期メンタルヘルスではしばしば適正な選択が容易ではない状況が生まれる。これを克服するため,患者と精神科医はお互いの周産期メンタルヘルスリテラシーの向上が求められ,患者は医療者からの情報提供のほか,冊子や電話相談,インターネットを介して情報獲得に取り組む姿勢が必要である。他方,精神科医の周産期メンタルヘルスリテラシーを高めるための方法として,専門外来を設置することがあげられる。
周産期メンタルヘルスコンセンサスガイド(CG)が,2017年3月31日,日本周産期メンタルヘルス学会ホームページ上に公開された。本CGは,周産期のこころのケアを必要とする人々に対して,医療・保健・福祉など幅広い領域の専門職連携による良質なサービスを提供するための支援ツールとしての利用を想定している。本稿では,このような状況での抗精神病薬,抗うつ薬,気分安定薬の使い方について解説する。
総合病院は多職種が同時に集まることができる貴重な場であり,様々な角度から妊産婦の状態を評価することが可能である。このような環境のなかで,そこに勤務する精神科医が期待される役割とは何か? 具体的には,妊娠・授乳に関連した薬物療法についての理解,精神科医自身の育児支援体制への理解,産科スタッフへの教育,精神科医に対する周産期メンタルヘルスに関する教育,産科医・新生児科医・助産師・保健師・SW などの多職種との連携などがあげられる。
血液透析患者の多くは日常生活活動(ADL)において制限(困難感)を有しており,その制限には主に身体機能低下の関与が指摘されているが,精神機能との関連を検討した報告は極めて少ない。本研究は186名の血液透析患者を対象に,ADL困難感の高低に伴う抑うつ症状の差異を検討することを目的とした。測定項目は臨床的背景因子,ADL困難感(移動動作12項目),身体機能(歩行速度)および抑うつ症状(CES-D10)とした。解析はADL 困難感を基に3群(高,中,低困難群)に分け,CES-D10について年齢,アルブミン,併存疾患指数および歩行速度を共変量とした共分散分析を行った。その結果,CES-D10の構成因子である「身体症状」は高困難群が他の2群と比べて有意に高値を示したのに対して,「抑うつ感情」は高および中困難群が低困難群と比べて有意に高値を示した。ADLは身体機能と密接に関連するが,「抑うつ感情」が「身体症状」よりもADL困難感が小さい(ADL低下のレベルが低い)段階から高値を示したことから,身体機能に加えて心理的側面への早期介入の必要性が示唆された。
超高齢社会のなか,精神科救急の場においても身体合併症をもつ患者への対応で苦慮することが多く経験される。精神科医が不在もしくは不足している3つの総合病院に対し,精神科病院に所属する精神科医師がアウトリーチリエゾンコンサルテーション活動を展開することにより,「地域内」における総合病院精神科としての機能が発揮され,超高齢社会におけるリエゾン精神医療のモデルの一つとなり得ること,また教育的効果も認めていることが示された。
Lewy小体型認知症(DLB)の高齢患者の治療中に,幻味と区別が困難な味覚障害が生じ,亜鉛含有製剤の投与により改善した1例を報告した。高齢者は味覚障害が生じやすい条件が多く,DLBには幻味が生じる症例も稀ではあるが存在することから,その鑑別は重要である。この症例から得られた見解は,以下のごとくであった。1)DLBに合併する味覚障害の訴えが激烈かつ奇妙になると,幻味との鑑別が難しい場合がある。2)味覚障害が生じる原因への対応・治療には様々なものがあるため,多職種連携による診療は極めて有用と考えられた。3)亜鉛欠乏性を含めた一般の味覚障害と幻味の鑑別の指標を考察・記載したが,症例を重ねてのさらなる検討が必要である。4)Lewy病理による中枢神経障害性異常味覚の可能性,その病態と治療法の究明が期待される。5)幻味(稀な幻覚)に対するdonepezilを含むコリンエステラーゼ阻害薬の有効性の検討が期待される。
神経性やせ症の治療において栄養の補給は喫緊であるが,急激な栄養補給は再栄養症候群を来す恐れがあり,特に低体重症例で危険は大きい。本稿でわれわれは,BMIが12kg/m2未満で入院となり,栄養補給を始めたところ急速に肝酵素の上昇を呈して身体状況が悪化し,栄養症候群か飢餓状態かの鑑別に苦慮した2例の神経性やせ症症例を提示する。再栄養症候群とみる内科医に対して,担当主科である精神科の判断として飢餓状態と診立てて栄養を漸増し,危機的状況を脱した。超低体重症例においては,頻回のモニタリングと電解質の補正の下,従来推奨されているより高めの栄養を投与することで,このような危機的状況を脱し得るものと思われる。
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