日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の226件中201~226を表示しています
  • 山縣 耕太郎
    セッションID: P022
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    石灰岩地域において化学的溶食は,地形形成に重要な役割を果たすとともに,石灰岩岩盤中に洞窟やカルスト地下水系を形成する.このため地表河川が発達しにくいく,雨水は,地下水系を通じて地下水面に到達したのち地表に湧き出す(Wiiliam, 1988).こうして石灰岩地域においては,表層水と地下水が相互に接続された特徴的な流出システムが構成される(White, 1993)。このように,石灰岩地域は,非石灰岩地域とは異なる水の涵養過程や流出過程を持つため,水の流出特性も非石灰岩地域とは異なると考えられている(大城・廣瀬,2015).しかしながら,日本における石灰岩地域の水文学的な特性の評価は,必ずしも十分ではない.特に,多雪地域の事例に関する報告は少ない(岸ほか,1989)

    そこで本研究では,新潟県黒姫山周辺の石灰岩地域における地表水・地下水の水文・水質特性を検討した結果を報告する.こうした石灰岩地域特有の水文環境の把握は,石灰岩地域における水資源管理や流域管理などにおいて重要と考えられる.

     新潟県西部黒姫山を中心に北西―南東方向に伸びる青海石灰岩は、日本有数の規模の石灰岩体である。標高1,222mの黒姫山一帯には,ドリーネ,ウバーレ,石灰洞などのカルスト地形が発達する.黒姫山を挟んで,東側に田海川,西側に青海川が南から北へ流れ,日本海に注いでいる.田海川は,ポリエであるマイコミ平から流出するが,上流部には常時水流はなく,石灰岩と下位の古期岩類との境界付近に位置する福来口鍾乳洞の洞口(標高175m)から下流から定常的に水流が認められる. 

     渇水期(2021年8月)および豊水期(2021年11月)に河川表流水を21地点,湧水・地下水を5地点において採水し,水素イオン濃度(pH),電気伝導率,主要イオンについて分析を行った.ヘキサダイアグラム(図1)から,青海川では,ほとんどの地点で中間領域タイプを示すのに対して,田海川ではマイコミ平をのぞき,石灰岩地域特有のカルシウム,炭酸水素イオン溶存量の多いCa-HCO3タイプを示す.このことから,黒姫山石灰岩に浸透した雨水の大部分は,田海川に流出していると考えられる.すなわち,地質構造の影響によって地形的な集水域を超えた地下水の流動があることがわかる.

     黒姫山石灰岩を通した降雨-流出システムを検討するために,福来口鍾乳洞の洞口付近で流出水の電気伝導率,水温,流量の観測を2021年7月から2024年10月の期間に行った.降水量は糸魚川地域振興局福来口局のデータを使用した.

     通年の基底流出の変化をみると,福来口鍾乳洞内の水位は,融雪期(3-5月)に上昇し,そこから夏季渇水期(6-8月)に低下する.さらに豊水期10~11月に若干上昇し,積雪期(12-2月)に再び低下する.電気伝導度および水温は,これとは逆に融雪期(3-5月)に低下,渇水期(6-8月)に上昇,豊水期(10~12月)に低下,積雪期(12-2月)に上昇する傾向を示す.

     こうした基底流出の変化の中に,降雨に対応する短期の変動が確認される.降雨が生じると,速やかに水位の上昇が確認される.この間の時間間隙は極めて短い.水位の上昇の初期には,水温の低下と電気伝導度の上昇が短時間認められる.これは,地下に貯留されていた炭酸カルシウム濃度の高い地下水が押し出されてきたものと考えられる.続いて急激な水位の上昇および水温の上昇と電気伝導度の低下が生じる.ピークの大きさによるが,ピークを示した後,数日から数週間かけて基底流量の値にもどる.

    このような降雨に対応する流出,水質の変化から,福来口鍾乳洞からの地下水流出は,複数の異なる流出経路や存在状態の地下水から構成されていることが想定される.

  • 〜房州石産出地域資料からの検討〜
    髙橋 珠州彦
    セッションID: 537
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    木造家屋が密集した都市では,しばしば大火に見舞われ,復興後の町並みには防火対策を施した建造物が建ち並ぶ景観が形成された。本報告は,近代の大火後の復興町並みで多用された石材のうち,房総半島で産出する房州石を対象に,その産出から流通に至る経路を検証しようとするものである。

     石材の流通については,伊豆石が材木運搬船の帰り荷として天竜川の下流域に流通したことや,近代の鉄道発達に伴って大谷石や稲田石が流通範囲を広げたことが指摘されている。房州石も伊豆石や大谷石と共通した特徴をもつ凝灰岩系の石材であり,関東各地に流通したことが知られている。

     近代の大火発生状況は,1956(昭和31)年刊行『日本の大火』を基礎資料とし,自治体史等で内容を補った。これらによって得られた情報をもとに,現地調査を実施し,焼失範囲の特定と大火復興によって建築された現存建造物を確認した。

     房州石の産出から流通については,石材産出地域に残された資料のうち主に千葉県富津市の鈴木家文書,鳥海家文書,岩埜家文書を検討した。鈴木家,鳥海家,岩埜家はいずれも,明治期から昭和高度成長期にかけて房州石の切り出しと販売を担った石材商であった。

     房州石の産出地は,主に現在の富津市金谷と鋸南町の境界にそびえる鋸山周辺である。本報告の分析対象である鈴木家は,金谷において「芳家石店」の屋号で営んでいた。また鳥海家と岩埜家は売津で石材業を営んでいた。

     これら房州石の産出地には,石切場跡が複数残されているほか,特に金谷には房州石を用いた石造建造物や石垣,石塀が多く残されている。一方,房州石の消費地側では,東京都や神奈川県,埼玉県など関東各地で房州石を用いた建造物が確認できる。なかでも近代の大火後に出現した復興町並みとして見出すことができるのは,日光街道の旧草加宿や旧越ヶ谷宿である。どちらも土蔵造りの店蔵に併設して,房州石の石壁が敷地を取り囲む特徴的な景観を見ることができる。鈴木家文書には1888(明治21)年の「為取換約定書」が残されている。同資料は,東京府京橋区弥左衛門町で石材問屋「鈴木商店」を営む鈴木義宗が,金谷の石材販売の委託を受け独占販売の約束をしたことを示すものである。

     一方,金谷側でも販売の組織化がみられた。1888(明治21)年に安房石産会社が設立され,1907(明治40)年に房州石材業同業組合,1910(明治43)年に房総石材運輸株式会社が設立された。1913(大正2)年には金谷の石材業者が連名で「元名石」の名称を商標登録したことを販売先に通知した記録もある。

     鈴木家文書に複数含まれている「請取証」は,金谷の芳家石店から出荷された石材について作成されたものである。1907(明治40)年3月から断続的に残されている「請取証」には,石材の受取人氏名と運搬船名,出荷した石材の内訳などが記載されている。この記録から,芳家石店は東京・横浜・三浦方面の石材問屋と取引があったことがわかる。またここに記載された運搬船名と出荷先との関係に相関関係は認められなかった。

     房総半島から東京や横浜,三浦方面へと房州石を運搬していた船は,近世以来「渡海船」といわれる帆船が利用され,明治以降も活用された。これは「五大力船」ともいわれ,房州石のほかしめ粕や薪炭などを運搬した。この渡海船は,鮮魚や軽量貨物を運搬した「押送り船」とは区別された。前述の「請取証」に記載された運搬船も渡海船であると考えられる。

     本報告では,石材産地で切り出された石材が消費地に向けてどのように流通するのか,その一断面を明らかにすることができた。一方で出荷先の石材問屋の経営実態や,消費地への流通経路については今後明らかにする必要がある。

  • 川田 力
    セッションID: 336
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    オーストリアの地域政策は空間計画とよばれ、10年毎に策定されるオーストリア空間開発構想がその枠組みを規定している。現在は、2030年を目標年とするオーストリア空間開発構想2030(ÖREK2030)が諸施策・諸計画の指針となっている。オーストリア空間開発構想2030は、オーストリアが急速なグローバル化・デジタル化を潮流とする複雑かつ不確実に変動する高リスクな状況下に置かれていると位置づけており、国内の経済的、社会的、環境的諸課題に対応するためには、多様な空間的レベルでの変革が必要であるとの認識の下、「変革のための空間(Raum für Wandel)」を理念に掲げ、「持続可能性」、「公益性」、「公正性」を3つの柱とする空間開発構想を打ち出している。

     オーストリア空間計画協議会は、3年毎にモニタリングを行い、国内各地域の動向分析に基づいて空間計画の課題を導き出しているが、2021年から2023年までの期間の状況を分析した『第17回空間計画報告書2021~2023』によると、空間開発の基盤となる当該期間の状況を、経済面ではCOVID-19、ウクライナ戦争、エネルギー価格の高騰によるインフレの進行の影響が大きいととらえ、環境面では気候変動の影響による異常気象と自然災害リスクの増加とエネルギー転換へのニーズの高まり、社会面では高齢化、移民の増加の進展を指摘している。

     各自治体における都市開発・地域開発もオーストリア空間開発構想の影響下にあるが、今後予想される人口構造、土地利用、インフラ、公共サービス、資金調達に関する環境変化をともなう都市-農村関係の変化への対応が最重要課題の一つとされる。上述の報告書では、不確実性が高まり諸資源が逼迫している現在の環境下で、地域格差の縮小を伴うバランスの取れた空間的発展をめざし都市開発・地域開発を進めるためには、地域イノベーション、地域経済、立地政策の設計およびガバナンスのプロセスの変容をともなう生態系的に持続可能で社会的に包摂的な経済実践への移行を支援する地域変革の開始または加速を促す必要があるとしている。

     オーストリアの都市開発・地域開発においては、高齢化、移民の増加といった社会的課題、温暖化、エネルギー転換といった環境的課題、EUにおける経済状況の変化といった経済的課題への対応を見通した計画が構想されるなかで、地域間競争の側面が後退し、環境的側面のみならず、社会・経済の持続可能性の向上の重視が進んでいる。こうしたなかで、Franz, Y. and Heintel, M.(2022)は計画の核となる都市の持続可能性は当該都市のみでなく周辺地域との協働によって実現しうることを指摘している。こうした協働的な取り組みは、複雑な課題に対して、社会的包摂の拡大や雇用への好影響をもたらし地域レベルで持続可能性を確保することに寄与するのみならず、より広域的レベルないし世界的レベルでの持続可能性の向上を実現可能なものにするアプローチとなるとされる。

     オーストリアにおける協働的都市・地域開発の実施事例として、ザルツブルク市とブレゲンツ市の事例をあげる。

     ザルツブルク市は、国際的レベルでの都市の地位向上を掲げ、ユネスコ世界文化遺産に登録された旧市街地や音楽祭による高い国際的知名度を活かし、観光、文化のみならず、研究・開発機能の強化等を企図した都市開発を進めている。近隣自治体と協働した取り組みとしては、隣接するオーバーエスタライヒ州およびドイツ・バイエルン州を含む広域的雇用調整と都市機能整備、および、周辺自治体へのザルツブルク市民の住居移動ニーズの高まりによる開発圧力抑制のための取り組みなどで成果を上げている。

     ブレゲンツ市は、「住みやすい湖畔都市」を理念に掲げ、ボーデン湖畔の風光明媚な自然環境を活かした観光・文化都市、州都およびドイツとスイスとの近接性を活かした広域的・国際的拠点としての発展を企図した都市開発を進めている。具体的には市街地中心部の再開発と交通基盤整備、文化サービスの拡大による中心性の強化に取り組んでいる。近隣自治体と協働した取り組みとしては、生態系保全・防災での連携、オンデマンドバスの運行や共通駐車場管理システムの導入などのエコモビリティの推進、外国籍住民の増加による住宅不足にともなうアフォーダブルな住宅供給、グリーンテック企業の誘致などで成果を上げている。

  • 森崎 進士
    セッションID: P066
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    はじめに

    ミツバチと人間の関係は密接であり、日本においても紀元前からその記録は残っている¹。日本においては、在来種である二ホンミツバチとの関係が特に深く、様々な地域で趣味的、非産業的な養蜂の事例収集が行われてきた。

     しかし近年になり、石炭からガスへのエネルギー転換や、里山利用の減少等、二ホンミツバチ養蜂を支える基盤そのものが危機に瀕している。二ホンミツバチ、及び二ホンミツバチ養蜂は生態系サービス全ての役割を保有する2。なので、我々にとっても不可欠な存在であり、持続要因を明らかにする事は急務である。

     本研究では、長崎県対馬で行われている二ホンミツバチ養蜂を事例として、その持続要因を、自然環境に対する反応と社会環境の変化という点に着目し報告する。

    方法

     調査地は長崎県対馬内の複数地域である。調査対象は、二ホンミツバチ養蜂家、NPO、対馬市振興局である。調査は、聞き取り調査とメンタルマップを用いて、養蜂家が感じている養蜂に起きた変化の通時的な把握や、環境認識の把握を行った。

    結果と考察

     対馬において、持続に影響を与えた上記の要因は、①蜂蜜の商品化、②養蜂家の在来知の変化、③養蜂家の二ホンミツバチ養蜂に対する認識の客体化、である。商品化は、個人売買のみであった蜂蜜を市場経済と接続し、値上げと、値段の画一化をもたらし、養蜂家の金銭的なインセンティブを増大させた。在来知の変化は、巣箱の設置場所の変化や、採蜜時期の変化等、気候変動への適応をもたらした。そして、認識の客体化は、養蜂家の組織化や、NPO団体との関わりによる認識の変化を指す。これらの要因が絡まり合う事で、養蜂家の増加が成され、持続が成立したと考えられる。

     これらの変化は、養蜂に関する対馬の景観にも、様々な変化をもたらした。それは対馬において、現在当たり前とされている景観が、養蜂家の増加によりもたらされた近年の産物である事を示す可能性がある。それは、伝統的とされる巣箱が道に並ぶ光景や、スーパーに並ぶ蜂蜜、そして感染症の流行にも当てはまると考えられる。

     上記の変化は1990~現在の間に起きたものであり、対馬の二ホンミツバチ養蜂においてはかなり最近の出来事である3。対馬は、様々な要因により、持続がもたらされた。一方で、持続という成功は、巣箱が近接しすぎる事による感染症の拡大等、負の側面も持つ可能性がある。

    おわりに

     生態系サービスの維持において、二ホンミツバチ養蜂は重要な位置を占める。今回は、対馬を例に取り、二ホンミツバチ養蜂の持続メカニズムを考察した。対馬は、二ホンミツバチ養蜂の維持に成功している。同時に、それは景観に予想もつかない変化をもたらした。生態系サービスという視点からでは、持続は殆どの場合、重要である。しかし、持続が成功する事による影響を、見落とさない地域の記述を行う必要がある。その為には、持続を一意に捉えて記述するのでは無く、その両方の側面を捉える必要がある。今回の場合においては、養蜂家、ハチ両方に着目したアプローチが必要になると考えられる。

    文献

    1:吉田1997.『二ホンミツバチ―生態とその飼育法―』, 2:小沼,大久保2015『日本における送粉サービスの価値評価』3: 陶山訥庵 1657『津嶋紀畧乾』

  • 多田 忠義, 國井 大輔
    セッションID: P049
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.課題設定・方法

    本研究は,日本における農村の特徴を,地理情報等のオープンデータから明らかにすることが目的である.本報告では,この研究の初期段階として,現在,日本で事実上使用されている農村地域の定義(人口集中地区:DID以外・農業地域類型のうち都市的地域以外)と近年普及の進む1kmメッシュ(grid cell)を基本単位とする都市度に基づく都市・農村地域の定義とを比較・整理し,農村の代表点から中心都市までの移動可能範囲を道路ネットワークから算出する.なお,都市度の算出方法は,2020年に国連統計委員会第51回会合で承認されており,都市・農村地域の国際・地域間比較が容易で,日本でもSDGs進捗確認に利用されている.また,算出方法のプログラム,結果は欧州委員会のWebからオープンデータとしてすべてダウンロード可能である.

    2.都市・農村人口の比較

    日本における都市人口は,DIDで8,829万人(70.0%),農業地域類型のうち都市的地域で1億235万人(81.1%),都市度に基づくと,1億1,407万人(91.1%)であった(図1).人口の粗密で都市・農村地域を分けるよりも,農地と林野,傾斜度(農業地域類型)や,メッシュに占める建物地域の割合(都市度)などを考慮する方が,農村人口が絞り込まれる。

    図2は,3通りの都市地域を比較している.DIDと中心都市(都市度におけるurban center)が概ね一致する一方,都市クラスター(同様にurban cluster)は,農業地域類型で都市的地域以外に区分されるところが多く存在し,都市人口が農業地域類型の算出結果よりも多くなった.

    3.鳥取県日野町の農村地域クラスターに着目した分析

    都市度を使うことで,農村地域メッシュを人口と集積状態から3つに細区分できる.そこで,当研究所が包括連携協定を締結する鳥取県日野町で1メッシュ得られた農村地域クラスターの重心から自動車で30分(「社会生活基本調査」2021年通勤・通学の鳥取県行動者平均の1/2)移動できる到達圏をArcGIS Onlineで得た.結果,鳥取県日野町の当該地点から米子市の中心都市メッシュへ30分以内で到達可能で,都市機能を得られやすいことが示唆された.

  • 岡山県岡山市を事例に
    西山 弘泰
    セッションID: 507
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに 分譲マンション(以下,マンション)は,半世紀あまりの間に日本人の住まいとして大きな地位を得たが,人口減少社会の今日においても絶えず供給され,その数を増やし続けている.その一方で,初期に建設されたマンションの中には,建物と居住者の老齢化,いわゆる「2つの老い」が進み,持続性が危ぶまれている.国もこうしたマンションの増加を抑制するため,区分所有法の改正やマンション管理適正化法,マンション建替円滑化法の創設など,マンションの維持や管理に関連した各種制度を整えるようになった.しかしながら,築40年以上の老朽マンションは,2023年末時点で約137万戸であったのに対し,それより20年後の2043年末には464万戸に達するとされ(国土交通省調べ),ゴーストマンションが増加する恐れがある.マンションの持続性を担保するものは何であろうか.それには立地や躯体性能が大きく影響してくることは言うまでもないが,その他マンションの管理体制の良し悪しが,持続性に大きな影響を与えるものと考えられる.その管理を支えるのが居住者の管理意識や良好な維持のための行動である.地理学においては,これまでマンション居住者の属性や居住歴などに関心が寄せられてきたが,マンションが乱立し,老朽化マンションの増加が危ぶまれる中,その管理や持続性に着目した研究が必要であると考える.そこで本研究では,岡山市中心部のマンション居住者に行ったアンケート調査の結果をもとに,マンション管理の現状と課題を検討する. 2.調査方法アンケートは2024年10月に以下のマンションに対して配布した.なお,配布対象は22棟である. 岡山駅東口エリアの桃太郎大通り,城下筋,東山通り,市役所筋に囲まれた地域(1kmスクエア) 2000年以降に竣工したマンション 50戸以上のファミリー向けマンション2170世帯に配布し,285世帯(回収率13.1%)から回答を得た.質問内容は,①居住者の属性(年齢,世帯形態,所得,仕事など),②居住者の買い物行動,③公共交通の利用状況,④マンション管理に対する考え方やコミュニティ意識である.また,アンケートに先立ち,2024年9月に対象地域のマンション居住者12名にヒアリング調査を行った. 3.結果回答者の約半数は,2020年以降の入居であり,所有形態は9割以上が常住の持家であった.昨今の購入価格高騰を反映し,入居が近年になるにつれ購入価格が上昇し,専有部分の面積が狭くなる傾向にある.従前の住まいは,約7割が同一区内(北区)であり,近傍からの転居が多い.年齢や世帯形態は幅広く,比較的多世代にわたっているが,65歳以上の高齢世帯が4分の1を占めている.そして彼らの多くは「マンションへの転入のきっかけ」として「高齢期への備え」と回答している.つまり高齢世帯は,①住宅の維持管理が容易,②防犯性が高い,③車がなくても生活できる,などの理由により街なかのマンションに転居したものと思われる.しかしながら,高齢者が多いことは,管理意識の低下や居住者の老いを早めることにもつながりかねず,留意が必要である.マンション管理やコミュニティに対する意識については,全11問を5段階(①とてもそう思う/②そう思う/③そう思わない/④全くそう思わない/⑤わからない・該当しない)で尋ねている.「管理規約等のルールをしっかり認識しているか」については,①,②が7割以上であったが,うち②が大半であったことから,「本当に熟知しているのだろうか?」と疑念を抱いてしまう.「役員はできるだけやりたくない」という回答も7割近くに達しているのに加え,「管理は管理会社に任せておけばよい」とする回答も半分に上っている.これらはヒアリングによっても顕著であった.コミュニティについては,マンション内に親しい知人がいないとの回答が多いのに加え,マンションの問題について住民同士が話すことも少ない結果となった.さらには,周辺地域への関心度についても低かった.マンション居住に関する自由回答においては,マンション住民が管理や近隣住民とのコミュニケションに後ろ向きであることを問題視する意見も散見された.以上の結果から,マンションが果たして今後も街なかの住まいとして良好に保たれていくのか疑問が残る.

  • ハイアール日本,セルビア国スメデレヴォ製鉄所,MINISOなどの中国系企業の事例分析
    許 衛東, 魏 晶京, 明 語英
    セッションID: 337
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    Ⅰ.問題の所在と報告の趣旨

    近年,新興国特有の市場環境・ニーズに対応する中で発想・提案された製品・サービスと,それらが先進国へ逆流していく「リバースイノベーション」という市場動向が経営学の関心を集め,その流れを取り入れるビジネスモデルは新興国だけでなく先進国でも役立つという仮説が出ている( Vijay. Govindarajan and hris Trimble2012)。

    本報告では,家電分野のハイアール日本,EU市場向けのセルビア国スメデレヴォ製鉄所,日本の製品デザイン力を主軸にミニ百貨店型の雑貨店を世界市場で展開するMINISOなどの事例に注目し,事業拡大のプロセスと地理的要素の相関性を考察する。

    Ⅱ.リバースイノベーションの概念と適用 

    リバースイノベーション関する仮説は中国やインドで医療用超音波検査装置の小型化事業に成功し後,先進国に販路拡大を実現したGEイメルト会長が支持したことにより注目されるようになったが,様々な主張や定義が乱立する状況にあると言える。 

    1 新興国(途上国)におけるイノベーションのタイプ出典:みずほ情報総研(2019)の資料による

    ただ,従来の垂直分業を基本とする新興国向けの技術移転型投資や一部の水平分業を実現した現地化投資と比べて,先進国と新興国を往来する双方向性の投資効果が評価されている(図1)。

    Zedtwitzら(2015)はリバースイノベーション型のビジネスモデルについて,発案,製品開発の完成,主要市場と第二市場などの先進国優位と新興国優位の異なる組み合わせによって16種類のパターンの事業分類を行なっている。本報告の事例はその中に含まれている。

    Ⅲ.事例研究とその特徴

    1.ハイアール日本によるに日本国内のコインランドリー向け業務用洗濯機の開発事例ハイアール社は中国青島に本社を置く家電メーカーであるが,り,市場主義管理のモデルとして知られ白物大型家電においては15年連続で世界シェアトップの座を守り抜いている。現在では売上高の約半分を海外が占めているほどである。ハイアールは2012年1月に100億円でパナソニックから三洋電機の白物家電事業の譲渡を受け,ハイアールアクアセールス(現アクア株式会社)を設立した(図2)。アクアは現在日本を中心にアジアで白物家電,なかでもコインランドリー向け業務用洗濯機事業を三洋時代の5割シェアから7割までに押し上げている。

    2 現在におけるハイアール日本の拠点分布出典:Hair Japanのホームページによる

    2セルビア国スメデレヴォ製鉄所の事例 1913年創業したこの製鉄所は国際河川のドナウ川を活用してできた中央最大の内陸型製鉄所であるが,2003年にUS Steel社に経営譲渡されたが2015年に倒産に追い込まれた。2016年に河北製鉄公司が4,600万ユーロで同社を吸収合併した後,アジア発販売ネットと最新設備の投入で事業の回復・拡大に成功した。

    3.(ユニクロ+DAISO+無印)÷3=MINISOの創業事例 2013年東京銀座で企業登録したこの企業は売れ筋商品の日本デザインの効果と中国での徹底したコスト管理を調和させ,急成長を遂げ,20年に米ニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場を果たした。国と都市の性格を配慮した店舗立地の策が奏功した。

    Ⅳ.まとめと今後の課題リバースイノベーションの多彩な展開パターンについて事例分析で検証したと同時に,事業発展の合理性を担保する地理的条件の規定作用を確認した。

  • 山本 隆太
    セッションID: 452
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.背景 コンピテンシー志向の学習において学習課題(問い)は生徒の学習プロセスにおいて中核をなす。日本に先行してコンピテンシー志向に舵を切ったドイツでは,すでに2010年代において,コンピテンシー育成のためには単に知識を問うだけではない学習課題とテストが必要であることが認識され,教科書の在り方が学習課題を中心としたインプット志向からアウトプット志向へと転換するなど「新しい学習課題文化」と呼ばれる学習状況にあった(吉田2012)。これは地理教育,地理教科書でも同様の状況であった(山本2014)。ただし,そこで重要となる学習課題に用いられる指示用語(instructional term)については,スタンダードに指示用語リスト(Operatorenlisten)として掲載されていることは知られていたものの,十分に取り上げられてこなかった。そこで本発表では,この指示用語について取り上げて論ずる。 2.指示用語について 本発表で取り上げる指示用語とは,学習者が課題に取り組む際,課題文に明記された指示動詞を指す。例えば,「~~について分析しなさい」(分析する),「~~を記述しなさい」(記述する)などがこれに当たる。ドイツでは指示用語リストは定式化されており,各州文部大臣会議が発表したアビトゥーア統一要求水準(EPA),学会が発行するスタンダード,各州のカリキュラム,各出版社の教科書などで確認することができる。なお,地理の場合,その影響関係はおおよそ上記に紹介した順番となっており,EPAが最も基本的な準拠規準といえる。EPAは要求水準を3段階で示しており,指示用語も以下の3つの段階に対応させられているケースが多い。要求水準 I(再生能力):地理的な事象を、学習した文脈の中で、学習したスキルや方法を再生的に用いて再現し記述する要求水準 II(再構成・転用能力):既知の地理的な内容を自分自身の力で説明し作業し整理することに加え,学習した内容やスキル、方法を他の地理的事象に適切に応用する要求水準 III(熟考・問題解決能力):新たな問題を自律的かつ省察的に取り組み,用いた方法や手順,得られた知見を踏まえながら、根拠を提示し、解釈し、結論を見出し、評価を行い、行動選択肢を導く3.スタンダード(中学校卒業レベル) 地理教育におけるスタンダードは各学校段階の修了ごとに発表されている。スタンダードにおける指示用語は,6つあるコンピテンシーにおいて各要求水準が求める学習や学習課題のレベルを予め整理した上で,それに準拠した指示用語が配当されている。中学校卒業レベル向けのスタンダードでは,以下のとおりである。要求水準I:記載する,実施する,位置を特定する,挙げる,記録する,特徴を示す。要求水準II:分析する,表現する,分類する,説明する,解説する,作図する,計画をたてる,比較する。要求水準III:論拠を示して説明する,判断する,評価する,仮説やモデルを展開する,議論する,検証する。それぞれはより細かな定義的な説明も付けられており,例えば,記載するとは,「与えられた観点に基づいて,資料の内容や知識を自分の言葉で、文脈を保ち,整理され、地理の用語として適切に再現すること」とされている。 4.スタンダード(高校卒業レベル) 高校卒業レベルのスタンダードでは、上記を補うものとして応用する,判読する,自分の位置を特定する,プレゼンテーションする,演繹的に推論する,解釈するなどが付け加わっている。 なお,これらは各州のカリキュラムにみられるとともに,教科書の学習課題において実際に用いられている。 5.まとめドイツにおけるコンピテンシー志向の学習とは、テスト及び教科書における学習課題として具体的に広まった。学習課題を通じて生徒のコンピテンシー育成に形成的に寄与するためにも、学習課題における指示用語の共通化が必要とされた。さらには,教科を超えた共通性を有している点に注目する必要がある。

  • 張 貴民
    セッションID: 614
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに

    改革開放以降、中国における水稲産地には地域的変化が見られる。揚子江流域およびその南部地域では水稲栽培面積が減少している一方で、畑作地域である東北地方では水稲作付面積が増加している。この変化は、耐寒品種の導入や水稲畑苗移植栽培という新技術のイノベーションによる影響が大きい。本研究では、水稲畑苗移植栽培のキーパーソンであった原正市氏による技術指導に着目し、その足跡をたどるとともに、イノベーションによってもたらされた水稲産地の地域的変化について検討する。

    2.原正市と水稲畑苗移植栽培技術のイノベーション

     原正市氏は水稲栽培の日本人技術者であった(島田、1999)。改革開放初期の1982年から1998年までに、訪中46回、中国滞在延べ1,685日、水稲栽培を指導した地域は26省(直轄市・自治区)で、212市県にのぼった(原、1999)。

    第1図から1985年までの試験的な指導期、その後3つのピークがあり、1992年は最も精力的に指導活動時期が分かる。

    第2図は、原氏が訪問指導を行った水稲産地とその訪問回数を示している。その空間的特徴として、1990年までの指導活動は主に中国東北部および北部に集中していたが、1991年以降は南部にまで広がった。初期の1982年~1983年には黒龍江省に集中しており、1984年~1985年には黒龍江省を中心としつつ、遼寧省や河北省にまで指導範囲が拡大していった。原氏が最も多く訪問した場所は黒竜江省海倫県(現在は海倫市)で、延べ12回に及んだ。海倫市は、原氏による水稲栽培技術のイノベーションの地理的原点と位置づけられる。

    また、これら多くの地域における技術指導は、各地の政府の意向に沿ったものである。すなわち、このような栽培技術の空間的イノベーションは、水稲栽培に適した土地の存在や政府の関与といった要素をも反映している。

    黒竜江省において、原氏による水稲畑苗移植栽培の技術指導は大きな成功を収めた。第3図は、中国全体と黒竜江省の水稲作付面積(1980年を100とした指数)の推移を示したものである。全国の水稲作付面積が減少傾向にあるのに対し、黒竜江省では右肩上がりに増加している。

    3.課題

    中国南部の稲作地域において、水稲畑苗移植栽培技術がどのように受容されたか、またこの栽培技術のイノベーションが成功を収めた県を選定し、より詳細な分析を行いたい。

    文献:

    原正市(1999):中国における稲作技術協力17ヵ年のあゆみと水稲畑苗移植栽培の基準, 109p。

    島田ゆり(1999):洋財神原正市―中国に日本の米づくりを伝えた八十翁の足跡―、北海道新聞社出版局、425p。

    本研究はJSPS科研費23H00029の助成を受けたものである。

  • 鈴木 智恵子, 杉本 志織, 石川 洋一
    セッションID: P015
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    地域気候モデルを用いた気候再現実験では実験結果の解析とあわせてモデルの不確実性についても評価が必要であるが, 気象要素のモデルバイアスを示した研究は気温や降水量, 降積雪を除くと限定されている. そこで, 本研究では気候予測データセット2022で公開されている地域気候モデルNHRCMによる力学的ダウンスケーリング実験の結果を用いて地上風の再現性を調査した. また気象庁以外の観測データの利用可能性についても検討した.

  • 佐藤 将
    セッションID: P041
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では金沢市を対象に母親・父親の保育所送迎行動を人流データから分析し,育児分担の実態を明らかにしたものである.人流データを用いた調査では,父親・母親両者とも自家用車を利用しており,大都市圏の徒歩ないしは自転車利用とは大きく異なっていた.送迎形態に関しては母親は見送りとお迎えの両方を行っている者が多く,大都市圏と同様の傾向が見られた.一方で父親に関しては見送りのみの送迎を行っているものが多く,この点に関しても大都市圏と類似した傾向にあることがわかった.

  • 山田 果澄, 小室 譲, 小森 次郎
    セッションID: P055
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    本研究は、漁港に隣接して発達した商店街を全国的に抽出・分析し、「漁港近隣商店街」という新たな類型を提案することを目的とする。少子高齢化や商業環境の変化に伴い、多くの地方商店街が衰退するなか、漁港の盛衰が商店街の発展過程とどのように関係してきたかを検討した。2022年度の年間取扱高が10億円以上の主要漁港28か所を対象とし、地形図・空中写真・ウェブ地図等を用いて港周辺の商店街を抽出し、開店・閉店店舗数や立地条件を調査した。

    その結果、25の漁港で商店街の形成に漁港の存在が強く影響している事例が確認され、既存の六つの標準類型(寺社門前型・主要街道筋型・近郊駅前型・独立近隣型・計画配置型・闇市発展型)に該当しないことが判明した。そこで本研究はこれらを「漁港近隣商店街」と定義し、地域経済や観光政策における独立した分析単位と位置付けた。

    さらに、漁港取扱高と商店街の営業状況とを比較したが、有意な相関は見られなかった。一方、交通結節性の関係は弱い相関として認められた。最寄駅からの距離が約4 kmと遠い三崎下町商店街は、マグロブランドや周遊きっぷなどの施策により比較的高い開店率を維持していた。これらの結果は、漁港近隣商店街の存続・活性化には単なる漁業規模ではなく、交通アクセスや観光施策を含む複合的な要因が鍵となることを示している。

  • 岩動 志乃夫
    セッションID: 433
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1994年の酒税法改正により,ビールの年間最低製造量が2,000キロリットルから60キロリットルへ引き下げられたことをきっかけにクラフトビール醸造所が増加していった.醸造所の立地に関して若佐・西川(2023)によれば,三大都市圏では多くが市場立地であるのに対して,農山村は地域産品の活用や観光交流が要因とされる。岩手県遠野市は,1963年に市内の農家とキリンビールが契約栽培を結びホップ栽培を開始した経緯がある(岩動 2024a).近年農家の高齢化,他産業への転換によりホップ生産は減少の一途を辿っている.そのような折,2007年に遠野市と民間企業による「TKプロジェクト」(以後,TK)が発足し,2015年には「ホップの里からビールの里へ」(以後,ビールの里構想)をスローガンに「遠野ホップ収穫祭」(以後,収穫祭)を開始した.この頃から地域おこし協力隊の活動も同プロジェクトに大きく寄与している. そこで本稿の研究目的は,遠野市でのホップ生産の経緯について触れ,同プロジェクトの活動内容と地域おこし協力隊の関りや活動への満足度について明らかにすることを目的とする.方法は統計資料やSNS資料の収集分析,遠野市産業部,同プロジェクトと地域おこし協力隊関係者への聞き取りにより進めた.

     「TK」の企画と運営は,協力隊とその任務終了後も起業等により同市に定住して活動する人たちが貢献している。遠野市は2015年より2名の協力隊による活動を開始し,積極的にこのプロジェクトを支援している.任期は基本3年で,2015年から24年まで45人が隊員として活動し,男性29人,女性16人であった.その内訳は,入隊年は2015年2人,16年9人,17年5人,18年5人,19年4人,20年3人,21年4人,23年7人,24年6人である.性別は,男性29人,女性16人で,着任時の年齢は30代19人,40代13人,20代8人,50代3人,60代2人と40代以下が88.9%を占める.着任前の居住地は関東33人と73.3%で最も多く,東北5人,中部3人,その他が各2人であった.2021年から24年着任の現役協力隊の活動は,ホップ栽培やワサビ栽培など第1次産業が8人で53.3%と最も多く,製品販売,飲食,情報発信等の3次産業が6人で40%であった.一方 ,任務終了後の元協力隊30名の現役当時の活動内容は,3次産業が17人で56.7%を占め,1次産業8人で26.7%,2次産業5人で16.7%であり,協力隊の就任時期による業務の内容にやや変化が見られる.これは「TK」開始当時と現在では活動内容が次の段階に入ったことを意味する.すなわち任務終了後に起業して「TK」に協力する終了生の業務内容が現役協力隊員の活動にも影響し,相互関連しながら新たな地域づくりが始まっている.

  • 飯沼 日菜子, 森島 済
    セッションID: P019
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    はじめに

    新潟県佐渡島大佐渡山地には,北西斜面の尾根部を中心に広がる天然スギ林が分布している.スギの成立には安定した水分供給が不可欠であるとされており,土壌水分に関係するとされるラングの雨量因子では150以上が適地,100以下の場合は生育がほとんど不可能とされている(宮崎 1942).大佐渡山地北部のアメダス観測地点(弾崎)のデータから算出される1985~2023年までの雨量因子によれば, 100以下の年が複数年存在し,それ以外の年でも150を超える年は少なく,雨量因子からみるとスギの生育には必ずしも適していない環境と考えられるが,大佐渡山地尾根部では降水量の違いなどにより,この状況下では改善されるとも考えられるが,一方で,夏期に霧の多く発生するこの地では年間水収支における代替的な水分供給源として霧の寄与も考えられる.例えば,大台ヶ原では樹雨量は林外雨量の約30%に相当することが指摘されている(池淵ほか 1996).対象とする大佐渡山地においても,霧の寄与が確認されており,影響を調査した河島ほか(2010)は,大佐渡山地北部周辺で霧の発生時間帯以外で土壌水分量が減少するのに対し,頻繁に霧が発生する時間帯では降雨が観測されなかったにもかかわらず,土壌水分量が増加することを示した.しかしながら,この研究では霧の量的な把握は行われておらず,霧の有無に応じた土壌水分量の変化傾向を報告するにとどまっている.そこで本研究では,年間を通じた水収支においてスギ林をはじめとした植生の維持に霧がどれほど寄与しているかを明らかにすることを目的とし,2023年6月から霧の観測を行っている. 調査方法観測は大佐渡山地北部の天然スギが分布する北側斜面,標高約800m地点で行った.霧水量を観測するために霧コレクターを自作し,簡易雨量計,温湿度計及び風向風速計と共に設置した.霧コレクターは植生の有無による霧水量の差異を調べるためにそれぞれの場所に一つずつ設置した.同時にインターバルカメラを用いて霧の発生について確認した.取得したデータは10分値を単位として分析を行った. 3. 結果  6月の観測期間中の,降水量は195㎜,霧水量は簡易雨量計の口径面積を基準とした値で289㎜であった.降水量および霧水による土壌水分量の増減傾向は,一定の土壌水分量を基準としてそれを上回るか下回るかにより違いが生じており,下回る場合には土壌水分量の増減量を蒸発散量と霧水・降水量の収支からおおよそ推定可能とも考えられる.すなわち,一定の土壌水分量以下の条件においては,晴天時の夜間の土壌水分量はほぼ変化せず一定であると共に,昼間においても蒸発散による減少割合がほぼ一定の割合となっている.従って,この条件下においては夜間・昼間共に,霧水・降水量の供給が土壌水分量変化と直接的に結びつくと考えることが可能とも考えられる.このことは,植生の違いによる樹雨量の違いを降水量換算する可能性を示すと考えられる.本発表では,本年度の観測結果も踏まえ,異なる植生下での樹雨による降水量増加効果に関する報告を行う.

  • 平野 優人, 峯岸 寛奈, 青木 久
    セッションID: P006
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    Ⅰ.はじめに

     リアス海岸は,ほぼ平行に並んだ岬と狭く細長い入江が交互に分布し,屈曲した海岸線を特徴とする地形である.これは,狭い河谷の沈水によって形成されるとされる.日本では,約2万年前の海面低下期に発達した山地・丘陵や開析された台地が,縄文海進(約6000年前)による海面上昇に伴い沈水し,尾根が岬に,河谷が入江(溺れ谷)になることにより,各地にリアス海岸が形成されたと考えられている(例えば,貝塚,1998).

     青木(2018)は,現在の日本においてリアス海岸は限られた地域に分布し,それらの地域では波の営力に対して岩石の抵抗力が大きいプランジング崖が発達している点に着目し,岬が侵食を受けにくく,沈水当時の海岸線の屈曲が維持されてきた可能性を指摘している.

     本研究では,リアス海岸が発達する志摩半島を対象に,内湾および外洋に面する海岸を比較することにより,縄文海進以降,現在に至るまでリアス海岸がどのような条件下で維持されてきたのかを,波の侵食の受けやすさの観点から考察することを目的とする.

    Ⅱ.調査対象地域および調査方法

     調査対象地域として,志摩半島の的矢湾および英虞湾に面する内湾部と,遠州灘および熊野灘に面する外洋部の海岸を選んだ.英虞湾や的矢湾は,日本を代表するリアス海岸であり,顕著な海岸線の屈曲を示す.一方,外洋部の海岸は屈曲が小さい.本研究では,両者を比較することにより,リアス海岸の維持条件を明らかにできると考えた.

     対象地域はいずれも,海面低下期に開析された先志摩台地が縄文海進により沈水した海岸であり,地質はすべて中生代四万十帯に属する堆積岩から構成される.調査に際しては,まずリアス海岸の形状を示す指標として海岸線の屈曲度を定義し,各調査地点において関係する地形量の図上計測を行った.入江および岬の発達状況は,空中写真および地形図により把握し,岬の海岸縦断面は海底地形図を用いて作成し,短縮量を計測した.

     現地調査では,海岸地形や波浪の様子を観察するとともに,岬を構成する岩石の硬さを把握するため,シュミットハンマーを用いて岩石強度の測定を行った.測定は,岬周辺に露出する岩石表面1箇所を10回連続で打撃する「連打法」(松倉・青木,2004)により行い,上位3回の平均値をその地点の岩石強度とした(シュミットハンマーの値は0~100の範囲で,値が大きいほど岩石強度が高いことを示す).

    Ⅲ.結果および考察

     海岸線の屈曲度を内湾と外洋で比較した結果,リアス海岸に相当する内湾部(的矢湾・英虞湾)では屈曲度が大きく,外洋部(遠州灘・熊野灘)では小さいことが明らかとなった.また,岬の短縮や海底地形について比較すると,内湾部では,岬の短縮はほとんど見られずプランジング崖が発達していた.一方,外洋部では海食台や波食棚といった海底侵食地形が発達し,海食崖の後退による岬の短縮が進行していることが示唆された.

     これらの結果から,的矢湾や英虞湾といった内湾では,縄文海進による沈水以降,岬の短縮が抑制され,屈曲したリアス海岸が維持されてきたと解釈できる.

    Ⅳ.まとめ

     本研究では,志摩半島において屈曲度が異なる内湾および外洋の海岸を比較し,リアス海岸の維持条件について検討した.その結果,内湾部では屈曲度が大きく,波の侵食が生じにくいため岬の短縮が抑制され,結果として屈曲した海岸線が維持されていることが明らかとなった.

     したがって,志摩半島におけるリアス海岸の形成には,開析された台地の沈水という海面変動が不可欠である一方で,現在その形態が維持されているのは,沈水後も岬が大きく侵食されないという条件が重要な要素となっているといえる.

    参考文献

    ・青木 久(2018):景観写真で読み解く地形―海岸に注目してみよう ―.加賀美雅弘・荒井正剛編:『景観写真で読み解く地理(東京学芸大学地理学会シリーズⅡ 第3号)』古今書院,pp.28-39.・貝塚爽平(1998):『発達史地形学』東京大学出版会,pp.210.・松倉公憲・青木 久(2004):シュミットロックハンマー:地形学における使用例と使用法にまつわる諸問題,地形,25(2),pp.175-196.

    付記 本研究は,公益財団法人国土地理協会2022年度学術研究助成と科研費(23K17527)の助成を受けて実施された成果である.

  • 野坂 尚立, 重田 祥範
    セッションID: 318
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    サクラの開花日は,気温よりも黒球温度に対してより強い相関を示すことが既往研究より明らかになっている.しかしその関係を示した報告は岡山平野の都市スケール程度の議論でしかなされていない.そこで本研究では,中国・四国地方を対象として,地理的特徴が大きく異なる広い範囲において,サクラの開花日と黒球温度の関係性を明らかにした.

    その結果,既往研究と同様に開花日は気温よりも黒球温度の方が高い相関を示した.また,気温に対する黒球温度の上昇値(ΣΔT)を各地点で求め,開花日との関係を解析した結果,負の相関が認められた.以上の結果から気温に積算される値,つまり開花日はその場の放射環境に強く依存していることが明らかとなった.

  • 橋本 操, シビライ センドゥアン, シソウウォン ヴィライティエン, 野中 健一
    セッションID: P060
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.研究の背景・目的ラオス農村は急速な経済発展の中,伝統的な自給自足経済からより外部との接触が増えた貨幣経済へ移行してきている.現金を獲得するため,賃金労働等の農外活動や換金作物の導入などにより,農村の伝統的な生業構造が変化している(高橋ほか2023).このような中,家畜飼育のあり方も変化している.ウシやスイギュウは農業機械の普及により役畜としての役割が減少し,蓄財や肉・乳の現金収入源としての役割が強まっている(渡辺2018).山村では換金作物の拡大により従来の放牧地が減少し,家畜の侵入による換金作物被害が増加したことで放牧者と耕作者の対立が深まったことから,ラオス政府により2000年前後から放牧地と農地を分ける土地利用政策が進められている(中辻2023).従来のラオスのウシやスイギュウの放牧の特徴は,放し飼いでウシやスイギュウが自由に休耕地へ入り餌となる草本類を食べる「自由な放牧」である.こうした自由な放牧は,乾季や焼畑の休閑期に生える有害雑草を減らし,またウシやスイギュウの糞が肥料となるなど,農地の地力の保持や土壌における栄養素となる元素の循環を行ってきた(野中ほか2008:163-187).しかし,ウシやスイギュウの役割や放牧方法の変化により,農地と周辺環境も変化していると推測される.以上より,本研究では,ラオス中部の天水田農村であるドンクワーイ村を対象地域に,GPSを用いて乾季のウシ・スイギュウの放牧地の位置情報の取得と放牧行動の参与観察,農家によるウシ・スイギュウの飼養状況について聞き取り調査を実施し,ウシ・スイギュウの放牧実態を明らかにすることを目的とする.なお本発表は,研究に着手したばかりであり,研究の途中経過を整理して発表するものである. 2.対象地域および研究方法研究対象地域のドンクワーイ村は,ヴィエンチャン平野の中,首都ヴィエンチャンから20㎞程東の郊外に位置する.村では,現在も乾季に休耕している農地で放牧を行っており,集落内では自由な放牧もみられる.2025年3月27日~29日に,ウシおよびスイギュウを飼育している農家4戸のウシ2群,スイギュウ2群の各1頭計4頭にGPS(ガーミン社eTrex30)を装着し,4群の放牧地およびそこまでのルートの位置情報を取得した.また,GPSを装着したウシ,スイギュウの各1群について参与観察を行い,農家の放牧の様子と放牧地周辺の環境について観察した.次に,GPSを装着したウシ,スイギュウを飼育している農家4人を含む計9人(9戸)に飼育している家畜の頭数の変化と飼育理由,放牧地の周辺環境の変化等について聞き取り調査を行った.3.結果 ウシ,スイギュウの放牧は,朝8時30分頃から始まり,夕方17時~18時に村に戻っていたが,農家D(男性,46歳)のみスイギュウを一晩中放牧し,次の日に村に一緒に戻ってきた.GPSおよび参与観察による放牧の行動調査から,放牧地やそのルートの周辺には,乾季作の田や灌漑で一年中耕作している田,換金作物の農地などがあることがわかった.農家は,これらの耕作している農地へウシやスイギュウが入らないようにパチンコで追うなどしながら,複数の放牧地を利用している様子がみられた.今後は,板橋(2008)との放牧行動の比較や土地利用変化との空間分析を進めていく. 聞き取り調査から,ウシやスイギュウの放牧には,①家族労働の変化による家畜飼育への影響,②ウシとスイギュウの習性・行動・体型の違いによる飼育家畜の選択,③土地利用や環境利用の変化による放牧地周辺の変化と農家同士の連携,が生じていることがわかった.①については,調査対象の農家では,主に40~60代の女性が放牧や世話を担っており,こどもが幼いかまたは,成人した人達であった.家族の高齢化や農業以外の賃金労働に従事している状況等により,家族内で家畜の世話をする人が減り,以前のように家畜飼育ができなくなっている状況がうかがえた.②については,ウシとスイギュウの習性や行動,体型の違いにより,どちらか一方を選択し,複数種の飼育をやめていることが示された.③は,村内に灌漑による田や換金作物の農地が拡大していることから,農家は乾季の自由な放牧をやめ,放牧地へウシやスイギュウを連れて行くように行動が変化していた.これは放牧地と農地を分ける政策による影響が平野部の農村でもみられるようになっていることが推測された.加えて,放牧地は共有地や村内の知人・友人の土地を借りており,複数の農家がこれらの土地を共同で利用している.そのため,農家は協力して限られた農地でお互いの家畜を放牧しており,連携して放牧を実施していることが明らかとなった.

  • 鈴木 秀和
    セッションID: 308
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに

    浅間山の山麓には数多くの湧水がみられ、そこで暮らす人々の貴重な生活用水などに利用されている。鈴木・田瀬(2007)によると、浅間山北麓では標高1200m付近の湧水温に明瞭な地域性がみられ、今回対象とした鬼押出し溶岩流末端部では低温である指摘されている。その要因として鬼押出し溶岩流の各所に見られる風穴の関与が指摘されているが、明確な原因は明らかにされていない。鈴木(2018)は、2016年における1年間の観測結果から、風穴内の温度には大きな変化がみられたのに対して、湧水温にはそのような変化はみられず、年間を通して約 3℃とほぼ一定の温度を保っていることから、低温湧水が風穴の冷気の影響を直接受けている(つまり 湧出過程で冷却されている)わけではなく、元々低温であった地下水が湧出していることを明らかにしている。 上記した冷風穴と湧水温についてはその後も継続して観測を行っているが、今回は豪雨時に特徴的にみられた風穴と湧水温の変動傾向について報告する。

    2.観測方法

    今回報告するのは、鬼押出し溶岩末端部にみられる、夏季に冷気を吹き出す風穴 (冷風穴) 内の温度 と、その影響を受けない地点 (約100m離れた丘の上) の外気温、そして風穴に隣接する湧水の水温の連続観測結果である。今回の報告では2019年6月から2025年5月までの過去6年間の温度の観測データを用いて検討を行った。外気温の観測は、地表から1.5mの高さに設置したシールド内において、T&D社製おんどとりjr(TR-51i)を用いて行った。また、風穴および湧水の温度の観測には、長さ0.6mの外部センサー付き T&D社製おんどとりjr (TR-52i) を用い、風穴内および湧出する水にセンサー部分を挿入して実施した。

    3.結果および予察的検討

    風穴内の温度は年間を通して大きく変化したのに対し、湧水温にはわずかな季節変化はみられたものの、年間を通して約3℃とほぼ一定の水温を保っていた。しかし、豪雨時には短期間にわずかではあるが、湧水温が短期的に変化していることが判明した。今回観測対象とした湧水は、降雨に対する応答が比較的早く、大雨直後には湧出量が増加する傾向を示すことから、この湧水がもつ降雨流出特性を反映して湧水温も変動することが考えられる。2019年の台風19号の接近により嬬恋村田代では、10月12日の日降水量が408 mmに達する大規模な降雨イベン トがあった。この豪雨により、対象地域である群馬県嬬恋村では、国道の橋が流されるなど甚大な被害に見舞われた。このイベントに対応し、風穴内の温度と湧水温に特徴的な変化が認められた。 図1には、2019年10月(10月1日~31日) の温度観測結果を、嬬恋村 田代における1時間降水量と合わせて示した。この図を見てわかるように、10月12日の降雨イベン トを挟んで、風穴内冷気の温度は5.1℃~9.3℃まで上昇した。その後は徐々に低下しているものの、半月以上イベント前よりも高温の状態を保っていた。一方、降雨前は3.5℃で一定であった湧水温は、降雨イベント直後に風穴内冷気と同様に5.2℃まで上昇した。しかし、その後は風穴内冷気の変動とは異なり、冬季の最低水温とほぼ同じ2.6℃まで急激に低下した。降雨イベント時の外気温は風穴内の温度よりも常に高い状態であったため、風穴から は常に冷気が吹き出しており、外気温の影響は受けない状態であった。以上のことから、風穴内の温度が上昇した原因は、より高温の降雨が岩塊内部へ多量に浸透し、風穴内部全体の 温度が上昇した結果であると推定される。湧水温も降雨イベント中には一時的に上昇しており、その影響が示唆されるが、終了後に低下した原因は、①低温岩塊により冷やされた直接流出成分の寄与、②より低温の状態で存在していた基底流出成分の流出の寄与などがかんがえられる。この原因を解明するためには、 水温だけでなく、湧出量についても連続観測を行うとともに、環境トレーサーを用いた流出成分分離な ど水文学的なアプローチや、風穴周辺の微気象観測に基づく熱収支的な観点からの考察が必要であろう。

  • 米国の経験から
    山本 大策
    セッションID: 436
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    日本国内では,原子力発電所の再稼働,運転期間延長,建替え(リプレース)が政府や関係団体によって喧伝されている.しかし,それらが実現したとしても,最終的には営業運転を終えて廃止される原子炉が増加することは確実である.

     米国においては,すでに営業運転を終了し,原子炉の廃炉とともに原子力発電所自体が閉鎖された「元」原発立地自治体が複数存在している.これらの地域における原発閉鎖後の社会経済的影響を明らかにすることは,日本国内の原発立地地域を考えるうえでも有意義であろう.

     本報告においては,まず筆者らが行った米国の元原発立地9地域における,原発閉鎖前後の社会経済指標の変化の分析結果を紹介する(Yamamoto and Greco 2022).これら9地域は,いずれも1980・90年代の間に発電所の閉鎖を経験している.分析においては,米国国勢調査の郡(county)よりも小さな,おおよそ市町村単位に相当する郡区(county-subdivision)を対象とした.対象指標は,人口,所得,教育水準,貧困率,失業率であり,1970年から2010年にかけての変化を観察した.

     このような計量分析において問題となるのは,ある地域における社会経済指標の変化が発電所の閉鎖によるものなのか,それともその他の要因によるものなのかを明確に区別することが難しい点である.この分析上の課題に対して完全な解決策は存在しないが,本研究では,Isserman and Rephann(1995)が提唱した「疑似実験手法(quasi-experimental method)」において用いられてきた相対指標を採用した.この手法は,対象地域(元原発立地地域)の社会経済指標を,原発が立地していないことを除いて「類似している」と考えられる複数地域の社会経済指標の平均値と比較することにより,原発廃止以外の要因による影響をできるだけ排除することを目指している.

     このような分析の利点は,回帰分析によって導かれる「原発廃止の一般的影響」や,統計的な統制を一切行わずに各地域の諸指標の変化を「原発廃止の個別的影響」とみなす方法とは異なり,一定の統計的統制のもとで,各地域における異なる原発廃止の影響を観察できる点にある.

     分析の結果,9つの元原発立地地域において,原発廃止前後の社会経済指標の変化には顕著な多様性と共通性が認められた.特に注目すべきは,原発廃止の影響が比較的軽微だった地域では,むしろ廃止後に雇用状況が改善している点であり,逆に廃止後に地域社会経済状況が悪化した地域では,所得と住民の教育水準の低下が共通して見られた.

     さらに本分析のもう一つの意義は,分析結果が詳細な事例研究にむけた新たな問いを提供することにある.たとえば,なぜある地域では発電所の閉鎖後に所得や教育水準が上昇し,別の地域では逆に悪化したのかといった疑問を通じて,マクロ指標分析の知見と,個別地域の具体的な経験を統合的に理解することが可能となる.

     そこで本報告の後半では,計量分析において対照的な結果を見せた2地域,コネチカット州ハダム町とメーン州ウィスカセット町を取り上げ,より具体的な原発廃止後の発電所跡地の土地利用,地域経済動向,そのほか地域社会における変化や課題について検討する.どちらも1990年代に原発の廃止を経験しており,前者は廃止後の経過が比較的「良好」,後者は「悪化」した地域である.

     この2地域において共通する課題として,固定資産税の激減による地方財政上の打撃や,使用済み核燃料が敷地内に残存することによる土地利用転換の困難さが挙げられる(山本 2018).一方,原発運転時における自治体の財政依存度の違いや,大都市との距離に由来する労働市場の特性が,原発廃止後の地域社会への影響の違いとして現れていると推察される.

     さらに,今後注目すべき点として,地域住民による「批判的ジャーナリズム」の果たす役割と可能性,「原発立地によって観光地化を免れてきた」という住民感覚,そして原発撤退後の地域を支える「多様な経済」などについても言及する.

  • 渡邉 夏季
    セッションID: 638
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    Ⅰ ライブ・コンサートと環境負荷における現状本研究では,現代の音楽産業において重要な位置を占めるライブ・コンサートに着目し,その持続可能性を環境負荷および社会的責任の観点から考察するものである.近年音楽ソフトの売上が減少する一方で,ライブ・コンサート市場は急拡大している.エンターテインメント業界では消費形態の変化がみられ(朝日学情ナビ 2017),ライブ・エンタテインメント市場は2030年に7,360億円に拡大する可能性があるとされている(ぴあ 2024).そのような中,たとえば,横浜市には2万人規模のKアリーナをはじめ,ぴあアリーナMMやパシフィコ横浜などの複数の大規模会場が整備し,音楽イベントで都市づくりを行なっている(横浜市 2020).このようなイベント都市では,その環境負荷や社会的責任は大きいといえる.たとえば,横浜のとある会場では,持ち込み機材削減や再生可能エネルギーの導入など、SDGsを意識した取り組みを進めており(JTB 2024),またアーティスト自身が再生素材を活用するなど,実際に環境への意識を高めつつある.つまり,今後のライブ・コンサートは音楽体験を提供するだけでなく,社会的責任を伴う文化活動としての位置づけがより一層重要となる.しかしながら,学術的な課題として,以下の2つをあげることができる.まず,ライブ・コンサートの環境負荷に関する研究は数が限られている.そこで,本研究では第一に日本と海外の取り組みの比較を行い,ライブ・コンサートにおける環境負荷への取り組みの特徴について把握することとした.一方,ライブ・コンサートなどのイベント参加者に着目すると,行動の特徴や(吉澤・鈴木 2024),消費活動について論じられたものはあるものの(大方・乾2022),それらの行動や移動を環境負荷と結びつけて検討したものがみられない.そこで,本研究では,第二に,イベント参加者の居住地から会場までの移動距離に着目し,その環境負荷の算出を試みた. Ⅱ ライブ・コンサートと環境負荷への取り組みー日本と海外の事例比較ライブ・コンサートがもたらす環境負荷に対する主催者の姿勢に着目すると,汚染者・受益者負担の原則やカーボンニュートラルなどの視点において,日本と海外では捉え方が異なっている.オランダのDGTLでは,『「ごみ」は存在しない』という考えのもと,廃棄物を価値ある資源に変換して循環させる「サーキュラーフェスティバル」として注目され,参加者を楽しませつつ巻き込む仕組みづくり,そして行政との連携によって,都市全体で完全循環型イベントとして実現されているだけでなく,「ごみ」は存在しないという考えのもとイベントを行う主催者も参加者も、汚染者、受益者の観点としても、環境に有効な手段の一つであるとし,汚染者負担,拡大責任者負担,受益者負担の一部を達成,カーボンニュートラル,CSR,SR,観客参加,環境教育を達成可能性があるとしたが,日本のフジロックは観客参加の環境教育イベントを行っているということ,毎年来場者に渡されるゴミ袋は、前年のフジロックで回収されたペットボトルから作られたものであり,自然に観客に環境教育行動を促しているため,観客参加,環境教育の観点からは達成可能であるとするものの,汚染者負担,拡大責任者負担,受益者負担,CSR,SRでは一部の達成を可能,カーボンニュートラルを達成不可能とした. 総じて,日本のライブ・コンサートでは環境配慮を行うことが一般化しておらず,従来の形態のものが多く,配慮を行っている企業やアーティストも少ない.他方,海外では大規模となると,環境配慮を行っているものがみられるようになるが,日本と同様に環境配慮が一般化しているというわけではないと考えられる. Ⅲ ライブ・コンサート参加者の移動による環境負荷の算出次に,本研究では横浜における特定のライブ・コンサート参加者の位置情報(人流データ)を基に,観光客の居住地を割り出し,会場までの移動距離や手段にかかる使用エネルギーを算出し,イベント別の環境負荷の分析を試みた.分析にあたっては,カーボンニュートラルの概念,汚染者負担原則および受益者負担原則,さらには企業・消費者の社会的責任(CSR・SR)に関する理論を基盤とし,ライブ・コンサートの集客数と集客範囲について検討した.その結果については,発表の当日に示す予定である.

  • 竹本 柊香, 今枝 侑香, 重田 祥範
    セッションID: 319
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    近年,気温や湿度,大気圧の急激な変化で起こる様々な身体・精神的不調は「気象病」や「天気痛」と呼ばれ,メディアにも多く取り上げられている.このように,気温などの気象環境が我々の肉体面,心理面に与える影響が注目され始めている.一方,居住地域は沿岸,平野,都市,内陸,山間部など様々であり,気候も大きく異なる.そのような中,大橋(2017)は,盆地地形において1日の寒暖差が大きくなることに着目し,その気温変化が人体に温熱生理的なストレスを与えることを指摘している.しかしながら,地理的,景観的に異なる地域を比較した例は見当たらない.

     そこで本研究では,山陰地方の様々な地理的特徴を有する場所で,気象・地理的要因がもたらす心理的効果をSD法とバイタルサインデータを併用し,検証した.

     対象地域には,都市部,山間部に位置する展望台,古民家が点在する内陸盆地などの複数地点を選定した.調査地点では,総合気象ステーションを用いて,気温(℃),相対湿度(%),風速(m/s)など様々な気象要素の計測をおこなった.

     心理的効果を把握するためにSD(Semantic Differential)法を用いた.SD法とは,心理学的測定手法の1つであり, ある事柄に対して個人が抱く印象を相反する形容詞の対を用いて測定する手法である.本研究では,空間の印象を調査するため14項目を7段階尺度で評価した.

     本研究で実施した地点のうち,ここでは田之原展望台におけるSD法の結果について述べる.女性被験者の結果を第1図に,男性被験者の結果を第2図に示す.田之原展望台は,島根県美郷町に位置し,江の川とその周辺を見渡すことが出来る展望スポットである.晴天時は視界が開け,山々や古民家などの景色を広く見渡すことが出来た.しかし,雨天時は視界が悪く,周囲が見えにくかった.一方,SD法の結果は,晴天日に比べ,雨天日はよりネガティブな傾向が認められた.性別で比較すると,雨天日の「不快な-快適な」という項目において,男性被験者は女性被験者に比べ,より顕著に不快に感じていることが分かった.そのほかの結果については当日詳しく報告する.

  • 新名 阿津子
    セッションID: S203
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.本報告の背景と目的

     ジオパークは,一筆書きの地理的単一領域であることと定義されており,行政界や自然公園の境界など既存の地域区分を採用することが推奨されている.ここでは,学術的価値、教育的価値、経済的価値等に基づき,地質遺産,その他の自然遺産,文化遺産(無形・有形)を選定し,持続可能な開発の下でステークホルダーとパートナーシップを結びながら,教育や観光に活用し,自然遺産や有形文化遺産の保護保全や無形文化遺産の継承を図っている.

     日本においては,ジオパーク導入当初,地質公園化が生じており,それに対して柚洞ほか(2014)が批判的検討を加え,地理学的視点の重要性を示した.その後,地理学を専門とする研究者がジオパーク専門員として雇用される機会も増え,ジオパークの地学的特徴に加えて,自然環境と動植物や人間社会の相互関係が語られるようになり,多面的,重層的に地域の複雑さが捉えられるようになった.

     実際,ジオパークでは,地域にある地質多様性や生物多様性,文化多様性,景観,歴史が持つ価値を地域コミュニティと共有することで,ローカルアイデンティティを再生させ,強化している(Andrasanu and Grigorescu2008).De Hondsrug UGGp(オランダ)を事例に検討したStoffelen et al. (2019)では,地域住民がジオパークのブランドと景観価値を認識することによって,ジオパークの「物語」が地域の内発的発展に効果を発揮すると指摘している.一方で,日本ジオパークにおけるローカルアイデンティティは,主に「郷土愛」や「地域愛着」のように個人レベルで議論されてきた(舩見2016).国内外ともに,個人レベルでの研究は進んできたものの,コミュニティスケールでのローカルアイデンティティに関する研究は乏しく,また,日本においてはブランドとしてのジオパークとローカルアイデンティティの関係性についてのさらなる検討が待たれる(船見2016,Stofferen et al. 2019).そこで本報告では,ジオパークにおけるローカルアイデンティティの再生と強化について,国内外のジオパークの事例から検討し,今後,地理学に期待される役割について議論したい.

    2.ローカルアイデンティティの再生・強化

     日本のジオパークにおいては導入当初から,「大地誕生の最前線(室戸UGGp)」,「南の海からの贈り物(伊豆半島UGGp)」,「日本海形成に伴う多様な地形・地質・風土と人々の暮らし(山陰海岸UGGp)」といったジオパークの地質学的なテーマや,「ジオストーリー」と呼ばれる地域の諸要素の相互関係を捉えた地理学的なストーリーから地域を説明してきた.ジオパークで育成されるジオガイドらが,養成講座やスキルアップ講座での学習をもとに地域を捉え直し,「ここには何もない」と語っていた人が,自らの言葉で来訪者を案内するようになり,個人レベルでのローカルアイデンティティの再生が進行している.

     また,ジオパークでの活動を通じて,新たな価値や資源が発掘され,ローカルアイデンティティが強化されるケースが見られる.例えば,糸魚川UGGpにおいては,ジオパークとなったことで住民の地質遺産への関心が高まり,大洞集落の砂岩泥岩互層と貫入岩という新たな地質遺産の発掘とその保全につながった.アポイ岳UGGpでは,気候変動によってハイマツが拡大したため,高山植物を保護し,地元高校生と共に再生活動に取り組み,ネイチャーポジティブを実践している.室戸UGGpでは映像作家によるドキュメンタリー動画シリーズ「Muroto Voice」が制作,公開されている.一連の作品を通じて,無形文化遺産の継承やまちづくり,外国人労働者といった点から室戸の人々の姿を描き,持続可能な開発と地域との距離を埋めることを試みている.

     ジオパークの認定にあたって,その地域に国際的価値をもつ地質遺産があるか否かが,IUGSの机上審査によって示される.恩施大峡谷-騰竜洞UGGp(中国)では,その国際的価値をカルスト地形の発達史から説明していたが,IUGSの指摘により,チベット高原の隆起プロセスも同様に国際的価値を持つことが明らかとなり,新たな学術的価値が見出された.この成果を地域コミュニティと共有し,ローカルアイデンティティの強化に繋げることが期待される.

     このようにジオパークでは,地域資源に関する学術研究の成果の共有,保護保全活動,教育活動,文化芸術活動,観光振興等を通じて,それらが持つ意味を広く社会と共有し,個人レベル,集合レベルにおいて地域への自己認識を深め,強化する機会を提供している.

  • 今枝 侑香, 重田 祥範
    セッションID: 316
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    霧は,水蒸気が凝結し,多数の水滴となって空気中を漂うことで,視程を低下させる現象であり,視程は,1km未満と定義されている.近年では,霧の発生日数が減少傾向にあると報告されている(小本ほか,1994;石井・佐藤,2012).その要因としては,都市化による乾燥化やヒートアイランド現象が指摘されている.しかしながら,霧日数の減少は,都市部だけではなく山間部でも報告されているため,一概に都市化が影響しているとは言い難い.そこで本研究では, 霧日数を観測している全国の気象官署を対象とし,霧日数の地域性や季節性を明らかにした.さらに,霧発生日数の経年変化から,特徴的な変化を示す地点に対して,過去の土地利用や大気汚染など幅広い視点から踏み込んで考察した. 対象地点は,霧日数を観測している全国の気象官署とした.ただし,観測値の連続性・等質性が損なわれる地点は,対象から除外し,南西諸島も対象から除いた.その結果,対象地域は,136地点となった.対象期間は,視程観測が開始された1990~2024年までの計35年間とした. 霧日数を見ると,釧路や豊岡,津山での日数の多さが顕著となり,年間100日以上となっている.また,根室や新庄,室戸岬でも年間50日以上となった.これらの地域には季節性が認められ,4~9月に発生する霧(暖候期型),10~3月に発生する霧(寒候期型)の2タイプに分類できる.霧発生日数の経年変化については,放射霧の発生日数は,霧日数の50~70%となることから,霧日数の50~70%は降水の助長によって発生していることがわかる.霧日数は減少傾向にあるものの,放射霧の発生日数には,特徴的な変化は認められない.よって,霧の発生日数は先行研究にて,都市化による乾燥化や気温上昇により減少傾向にあると言われているが,日数に変化は認められないようである.

  • 森 康平, 山縣 耕太郎, 八幡 佳奈
    セッションID: 422
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    本研究では,地域に則した防災マニュアルを作成し,学びの教材として活用するために必要となる,児童における水害時に必要となる知識の保持状況および児童の知覚環境の状況を明らかにすることを目的とする。

     本研究の成果は次の通りである。フィールドワークを行なうことにより,若干名であるが水害の避難場所をメンタルマップに描く児童が見受けられた。また,授業実践前のメンタルマップと実践授業後のメンタルマップを比較した結果,授業後の方が広範囲のメンタルマップを描く児童が多かった。

  • 瀬戸内海島嶼部における遠征猟グループを事例に
    中島 柚宇
    セッションID: 546
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    はじめに

    高度経済成長期以降,日本の狩猟人口は大幅に減少しているが,減少分のほとんどは銃猟であり,1970年から2020年までの50年間で約45.6万人(全体の93%)から約3.6万人(全体の41%)にまで縮小している(環境省 2023).銃猟の中でも最も一般的な方法とされているのが,猟犬を用いて集団で山を囲む「巻き狩り猟」である.既往研究では巻き狩り猟が持つ多面的な機能や意義が指摘されており,狩猟文化の継承・存続の観点からも,衰退著しい現代巻き狩り猟の実態を把握することは重要である(枡2011). 本研究では,狩猟を実施する上で最も重要な要素の一つである「猟場」をめぐる実践に着目し,狩猟者がどのように猟場を選定し,また猟場環境を利用しているのかを明らかにすることを目的とする.なお,日本では一部制限区域を除き自由に猟場を選択することができる「乱場制」と呼ばれるシステムが採用されている.そのため,猟場の選定には狩猟者による選好が強く作用する.

    調査対象および方法

    調査対象は高知県在住の狩猟者を中心とした巻き狩りグループであり,彼らは猟期に瀬戸内海島嶼部に一部常駐して遠征猟を行っている.彼らが高知から瀬戸内海へ,マクロなスケールで猟場を移動してきた経緯の詳細については過去に発表済みのため今回の発表では割愛する(中島2024). 2024年11月〜2025年1月に現地調査を行い,計40回の巻き狩り猟に同行し参与観察およびGPSによる計測等を行った.朝拠点に集合してから夕方に解散するまで活動に参加し,山での本猟だけでなく,拠点での解体作業や猟に関する相談内容についても観察・記録した.

    調査結果

    調査の結果,猟場は大きく2段階に分けて選定されていた.まず,出猟頻度や過去の経験に応じて大まかにどの島でやるか,島内のどちら側でやるかなどが相談される.その後,現地にて「見切り」という作業が行われる.見切りとは一般的に,山の周囲の足跡から猟場にイノシシが存在するかを判定する,巻き狩り猟において非常に重要な行程である.見切りにおいて重要なのは,山肌に残された足跡を発見し,新旧を判定する技術であり,調査中は熟練したメンバーが中心となって見切りを実施していた.見切りは,猟場周辺の獲物の生息密度が非常に高いと省略されることもある.逆に生息密度が低い場合は,見切りの精度が猟の成否に大きく影響する. また,巻き狩り猟では猟犬が利用される.猟犬は山での働き方によって「追い鳴き」「咬み止め」などいくつかの種類に分けられる.調査対象グループでは「吠え止め」タイプの犬を用いていた.吠え止め犬は,吠える技術によってイノシシと対峙した状況を長時間継続することができ,獲物が静止状態になるため,射撃がしやすくなる.このような犬の特性や,その日出動する猟犬の体サイズ,勢子の数によっても,どの山,どの猟場を採用するかが決められていた.当日の参加メンバーや人数も猟場を選定する上で重要となる.年末年始には多くのメンバーが高知から参加してくるが,その時のために一定の大きさの猟場を「とっておく」対応が見られた. 島の山は小さく,道路によって山頂部,中腹,山麓部に分割されている.また,柑橘類の耕作地および放棄地に巡らされた鉄柵によってさらに分割されており,さながら天然の猟区(または釣り堀)のような環境になっていた.調査対象グループは,巻き狩り猟の基本的な技術や知識に加えて,島の環境におけるこれらの物理的な制約をさまざまに利用して巻き狩り猟を行っていた.

  • 横浜市を事例に
    清水 和明, 田口 俊夫
    セッションID: P058
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.研究の目的

     本報告は大都市内の調整区域における土地利用の地域的な差異の実態を,農地転用とのかかわりから明らかにする.研究対象地域は横浜市である.

     横浜市は1970年の都市計画決定に基づき,市域の約4分の1を調整区域に指定した.これに前後する形で市独自の制度である「農業専用地区制度」を創設し,調整区域内の農業振興に向けた取り組みも行ってきた.これらの結果,横浜市では調整区域内の農地を中心に,野菜・果樹・花き等の栽培が行われており,2023年における農業産出額(推計値)は神奈川県内で最も高い(清水,2024).

    2.研究方法

     横浜市農業委員会が保有する農業委員会議事録を参照し,2000年以降の農地法第4条と第5条に基づく農地転用許可の件数,面積,転用後の土地利用等を整理した.さらに,農林業センサスをはじめとする各種統計を使用し,農業集落単位での農業生産に関わる概況を把握した.上記2つの作業と並行して,横浜市役所の農政部門や横浜市農業委員会へのヒアリング,現地での土地利用調査を実施した.

    3.農地転用にともなう土地利用の混在

     一般的に調整区域内における農地転用は,都道府県が指定する農業振興地域の中で,農用地区域外の「農振白地」(調整白地)において進展する.横浜市内の調整区域における農地転用もこのパターンに沿って展開している.農地転用後の土地利用をみると,いわゆる農家住宅や一般住宅等の住宅もあるものの,駐車場や建設用資材の保管場所(資材置場),車輌置き場等の業務用地が多い.とりわけ幹線道路沿いや,市街化区域に隣接する調整区域は,農地転用の許可件数が多く,上述の業務用地への転用が進んでいる.一部には土地利用の混在化が進み,スプロールが起こっていると言っても過言ではない調整区域も存在する.

    4.「地域農業」の視点からみた調整区域内の農業

     横浜市の農政部門や横浜市農業委員会など農業に関わる部門では,農業集落単位での営農環境を「地域農業」と捉え,各地の実態を把握している.先述のように,農地転用の圧力が強い横浜市において,「地域農業」が存続している調整区域も一定数存在する.

     農業形態の差異が「地域農業」の維持に影響を及ぼしていると指摘できる.例えば水田農業が行われている地域は,畑作農業が行われている地域に比べて農地転用の発生が低い傾向にある.なお,「地域農業」の存続に関する具体的な内容は報告時に示す.

    <文献>

    大西敏夫2018.『都市化と農地保全の展開史』筑波書房.

    佐藤英人2024.集約と拡散が混在する住宅需給の二面性―人口減少期を迎える高崎市の事例―.地学雑誌133(5):365-385

    清水和明2024.「農」と「食」からみた横浜.平山昇編『大学的神奈川ガイド―こだわりの歩き方―』203-219.昭和堂.

    田代洋一2016.『地域農業の持続システム―48の事例に探る世代継承性―』.農山漁村文化協会

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