筆者を含めた幾人もの研究者が、全球や大陸規模の植生変化・陸面水文条件などが気候・水循環に与える影響を、特にGCMなどの大規模数値モデルを用いて研究してきた。それは例えば、アジアの人為による土地利用変化がモンスーンに与える影響についての数値実験研究であったり、年々の気候の変動や”地球温暖化”が作り出した植生変化の気候へのフィードバックであったりする。例えば筆者らは、インドシナ半島における土地利用改変が9月のみに顕著な降水量減少をもたらしていることを示したり(Kanae et al., 2001)、半乾燥地においては夏の降水量の変動に陸面水文量の変動が影響を与えていることを示したり(Koster et al., 2004; Kanae et al., submitted)してきた。これら以外にも世界の様々な研究者が様々な結果を国際ジャーナル等に発表してきた。それら数値モデル研究では、そういった土地利用、植生の変化や陸面水文量の変動は大規模気候・水文循環に「結構な」影響をもたらすと結論付けられている。特に植生が与える影響に関しては、昨今の森林保全議論や温暖化議論と出会ったときに、何らかの政治的意味合いを持つ可能性もある。今のところ幸いそれらの結果が一人歩きして政策論議などに使われることはほとんど無いようだが、現状では一人歩きしてもらうには不安と感じる問題点を抱えている。その問題点を端的に述べるならば、シミュレーション結果に対して検証を欠いていることである、と言える。Kanae et al. (2001)では降水量変化に関して検証らしきことをした点が、少しだけ評価されたようである。また、検証を欠いていることが不安をもたらす根源の一つは、シミュレーションの際に変化させる植生パラメータや植生モデルの構造などが、何らかのある前提や条件の元では観測され論文に記載されている事実なのであろうが、そのような大規模な変化を見たいときに必要にして十分な要素を反映しているかどうかに疑問が残ることである。例えばKanae et al.(2001)を始めとした森林伐採数値実験ではアルベド変化が「結構な」降水量変化へとつながっているが、そのアルベド変化はわりと微小なものであり、今となっては観測誤差と比べて本質的に有意かという点で疑問は残る。また、気候の変動は植生の分布や、少なくとも展葉・落葉の時期とLAIの量に影響を与えるだろうが、そのようなことを考慮した数値気候モデル実験は数少ないし、フレームワークとして考慮したとしても、より複雑になったモデルを使うわけであるから、妥当性のある検証はますます難しいであろう。しかし一方で、そのような気候と陸面のフィードバックの適切なモデル化は、地球温暖化議論のためにも、現代社会が強く求めている。植生変動にともなる土壌構成変化がモデル化されていない点も問題であるが、その検証はもっと問題であろう。現在、過去の地球規模での土地利用・植生データセット、パラメータデータセットのほとんどがアメリカ産であることも、我々にとっては一つの大きな問題ではないだろうか。さて、これらを背景とした上で、日本で研究する者の地理学的視点で考えたときに、今後の我々の目指すべき方向性はどのようなものであろうか。様々なことが考えられるだろうし、誰も考えていないことを行うことが独創につながるわけではあるが、まず第一歩として以下の点からスタートするのはどうだろうか。東アジア、東南アジアの植生(水田なども含めた)パラメータの特徴が、これまでのグローバルデータセットにはそれほどうまく反映されていない気がする。そういったものを我々の手で作り、応用研究をして広めていくことはどうだろうか。グローバルデータセットとしてグローバルに配布されるべきなのは言うまでもない。また、応用研究の際に検証的視点を持つべきことも、言うまでもない。Kanae S., T. Oki, K. Musiake: Impact of Deforestation on Regional Precipitation over the Indochina Peninsula, J. Hydrometeorology, 2, 51-70, 2001Koster, R.D., P.A. Dirmeyer, Z. Guo, G. Bonan, E. Chan, P. Cox, C.T. Gordon, S. Kanae, E. Kowalczyk, D. Lawrence, P. Liu, C.H. Lu, S. Malyshev, B. McAvaney, K. Mitchell, D. Mocko, T. Oki, K. Oleson, A. Pitman, Y.C. Sud, C.M. Taylor, D. Verseghy, R. Vasic, Y. Xue, T. Yamada: Regions of Strong Coupling Between Soil Moisture and Precipitation, Science, 305, 1138-1140, 2004Kanae, S., Y. Hirabayashi, T. Yamada and T. Oki: Influence of land surface hydrological condition on interannual variability of precipitation in boreal summer, submitted
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