Ⅰ.はじめに
リアス海岸は,ほぼ平行に並んだ岬と狭く細長い入江が交互に分布し,屈曲した海岸線を特徴とする地形である.これは,狭い河谷の沈水によって形成されるとされる.日本では,約2万年前の海面低下期に発達した山地・丘陵や開析された台地が,縄文海進(約6000年前)による海面上昇に伴い沈水し,尾根が岬に,河谷が入江(溺れ谷)になることにより,各地にリアス海岸が形成されたと考えられている(例えば,貝塚,1998).
青木(2018)は,現在の日本においてリアス海岸は限られた地域に分布し,それらの地域では波の営力に対して岩石の抵抗力が大きいプランジング崖が発達している点に着目し,岬が侵食を受けにくく,沈水当時の海岸線の屈曲が維持されてきた可能性を指摘している.
本研究では,リアス海岸が発達する志摩半島を対象に,内湾および外洋に面する海岸を比較することにより,縄文海進以降,現在に至るまでリアス海岸がどのような条件下で維持されてきたのかを,波の侵食の受けやすさの観点から考察することを目的とする.
Ⅱ.調査対象地域および調査方法
調査対象地域として,志摩半島の的矢湾および英虞湾に面する内湾部と,遠州灘および熊野灘に面する外洋部の海岸を選んだ.英虞湾や的矢湾は,日本を代表するリアス海岸であり,顕著な海岸線の屈曲を示す.一方,外洋部の海岸は屈曲が小さい.本研究では,両者を比較することにより,リアス海岸の維持条件を明らかにできると考えた.
対象地域はいずれも,海面低下期に開析された先志摩台地が縄文海進により沈水した海岸であり,地質はすべて中生代四万十帯に属する堆積岩から構成される.調査に際しては,まずリアス海岸の形状を示す指標として海岸線の屈曲度を定義し,各調査地点において関係する地形量の図上計測を行った.入江および岬の発達状況は,空中写真および地形図により把握し,岬の海岸縦断面は海底地形図を用いて作成し,短縮量を計測した.
現地調査では,海岸地形や波浪の様子を観察するとともに,岬を構成する岩石の硬さを把握するため,シュミットハンマーを用いて岩石強度の測定を行った.測定は,岬周辺に露出する岩石表面1箇所を10回連続で打撃する「連打法」(松倉・青木,2004)により行い,上位3回の平均値をその地点の岩石強度とした(シュミットハンマーの値は0~100の範囲で,値が大きいほど岩石強度が高いことを示す).
Ⅲ.結果および考察
海岸線の屈曲度を内湾と外洋で比較した結果,リアス海岸に相当する内湾部(的矢湾・英虞湾)では屈曲度が大きく,外洋部(遠州灘・熊野灘)では小さいことが明らかとなった.また,岬の短縮や海底地形について比較すると,内湾部では,岬の短縮はほとんど見られずプランジング崖が発達していた.一方,外洋部では海食台や波食棚といった海底侵食地形が発達し,海食崖の後退による岬の短縮が進行していることが示唆された.
これらの結果から,的矢湾や英虞湾といった内湾では,縄文海進による沈水以降,岬の短縮が抑制され,屈曲したリアス海岸が維持されてきたと解釈できる.
Ⅳ.まとめ
本研究では,志摩半島において屈曲度が異なる内湾および外洋の海岸を比較し,リアス海岸の維持条件について検討した.その結果,内湾部では屈曲度が大きく,波の侵食が生じにくいため岬の短縮が抑制され,結果として屈曲した海岸線が維持されていることが明らかとなった.
したがって,志摩半島におけるリアス海岸の形成には,開析された台地の沈水という海面変動が不可欠である一方で,現在その形態が維持されているのは,沈水後も岬が大きく侵食されないという条件が重要な要素となっているといえる.
参考文献
・青木 久(2018):景観写真で読み解く地形―海岸に注目してみよう ―.加賀美雅弘・荒井正剛編:『景観写真で読み解く地理(東京学芸大学地理学会シリーズⅡ 第3号)』古今書院,pp.28-39.・貝塚爽平(1998):『発達史地形学』東京大学出版会,pp.210.・松倉公憲・青木 久(2004):シュミットロックハンマー:地形学における使用例と使用法にまつわる諸問題,地形,25(2),pp.175-196.
付記 本研究は,公益財団法人国土地理協会2022年度学術研究助成と科研費(23K17527)の助成を受けて実施された成果である.
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