人間らしい情報処理とは何であろうか.昨今の機械学習やAI技術の発展によりこのような問いはその重要性を増している.人間にしかできず人工の知性にはまだ手が届きそうに無い計算の原理というものはあるのであろうか.このような重要な問いに対して簡単な答えは無さそうには見える.このような問いに答えうる分野として脳科学がある.たしかに神経システムの研究においても機械学習のアイデアが非常に大きな影響を与えてきた歴史がある.しかし最近の脳科学の研究ではこのような人工的なシステムからの枠組みから乖離するような報告が相次いでなされるようになって来ている.この論文では筆者自身が関わって来た意思決定におけるそのような乖離について説明したい.これらの現象は知覚意思決定の経路・経験依存的な意思決定のバイアスや採餌理論(foraging theory)を元にした意思決定の課題中に現れる.これらの研究の特徴は「1試行」のような時間的に単一の単位が計算の基準にはならず,複数の試行や時間にまたがる行動や情報処理の構造が見られることである.今回の総論ではこのような研究をまとめ,脳の情報処理の仕組みがマルチスケール的な情報処理の原理を持っていることについて議論したい.このような視点は人間の知性の本質に迫るものであり,また新たな人工的なシステムの開発に寄与することが期待される.
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