1.はじめに
扇状地に関する研究は19世紀から活発に研究が行われており,1980年代以降には堆積学と関連した論文が多く出版されたが,その中でBlair and McPherson(1994)は扇状地に対して厳格な定義を与えた.それは,『扇状地とは主として土石流や布状洪水により谷口に形成された急勾配(1.5_-_25°)の半円錐地形であり,それよりも緩勾配の地形は扇状地ではない』というものである.これは,傾斜が0.1°未満のきわめて緩勾配な地形を扇状地と呼ぶ立場(たとえばStanistreet and McCarthy, 1993)とは大きく異なる.日本でも,平野の大河川などで,扇端部の勾配が0.1°を下回る例が多数報告されている.
Saito and Oguchi(in press)によると,日本,台湾,およびフィリピンでは,扇状地の勾配は多様な堆積環境を反映してさまざまな値をとるが,デスバレーでは1.5° 以下の勾配をもつ扇状地がほとんど存在しない.したがって,Blair and McPherson(1994)による扇状地の定義は,乾燥地域での知見に偏っている可能性がある.しかし,乾燥地域と湿潤地域における扇状地と非扇状地の堆積勾配を詳細に検討した研究は少ない.そこで本研究では,DEM(デジタル標高モデル)の解析に基づき,扇端よりも上流側の扇状地の勾配(上方勾配)と,下流側の非扇状地の勾配(下方勾配)を湿潤地域と乾燥気候について調査し,結果を比較した.
2. 対象地域と方法
湿潤地域の事例として日本の214の完新世扇状地を取り上げた.また,乾燥地域の事例として合衆国南西部のDeath Valley,Owens Valleyおよびその周辺域(約2万km
2)に分布する217の完新世扇状地を取り上げた.解析の際には,日本については北海道地図(株)発行の50-m DEMを使用し,合衆国南西部についてはUSGSのSRTM(Shuttle Radar Topography Mission)-DEM を使用した.それぞれの扇状地について,扇端を地形図・陰影図・水系図等に基づいて認定した後,そこから上流方向と下流方向に各250 mの幅を持つバッファーを発生させた.次に,バッファーの末端から上方と下方に,それぞれ1,000 m の幅を持つ領域を設定し,各領域の平均勾配をDEM から計算して上方勾配と下方勾配を得た.バッファーの導入は,扇端の認定に含まれる誤差を考慮したためである.また,上方勾配と下方勾配との比(勾配比)を計算した.
3. 湿潤地域と乾燥地域における扇端での勾配変化
日本・合衆国南西部のいずれにおいても,勾配比が1_から_2 となる扇状地が最も多かったが,日本では勾配比が1 に近い扇状地が合衆国よりもかなり多かった.また,日本では4 以上の勾配比を持つ扇状地がほとんどないのに対し,合衆国南西部では大きな勾配比をもつ扇状地が多くみられた(図 1).さらに,勾配比が1 未満,すなわち扇状地よりもその下方側が急となる事例が,日本においては19 % (41 個)みられたのに対し,合衆国南西部では平野部に1.3 % (3 個)のみであった.したがって,合衆国南西部の扇状地では,土石流などによって運ばれた土砂が扇状地で急速に堆積するために下流側とは明瞭に異なる堆積勾配が形成されるのに対し,日本の扇状地では扇端を境とする堆積プロセスの変化がより不明瞭かつ多様なために,扇端を境とする勾配の変化が小さいと考えられる.したがって,乾燥地域では勾配と土砂移動プロセスに基づいて扇状地を比較的容易に定義できるが,湿潤地域では場所による堆積環境の相違を十分に考慮して扇状地の認定と研究を進める必要がある.
文献
[1] Blair, T.C., McPherson, J.G. (1994): Alluvial fans and their natural distinction from rivers based on morphology, hydraulic processes, sedimentary processes, and facies assemblages. Journal of Sedimentary Research, Section A: Sedimentary Petrology and Processes, 64, 450-489.
[2] Stanistreet, I.G., McCarthy, T.S. (1993):The Okavango fan and the classification of subaerial fan systems. Sedimentary Geology 85,115-133.
[3] Saito, K. and Oguchi, Y. (in press): Slope of alluvial fans in humid regions of Japan, Taiwan and the Philippines. Geomorphology.
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