日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会秋季学術大会
選択された号の論文の226件中151~200を表示しています
  • 高橋 徹大
    セッションID: 414
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    Ⅰ. はじめに 流域治水と河川空間オープン化が同時に推進されている現代日本では,河川の脅威と恩恵という両義性を理解し,河川と人間との適切な距離を再考していかねばならない.そのためには,近代河川改修以前の伝統的河川観を再評価するのみならず,河川空間を生活の場として利用しなくなった現代のライフスタイルを前提に,河川と共存する方策を探る必要がある.本研究では,近代以降河川景観が評価されて土地利用が変容した堤外地集落を事例に,河川が生業の場から眺望の対象へと移行した戦後期における,水害リスクと妥協した水防システムの形成経緯を明らかにする.分析には,岐阜県・岐阜市議会録,郷土史・水害史等に含まれる回顧録,地元紙の岐阜日日新聞(現:岐阜新聞)記事,聞き取り調査から収集した行政・住民のオーラルヒストリーを使用する.

    Ⅱ. 対象地域の概要と近代期の変容 本研究では,岐阜県岐阜市の金華山麓に位置し,長良川を挟んで向き合う川原町地区(左岸)・鵜飼屋地区(右岸)を対象とする.前者は川湊を起源とする伝統的町並みとして,後者は鵜飼の拠点として知られ,長良川に育まれた岐阜の歴史を象徴する堤外地集落である.現在の両地区には旅館・戸建住宅・マンションも多く立地し,伝統的な街並みと現代の建築物が同居した独特な景観をみせている.明治20年代以降,物流が水運から陸運へ移行するにつれ,川原町・鵜飼屋地区での伝統的河川生業は衰退した.その一方で,鵜飼観覧を嚆矢として長良川畔の美しい景観が見出され,両地区は別荘地・観光地・住宅地としての地位を高めていった.1921年から開始された木曽川上流改修工事は,大規模な内容であったにも関わらず,堤外地である両地区の水害リスクをほとんど低減しなかった.工事による遊水地減少や背後の本堤防増強は,そのリスクをかえって高めたとも考えられる.

    Ⅲ. 3年連続水害を踏まえた水防システムの形成 川原町・鵜飼屋地区では,1959年9月(伊勢湾台風),1960年8月(11号・12号台風),1961年6月(梅雨前線豪雨)の3年連続で浸水被害を受けた際,両地区の背後にある本堤防開口部の締め切りが問題となった.両地区の人々は,自らの浸水被害が増す代わりに堤内市街地が守られるというジレンマに向き合わざるを得なくなったのである.とりわけ,右岸側のみ締め切りに失敗した1960年には,行政・堤外住民・堤内住民の間で締め切りをめぐる議論が急速に進展した.その結果堤外住民は,自らの避難時間を確保し,家屋被害を軽減させるための第一次水防活動(堤外地の川側における土のう積み,本堤締め切りの段階化)を条件として,本堤締め切りを了承した.以上の締め切り制度を機能させるべく,河畔の防水壁・特殊堤・自動式陸閘といった治水インフラが次々と整備された.とりわけ,堤外地の浸水を直接軽減する防水壁に対して,堤外住民・旅館関係者は景観上の懸念を示しつつ,その治水効果に大きな期待を寄せていた.ただし,防水壁は全ての洪水を防御しうる規模ではなく、1960年の洪水位に合わせて設計された.

    Ⅳ. 水防システムの現状と課題 川原町・鵜飼屋地区では,防水壁・角落しに加えて後年には堤外陸閘も整備され,一定規模の洪水被害を防止できるようになった(図1).しかし,さらに水位が上昇すると本堤防の陸閘が閉鎖され,両地区は長良川の中に取り残される.こうした堤外・堤内の複層的な水防システムは,近年の水害でも有効に機能してきた.ただし,堤外住民が堤内へ避難することはほとんどなく,水位変化に関する在来知とリアルタイム水位情報・雨雲レーダーとを併用して,必要と判断すれば家屋内での垂直避難を行っている.景観と治水との妥協策として構築された川原町・鵜飼屋地区の水防システムは,これまで場当たり的だった水害対応を制度化・インフラ化したといえる.21世紀に入ると,この水防システムは河川と人間との共生を示すものとして評価され,両地区における堤外居住には文化的価値が見出されるようになった.その一方で,陸閘・角落しの閉鎖を担う水防団では,団員の人手不足が課題となっている.とりわけ,多くの人口を抱えるマンションと水防団との関わりは全くないという.地区全体の少子高齢化や,気候変動による水害激甚化といった諸課題を踏まえ,ハード・ソフトが一体となった持続可能な水防システムの再考が,将来的に必要となってくるだろう.

  • 潘 毅, 森本 健弘, 一ノ瀬 俊明
    セッションID: P048
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    近年,都市化の進展により,ヒートアイランドや洪水,人口過密などの都市問題が深刻化している。これに対し,リモートセンシングは長期間・広域のデータを効率的に取得できる手法として注目されてきた。Google Earth Engine(GEE)は,オンライン上で動作するクラウドベースのリモートセンシング解析プラットフォームであり,画像のダウンロードが不要,高速なクラウド計算が可能,解析結果を画像として直接出力できることなど従来のリモートセンシング分析手法に比較した様々な利点を有している。2013年に登場して以来,その利便性から利用者数は年々増加している。

    2023年3月に GEE は xarray との連携を強化する新たな Python ライブラリ「Xee」を公開した。Xeeを用いて,GEE データをローカル環境で xarray式に変換・処理することを可能にし,特に長期間の時系列データの解析において大きな利便性をもたらしている。

    本研究は,中国江西省北部に位置する鄱陽湖(はようこ)を対象地域とし,GEE のPython ライブラリである geemap と Xee を併用して,Sentinel-1 衛星データを用いた 2016 年から 2025 年までの 10 年間にわたる水位変動の時系列解析を実施することで,Xeeの有用性を評価した。

  • 大谷 友男
    セッションID: 519
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    Ⅰ.はじめに

    2010年代以降からの人手不足は、景気変動による一時的なものというよりも全産業における構造的な問題となっている。とりわけ、介護や運輸といったエッセンシャルワーカーと称される職業における人手不足が顕著である。

    本報告では、運転手不足による減便や廃止の動きが急速に広がっている路線バスのサービス水準低下の実態を明らかにするとともに、それによってどのような影響がもたらされるかについて報告する。

    Ⅱ.供給制約の実態とその影響

    路線バスや事業用トラックの運転に必要な大型二種免許の保有者の2024年末現在の年齢別構成を見てみると、全国で76万5,936人の有資格者がいるものの、65歳未満の現役世代は40万5,756人で、有資格者の約半数(53.0%)しかいない。加えて、その現役世代も50代や60代前半が大半であり、有資格者の高齢化が進んでいることがわかる。

    仮に、このままの新規の免許取得者がいなかった場合、10年後の現役世代の有資格者は、19万8,380人(有資格者の25.9%)まで減少する。そのような中でバスやトラックの運転手を確保し、生活の足や物流を支えていかねればならない状況にある。

    このような状況から、各地で路線バスの減便・廃止の動きが加速している。読売新聞の記事データベース(ヨミダス)から「運転手不足」で記事検索を行ったところ、2010年代前半は年に1~2件だったが、10年代後半から2022年までは年間20~50件程度に増え、2023年には192件、24年には318件、25年(6月末まで)は102件と、近年急増していることがわかる。

    富山地方鉄道では、2024年3月に富山~金沢間の高速バスを廃止したほか、同年10月には路線バスを平日80便、休日25便を減便した。この対応は、利用者の減少よりも運転手不足と2024年問題への対応に負うところが大きい。それでも運転手不足は解消されることはなく、今年10月のダイヤ改正でも平日56便、休日30便の減便を行う方針であることが報じられている。

    大型二種免許保有者の高齢化の進展を考えると、運転手不足は解消が図られるというよりも、事態はますます深刻化していくと考えられる。

    路線バスの需要時間帯は、朝の通勤・通学時間帯に集中し、次いで夕方から夜にかけての帰宅時間帯に集中し、1日を通じての需要の平準化を図ることは容易でない。そのような中で、運転手不足という供給制約のために需要時間帯である朝の運行に支障が生じている。現在では、高齢者の運転免許保有率が上がり、地方圏では自動車が一家に一台ではなく、一人一台あるほどにモータリゼーションが進む中、路線バス等の減便によって最も大きな影響を受けるのは高校生であると考えられる。

    Ⅲ.まとめ

    これまでもっぱら需要減の観点でのみ論じられてきた路線バスの減便・廃止といった問題であるが、近年ではむしろ運転手不足という供給制約に負うところが大きくなっている。地域公共交通を取り巻く環境が大きく変化する中、サービス水準の低下が地域の社会や経済にどのような影響を及ぼすかについては、引き続き研究を進めていくことが必要である。

  • ―秩父三部作を事例に-
    天野 宏司
    セッションID: P036
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    埼玉県秩父市は,秩父三部作と称される『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2011年TV公開・あの花)・『心が叫びたがっているんだ。』(2015年映画・ここさけ)・『空の青さを知る人よ』(2019年映画公開・空青)を用いたアニメツーリズムを展開してきた。報告者は秩父アニメツーリズム実行委員会の構成員の一人として,2011年以来,来訪者に対し①個人属性・②出発地・③来訪歴などを調査・蓄積してきた。本報告はこれに基づき,アニメ・ツーリズムがどのくらいの効果があり,どのくらい受容され続けるのか?を長期的な視点であきらかにする。

  • 「全体住民の1人当たり可処分所得」による格差分析及び人口移動との関係を中心に
    魏 晶京
    セッションID: 339
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    Ⅰ.問題意識と報告の趣旨

    中国の経済地域の中で,長江デルタ・珠江デルタ・渤海湾地域などの沿海部と資源供給地の西部を結ぶ中部地域は重要な役割を果たしている。特に近年の「新型都市化」政策(2014~)と共同富裕論(2021年~)の推進により「消費主導型」経済への転換が図られつつあり,山西,江西,河南,湖北,湖南,安徽の6省が対象地域とされる「中部崛起」計画が注目を集めている。本報告では,中部の代表として河南省を取り上げ,①区県別1人当たり可処分所得の省内格差;②省内の所得格差と人口移動の相関性;③iPhoneの量産を手掛けるフォックスコンの巨大投資に代表される産業配置や雇用の変化がもたらす影響;④格差解消に直接貢献する社会保障制度の整備状況と課題などに関する分析を行う。最後に中部の独自色とレジリエンスについて触れる。なお,「全体居民可支配收入」は,すなわち日本の県民所得に近い「居住者可処分所得」を指し,詳しく参考文献を参照頂きたい。

    Ⅱ.河南省の概況について 

    河南省は華北平原の南西部分に位置し,地域の大半が黄河の南にあることから名づけられた。面積は16.6万㎢,常住人口(9,872万人,2024年)は広東省(12,657万人)と山東省(10,123万人)に次いで多い。古くから中原の穀倉として知られ,洛陽や開封や許昌などの古都を擁し,省都の鄭州は中国の交通要衝にあり1,300万人の人口規模を持つ有数の大都市である。 省内に17の地級市があり,中原油田や平頂山炭田に代表される資源の大産地を管轄する市もあれば,計画経済期(1953~76年)に大型プロジェクトが多く立地する工業都市の洛陽市もある。しかし,改革開放期になると,沿海部の外向型経済の発展に後れを取り,現在のGDP規模は四川省に次いで6番目で広東省の4割程度である。1人当たり可処分所得はチベットと同水準の22位である。近年では,鄭州にファブレス分野のフォックスコンの大型投資を誘致したり,EVに代表される新型主力産業を育成したりするなど,新成長産業の集積を高めている。

    Ⅲ.区県別可処分所得による省内格差の分析からみた人口流動・人材流動の特色と産業立地の影響

    観測可能な期間のデータによれば,地級市間の1人当たり可処分所得の加重変動係数は0.16前後であるが,区県別のそれは0.29前後で推移している。区県という基層地域間の就業機会や人口移動の影響が大きくかかわる(表1)。また,大都市への集中傾向は強くなり,大学生の就職地選択にも色濃く出ている。さらにグローバル経済にリンクする新産業の拡大は地域経済を押し上げる一方,格差問題にも影を落としている(図1)。 

    Ⅳ.共同富裕の実現と持続的社会保障は可能か

    生産年齢人口が減少するなか,格差是正を目的とする社会保障支出の増大と,その持続可能性の両立が中部地域にとって大きな課題となっている。 参考文献魏 晶京・許 衛東(2025):「「新型都市化」政策下における中国の地域間所得格差 -「全体居民可支配収入」による省間と省内の格差分析および人口移動-」『経済地理学年報』Vol.71

  • 河野 忠, 阿部 みう
    セッションID: P026
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに日本最古で最初の名水として「記紀」に御井,真名井が登場する。御井とは井戸や泉の美称のことであり御井は主に天皇の産湯水や神聖な水のことを表している。それに対して,真名井とは湧水に対する最大限の敬称のことで,古代からその水源が絶えることなく,かつ清浄な状態であることを指している。なかでも天真名井(アメノマナイ)は最大級の敬称とされている。以上のように御井と真名井は記紀の時代から知られているが,特徴や水質について研究した例はみられない。そこで,本研究は御井,真名井の分布の特徴,水質について明らかにすることを目的とする。2.研究方法様々な資料から御井,真名井を抽出し,分布図を作成した。また,水質を明らかにするために現地でサンプリングした水を実験室にて主要溶存成分,また,全リン,全窒素,CODの分析も行った。3.結果と考察日本全国に天真名井16ヶ所,真名井38ヶ所,御井が21ヶ所存在しており,近畿地方を中心に西日本に多く存在していることが判った(図1)。しかし,全ての場所に水が存在しているわけではなく,これらの中から天真名井4ヶ所,真名井14ヶ所,御井1ヶ所(井戸があっても採水不可が多かった)を採水することが出来た。天真名井や真名井が西日本に多く分布しているのは,日本書紀で天真名井についての記述に登場するアマテラスを祀っている伊勢神宮内宮や年に1度全国の神が集まるとされる出雲大社が西日本にあるからではないかと考えられる。また,御井が九州と近畿地方に集中しているのは,神武天皇や応神天皇が九州で生まれたとされており,九州から大和地方に移住したためであると考えられる。中世以降の天皇の出生地は御所やその周辺が多いと考えられるので,御井は少ないと考えられる。次に主要溶存成分分析結果からは,天真名井は主にNa-HCO₃型をとる深層地下水が多く,真名井は,Na-HCO₃型のほかにCa-HCO₃型も多く見られた。ヘキサダイアグラムから,天真名井と真名井ともにミネラルバランスが良く,比較的高濃度のものが天真名井であることが判った。全リン,全窒素,CODは測定限界値以下であったことから汚染がなく良質な水であることが推察できる。そこで,おいしい水指標であるOIと硬度について計算し,それらを市販されているミネラルウォーターの分析結果と合わせ散布図を作成した. OIは2以上,硬度は10~100mg/Lが美味しい水の基準とされている。OI = (Ca2++K++SiO2)/(Mg2++SO42-),単位はmg/l 真名井は全体的にイオンバランスが良く硬度が高いことから,記紀の伝説の通り良質な水であることが判明した。特に天真名井はより硬度が高いものが選ばれているので,酒造に適している水(硬度が高いと酵母の働きが活発になり良質な日本酒ができる)と考えられ,記紀の時代の酒造法は国家機密であったことから,今後御神酒との関係を明らかにする予定である。

  • 伊藤 直之
    セッションID: S301
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.本シンポジウム企画の背景・目的 

     次期学習指導要領改訂を見据え,中教審の議論で各教科等の「中核的な概念・方略」に焦点を当てて,指導要領の一層の構造化が検討されている。このシンポジウムでは,概念ベースの教育にシフトしたシンガポールの状況との比較を通して,日本の地理教育が社会科・地理歴史科に置かれていることも踏まえて,歴史教育との対比も含め,中核的な概念や構造化の異同を明らかにしたい。

     また,中教審の議論では,「柔軟な教育課程」も話題となっている。この議論では,理想的な教師像として,中核的な概念の獲得に資する内容に重点化することを通して,探究学習等に必要な余白時間を創出することが描かれている。言わば,概念は教育内容の「追加」ではなく「削減」の切り札と見なされている。教育課程の柔軟化は,教師の主体性を要求している。つまり,教師は,学習指導要領や教科書の従順なプロモーターではなく,知識の再生産に関与する「再文脈化」の担い手である。そこで,シンポジウムでは日本をはじめとする世界各国の「教師」に着目し,再文脈化プロセスへの考察を通して,次期学習指導要領で期待される教師エージェンシーの一端を明らかにしたい。

    2.概念志向の教育に関する内外の動向

     昨今,さまざまな授業研究の場で注目を集めているのが,H・リン・エリクソンらの示す「知識の構造図」である。

     もともと,社会科教育学の分野においては,知識の構造を説く森分孝治や北俊夫の論があったが,エリクソンほか(2020)では,「概念レンズ」「ミクロ概念」「マクロ概念」等の語を用いて,教科横断の文脈も含めた概念の異同を論じている。エリクソンらの主張は,端的に言えば「概念ベースの探究アプローチ」である。

     このアプローチは,国際バカロレアのプログラムに大きな影響を与えている。そして,シンガポール教育省の地理担当マスター・ティーチャー(指導主事)による教員研修内容でも頻出することを確認している。「思考する学校,学ぶ国家」(TSLN)というスローガンの下,すべての教科における知識の量が削減され,教師が生徒の思考力育成に時間を割いている様子は,日本にとっての近未来のようである。

    3.基調講演

     シンポジウム冒頭では,シンガポール南洋理工大学(国立教育研究所)のタン・ギョク・チン・アイビー博士による基調講演が設定される。シンガポールの教育改革の動向と,それに関連して学校地理に課せられた役割が環境教育から持続可能性教育へと変化している旨の講演を通して,教科横断的,そして教科固有の文脈における概念の異同や交錯の実際が明らかになることが期待される。

    4.各報告の概要と意義 

     シンポジウムでは,上記の基調講演に続いて,3つの報告を企画している。

     ヤン報告では,シンガポールの2名の地理教師への授業観察と,聞き取り調査に基づく概念への志向性が明らかになる。ナショナル・シラバスに明記されている地理的な概念に加えて,教科横断的な概念の取捨選択から,教師の再文脈化プロセスの一端が明らかになることが期待される。

     藤澤報告では,国際バカロレア認定校のMYPプログラムの実践において,エリクソンらの説く概念ベースの探究アプローチが地理授業実践にどのように適用されているかが具体化される。そして,筆者と共同での質的調査を通して描出した藤澤氏の再文脈化プロセスへの考察から,望まれる教師エージェンシーについての検討が期待される。

     宇都宮報告では,歴史教育研究者の立場から,歴史教師のビリーフに係る国際比較調査の結果が紹介される。日本・スイス・カナダの教師の歴史教育観から垣間見える概念への志向性の違いから,望まれる歴史教育改革のあり方を展望し,地理教育との異同を議論することが期待される。

    文献

      H・リン・エリクソン,ロイス・A・ラニング,レイチェル・フレンチ 著(遠藤みゆき・ベアード真理子訳)(2020):『思考する教室をつくる概念型カリキュラムの理論と実践』北大路書房.

     本研究は「社会正義を志向する社会科教育の創造:学校教師との協働的授業開発とアジアへの普及」JSPS科研(基盤B)23K20706(研究代表者: 伊藤直之)の成果である。

  • —累積人口と距離帯人口の視点から—
    藤本 典嗣
    セッションID: 435
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    2011年3月に発生した福島第一原子力発電所の事故は、従来のEPZ(緊急時防護措置準備区域)の想定範囲を大きく超える広域な被害と避難をもたらし、原子力災害における防災計画の地理的範囲の見直しを迫った。2024年に改定された原子力災害対策指針では、PAZ(予防的防護措置準備区域)として5km圏、UPZ(緊急防護措置準備区域)として30km圏が定められているが、実際の避難はそれ以上の範囲に及んだ。こうした背景を踏まえ、本研究では、原子力発電所が実際に立地した地域と、計画があったが建設が中止された地域との周辺人口構造を比較し、人口分布が立地の成否に与える影響について検討する。

    本稿は、先行する著者の2本の論文(藤本2025a・b)における分析を統合し、立地19地点および中止52地点、計71地点を対象に、2000年・2010年・2020年の国勢調査メッシュデータを用いた比較分析を行った。各地点から3km〜100kmまでの累積人口を算出し、さらに0–3km、3–5km、5–10kmといった帯状の距離帯ごとの人口も集計した。まず記述統計によって両地域の人口構造を比較した後、原発の立地可否を従属変数(1=立地、0=中止)、圏域人口またはその逆数を説明変数として、ロジスティック回帰分析(2項ロジスティック回帰)を実施した。統計的有意水準はp<.05とし、モデルの適合度(AIC、BIC、McFadden R²)および説明変数の係数・有意性を検討した。

    記述統計の結果、30km圏内では立地・中止の両地域間に大きな人口差は見られず、比較的類似した人口構造を持っていたが、30km圏を超えると累積人口の増加が著しく、特に立地地域では中止地域を上回る傾向が明確となった。2020年のデータでは、90–100km圏における累積人口が、立地地域で約131万人、中止地域で約91万人と、約40万人の差があった。これは、原子力災害対策指針が対象とする30km圏外の人口集中が、実際には立地判断やリスク評価において重要な要因となっていた可能性を示すものである。

    さらに、帯状人口(距離帯別人口)を用いたロジスティック回帰分析により、80km圏の逆数人口(inv_pop80km)が有意な負の係数(p=0.016)を示し、80km圏に人口が多い地域ほど、原発が立地しにくい傾向があることが明らかになった。同様に、20km圏でも逆数人口が有意(p=0.023)であった一方、5km・30km圏では統計的に有意な影響は見られなかった。これにより、原発立地における判断は、従来の30km圏を超える広域人口の影響を受けていた可能性があることが示唆された。特に、人口が集中する地域に対しては、立地に慎重な判断がなされていたと考えられる。

    以上の結果から、従来の防災計画が重視する30km圏にとどまらず、より広い圏域にわたる人口分布を考慮した原子力防災と立地政策の再構築が必要であることが示された。本研究は、空間人口構造が原発の立地・非立地の分岐に与える影響を定量的に示すとともに、今後のリスク評価や避難計画のあり方に対する再検討を促す実証的知見を提供した。

  • 宮城県七ヶ浜町「おはじきアートよがさき」の事例
    滕 媛媛, デレーニ アリーン, 埴淵 知哉
    セッションID: 408
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに

     2011年3月11日に発生した東日本大震災では、宮城県の海岸堤防(防潮堤)および護岸約160kmのうち100km以上が被災した。2025年3月時点で、365箇所、計232.3kmの防潮堤の「復旧・復興」事業が完了している。多くの海岸においては、防潮堤の嵩上げや新設の計画案が県から提示されたが、地域の景観や産業に与える影響を懸念する住民との間でしばしば軋轢が生じていた。住民による粘り強い説得と対話を通じて計画の見直しが実現した地域もあったが、復興の遅れを恐れ、景観の変化に対する寂しさを抱いたまま計画案を受け入れた地域も多かった。東日本大震災からの物理的な復興は着実に進展している一方で、海が見えなくなったことによる地域住民の喪失感は根強く残り、住民の心の復興や地域コミュニティの再生は依然として大きな課題とされている。

     こうした中、宮城県宮城郡七ヶ浜町代ヶ崎浜西地区においては、嵩上げが実施された防潮堤におはじきを貼り付ける「おはじきアートよがさき」という住民主体の活動が進められてきた。本報告では、現地でのヒアリング調査をもとに、「おはじきアートよがさき」の立ち上げの過程を紹介し、活動が成功裏に継続している要因を明らかにするとともに、震災後の地域再生における住民主体の活動の意義について考察する。

    2.事例地域の概要

     七ヶ浜町は、仙台市中心部から東約20kmに位置する。その名称は、明治時代に代ヶ崎浜など7つの海沿いの集落が統合されたことに由来する。町の北東部に位置する代ヶ崎浜は、東側を松島湾、西側を塩竈湾に囲まれ、地区内には松島四大観の一つである多聞山や仙台火力発電所などが所在している。

     東日本大震災では、町域の約3割以上が津波によって浸水し、甚大な被害を受けた。代ヶ崎浜地区では、防潮堤523mのうち約200mが倒壊し、多くの家屋が流失した。防潮堤の復旧に際しては嵩上げが実施され、従来より約1.2m高くなった。これにより、かつて日常生活の一部であった「海のある風景」は視界から遮られるようになった。

    3.「おはじきアートよがさき」の立ち上げ

     防潮堤を活用したアート活動は、代ヶ崎浜地区の当時の区長によって2015年頃から構想されていた。その背景には、嵩上げされた防潮堤が住民の命と財産を守る一方で、海が見えにくいのがもどかしいと訴える住民が相次いでいたことや、震災後に住民が高台や地区外に移転したことに伴い活気がなくなりつつある地域を再び元気づけたいとの想いがあった。

     しかし、実現に至るまでには多くの課題があった。代ヶ崎浜が特別名勝「松島」に含まれていたため、港湾施設用地使用許可に加え、文化庁からの現状変更許可が必要とされ、関係機関との事前協議は長期間に及んだ。景観への配慮、安全性、耐久性、継続性などの条件を満たす必要があり、アートの形式や素材の選定は特に難航した。当初は絵具による壁画が検討されたが、景観保全や耐久性の観点から困難とされ、防潮堤に素材を貼り付ける方式へと転換された。複数の素材が検討されるなか、景観への影響、安全性や維持のしやすさから、最終的に子どもの玩具である「おはじき」にたどり着いた。

     2018年末に必要な許可を取得した後は、地域の社会的ネットワークや震災復興を契機に形成されたつながりを活かし、複数の企業や団体、地元組織などから素材やノウハウの提供、資金面の支援を得ることができた。

    4.活動の特徴および効果

     おはじきアート活動の特徴としては、壁画など従来の防潮堤アートや地域活動に比べ、「参加のしやすさ」と「活動の継続性」が挙げられる。 準備段階では行政手続きや素材調達、ストーリーや原画の制作など多くの場面で困難を伴ったが、活動が始まると特別な技能を必要とせず、子どもから高齢者まで、また性別を問わず幅広い層が気軽に参加できるようになった。そのため、世代や性別を超えた住民同士の交流が自然と生まれ、地域の連帯感やアイデンティティが再構築されるとともに、海や防潮堤とのかかわりを通じて集合的記憶が再生成される契機にもなっている。

     また、防潮堤に貼り付けるおはじきは時間とともに剝がれるため、修復作業が不可欠となるが、この作業を通じて、制作後も継続的な共同作業が生まれ、アートが「一過性のイベント」にとどまらず、継続的な地域活動として根づいていく。

     さらに、おはじきアートは観光資源としても新たな価値を生み出している。アートが実施された防潮堤は地域の象徴的なスポットとなり、町の観光パンフレットや各種メディアに取り上げられ、広く注目を集めるようになった。とりわけ代ヶ崎浜は町の奥まった位置にあり、釣り客を除けば外部からの来訪者が少なかった地域であるが、本活動の実施により、同地を訪れる動機を持つ人々が増加し、新たな交流・関係人口の創出にもつながっている。

  • 中島 虹, 今田 由紀子, 伊東 瑠衣, 髙根 雄也, 山口 和貴
    セッションID: 313
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    2050年カーボンニュートラル達成のためには、電力需要量の大きい都市部の民生部門における省エネ・脱炭素化が重要である。しかし、地球温暖化が進めば、夏季の冷房需要が増加する一方で冬季の暖房需要は減少する。そのため、気候変動や脱炭素技術の両方を考慮した将来のエネルギー需要を予測することが重要である。Takane et al. (2023) は首都圏の稠密な電力需要量データを用いて温暖化が進行した際の電力需要量の変化を推定した。ただし、気温上昇量は一年を通して一定と仮定していた点に課題がある。

    本研究では、水平解像度5kmの大規模アンサンブル気候予測データ(d4PDF)を利用することで、季節や地域により異なる気温上昇を考慮した将来の電力需要量を予測した。

    その結果、年間電力需要量は4度上昇時には人口の多い東京23区周辺で特に増加する。一方で、北関東や山梨では電力需要量が減少する地域がみられた。東京管内の電力需要量を確率密度分布を作成した結果、4度上昇時は冷房電力需要量の幅が現在気候よりも大きいことが示された。

    今後は、脱炭素技術を導入した場合を考慮した解析も行う予定である。

  • 堀 和明
    セッションID: P004
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    はじめに 氾濫原は河道を中心とした流路帯とその外側の後背湿地(後背低地)に区分でき,前者の粒径や堆積速度は後者に比べて大きいことが知られている.また,氾濫堆積物の厚さは流路帯から離れるにつれて減少する(Törnqvist and Bridge, 2002).しかし,1000年スケールでの氾濫原の堆積速度やその地域的差異を検討するためのデータは十分に得られていない.こうしたデータは,相対的海水準変動に対する氾濫原の応答や過去の気候変動,さらには将来の洪水リスクやアバルションを検討する上でも重要である. 日本の沖積低地では過去20年余りにわたって,オールコア堆積物の解析・分析が盛んにおこなわれ,氾濫原に分布する河成堆積物に関しても定量的な情報が蓄積されつつある.本発表ではこれらのデータに着目し,完新統を対象に,1000年スケールでの氾濫原における堆積速度を検討する.具体的には,複数の平野における堆積速度の比較を通して,堆積速度を規定する要因について議論する. 方法 石狩平野(石井ほか,2014),越後平野(Hori et al., 2023),関東平野(多摩川,荒川)(Komatsubara et al., 2017; Tanabe et al.,2022),濃尾平野の氾濫原(堀ほか,2025)を研究対象とした.最終氷期最盛期以降の海水準変動の影響を受けた沖積低地の地形は,上流から扇状地,氾濫原,三角州に区分されることが多い.氾濫原堆積物(河成堆積物)とくに後背湿地の堆積物の厚さは,現在の河口から離れた場所において大きいと考えられるが,扇状地に近づくと砂礫層の堆積が卓越する可能性が高い.本研究では,これらの平野の氾濫原で採取されたオールコア堆積物のうち,氾濫原堆積物(河成堆積物)から複数の放射性炭素年代値が報告されているものを選定した. 結果と考察 年代と標高をプロットしたところ,氾濫原堆積物の平均的な堆積速度は,石狩平野,越後平野,関東平野において,7.5〜7 kaを境に低下する傾向が認められた.また,これ以降の堆積速度は,3〜4 m/kyrを超える値を示すことのある越後平野(の流路帯)を除き,1〜1.6 m/kyrであった. 氷河の融解にともなう海水準上昇速度は7 ka頃に大きく低下した.また,海水準は6 ka以降に約3 m(0.5 m/kyr),4 ka以降に約1 m上昇(0.25 m/kyr)し,現在が最も高いと推定されている(Lambeck et al., 2014).日本の沿岸域ではグレイシオハイドロアイソスタシー(GIA)にともなう地殻の隆起により,約6 kaの海水準は現在よりも1〜4 m程度高い位置にみられる場合が多い(Okuno et al., 2014).したがって,氷河性海水準変動によるアコモデーションの増加は,アイソスタティックな地殻の隆起によりほぼ相殺される可能性が高い. 7.5〜7 ka頃の氾濫原堆積物の堆積速度の低下は,海水準上昇速度の低下によるアコモデーションの増加量の減少に起因すると考えられる.6 ka以降は,アコモデーションの増加がほぼないと考えられるにも関わらず,氾濫原における土砂の堆積が続いている.氾濫原は河川が氾濫を繰り返すことで,土砂を貯留し,標高を増加させていくが,河床と後背湿地との比高が大きくなると,氾濫が生じにくくなり,上方への成長速度は小さくなると考えられる.しかし,1000年スケールでみると関東平野(多摩川)を除き,6 ka以降に堆積速度の顕著な減少傾向はみられない.このことは,海退期の沖積低地の氾濫原において,河道が海側に延伸していく過程で河床上昇も生じてきたことを示唆する.さらに,顕著な沈降域として知られる越後平野において河道堆積物が厚く堆積し,堆積速度も非常に大きいことや,関東平野(多摩川や荒川)の堆積速度が石狩平野や濃尾平野に比べても小さいことから,テクトニックな沈降・隆起がアコモデーションの増加に効いていると考えられる. 沖積低地を流下する日本の河川は,現在,その多くが堤防により護岸され,河道(流路帯)と後背湿地の連結性は失われつつある.防災を考えたとき,河川の氾濫は許容できないものであるが,本研究のような試みは,河道と後背低地との連結性を長い時間スケールで検討する際の基礎的知見となるだろう.

  • 大和 広明, 安野 翔
    セッションID: P017
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    はじめに

    水田栽培時期の水田域は,地表面が湿潤なため,周辺の他の土地利用(都市域など)よりも気温が低く,水蒸気圧が高い傾向であるため,暑熱緩和機能を有することが指摘されている(Kumagata et. al., 2018).一方,熱中症リスク指標である暑さ指数(WBGT)は,気温に加えて湿度・日射・風の影響を受けるため,水田と都市域でリスクがどう異なるかは十分に明らかでない.そこで夏季の高温が顕著で,都市域と水田が近接する埼玉県北部(熊谷市・羽生市周辺)を対象に,両環境で観測した気温とWBGTの差異を解析した.

    使用データと方法

    熊谷市市街地と隣接水田(K-paddy),羽生市市街地と風通し良好な水田(H-a),建築物等で風通しが悪い水田(H-b)に暑さ指数計を設置し,約10分間隔で気温(Ta)・WBGT等を連続測定した.市街地から水田を引いた値の差(ΔTa, ΔWBGT)を算出し,解析対象日の値を時刻別に平均した.解析対象は2025年6月20~29日のうち雷雨等の影響が認められなかった6日間である.学会報告では観測期間を2025年9月初旬まで拡張した結果を提示する予定である.

    結果

    解析した結果を図1に示す.熊谷のΔTaは,一日を通じて正であり,市街地の気温が高かった.一方で、ΔWBGTは,午前~午後早期は負の値を示し,水田の方が高くなる時間帯があり,気温とWBGTで逆転が見られた。羽生のH-aでも同様傾向で,15時頃にΔTaが+1.5℃であるにもかかわらずΔWBGTは,ほぼ0であった.風通しの悪いH-bとの差では,終日ΔTa,ΔWBGTとも正で,市街地の方が高いが,夕方にかけて気温差が拡大してもWBGT差は縮小する傾向が確認された.気温は市街地の方が一日中高い一方で,WBGTは午後~夕方に気温と異なる挙動を示し,水田の湿度条件(蒸散・通風)の寄与が示唆された。暑熱緩和機能は水田と周辺の気温差を指標としたものが多かったが,湿度を含む指標であるWBGTによる熱中症リスクを把握する必要性を示唆する結果となった.

  • -東日本大震災の事例―
    池谷 和信
    セッションID: 407
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    現代の地球では、地震、津波、川の氾濫、地すべり、旱魃、野生動物による被害ほか、自然環境の変動と人々の暮らしが密接に関与して生まれる災害に私たちが直面することが多い。本報告では、災害研究のなかで「災害の地理学」の研究がどのような貢献をしてきたのかについて、地球と地域社会の視点から把握することがねらいである。具体的には、東日本大震災を事例にする。その結果は、以下の3点にまとめられる。1)被害状況では、被災者とは誰で被災地域の範囲がどこかという問題意識を共有して、建築や土木のような工学、土地や海洋の変動を対象にする地球科学、健康と保険の医学などからの調査が中心になる。また、緊急対応では、避難所の形成と展開、援助物資の配分ほか、人と人の関係の学が関与してくる。報告者の場合、ある避難所に滞在して避難者の数の変動のみならず在宅の避難民などの対応を把握した。2)対象地では、地域のなりわいに応じて対応差がみられる。三陸の経済は漁船漁業、養殖、採捕業が中心である。ここでは、水産経済学や経済地理学や都市計画学などが研究の中心となる。このなかで、津波などの被害の少ない採捕業の復興がもっとも早かった。養殖の場合は、筏の修復などのため、復興にはより多くの資金と時間を要した。3)地域文化は、経済に比べて軽視されがちだが、人と人をつなげる役割があり住民の生きる姿勢にもかかわってくる。ここでは、日本民俗学や文化地理学などの調査が中心となる。対象地では、被害地域での芸能の復興は遅れたが、被害の少なかった隣接地域での芸能活動は震災後から進んだ。なかには、中国などの海外に出かけた芸能集団もみられる。 以上のように、東日本大震災とその後の状況は、災害の地理学の視点から研究成果の全体をまとめることができる。また、グローバルな視点からスマトラ沖地震との比較などをとおして本災害の特性と地域の再生のあり方を把握できる。

  • 佐藤 由佳子
    セッションID: 545
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.研究の目的

    本報告の目的は、鎮守の森(神社林・社叢)の変遷と人々の樹木に対する認識との関連性を明らかにすることである。事例として、静岡県三島市の三嶋大社、宮城県塩竈市の鹽竈神社の鎮守の森を取り上げ、近代以降の鎮守の森の植生景観の変遷、及び鎮守の森の維持管理の現状から考察をおこなう。なお、本報告は國學院大學文学部に提出した卒業論文の一部を増補加筆したものである。

    2.先行研究

    鎮守の森に関する研究は1970年代に植物学の分野において行われ、平成14年(2002)に社叢学会の設立によりさらに研究が活性化した。今日に至るまで鎮守の森に関する研究は人文分野、自然分野を含めて学際的に展開している。当初、鎮守の森は自然の植生を保っていると主張されていたが、近年はこれに否定的な見解が多く、近世以前は針葉樹中心の植生であったと論じられている。小椋(2012)は複数の神社を取り上げ、近世・近代は針葉樹であったが以降は照葉樹林へ変化したと述べる。他に、吉川・八木(2024)や、鳴海,小林(2006)、今西ほか(2011)においても、おおむね針葉樹から広葉樹へといった植生変化が述べられる。さらに、小椋(2018)や橋本(2021)では中世まで検討時期を延ばし、おおむね針葉樹が中心の植生だと述べられる。今西ほか(2011)や吉川・八木(2024)などでは、鎮守の森の資源利用との関連について言及されている研究も見られる。また、小椋(2012)や、鳴海,小林(2006)などでは、社叢の景観変遷の背景についての言及がされている。だが、一律に鎮守の森の植生は変化しているのではなく、境内の樹木は意識的に維持あるいは改変させている箇所がある。社叢の景観変化には人為的な側面が影響している事は見過ごせない。境内の樹木を細かな視点で分析し、それらの変化の差異から鎮守の森に携わる人々の認識を考察することが本報告のねらいである。

    3.調査方法

    上原敬二作成の『神社林の研究』附図に描かれる官国弊社の鎮守の森を再整理し、1915年頃の鎮守の森の様相について論じる。さらに、従来の研究では用いられることがなかった資料として、明治期に発行された銅版画、明治末から昭和前期に発行された絵葉書などを用い、近代における鎮守の森の植生の復元をおこなう。これまで植生景観の変遷の事例として取り上げられてこなかった静岡県三島市の三嶋大社、宮城県塩竈市の鹽竈神社の事例を用い、鎮守の森に対する意識を明らかにする。三嶋大社は、周辺が市街地に囲まれた広葉樹中心の鎮守の森である。また、国指定天然記念物のキンモクセイ、市指定文化財の社叢となっている。鹽竈神社は、一森山に所在し鎮守の森の大半をスギの人工林が占める。また、国指定天然記念物指定の鹽竈ザクラと県指定天然記念物のタラヨウがある。植生の変遷と二社の比較から、鎮守の森の植生変遷と人々の樹木に対する認識の関連性を論じたい。

    4.文献

    今西亜友美・杉田そらん・今西純一・森本幸裕 2011. 江戸時代の賀茂別雷神社の植生景観と日本林制史に見られる資源利用. ランドスケープ研究74(5):463-468.小椋純一 2012. 『森と草原の歴史─日本の植生景観はどのように移り変わってきたのか─』古今書院小椋純一 2018. 中世以降における神社林の変遷. 歴史評論(816):57-68.鳴海邦匡・小林茂 2006. 近世以降の神社林の景観変化. 歴史地理学48(1):1-17.橋本啓史・多和加織・松浦文香・長谷川泰洋 2021. 近代以前の熱田神宮社叢の林相の変遷. なごやの生物多様性8:23-36.吉川正人・八木正徳 2024.武蔵府中大國魂神社の社叢における樹種構成の歴史的変遷. 日林誌106(9):263-270.

  • ―京都市における外国人観光客の事例―
    胡 可欣
    セッションID: 639
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    Ⅰ 研究背景と研究目的

     政府は2030年までに訪日外国人旅行者を6000万人にするという目標を掲げており,各地域では観光地の魅力向上や多様な観光客ニーズへの対応が進められている.そのような中で課題とされる点に,従来の観光統計やアンケート調査では対象や手法の偏りなどによる限界があるという点がある.一方,近年は観光客がSNSなどのソーシャルメディアを通じて,訪問先での体験や印象を写真とともに発信するようになっている.こうした投稿は,これまでのアンケート調査などが抱える課題を補う新たな情報源として注目されており,多くの研究がすでに行われている。大崎ら(2017)写真を扱った研究でも,言語圏別(中国語圏/英語圏)に観光客の注目要素を定量比較した例は少なく,とりわけ京都を対象とした外国人観光客比較研究は十分に蓄積されていない.また,SNS画像から抽出した色彩情報を「地域の色」「企業の色」といった都市景観概念と接続して検討した事例はほとんど見当たらない.本研究では,ソーシャルメディア上の投稿写真に着目して,京都市を訪れる外国人観光客の写真記録内容を分析し,観光客の視点の解明を目指した.

    Ⅱ 分析方法と分析結果

     本研究における分析対象のデータは,京都市内で撮影された外国人観光客のSNS投稿写真である.具体的には,中国語圏向けSNSの小紅書,および英語圏向けSNSのInstagramから該当する写真を取得した.そして,収集写真に対してマイクロソフトAzureのComputer Vision APIを用いて画像解析を行い,写っている物体・風景・人物などを示すコンテンツタグを自動抽出した.次に,KH Coderを用いてタグの共起ネットワークを構築し,写真内で同時に現れる要素間の関係性を可視化した.そして,英語圏ユーザーと中国語圏ユーザーの写真におけるタグ出現頻度の差異を検証した.

    Ⅲ 分析結果

     分析の結果,中国語圏観光客は室内環境や飲食物など生活的な場面を多く撮影する一方,英語圏観光客は自然景観や歴史的建造物など屋外の文化的景観を多く記録していることが示唆された.中国語ユーザーは日常生活や室内環境,文化的価値のある建築物,日本の伝統文化に興味を持つ傾向が強く,部屋の室内,食文化,和服などの伝統文化を撮影する傾向が顕著である。一方,英語ユーザーは自然景観や感情表現を好む傾向がある。よく記録される要素として,山川,風景,微笑みなどが含まれる。これらの分析結果を総合すると,訪日外国人観光客の関心の特徴を多角的に把握し,観光戦略やマーケティングへの示唆を得ることが可能となる.また,京都の建物の色彩に着目した戸所(2006)が指摘した「地域の色」「企業の色」という色彩分類の観点との比較も実施できる可能性がある.その分析結果は発表時に提示し,都市景観の印象形成への色彩要素の寄与を考察する予定である.

    Ⅳ むすび

     本研究は,外国人観光客のSNS投稿写真を通じて,京都の景観がどのように視覚的に捉えられているかを分析した.具体的には,画像認識・共起ネットワーク・色彩抽出といった複数のデジタル手法を組み合わせて,京都における観光的景観やイメージの特徴を明らかにした.本研究における方法は,観光地理学や都市景観研究に新たな方法論的貢献をもたらすと考える.写真という非言語的データに着目し,従来の調査では捉えにくかった観光行動の特徴を定量的に把握することも可能となるといえる.本研究の今後の展開としては,他都市や季節的変化との比較なども考えられる.

    文献

    戸所泰子 2006.京都市都心部の空間利用と色彩からみた都市景観.地理学評論 79(A):481-494.大崎麻子・松本健太郎・松岡秀治 2017.SNS画像と位置情報を用いた観光地の魅力分析.観光情報学会論文誌 9(1):25–33

  • 村松 晟
    セッションID: 439
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1. 本報告の目的

     平成の大合併以降,地方圏を中心に行政施設の再編が続いている.行政が運営する支所等の施設の閉鎖が進んだ結果,簡易郵便局が,公共サービスを提供する唯一の「地域のしんがり」的施設として機能している地域も多い(筒井・下原田 2025).簡易郵便局とは,日本郵便からの委託によって個人や法人が運営する郵便局であり,直営局が立地しない縁辺部に多くみられる.本報告は,地方圏における簡易郵便局の維持の実態と運営上の課題を明らかにすることを目的とする.

     郵便局に関する既往研究では,直営局の立地展開に主眼が置かれた.しかし近年は,郵便事業の利用低迷を背景に採算が厳しい簡易郵便局にも関心が寄せられるようになり,JP総合研究所から簡易郵便局の役割に関する研究論文も刊行されている(筒井・下原田 2025).本報告では,既往研究で言及の少なかった維持と運営上の課題に焦点を当てる.

    2. 簡易郵便局の概況

     現在簡易郵便局は地方圏を中心に,3,443局あり,6割が過疎地域に立地する.受託者の属性は金融庁の「郵便局銀行代理業許可一覧」によって把握でき,2025年3月時点で9割以上が個人である.個人受託者については,男女比はおよそ1:2と女性が多く,過半数が50代以上で副業を持たない.半数程度の局では補助者を常時雇用しておらず,受託者1人で業務を行っている(全国簡易郵便局連合会 2013).

    3. 調査手法

     以上の背景を踏まえ,静岡県西部の簡易郵便局12局の受託者,事務取扱者を対象に,受託の動機と継続の意思,立地の経緯を中心に半構造化インタビューを実施した.また,受託者の多様性を確保するため,静岡県内外の9局にもインタビューを行った.さらに知見の他地域での敷衍可能性を担保するため全国簡易郵便局連合会に対して書面での調査を実施した.

    4. 結果

     現在の簡易郵便局受託者の多くは,郵便局OBをはじめとする定年退職後の団塊世代と,居住年数の長い地域住民に二分される.前者には,民営化前後まで農協や自治体が受託していた簡易郵便局を継承し,委託手数料を年金生活の足しにするという動機があった.これらの受託者の簡易郵便局では,居住地域と立地地域は一致せず,長距離通勤を要する事例がみられた.後者は1970年の個人受託解禁を機に参入しており,地域住民が自宅の一部や軒先に局舎を設けて営業している.しかし,地域の人口減少と高齢化の影響で新規の受託者はほとんどみられない.

     前者のような域外住民による受託の誘因には2000年代前半の委託手数料の引き上げがあり,閉鎖率低下にも寄与した.しかし,2010年代後半以降は再び簡易郵便局の一時閉鎖や廃止が増加している.この誘因は定額で支給される委託手数料による採算性の課題よりも,受託者の高齢化や後継者不足にあると考えられる.さらに業務負担の増大・硬直化といった簡易郵便局特有の事情も閉鎖率の上昇を加速させた.

     業務負担の増大については度重なる郵便事業での不祥事によるコンプライアンス研修の増加が挙げられ,研修が休業日である土曜日に実施されることが大きな負担となっている.業務の硬直性については,営業時間(平日9〜16時)や貯金,保険といった業務内容の変更ができないうえ,原則1名で営業をするため,受託者の行動に大きな制約が課されることになる.現在,受託者の多くは受託の継続の意思を示しているが,業務負担を鑑みると,将来的な簡易郵便局の持続可能性は不透明である.

    文献

    全国簡易郵便局連合会 2013. 『簡易郵便局のあゆみ 第三巻』

    筒井一伸・下原田寿 2025. 地域で継がれる郵便局―簡易郵便局からの考察とインブリケーション―. 『「地域のしんがり」としての過疎地郵便局の可能性―過疎地における郵便局の新たな可能性を探る研究会報告書』80-115. JP総合研究所.

  • 三浦 尚子
    セッションID: 609
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    研究の背景と目的

     第27回参議院議員選挙は2025年7月20日に投開票日を控え,各政党が鉄道駅前で街頭演説を行っている。7月3日の公示以降,選挙の争点に「外国人問題」が急浮上し,「日本人ファースト」といった言説が溢れるようになった。そこで,本研究では在留外国人が集住し,多文化共生の「先進地域」とする埼玉県東南部川口市・蕨市にあるJR京浜東北線の鉄道駅前を中心に,外国人排斥に偏向した街頭演説を通して形成された「ヘイトスケープ hatescapes」について議論したい。

     ヘイトスケープは,障がい者が日常的に経験する排除かつ微細な攻撃と空間との関係を考察した HallとBates(2019)が,論文の題目で「Hatescape?」と読者に問いかけた,新たな概念である。HallとBates(2019)によれば,従来のヘイトクライム研究は「被害者学victimology」を礎とし,いじめや暴行を受けた当事者の経験に焦点を当てて事件の性質や規模,そして身体的,心理的,社会的影響を検証してきたという。一方,HallとBates(2019)が援用した関係論的アプローチでは,「その場には何があるのか。何が到着し,何が去っていくのか。何が受動的で,何が能動的なのか。何が何とどのような相互作用しているのか。」というリサーチクエスチョンを立てることで,ヘイトクライムの議論を,個人の被害に焦点をあてたものから,これらの行為が生まれるミクロな空間,地域社会,そしてより広範な社会政治的文脈へと移行することが可能になると述べる。本研究では,日常的に利用頻度の高い鉄道駅前というミクロな空間に注目する。ヘイトの文化に挑戦する上で,空間を利用したり濫用したりする政治的な能力に関する分析は,ヘイトの言説と被害者の現実の経験に関する新たな洞察に期待できるだろう。

    調査対象地域の概要と調査方法 

     研究対象に選定した蕨駅前は,近年SNS上でヘイトの標的となったトルコ国籍のクルド人が集住する埼玉県川口市に隣接している。川口市ホームページを参照すると,2025年1月1日現在で川口市在住の外国人で最も多い国籍は中国で,外国人人口の53.6%(25,819人)を占め,トルコ国籍は3.14%(1,513人)に過ぎない。ただし,統計データには計上されない,難民不認定でビザを失った仮放免のクルド人が一定数いる。2023年の出入国管理および難民認定法の改正,さらにその1か月後に起きたクルド人のファミリー同士のトラブル以降,在日クルド人は「不法滞在者」として糾弾され続けている。

     本研究の調査方法は,フィールドワーク(参与観察調査と非構造化インタビュー調査)とSNS上の言説や動画分析を併用した。筆者は精神保健福祉士として,2021年5月から在日クルドのコミュニティに関わり,主に医療や教育面でのサポートを「在日クルド人と共に」と「牛久入管収容所問題を考える会」という支援団体と協働して実施してきた。倫理的配慮を常とし,利益相反の関係にはない。

    駅前の街頭演説で起きたこと

     駅前は,街頭演説を聞きたい人にとっては利便性の高い空間である。一方,聞きたくない人にとって,そこは都市を移動するためには避けられない空間でもある。駅前で行われる外国人排斥の街頭演説の脇を,子どもの耳を塞ぎながら足早に通り過ぎようとする外国人親子もいるのだ。

     また,2025年7月13日に蕨駅前で行われたある街頭演説にて,子どもがマイクをもつ場面があったという。拡散された動画の中でその子どもが発した言葉は,「みなさん中国に乗っ取られてもいいんですか」であった。もはや排斥の対象はクルド人に留まらず,聳え立つタワーマンションを購入できる富裕層の中国人にも向けられている。18歳未満の選挙運動は公職選挙法第137条の2の規定により禁止されており,有権者への直接的な働きかけはこの規定に抵触する恐れがある。現実世界の駅前で,タブーを冒しても注意をひくほうが望ましいとされる選挙運動が,仮想空間におけるアテンションエコノミーの原理にのっとって生み出されているといえる。 

    ヘイトスケープの影響 

     特に,クルド人の女性や子どもは外出を極力控え,ヘイトスケープが記憶に残る駅前を通り過ぎるときは足早に,週末は家の中で家族や親せきと過ごす時間が増えている。逃げ場を求めて故郷から移動してきたにもかかわらず,いま在日クルド人は「クルド人」と声高に言えず,耐え忍ぶ経験を強いられているのである。

    文献

    Hall, E. and Bates, E. 2019. Hatescape? A relational geography of disability hate crime, exclusion and belonging in the city. Geoforum 101: 100-110.

  • 森山 結奈, 重田 祥範
    セッションID: 317
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    高梁盆地は,岡山県の中西部,岡山市から北西へ30㎞ほどに位置しており,東西1km,南北2㎞の広さを有している.また,盆地内では秋から冬の好天静穏日の早朝に雲海が発生しやすい.大規模な雲海が発生した場合には,雲の上に浮かぶ備中松山城(天空の城)を望むことができ,重要な観光資源の一つとなっている.本研究では,高梁盆地および周辺地域において広範囲かつ細密な気象観測をおこない,霧の動態について把握した.さらに,高梁市内の展望台2地点に定点カメラを設置し,高梁盆地で形成される霧(雲海)の発生頻度と消散時刻の特徴について明らかにした. 研究対象地域は,盆地内だけでなく谷筋から発生する霧の移流についても把握するため,高梁盆地周辺を含む15地点で地上気象観測をおこなった.対象期間は,霧の発生頻度が高くなる秋から翌年の春を想定し,2020年11月から翌年の5月までとした. その結果,霧の発生頻度は11~12月にかけて非常に多く,特に11月は約70%の発生確率であった.一方,霧の消散時刻の平均は9:50であったが,晩秋になるにつれてその時刻は遅くなる傾向であった.これは,日の出からの日射エネルギーが徐々に小さくなることに起因する.そのため,晩秋ほど日常生活に与える影響はより大きくなる.

  • ―中国における都市河川を対象として—
    劉 雨帆
    セッションID: P056
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    Ⅰ 背景

    本研究の対象地は,中国四川省雅安市の市街地を流れる青衣江の一部河川区間である.北緯網(2025)によれば,この区間には古くから多くの水鳥が集まり,東アジア・オーストラリアおよび中央アジアの二つの世界的な渡り鳥の移動ルートが交差する地点にも位置している.そのため,多くの渡り鳥がこのエリアで休息・採餌を行うほか,体力が不十分な個体はそのまま留まり,渡りをやめる例もあるとされる.これらの自然環境のため,多くの水鳥は郊外の山林ではなく,都市部内で休息を選ぶ傾向にある(劉ほか 2013).

    しかし,近年,水力発電所の建設に伴い魚類の数が大幅に減少し,それにより水鳥の食物供給が脅かされている.さらに,生態教育の不足がある.例えば,水鳥に人間の食べ物を与えることが健康被害を引き起こす可能性があることが広く認識されていないなど,人々の意識や知識の向上が求められている.また,河川環境の破壊が水鳥の生存空間に影響を及ぼしているとされている.

    そこで,本研究では,青衣江の河川区間に対し,現状分析を行い,それらを踏まえ,河川を媒介として人間と水鳥のつながりを再構築したデザインを提示する.

    Ⅱ 現状分析

    本研究では,現地調査およびバードウォッチャーへの聞き取りを通じて,水鳥の行動特性と現地の課題を把握した.水鳥は主に鳥島付近の干潟で休息を行い,日中は鳥島周辺や水力発電所付近の水域で遊泳・採餌などの行動をとっていることが明らかとなった.また,住民による水鳥への餌やりやバードウォッチングの活動は,主に水力発電所の上流域に集中していることが確認された.

    以上より,主な課題を二つ特定した.第一に,水力発電所の放水により水鳥が夜間も泳ぎ続けざるを得ず,休息場所が不安定であることである.また,放水時の水流によって,鳥島の岸辺の土壌が浸食されるという問題も生じている.

    第二に,住民によるパンの餌やりが増加し,栄養バランスの欠如や河川の水面汚染という問題も生じている.さらに,餌が不足した際には,下水道の排水口や屋外のごみ置き場で食べ物を探す様子も見られ,水鳥の健康に悪影響を及ぼす恐れがある.

    Ⅲ デザインのコンセプト

    以上を踏まえ,本研究におけるデザイン提案のコンセプトを「流域における水鳥と人間の調和的共生を促進すること」とし,水鳥にとって快適な生息環境を確保すると同時に,

    人々が自然と触れ合い,生態への理解を深めることができる空間の創出を目指す.

    Ⅳ デザイン案

    デザイン案は以下の3点を中心に構成した.まず,「生息空間の創出」である.島の一部を改修し,水鳥が安心して休息できる静かな空間を確保する意図がある.

    次に「視線・動線の設計」である.植栽と園路により立ち入り範囲を制限し,安全かつ非干渉型の観察動線を導入することとした.

    最後に「保護団体との連携」である.市民への双眼鏡の貸し出しや鳥用餌の販売を通じて,保護活動の継続的運営を支援する.

    以上のデザイン案を通じて,鳥島および下流沿岸の景観を改善し,水鳥の生息環境を再生するとともに,市民に向けた環境教育と観察体験の場を提供することを提案する.なお,これらのデザイン案と地理学の関わり方についても当日,議論をしたい.

    文献

    劉鈍・解萌・殷後盛・趙亜鵬・宋立斌・楊小農・倪慶永 201 3.雅安市区冬季水鳥多様性及び時空動態.四川農業大学学報31(1):99–104.

    北緯網 2025.雅安,珍稀鸟类的“生态家园” https://www.be iww.com/cms/content/241176112(最終閲覧日: 2025年7月16

    日)

  • 西城 潔, 古市 剛久
    セッションID: P001
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    過去の人為作用の中には地表面の改変(地形変化)を伴うものがあり、その結果として独特の人工地形や構造物が作られたり、人為に誘発された加速的地形変化が生じたりすることもあった。二次植生等の植生景観に比べ、このような人為作用の地形的痕跡への認知度は低いように思われる。しかしこうした地形現象を認定・記載することは、丘陵地の環境変遷や景観の成立に過去の人為作用がはたした役割を評価する上で重要であり、本発表では仙台周辺の丘陵地において演者らがこれまでに記録した人為の痕跡としての微細地形について報告する。具体的には、仙台市北方の大松沢丘陵にみられる炭窯跡、仙台市青葉山の亜炭鉱跡に関係する人工地形及び多量の亜炭片を含む表層堆積物を事例に、それらの特徴から推定される過去の人為作用の特徴や環境変化(荒廃)について考察する。

  • 二村 太郎
    セッションID: S102
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに

     2025年3月に朝倉書店より刊行された『シリーズ<世界を知るための地誌学> アメリカ』(二村太郎・矢ケ崎典隆編)(以下、本書と略記)は、2011年に同社より刊行された『世界地誌シリーズ4 アメリカ』(矢ケ崎典隆編)(以下、旧版と略記)の改訂新版として出版された。旧版の刊行から14年を経て新たに刊行された本書は、世代交代を経て新たに3名が執筆陣に加わったが、旧版と同じく12章構成としている。旧版と異なり、本書は図版のすべてをカラーとしたため、アメリカ合衆国を訪ねたことがない人にとっても地域の様子を捉えることができる内容となっている。

    2.「生活様式と生活文化」で取り上げた内容

     本書の第8章「生活様式と生活文化」では、アメリカ的生活様式、宗教の地域差、食文化、スポーツを取り上げている。旧版では生活様式と宗教に関する内容が章の大半を占めていたが、本書はアメリカ合衆国に関する読者の幅広い関心を想定して、新たに食文化とスポーツの節を設けた。

     食文化の節では、広大なアメリカ合衆国の地域ごとにみられる独特の食について概説するとともに、農業の章で十分カバーできていなかったローカルフードの重要性やファーマーズマーケットの増加について取り上げた。各地で撮影した写真を挿入し、現地の様子を伝えよう試みた。

     スポーツの節では、スポーツを「観るスポーツ」と「プレイするスポーツ」に区分して、それぞれを解説した。日本のメディアや地理教科書で取り上げられるアメリカのスポーツは、著しく前者のプロスポーツに偏っているが、本書はプレイする側の視点からアメリカのスポーツについて記しているのが特徴といえよう。ただし、紙幅の制限から十分論じきれていないことも多いのが課題である。

     3.中等教育におけるアメリカ地誌の指導内容とのかかわり:誰のためのどのような「生活様式・生活文化」か?

     世界地誌学習に関する本シンポジウムに即して考えると、日本の中学校や高等学校で地理を学ぶ生徒にとって、アメリカ合衆国の生活様式や生活文化は理解しやすくみえそうだが、知識に乏しく、実際に学ぶことが少ない内容でもある。なぜなら、これらに関して各社の教科書が紙幅を割いて説明することはほとんどないからである。例えば、アメリカ合衆国の北東部と南部と西部では一戸建て家屋がそれぞれ大きく異なるが、地誌でそれらを扱うことはほぼ皆無である。なぜなら、世界各地の特徴的な事例が優先されるため、アメリカ合衆国の住宅を取り上げて論じる機会がないからである。宗教の地域差も食文化も同様であろう。

     日本の中学生や高校生は、アメリカ合衆国の生活様式や生活文化の何に関心を持つだろうか。本書は中等教育の現場で地理を教える教員や、大学でアメリカ合衆国について学ぶ学部生の一助として企画したが、中等教育レベルで地誌を学ぶ生徒たちを将来の読者として考えると、より生活感に溢れる内容を加えた方がよかったかもしれない。発表者は自身の経験に基づいた事例を書くよう努めたが、今後はアメリカ合衆国の中学生や高校生の通学の特徴や休日の過ごし方など、様々な世代の人たちがどのような生活をしているかが伝わる内容を含めていくことが課題である。大量の情報が瞬時に入手できる現代社会において、地理で世界地誌を教える際には、数値的な特徴を取り上げるだけでなく、人々の生活や生き様に根ざした内容が求められるであろう。3億人以上の人々が住む大国での生活様式や生活文化を十数ページで解説することは容易でないが、学習指導要領にも配慮しつつ、多様な読者に関心を持ってもらうことができるアメリカ地誌の執筆を今後も目指したい。

  • 江原道太白市の事例
    兼子 純, 金 延景, 山元 貴継, 山下 亜紀郎, 駒木 伸比古, 川添 航, 橋本 暁子, 李 虎相
    セッションID: P054
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.研究背景と目的

    日本の地方都市では,その衰退が商店街の空き店舗の増加など都市中心部の空洞化として表出するが,韓国の地方都市の中心商業地では,人口が減少してもそれなりの賑わいを維持しており,都市全体が縮小する中での日韓の都市構造には違いがみられる.本研究では,炭鉱閉鎖という産業構造の転換によって衰退が指摘される,山間地域の地方都市である韓国江原特別自治道太白市を事例地域として,その中心商業地の構造を明らかにすることを目的とする.

    2.研究対象地域の概要

     太白市は,韓国の南北を貫く太白山脈の中心部にあたる標高約700-900mの高原地帯に広がる山間都市であり,韓国2大河川である漢江と洛東江の源流も存在する(コ 2023).1936年4月に設立された三陟開発株式会社により石炭採掘が開始され,鉱業所や鉄道駅,貯炭所が位置する一帯に住宅や商業地など炭鉱村が造成された(キムほか 1991).1950年の大韓石炭公社設立以降に開発が本格化し,1975年の太白線開通以降,黄池駅(現・太白駅)から石炭輸送が可能になったことで民営炭鉱が増加した.しかし,代替エネルギーの台頭,環境問題への懸念,採掘コストの上昇等により1989年から政府の石炭産業合理化政策が進んだことで,次第に炭鉱が閉鎖され,2023年に全て廃鉱となった.石炭産業の衰退によって炭鉱労働者の失業率が増加し,他地域への人口流出が進行して地域社会の高齢化が進んでいる.太白市の人口は最盛期の1987年に120,208人に達したが,2024年までに37,936人と急減している.

    3.調査方法 

     太白市の中心商業地の構造を明らかにするために,土地利用調査を実施した.調査範囲は,黄池洞の中央路を南限として太白駅まで,黄池路を中心とした約900mの商業地を設定した(図1).その範囲に立地する店舗について,業種および店舗名を記録した.限られた調査期間において作業の効率化を図るため, NAVER社のNAVER MAPのストリートビュー(NSV,2024年5月情報)を用いて現地で確認しながら(2024年8月),NSVの掲載情報と異なる店舗のみ位置,業種,店舗名および外観写真を記録した.NSV記載通りの店舗は,後日NSVを確認して記録した.

    4.中心商業地の構造

     対象地域内では631ポイントを記録した.同地域南部の黄池自由市場と黄池公園周辺が商業中心地であり,全国展開するファッションブランドの支店,携帯電話,貴金属販売など高次な店舗が立地する.人口が急減している都市にも関わらず空店舗は少ない.カラオケや飲食店など同業種の店舗が複数立地するといった韓国特有の状況も確認できる.南側は新しい業種が集中立地する一方で,駅に近い北側では伝統的な業種や判別の難しい業種の立地も目立つ.

  • 令和元年台風第19号における栃木県宇都宮市を事例として
    坪井 塑太郎
    セッションID: 417
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに

     災害発生後の被災者支援については,近年では「行政」が公的支援を,「社会福祉協議会」が災害ボランティアセンター(以下:災害VC)の運営窓口を担い,さらに,多様な社会的ニーズへの対応を行う「非営利活動組織(NPO)」を含む民間セクターをあわせた「三者連携」による体制により,早期に情報共有会議と対応が実施されるようになってきている。このうち,NPOを含む民間セクターについては,法人格を持つNPOに限らず,自主ボランティア組織や自治会,商店会,学生団体,民間企業等が参画する「多様な主体の連携」による支援取組みもみられ,これらは「市民社会組織(Civil Society Organization:通称「CSO」)として被災者支援を担う新たな形態となってきている。本研究では令和元年(2019年)台風第19号で被災した栃木県宇都宮市を事例として,「支援組織」と「被災者」の双方から検討を試み,CSOによる拠点型の支援体制の構築と推進にあたっての成果と課題を明らかにすることを目的とする。また,被災住宅の位置情報をもとに地理空間からの分析を試み,その意義についても併せて検討を行う。

    2.栃木県域NPO中間支援組織による被災者支援対応

     栃木県では,2015年に発生した「関東・東北豪雨」による被災を契機に県域での災害ボランティア活動の支援体制構築を目的に2018年より検討会による協議が開始された。同会により支援体制のあり方や方針の整理は行われていたものの,令和元年台風第19号(2019年)の発災時点では,策定に至っていない中,官設民営の県域NPO中間支援組織「とちぎボランティアNPOセンター(ぽぽら)」が事務局となり,発災から4日後の10月16日に「がんばろう栃木!情報共有会議」(第1回)が開催され,支援団体間の情報共有を目的として翌年2月までに計6回開催された。

    3.宇都宮市社会福祉協議会・CSOによる被災者支援対応

     宇都宮市の災害VCの設置・運営を担う宇都宮市社会福祉協議会は,発災翌日の2019年10月13日より始動し,資機材の準備のほか,ボランティアを受け入れるための駐車場や受付場所の検討が行われた。同月16日に同協議会建物前の敷地(まちかど広場)に災害VCが開設されたが,依頼件数に対するボランティアの受付件数が不足していたほか,市内の被災集中箇所が「東部」と「西部」に分離していたことから,同地域への対応に向けたサテライト設置の準備が進められた。また,宇都宮市におけるNPO・市民社会組織による被災者支援の対応は,「特定非営利活動法人とちぎボランティアネットワーク」が連結軸となり,同NPOに連関する複数の市民社会組織より「うつのみや暮らし復興支援センター」が組織され,自発的な炊出しや訪問支援が実施された。

    4.拠点型支援・災害記録の成果と課題

     災害VCの受付場所と被災地間でやや距離を要した本災害では,被災地内の民間施設等に「支援拠点」が設置されたことで支援の効率化が図られた。また,本研究で実施した被災住宅の位置情報を用いた災害記録の空間分析は,状況認識の共有等に有用性を持つ一方,研究倫理を踏まえた許諾承認のための方法論の確立も求められる。

  • 高野 誠二
    セッションID: S701
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに

     日本では近年,キャンピングカーの普及が進んできている.高齢者や小さな子供,障碍や病気を抱えている人,ペットといった通常よりもより配慮が必要となる同道者であっても一緒に旅に出やすい,新たな旅の移動手段としての期待がある.また,度々の自然災害にあたって避難所における生活の質の向上の必要が指摘されてきたが,その解決策の一つとして,プライバシーが確保できるとともに外部に頼らない自己完結型の避難生活をしやすい装備として注目されてきている. 世界においてキャンピングカーの普及が進んでいるのは米国と欧州であるが,日本と大きく様子が異なるのがそのトイレである.本発表では,その要因を探る中でトイレを巡る環境の違いや,日本におけるキャンピングカーの今後を展望していく.

    2.キャンピングカーのトイレの違いとその要因

     キャンピングカーに標準的にトイレが装備されているのは米国と欧州でのことである.米国での主流はブラックタンク式という固定式の大容量の汚物タンクを供う水洗トイレであり,ホースを繋げてダンプステーションにて自然流下で排水する.欧州ではカセット式という固定式の水洗トイレが主流で,汚物タンクのみ取り外して運び出して空にする.これに対して日本では,固定式トイレを設置しているのはごく少数であり,トイレが無い状態だったり,可搬式で非固定のポータブル式と呼ばれる汚物タンク直結型のトイレを,必要に応じて積載する利用形態が多い.米国では,道路が広く走りやすいため大きな車両サイズに抵抗感が薄いので十分な車内スペースを確保しやすく,広大な国土や自然公園に付属のオートキャンプ場が多く存在するために長旅となりやすい一方で,高密度での公衆トイレを期待しづらい人口密度の低い国土であることと,ブラックタンク式トイレには必須となるダンプステーションや各駐車区画にて電源と上下水接続が可能となるフルフックアップ型オートキャンプ場が既に多く存在するからこそ,ブラックタンク式へのニーズが高いと考えられる.欧州ではロングバケーションの普及が長旅へとつながり,車内設備の充実へのニーズが高くなると考えられる.これに対して日本では,道路事情から小さな車両サイズが好まれ,長期休暇も取りづらいことから比較的短期の旅となり,トイレは公衆トイレをあてにして済ませる発想が生まれる.国土交通省が認定する道の駅や,高速道路事業者が設置するSAとPAといった,統一的な指針によって設置されたトイレならばその質や使い勝手が想定しやすいことも寄与している.そして重要な要因として,トイレに関する治安の違いが挙げられる.ただでさえトイレは犯罪の場となりやすいことから,キャンピングカー旅の不慣れな旅先で夜暗い中一人で車外に出て人気の無い公衆トイレを使うことの抵抗感は,治安の良さを常にあてにできるわけではない欧米では非常に大きいと考えられる.このようにキャンピングカーのトイレ事情は,それぞれの国の地理的・社会的状況に合うものとして,違いが生じている.

    3.まとめ:日本でのキャンピングカーのトイレをめぐる今後

     日本で主流のキャンピングカーは外部施設に頼ってトイレ設備を省略することで,狭い車内スペースの有効活用や低価格化を達成している.一方でこの状況はいわゆる日本のガラパゴス化の一例として,生産量の多い欧米のキャンピングカーの日本への輸出販売を今後も阻害していく可能性がある.これはつまり,大量生産でコスト安く製造される欧米のキャンピングカーへの日本の消費者からのアクセスが限られてしまうことでもある.避難所の代替機能に注目するならば,災害時には市中のトイレも被災するために外部施設のトイレに頼る発想は機能しない可能性が高く,トイレ無しのキャンピングカーが普及しても解決しかねるものとして,トイレの問題が残ることは注意を要する.

  • 花田 心吾
    セッションID: 307
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    Ⅰ はじめに遠賀川は福岡県を流れる一級河川であり,北九州市や流域自治体の主な水源となっている.遠賀川流域は,かつて筑豊炭田として栄えた歴史を持ち,選炭する際に使った微粉炭が含まれた水がそのまま河川に流出し水質を悪化させていた.その見た目から遠賀川は「黒い川」や「ぜんざい川」と呼ばれていた.これらは,特別鉱害復旧臨時措置法(1950)による浚渫などの復旧事業により回復してきた.しかし,現在でも流域内には多数の採掘坑跡や選炭の際に残った岩石や粗悪な石炭を積み上げたボタ山が残されており,そこからの流出水の影響が河川にあると考えられる.そこで本研究では,流域内本流と支流約80地点での採水および分析を行い,流域の河川水の主要溶存成分の組成および濃度,その空間分布の特性を明らかにすることを目的とした.その際,影響を及ぼしている可能性のある石炭の採掘坑跡やボタ山などに注目した.Ⅱ 研究方法2021年8月~2023年6月に,2か月に一度流域内で網羅的に選定した約80地点で採水を行った.現地では気温,水温,pH,RpH,電気伝導度(EC),CODを測定した.研究室ではTOC,ICの測定,イオンクロマトグラフィー分析により主要溶存成分の測定を行った.また,水質組成に特徴があった地点周辺の現地調査を2025年2月に行った.Ⅲ 結果と考察イオンクロマトグラフィー分析の結果からA~Dの4グループに分けることができた(図1・図2).AグループCa-HCO3型でECが比較的低く,ほとんどの地点がこのAグループに該当する.BグループNa-Cl型でECが比較的高く,河口に近い地点と一部山間部に分布する.Cグループは,Ca(Na)-SO4(HCO3)型でECが比較的高い.陰イオンがHCO3型であってもSO4も高い. DグループNa(Ca)-HCO3型でECが比較的高く,渇水期に散発的にみられる. Cグループの付近にはかつて炭坑があったことが確認できる.Cグループの2地点の付近の炭坑跡から湧出する赤い水のECは,最低でも1000μs/cm以上で,イオンクロマトグラフィー分析からCグループと同じCa(Na)-SO4 (HCO3)型であることがわかった.山下(1989)により坑道の中の水にSO4が多く含まれると報告されており,閉山後50年以上経った今でもそれが河川まで影響を及ぼしていると考えられる.

  • 河本 大地, 宮原 育子, 鈴木 比奈子, 新名 阿津子
    セッションID: S201
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.ジオパークとは

     私たち人間を含む生き物は,ジオ(geo)を暮らしの基盤にしている。ジオは,地理学(geography),地質学(geology),地形学(geomorphology)などに用いられる接頭語で,大地や地球,土地,地面などを表す。ジオパークは,地形や地質,岩石,土壌,水や雪氷,気象・気候といった地学的基盤を指すジオを,楽しくわかりやすく見せようとしている公園(park)であり地域である。

     ジオパークには現在,ユネスコ世界ジオパーク(UNESCO Global Geopark)と,その各国・地域版(日本では日本ジオパーク)がある。ユネスコ世界ジオパークは,「国際的な地質学的重要性を有するサイトや景観が,保護・教育・持続可能な開発が一体となった概念によって管理された,単一の,統合された地理的領域」と定義されている。2004年から2015年まで,世界ジオパークネットワークが認定する「世界ジオパーク」があった。この活動が,2015年11月17日の第38回ユネスコ総会において世界遺産などと並ぶユネスコの正式事業になり,名称がユネスコ世界ジオパークに変更された。

     日本ジオパークは,日本ジオパーク委員会が認定する国内版のジオパークである。ユネスコ世界ジオパークの定義から「国際的な」を外した定義を用いている。

     2025年7月現在,ユネスコ世界ジオパークは50か国229地域,日本ジオパークは47地域ある(うち10地域はユネスコ世界ジオパークにも認定)。

    2.日本地理学会とジオパーク

     100年前にあたる1925年の『地理学評論』を紐解いてみよう。そこには,山口県の「秋吉台の地史と地形と地下水」や,兵庫県の玄武洞付近の地形について記した論文が掲載されている。同年に発生した北但馬地震や,1923年に発生した関東大震災にかかわる論文もある。当時から,現在のジオパークにも通じる切り口の研究がおこなわれていたことがわかる。

     とはいえ,日本地理学会100年の歴史の中で、ジオパーク対応委員会(2008年~)の蓄積は浅い。しかし日本ではgeoparkの訳を中国や韓国で用いられる「地質公園」ではなく「ジオパーク」とし,人文社会系と自然系とにまたがる地理学関係者が,地域・自然の姿の解明・読解や教育,防災・減災,観光・地域づくりなど多方面で重要な役割を果たしてきた。当委員会でも数々のシンポジウムや巡検等を企画実施してきた。

     この機にジオパークと地理学の関係の「来し方」を振り返るとともに、100年後の世界に向けた「行く末」について議論したい。まず,日本におけるジオパークの経緯とジオパーク対応委員会の取組を振り返る。次に,「ジオパーク」という仕事において地理学的視点が果たす役割について,防災教育実践や離島での実践をふまえた報告をおこなう。さらに,ユネスコ世界ジオパークの審査と地理学とのかかわりを議論する。最後に,以上をふまえた意見交換をおこないたい。

  • 今野 明咲香, 山下 滋映
    セッションID: P027
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに

     桶ヶ谷沼は磐田原台地を開析する谷底に立地し,ベッコウトンボなどの希少な動植物が生息していることから,県立自然環境保全地域に指定されるとともに,桶ヶ谷沼ビジターセンターの活動を中心に「トンボの楽園」として県民に親しまれている(磐田市教育委員会,1975).しかし,その生息基盤となる桶ヶ谷沼に関する地形・地質的な調査は桶ヶ谷沼周辺環境整備基礎条件調査報告書(1988)以外には見当たらず,その変遷を調査することは希少な動植物を保全するためにも重要であろう.本研究では,まず桶ヶ谷沼がいつから存在したのかを明らかにすることを目的に,空中写真から過去約60年の水域の変化とその要因について検討した.

    2.調査方法

     調査方法は,1962年から2020年の10時期の空中写真をもとに桶ヶ谷沼水域とその周辺に存在した水田の判読を行い,両者の面積をArcGISで算出した.さらに,桶ヶ谷沼の集水域を特定するために,基盤地図情報から5mDEMを用いて等高線図を作成した.また,水域面積と降水量との関係を把握するために,桶ヶ谷沼周辺の5か所のアメダス観測点(磐田,天竜,三倉,掛川は1983年以降,浜松は1962年以降のデータを使用)の年降水量を使用した.

    3.結果と考察

     図に示す桶ヶ谷沼水域面積と水田面積の推移を見ると,1962年から1970年までの水域は現在の面積と比較して非常に小さく,この期間は水田面積の方が水域面積よりも大きかった.その後1974年以降は水域が急激に拡大し,それと同時期に水田が確認されなくなった.このことから,桶ヶ谷沼の周辺の水田は桶ヶ谷沼から水を引いていたため,水田利用の終了とともに水域が拡大したと考えられる.また,1983年から1988年にかけても水域の減少が認められるが,これは東名高速道路の建設に伴い,集水域内で大規模に切土されたことが影響していると推察される.

     2001年以降は水域が一定速度で拡大する傾向が認められる.磐田市役所の職員への聞き取りによると,桶ヶ谷沼の保全のために2001年より地下水をポンプで汲み上げて注水しているとのことであり,水域の拡大はこれが大きな要因であると考えられる.桶ヶ谷沼周辺の5か所のアメダス観測点の年降水量を見ると,年毎に大きな変化は認められなかった.さらに,1988~1990年の降水量は他の年に比べて多いにも関わらず,この間の桶ヶ谷沼の水域面積は減少していた.このことから,桶ヶ谷沼のような比較的小さい集水域では,水域面積の変化への降水量の影響は大きくないと考えられる.そのため,1990年以降の水域の拡大の最も大きな要因は,保全のための地下水の注水であると考えられる.周囲の土地改変などの影響を考えると,地下水の汲み上げがなかった場合,1990年以降水域はさらに縮小し続けた可能性がある.

    4.まとめ

     以上のように桶ヶ谷沼の水域が人為的影響によって,縮小・拡大してきたことが明らかになった.現在は希少なトンボの生息地として保全されているが,水田利用時またはそれ以前から生息していたのか等,より詳しい変遷を考察するには,水田を含む広義の水域がいつ頃から存在したのかを検討する必要がある.今後は桶ヶ谷沼地内でのボーリング調査を行い,より古い年代の水域変化についても検討したい.

    引用文献

    磐田市(1988)「S62年度桶ヶ谷沼周辺環境整備基礎条件調査報告書」

    磐田市教育委員会(1975)「磐田市桶ヶ谷沼およびその周辺の自然環境調査報告書 」

  • 鈴木 比奈子, 高場 智博
    セッションID: S202
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.背景と目的

     日本に初めてジオパークが誕生して17年,日本各地のジオパークにおいて地理学を背景に持つ専門員や関係する研究者の存在感が日に日に増している.ジオパークでは,地域における地球の理解を深めることで,過去を知り,未来へ繋ぐ,持続可能な地域づくりの推進が活動の柱である.それらを活用し,持続可能な地球資源の利用,気候変動の影響の緩和,自然災害関連リスクの軽減など,社会が直面する重要な課題への認識と理解を深めることが活動の目的である(UNESCO,2025).特に自然災害は,日本で最初の世界ジオパークである洞爺湖有珠と島原半島が自然災害との共生を掲げており,日本から世界のジオパークに波及していった分野である.地域づくりや自然災害は,地理学が得意なテーマであり,特に近年のジオパーク活動においては,地理学的な視点がますます不可欠なものとなってきている.そこで本稿では①地理学の専門員の実際活動状況,②自然災害の痕跡の保全と伝承を題材に,ジオパークにおける地理学的な視点の有用性について議論する.

    2.地理学専門員の役割:五島列島Gpの例

     ジオパーク専門員は,明確な定義はないが求められる能力は地球科学の専門性であり自然地理学も含まれる.また活動の推進には,地域の総合的な理解や文化財の保全・活用,観光も含まれるため,人文地理学の専門知識も要する.次に五島列島Gpの地理学専門員の活動の実態を例に,地理学分野の人材の働きを紹介する.五島列島Gpは2022年1月に日本ジオパークに新規認定され,2025年7月時点で,地理学専門のジオパーク専門員が2名在籍している.業務内容は,学校や社会教育における講座,YouTubeやラジオなどの広報周知,イベントの実施,拠点施設展示作成,大学教員との連携,保全活動,ジオガイド養成,ツアー造成など,多岐に渡る.また,個々の業務では,実践者とあるとともに,企画調整をおこなうコーディネーターとしての役割が求められ,行政組織や地域住民との横断的な調整能力を要する.例えば地域の名産品を一つとってもそこには地形・地質,歴史,人の営みがあり,それらを俯瞰し伝えることができる.地理学的教育によって得られる視点であり,技術でもある.

    3.自然災害現象と伝える役割:栗駒山麓Gpの例

     ジオパークでは,自然災害の現象の痕跡や被災した遺構などの自然災害の現物を取り扱っていることが多く,それらを保全し,伝承するためにジオパークという手段をとった地域も少なくない.国内で災害に関わるジオサイトを持つ地域は半数以上に上り,まさに災害アーカイブとしての役割を担っている.栗駒山麓Gpでは,2008年岩手・宮城内陸地震の痕跡である荒砥沢地すべりの地すべり地形をジオサイトとして保全している.東京ドーム54杯分の土砂が移動した状況はダイナミックな地球の営力を体感できる場所である.一方で,地すべりは攪乱の役割を担い,生態遷移を促す現象でもある.ブナと人工林のスギで極相化していた地域は,ケヤマハンノキをはじめとした二次林の植生に移行しつつあり,地すべりの荒々しさは自然な植生の回復によってわかりにくくなっている.自然物を対象にしている以上,徐々に風化が進みやがてそこにある自然の姿に戻っていくが,この一時の姿をどのように伝承し,自然の営力の一つの形であるかを伝えるかは,人と自然の関わりを専門としてきた地理学の複合的な知識が求められる.

    4.ジオパーク活動における地理学的視点

     ジオパークは,気候変動や自然災害,その影響,持続可能な生活の重要性に対する認識を高め,地域住民や観光客に行動を促すための教育ハブとしての役割を果たし,その地質学的特徴や知識を活用し,地方自治体などの地域社会と協力しながら,自然災害への備えや回復力の強化につとめるとされている(中田,2025).現在では,より一層,地球上の事象の空間的な分布を扱う地理学の視点が不可欠である.地域のもつ力をつなげる役割を地理学は担えるのではないだろうか.

    参考文献

    ・UNESCO(2025)ユネスコ世界ジオパークhttps://www.unesco.org/en/iggp/geoparks/about?hub=67817

    ・中田節也(2025)自然災害に対するジオパークの考え方と世界の動向,JpGU2025,O09-01.

  • 山口県下関市を事例に
    宋 弘揚
    セッションID: 606
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに 

     近年,在留外国人の増加や,気象災害の激甚化などといった理由で,外国人を含む災害時要援護者に配慮した防災対策の推進がますます重要になっている.地方自治体や地域国際化協会,NPO団体などによる外国人に対する防災教育や多言語による情報提供などの取り組みが進められてきた.また,少子高齢化が進展し,外国人の持つ「共助力」の可能性も無視できなくなっている中,多文化共生と防災のまちづくりの推進が求められている.一方,外国人を交えた地域防災対策に地域的差異が存在している.

     そこで,本研究では,外国人散在地域である山口県下関市を取り上げ,地方自治体が主体となり取り組んでいる「多文化共生のための防災訓練」の成果と課題を整理し,地域における包括的な防災対策の在り方について考察する.

    2.研究方法と研究対象地域

     研究目的を達成するために,多文化共生のための防災訓練を主催した下関市国際課および同防災訓練の運営に携わった地域のボランティア団体で日本語教育に関わる者に対して,インタビュー調査を実施した.研究対象地域の下関市は,在日韓国・朝鮮人を中心とした特別永住者が大半を占めていたが,特別永住者の高齢化とともに,留学生や技能実習生などを受け入れることによって,在留外国人の様相はオールドカマー中心型からニューカマー中心型へと移り変わっており,今後もその変化が持続すると予想される.

     また,同市は外国人住民が安全で安心して暮らせる地域づくりや,地域の住民と外国人住民が,共に地域社会の構成員として多様性を活かした豊かな地域づくりを推進していく多文化共生社会の実現を目指すために,「下関市多文化共生・国際交流推進計画2021~2030」を策定した.同計画の施策目標のうち,防災に関連したものに関して,防災訓練の参加促進,防災意識の醸成,情報の多言語提供,災害時に外国人を含む地域住民の安否確認,情報伝達,支援体制の整備,顔が見える関係づくりなどが挙げられる.

    3.多文化共生のための防災訓練の開催 

     下関市では,地域住民と外国人住民が一緒に防災訓練を行い,顔が見える関係づくりを行うことで,災害時における「共助」の意識を持ってもらうことなどの目的のもと,2023年度と2024年度において,1回ずつ多文化共生のための防災訓練を行った.

     2023年度の防災訓練は,市内彦島N地区自治会の協力のもと,外国人住民約20名と自治会(地域住民を含め)約30名が参加した.防災訓練には,防災講座(外国人住民向けと自治会向け),救命訓練,炊き出し,消火器訓練,段ボールベッド設営体験,振り返りなどの内容があった.同防災訓練の特徴として,国籍を問わず,地域住民が一緒に取り組んでいたことが挙げられる.

     2024年度の防災訓練は,市内C地区まちづくり協議会の協力のもと,外国人住民26名と同協議会11名が参加した.防災訓練には,避難所についての講座,AED訓練,非常食体験,段ボールベッド設営体験,振り返りなどの内容があった.前年度に比べ,地域の実情を熟知する防災士による講座があった一方,外国人住民と日本人住民が共に取り組むプログラムが少なかった.

    4.成果と課題 

     下関市において,地方自治体による2回の多文化共生のための防災訓練の成果として,当該地域に住む外国人住民にとって,防災訓練の参加促進,防災意識の醸成,顔の見える関係の構築などといった成果が一定程度みられた.

     一方,課題として,市庁内の横断な連携体制の強化,自治会等の地域組織の多文化共生への理解の普及,一時的ではなく継続的な取り組みの推進,より多様な属性の住民の参加促進,誰もが主体的にまちづくりに参加する機会の提供,コミュニティ全体の防災機能の強化などが挙げられる.

  • 張 紅
    セッションID: 636
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    Ⅰ はじめに ペンションは1960年代に日本に導入され,観光地における多様な宿泊形態の1つとして発展してきた.それをめぐる研究として,近年,鈴木(2015)は,観光需要や地域社会との関係の変化に着目し,経営スタイルの多様化とそれに対応する経営者の戦略を分析した.また,吉沢(2022)は,外国人経営者の増加という新たな傾向を指摘している.本研究はこれらの先行研究を踏まえ,山形県上山市の蔵王ペンション村を対象に,経営者の継承構造と経営戦略に着目して,蔵王ペンション村の変遷を明らかにすることを目的とする.使用したデータは,2025年2月と4月に行った現地土地利用調査と景観観察,およびペンションのオーナーに対する直接的(6軒)/間接的(5軒)の聞取り調査結果である.Ⅱ 事例地域の概要蔵王ペンション村は山形県上山市に所在し,上山市と山形市の境界をなす酢川左岸,標高730〜747mの地点に立地する.夏は冷涼でエアコン不要だが,冬季は積雪が多い.1980年代,全国的にペンションの経営指導を行っていたペンション・システム・デベロップメント(P.S.D.)の主導により開発された.当初は山形市蔵王地区に建設希望だったが,地元の土地売却の拒否により,上山市側に計画地が移された.現在は11軒があり,建物はワインレッドの校倉造で統一されている.3km圏内に蔵王温泉街,スキー場,樹氷,お釜などの観光資源が集中し,各ペンションは蔵王温泉観光協会に加盟し,観光に強く依存している.交通アクセスは限られており,宿泊客は自家用車利用者が中心で,送迎サービスを行う施設もある.Ⅲ 継承構造の多様化現在,蔵王ペンション村におけるオーナーの世代構成は,初代が1軒,2代目が7軒,3代目が3軒である.多くの交代は高齢化が契機であり,自動車依存の生活や設備投資負担,気候への不適応などが離脱要因となっている.2011年と2013年に2軒が世代交代し,以降,コロナ禍前の2019年に1軒,コロナ禍直後の2024年から4軒が交代した.現オーナーは脱サラ,転職転業,蔵王の魅力に惹かれて参入するなど動機は多様であり,前オーナーとの関係を持たない事業継承が大半を占める.不動産仲介を通じた取得が一般的であるが,元宿泊客による取得や親子継承もある.現オーナーや居住者の年齢層は30~70代で,山形県出身者が多く,他に滋賀県,京都府など,中国大陸,台湾,スイスなどの出身者も含まれる.多くは当地に生活拠点を移しているが,近年参入した2軒は県外からの投資で常駐せず,副業として経営しており,さらに1軒は居住目的である.これにより,地域内ではペンション村の持続性に対する懸念も生じている.Ⅳ 経営戦略の多様化蔵王ペンション村は蔵王観光に強く依存しており,稼働率は蔵王全体の観光客動向と連動している.特に冬季(1〜2月)はほぼ満室となり,外国人観光客が全体の3〜5割を占める.一方,グリーンシーズン(3〜12月)は稼働率が下がり,主に県外からの国内観光客が中心となる.外国人経営者は国際的な予約サイトの活用に積極的で,言語対応や異文化理解にも強みを持ち,冬季にアジア系を中心に多様な客層を受け入れている.しかし,国内における人脈の弱さや情報発信力の限界から,閑散期のグリーンシーズンの集客には課題を抱えており,冬季に依存した経営構造となっている.対照的に日本人経営者は,マナーや言語面での問題も踏まえ,通年で訪れる国内客,特にリピーターの獲得を重視している.コロナ禍を経験した施設ほど,この傾向が強い.集客においては,宿泊・飲食・送迎といった基本サービスの徹底に加え,各オーナーが特技や趣向を活かした体験型サービスを提供している.特に地域に長く定着している日本人経営者によって有効に展開されており,新規参入の外国人経営者も異文化を活かした取り組みに挑戦している.村全体では20年以上にわたり,初代経営者S氏を中心に初夏にオープンガーデンが開催されており,これは集客だけでなく新規参入者を呼び込む手段としても機能している.また,若年層の経営者は満室を目指す傾向がある一方で,高齢の経営者は自身の生活リズムや静かな環境を重視し,意図的に稼働を調整するケースが見られる.Ⅴ おわりに 蔵王ペンション村は微妙な立地条件にあることから,蔵王観光に強く依存しつつも,各オーナーがそれぞれの特技を活かして集客を図っていることが分かった.また,コロナ禍を挟んで世代交代が頻繁に行われ,外国人経営者が増加する一方で,従来の職住一体型の経営から,職住分離型あるいは住のみのスタイルへと移行するケースも増えており,ペンション村全体としての多様化が進む中,その存続が懸念されるという課題も明らかとなった.

  • 岡田 一弥, 山田 周二
    セッションID: P002
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    日本は,山地が多く尾根や谷が複雑に発達しており,地形の概形を把握することは困難な場合が多い.そこで地形の概形を把握するために接峰面というものが考案された.接峰面とは山頂に接する仮想曲面で,原地形を示すと考えられたこともある(岡山 1988).接峰面作成法としては,方眼法,埋谷法,復旧法が用いられてきたが,包含内の最高点が山地斜面や尾根にあった場合,それらの点の間の標高地を補完する内挿という方法を用いて作成されるため,地表面を下回るような接峰面になる可能性がある.そこで本研究では,新たな接峰面作成方法「山頂抽出法」を提案し,従来用いられてきた方眼法を取り上げ,作成された接峰面と,その接峰面から地表面を差し引いて谷の深さを算出し,両手法により作成された接峰面と谷の深さを比較した.

     方眼法は格子内の最高点を抽出し内挿することで,仮想曲面を構築する手法である.一方,山頂抽出法は,ある大きさの円内で中心が周囲より高い点を山頂とみなし,抽出された山頂の点を内挿し,山頂に忠実な曲面を構成する.本研究では,フォーカル統計を使用し,100m・500m・1000mの半径3種類の円で解析を行った.なお方眼法ではブロック統計を使用し,山頂抽出法と解析範囲を合わせるために,200×200m・1000×1000m・2000×2000mの3種類の方眼で行った.

     山頂抽出法では半径が1000m,方眼法では2000×2000mの解析範囲の場合,両手法とも谷を覆う平面的な接峰面が得られ,最

    大で深さ900~1000mが観測された.しかし範囲を狭くすると,方眼法では斜面や谷間の高地が最高点として抽出されやすく

    なり,接峰面が地表面を下回る「谷の深さが0未満」の値も多く出現した.一方,山頂抽出法を用いた場合,山地斜面や谷にポイントが抽出される割合は小さく,谷を覆う接峰面が安定して形成され,谷の深さも一貫して大きかった.特に山頂抽出法では半径が100m,方眼法では200×200mの解析範囲の場合,方眼法は谷地形を残す曲面となる一方で,山頂抽出法は谷をほぼ完全に埋める接峰面を描いた.

  • 民間団体と行政の取り組みの差異と協働に注目して
    本多 一貴, 野村 勇輔, 小林 哲也, 張 琦
    セッションID: P043
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.研究課題 

     本研究は,1945年8月に埼玉県熊谷市であった熊谷空襲についての慰霊・継承活動の目的と内容を,活動の実施主体別に分析し,空襲の慰霊・継承活動と空襲を受けた地域熊谷市がどのように関連付けられてきたのかを考察し,熊谷市において空襲の歴史がどのように継承されてきたのかを明らかにする.これまでに実施されてきた熊谷空襲の慰霊・継承に関する主な活動の目的や内容,時期の情報については,活動の実施主体への聞取りのほか,熊谷市議会議事録,熊谷空襲の体験談をはじめとした出版物,新聞記事から取得し,それらの活動を民間団体単独によるもの,行政単独によるもの,民間団体と行政が協働したものに分けて分析する.なお,熊谷市外でも熊谷空襲関連の活動は展開しているが,本研究では主に熊谷市内での活動を対象とする.さらに,資料等の制約上,過去に実施された全ての活動を網羅的に扱うことは困難であり,分析の対象は現存する構造物や物品,現在まで継続しているイベントが中心となる.

    2.「熊谷空襲」の概要

     埼玉県熊谷市は第二次世界大戦の終戦前日の1945年8月14日午後11時23分から翌15日午前0時39分にかけて,米軍による空襲を受けた.89機の爆撃機により焼夷弾8,084発(593.4t)が投下され,266人が犠牲となった.この「熊谷空襲」により,熊谷市は埼玉県内で唯一の「戦災指定都市」に指定された.

     空襲で面積の74%が消失した熊谷市街地には,2025年現在も空襲にあったケヤキの木や弘法大師像,石灯籠などが現在も遺構として残されているほか,戦後に慰霊を目的とした地蔵や銅像慰霊塔などのモニュメントもつくられた.さらに,市街地中心部を流れる星川においては,戦没者の慰霊を目的として,毎年8月16日に「星川とうろう流し」が実施されている.

    3.慰霊・継承活動の展開

     2025年現在も継続する熊谷空襲に関する主な慰霊・継承活動として抽出した活動のうち,遺構の保存を除くと,最古の活動は1950年に開始された星川とうろう流しであった.また「戦後40年」となった1980年代後半以降,慰霊を目的とした活動以上に継承を目的とした活動が活発化した.特に,行政によるイベントの実施が目立ち始め,行政は職員によって業務のなかでイベントを実施できることから,高齢化による担い手不足の影響を受けにくく,民間団体に比べて安定的に活動を継続していた.さらに,近年の世界情勢から,熊谷空襲の慰霊・継承にとどまらず「反戦」を主題とし,熊谷空襲と海外で現在進行中の戦争・紛争を関連付けて活動を展開する団体もある.

     戦争は基本的に国家単位で展開されるが,現在,戦争に関する慰霊・継承活動の実施状況には地域によって異なる.前述の活動についても,被害のあった地域でなければ実施しにくいものは,実際に熊谷空襲で犠牲となった人々の慰霊や,空襲により焼けた構造物等の保存といった空襲を受けた歴史を教材化することが想定される.他方,空襲の体験談を直接または書籍・映像を介して語ることや,軍服や日の丸旗といった空襲を経て残存する軍用品や日用品を展示すること,市として非核平和都市宣言をすることについて,いずれの地域でも展開可能である.さらに,一部の慰霊式典やモニュメントは市内であっても空襲を受けていないところで実施・設置されていた.しかし,「戦災指定都市」である熊谷市内で実施することは,政治的思想の有無や程度に関わらず「反戦活動」を展開に向けて,その主張に説得力を与えていると推察される.熊谷市におけるこれらの活動は,永続的な「平和な日本」のために,空襲を受けた地域に課された「戦災指定都市」としての役割を果たす実践と位置づけられる.

     熊谷市において,民間団体による慰霊・継承活動は,主に空襲体験者本人またはその体験を聞いて育った子世代による「記憶の風化」への懸念から始動していた.しかし,彼ら/彼女らが高齢化するなかで活動の継続は困難になっていた.他方,行政による慰霊・継承活動は,民間団体による活動の困難化が顕在化し始めた1990年前後から開始されたものが多く,民間団体による活動を代替するものと考えられる.しかし,行政という立場上,戦争や死に関わる事象に対する政治的・宗教的側面への配慮が求められ,今後行政が全ての慰霊・継承活動を運営していくのは困難である.また,従来こういった活動は民間団体と行政がそれぞれ単独で実施する傾向にあったが,2010年代以降,行政が整備した遺構の解説板が民間団体の戦跡めぐりに活用されたり,星川とうろう流しの実施にあたって行政から民間団体への補助や,民間団体の働きかけによる市内小学校副読本への記述追加など,民間団体と行政の協働的な実践も始動している.このように慰霊・継承活動を継続するために,新たな形態が模索されつつある.

  • 地理学的視座からの海岸保全の重要性
    宇津川 喬子
    セッションID: 349
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    昨今,低緯度島嶼域で発生している海岸侵食は,温暖化をはじめとした気候変動にともなう現象というイメージが強い.しかし,温暖化が注目される以前から内陸~沿岸で行われてきた人間活動(主に開発事業)の影響にはあまり焦点があてられない傾向にある.海岸侵食には,防波堤や護岸,養浜など海岸工学的な対策の普及が進むが,そもそも島嶼それぞれの地形や気候,水文などの自然条件やこれまでの土地の利活用,総じて風土を理解した上で適切な対策を講じなければ,世界的に一様な景観を生み,かつ場当たり的な対策となってしまう.このことはSDGsの理念にもそぐわず,地域的な特性を総合的に認識する意識は学術的・社会的にも弱いと言わざるを得ない.

    本発表では,海岸侵食およびその対策が社会問題となったニューカレドニアのアンスバタビーチを例に,現地での観察および歴史的な地理写真を基に海岸景観の変遷を報告し,自然・人文両地理学的な視点からの海岸景観の評価と対策の必要性を強調する.

  • 長田 強志, 森島 済
    セッションID: 346
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    はじめに近年,日本の森林において,温暖化を背景とする林分構造の変化が確認されてきている.特に植生の移行帯(エコトーン)では,その影響が可視化されやすく,北海道の汎針広混交林において,気温の上昇や降水量の増加,降雪量の減少,林冠に達した針葉樹の風倒を要因とした広葉樹の増加が報告されている(Hiura et al. 2019).このような報告は,北海道の汎針広混交林を対象としており,本州の山岳に分布する針広混交林において,北海道と同様の現象が確認できるかは不明である.山岳域の植生は,水平的な植生配列を持つ地域と比較して,地形的な要因が強く関わっていることが指摘されており(Whittaker1960, Odum 1983),斜面方位などによって樹種のすみ分けが発生している側面もあることから,本州の山岳に分布する針広混交林の時間的変化を議論する際には,まず,対象地の植生と地形との対応関係について検討をおこなう必要がある.本発表では,栃木県奥鬼怒地方の手白山北西斜面を対象として,温暖化の影響が顕著になる1980年以前における植生と地形との関係を検討した. 方法林分構造を把握するためにおこなった空中写真判読には,国土地理院で入手可能な最も古いカラー空中写真(撮影日 1976年10月6日,縮尺 1万5000分の1,解像度 1270dpi)を用いた.判読によって得られた樹木の種別(針葉樹,広葉樹)と位置情報のデータを標高50mごとに整理し,各標高帯における単位面積当たりの針葉樹と広葉樹の比率を表した.日光地方の山岳において,地形による日射量の差は,植生のすみ分けの要因となる(織戸・星野 1997).この点を考慮するために,5mDEMから1976年の年間日射量と,日射量に影響する地形情報(方位,傾斜量)を取得した.判読で得られた樹種(針葉樹,広葉樹),位置情報のデータと地形データをオーバーレイすることで,樹木の生育位置と地形との関係を考察した.さらに,作成した日射量図上に50mメッシュを354箇所作成し,メッシュ内の年平均日射量と針葉樹比率との関係を400kWh/㎡ごとに検討した. 結果と考察空中写真判読によって,手白山北西斜面内に計5154本の樹木を識別した.うち針葉樹は3670本,広葉樹は1484本である.1976年における手白山北西斜面は,標高毎の針葉樹,広葉樹の比からみると,標高1350m-1400mで針広混交林的な様相を示し,標高が上昇するにつれて,針葉樹林的な林相に変化している.北西斜面内の小規模な方位(NW, N, W, SW )に生育する樹木を比較すると,斜面下部(1350m-1550m)では,SW, W, NW, Nの順に針葉樹が増加し,広葉樹が減少する.一方で,斜面上部(1600m-1850m)は,N, NW, W, SWの順で針葉樹,広葉樹のどちらも本数が増加する.このことは,日射量による植生への影響が標高によって異なることを示している.50mメッシュ内の年平均日射量と針葉樹比率との関係を分析すると,斜面下部である標高1400mから1600mで日射量が大きくなるほど針葉樹比率の平均は低下し,広葉樹は増加する.特に日射量2400kWh/m2以上では,この傾向が顕著となる.これは,一定以上の温度条件を持つ場所では,日射量の違いが,針葉樹,広葉樹の割合に強く関わっていることを示唆している.

  • 渡邉 敬逸
    セッションID: P045
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.背景と目的

     日本の過疎法は一貫して昭和の大合併以後の新市町村を地域要件としており,これ以前の旧市町村で急激な人口減少が発生していても,新市町村が非過疎地域である限りは抜本的対策が講じられず,結果として旧市町村の過疎化が潜在的に進行する懸念を立法当時から指摘されていた.こうした中にあって篠原(1997)は愛媛県の山村調査から非過疎地域でありながら過疎地域以上の人口減少を示す旧市町村を「忘れられた過疎地」として見出し,同地域が地域条件の異なる旧市町村同士の合併により生じたことと,新市町村で適切な過疎対策が行われなかったことにより苛烈な人口減少が発生したこと,そして,こうした地域が日本全国に散在していることを示唆した.

     その後の平成の大合併と同時期に立法された2001年の過疎地域自立促進特別措置法以降では,過疎市町村を含んだ合併市町村に対する一部過疎等の特例措置が講じられており,新たな「忘れられた過疎地」が生じる懸念は回避されたものの,篠原が指摘した旧市町村をめぐる課題は社会的にも学術的にも等閑視されたまま現在に至っている.そこで,本研究では非過疎地域にありながら過疎地域相当の人口減少を示している旧市町村を「忘れられた過疎地」と位置づけ,日本全国を対象としてその存在を旧市町村別の人口分析から探索的に特定すること目的とする.

    2.方法

     本研究ではGIS上での地理空間データの操作により現行過疎法(2021年4月時点)における人口要件の指標及び基準値を参考として,各指標を旧市町村別に算出し,これが過疎地域の基準値を満たしながら非過疎地域にある旧市町村を「忘れられた過疎地」として特定した.本研究で用いた地理空間データおよび方法は下記のとおりである.

     まず,地理空間データは境域データとして「国土数値情報昭和25年行政区域」,人口データとして1975年,1990年および2015年の「国勢調査地域メッシュ統計(基準地域メッシュ)」をそれぞれ用いた.そして,秘匿数値を合算処理した各年人口データと境域データとのインターセクト処理により各年の旧市町村別人口を面積按分法により算出し,これに基づき現行過疎法の指標である40年間人口減少率,25年間人口減少率,2015年の高齢者人口率および若年者人口率を旧市町村別に算出した.

     次いで,上記4指標について人口要件の基準値である人口減少団体平均等を算出するとともに,基準値を算出した旧市町村レイヤと現行過疎法における過疎地域レイヤとをオーバーレイし,非過疎地域にありながら各指標において過疎地域の基準値を満たす旧市町村を「忘れられた過疎地」として特定した.

    3.結果

     まず,本研究において算出された各指標の基準値は,40年間人口減少率が29%以上,25年間人口減少率が24%以上,2015年の高齢者人口率が29%以上,そして同若年者人口率が13%以下であり、この値は概ね現行過疎法の基準値と同等であった.そして,旧市町村10,495のうち「忘れられた過疎地」に該当する旧市町村は全体の1割強にあたる1,253であった.このうち4指標の基準値を全て満たすものは412であり,これらの旧市町村では過疎地域を上回る苛烈な人口減少と少子高齢化が進行していることが窺える.

     そして,「忘れられた過疎地」はその多寡は別にしても,都市中心部から縁辺部に至るまで全都道府県に散在していることから,決して特殊な存在ではないことは明らかである.加えて,これらの分布は既存の過疎地域周辺に塊状または線状に連坦する傾向にあることから,この分布を規定する地域的要因が背景にあることが窺える.なお,都道府県別の「忘れられた過疎地」の数および割合の上位3都道府県を記すと,前者では福島県90,長野県76,新潟県75,後者では富山県38%,福井県34%,佐賀県32%であった.

     いずれにしても篠原(1997)が指摘した「忘れられた過疎地」は日本全国に普遍的に存在することが明らかになった.「忘れられた過疎地」は既存の過疎地域の縁辺部に連なって分布する傾向にあることから,その多くは既存の過疎地域と近しい地域条件下にあると考えられるものの,その現状と発生に関する地域的要因については今後の課題としたい.

  • 浜田 崇, 平野 勇二郎, 西廣 淳
    セッションID: P016
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    長野県では、都市部の熱中症リスク軽減のため、長野市若里公園の駐車場をアスファルトから透水性舗装(ブロック、コンクリート)と芝地舗装に変更し、その暑熱緩和効果を調査した。2024年8月7日から9月19日にかけて、各舗装面の表面温度と気象状況を観測した結果、以下のことが明らかとなった。晴天日中の表面温度はアスファルトが最も高く、次いで透水性舗装、芝地の順となった。夕立後は全ての舗装で温度が急激に下がり、舗装間の温度差は縮まった。夜間はアスファルトと透水性コンクリート舗装がほぼ同じ温度で、透水性ブロック舗装、芝地の順に低くなった。特に透水性ブロック舗装は夕方からの温度低下が大きいのが特徴である。曇天日中には, アスファルトと透水性舗装の温度差は小さいが、芝地舗装の温度は低かった。雨天時には、舗装間の表面温度にほとんど差は見られなかった。この研究により、グリーンインフラとしての透水性舗装や芝地舗装が、特に晴天日中の都市の暑熱緩和に効果があることが示唆された。

  • 高波 紳太郎
    セッションID: P007
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.背景と目的

     九州南部の都城盆地では,入戸火砕流堆積物(A-Ito)の再堆積による粘土・シルト層が分布し,一時的に静水域が形成されたとみられている.横山(1983)は火砕流堆積物の圧密沈下が都城盆地の中央部で大きく,湖はその凹地に由来すると予想した.本研究は地下の資料に基づき,A-Ito堆積後の都城盆地における湖成堆積物の分布を明確化し,静水域を生じた凹地の形成過程について議論する.

    2.調査手法

     前回の発表(JpGU2025)と同様に都城盆地内の地質柱状図を収集し,層相の記述から堆積物の種類を区分したのち,湖成層分布域について概ね北東―南西方向に2本の地形地質断面図を作成した.

     溶結に伴う沈下量を,横山(2003)の簡易的手法にしたがって地質柱状図に記載のA-Ito溶結部層厚から推定した.溶結程度の情報が乏しいため,溶結部すべてが強溶結として計算した沈下量を最大値,全部が弱溶結の場合を最小値とみなした.

    3.湖成堆積物の分布

     入戸火砕流直後の湖成堆積物とみられる粘土・シルト層は,40地点の地質柱状図と,志和池の露頭(Loc. 1)で認められた.湖成層の分布範囲は盆地中央にあって南北に細長く,北端と西端では低地から台地の地下まで連続する.都城駅北側にも小規模に分布していた.

     湖成堆積物の厚さは0.2–9.6 mと,地点ごとのばらつきが大きく,下限高度は118–131 m,上限高度は125–133 mであった.同堆積物は河川堆積物の間に挟まれている地点が多いものの,A-Itoを直接覆っている地点も認められた.

    4.溶結による高度低下と凹地の形成

     湖成層分布域周辺におけるA-Ito溶結部の厚さは,上水流町(志和池中学校)で2.5 m,太郎坊町で47 m,吉尾町(都城工業高等専門学校)で10 m,志比田町(公設卸売市場)で10 m,下川東町(霧島酒造)では22 mであった.これらは深さ数mから数十mの凹地を形成するのに十分な層厚といえる.地点間の差異は,A-Ito堆積直後の地形が平坦な底面をもつ1つの凹地というよりも,複雑な起伏をもった凹地群であったことを示唆している.

    5.静水域の消滅

     湖成堆積物の大部分は沖積層や低位段丘堆積物の砂礫で覆われており,これらの地域では侵食によって上部が失われたと考えられる.中位段丘にあるLoc. 1の露頭ではA-Ito再堆積物に粘土から砂への連続的な上方粗粒化が認められるため,湖成堆積物は盆地中央部にA-Itoが再堆積する過程の初期を示しているといえる.凹地は流入河川の土砂によって山地側から順に埋積され,河川の作用が中央部に直接及ぶと初期の静水域は消滅した.そこから盆地出口のA-Ito上限である標高150 mまで堆積が進み,段丘形成に至る過程については,今後盆地北部の調査で検討する.

  • 瀬戸 芳一, 高橋 日出男
    セッションID: P014
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1. はじめに

     夏季晴天日の関東地方平野部においては,猛暑日や熱帯夜の増加など,日中夜間ともに近年の高温傾向が顕著である.気温分布に影響を及ぼす大きな要因として海陸風や山谷風などの局地風系が挙げられる.関東平野の局地風系は,日本付近の気圧傾度とも密接に関係し,気圧配置型の出現頻度変化と関連して近年の高温への関与も指摘される.そこで本研究では,長期間の高密度な地上観測資料を用いて,夏季晴天日における局地風系の日変化を類型化し,風系型ごとに,気温分布の特徴と近年の変化について検討した.

    2. 資料と方法

     気象庁アメダスに加えて,自治体の大気汚染常時監視測定局(常監局)237地点の風向風速および105地点における気温の毎時値を用い,1978年から2017年まで(40年間)の7,8月を対象とした.前回までの報告(2023年秋季大会 P002)と同様に,地点情報の収集や風速の高度補正,アメダスとの比較による品質管理を行って,長期に使用できる地上風や気温のデータを整備して用いた.地上風は,対数則に基づき統一高度(10 m)の風速に補正し,格子点に内挿して平滑化を行い,収束・発散量を求めた.

    3. 晴天弱風日の分類と風系の特徴

     対象日として,晴天で一般場の気圧傾度が小さく,典型的な局地風系の出現が期待される晴天弱風日492日の抽出を行った.平野部における日中(9時~19時)の発散量を用い,ラグを-2~+2時間とした5つの時系列に対して,拡張EOF解析を適用した.その結果,上位(第1~3)の各主成分の負荷量分布および主成分得点の日変化は,晴天弱風日に特徴的な収束・発散場とそれぞれよく対応していた.

     日ごとに差異のある風系の特徴を系統的に検討するため,毎時の主成分得点(第1~3主成分)に対してクラスター分析(Ward法)を適用し,晴天弱風日をA~Eの5類型に分類した.類型A~Dでは,午前中には沿岸部で海岸線に直交する海風がみられ,午後になると,広域海風の発達とともに全域で南~南東寄りの風向に変化した.北向きの気圧傾度が大きい類型A→Eの順に,日中の地上風系は南寄りの海風が卓越して海風前線の侵入が早い分布から,東風が関東平野に広く卓越する分布となった.

    4. 各風系型における気温分布の特徴

     各類型における気温分布を検討するため,前半(1978~1997年)と後半(1998~2017年)の期間に分けてコンポジット解析を行い,晴天弱風日492日平均からの偏差を求めた.日中の気温は,いずれの類型においても後半のほうが高く,近年の昇温傾向が顕著であるが,その地域性には類型により差異が認められた.類型Eでは,夜間から早朝にかけて北東風が卓越し,日中にも冷涼な鹿島灘からの東風が継続する.そのため,関東東部を中心に平野全域で低温傾向が強まるが,近年の気温上昇(後半-前半)は鹿島灘沿岸では比較的小さく,関東西部のほうが大きかった.

     これに対し,日中に南風の卓越する類型AやBでは,関東南部を中心に夜間から早朝にかけて南西風が卓越するため,類型C,Dと比較して早朝における近年の気温上昇が大きかった.類型A,Bでは,日中に東寄り海風が弱い鹿島灘沿岸で顕著に高温となり,近年の気温上昇も大きい.一方,南寄り海風が午前中から強まるため,関東南部の昇温は相対的に抑えられ,内陸との気温差が大きくなる.午後には東京湾岸の風下側で低温傾向なのに対し,広域海風の発達が遅い類型Dでは高温傾向が認められた.今後,夜間の気温分布や海水温との関係についても検討したい.

  • 位置認識社会の一側面
    田中 雅大
    セッションID: P044
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    Ⅰ 研究の背景と目的

     誰・何が,どこに,どのように存在するかに関する情報を取得・管理・分析・視覚化する技術(地理情報技術)は,今や経済・社会・政治・文化のあらゆる活動において当たり前で欠かせないものとなり,こうした人やモノの位置に重きを置く社会は「位置認識社会location-aware society」と呼ばれている.それは,一方では人やモノの動きの効率的で円滑な管理を促し,人々の生活の質を高めるとされるが,他方では過度な監視やプライバシーの侵害などをもたらし,人々の肉体や精神を傷つける危険性がある.

     そこで人文・社会科学分野では監視社会論を筆頭にその社会的含意を批判的にとらえる研究が取り組まれている.最近では監視資本主義の観点に立った政治経済学的な議論も過熱してきている.人文地理学者もクリティカルGISやクリティカル・データ・スタディーズなどの取組みを通じて批判的な議論を展開している.

     本研究は,これらの取組みを踏まえつつ,地理情報技術の一つであり,位置認識社会の根幹ともいえる全地球測位システム(GPS)の社会的含意を検討するものである.具体的には,GPSについて言及した新聞記事を分析することで,GPSが人々によってどのようなものとして認識され,語られてきたのかを探る.それを通じて位置認識社会の一側面を明らかにする.

    Ⅱ データと手法

     読売新聞と朝日新聞のオンラインデータベースを使用し,2024年12月31日までに掲載された記事のうち,見出しに「全地球測位システム」か「GPS」が含まれる記事を抽出した.その結果,1,849件(読売新聞1,003件,朝日新聞846件)の記事が得られた.次に,①本文中で書かれているGPSの用途に応じた記事の分類,②記事の内容の質的分析,③本文の計量テクスト分析を行った.今回の発表では①と②を中心に報告する.

    Ⅲ 結果

     上記①の結果を全体的にみると「事件・事故」に関する記事が40%近くを占めている.1990年代までは「災害・防災」(地殻変動の観測など)や「交通」(カーナビ,タクシーの配車など)の割合が高かったが,2000年代以降の記事はほとんどが「事件・事故」に関するものである.「事件・事故」のうち,約44%が防犯や事故防止,約39%が事件の捜査での利用,約16%が犯罪での利用(悪用)である.

     より詳しくみると,2005~2009年は奈良県での女児誘拐・殺害事件を受けて子どもの防犯グッズとしてGPS機能付き携帯電話の注目度が高まり,2010~2014年は宮城県で性犯罪前歴者にGPS機器を常備させる条例案が示されて物議を醸し,2015~2019年は警察によるGPS捜査の合法性が裁判で争われて大きな議論を呼び,2020~2024年はストーカー規制法が改正され,GPS機器を用いて元交際相手等の位置情報の無断取得が規制されるようになり,それに関する事件が取り沙汰されるようになった.また,2020~2024年にはカルロス・ゴーン氏の逃亡事件を受け,保釈中の被告人にGPS機器を装着させる制度の導入が進んだことも話題となった.社説や読者からの投稿も監視に関わるものが多い.また,犯罪に関係する記事以外にも,高齢者(特に認知症患者)の徘徊対策としてのGPS利用についての記事がどの時期においても一貫してみられる.

     英語圏人文地理学の研究では,ビッグデータやアルゴリズム的なデータ処理といったデジタル技術の背後にある「不安anxiety」の存在が指摘されているが,日本の新聞報道におけるGPSの扱いにもそうした「不安」が見て取れ,それが位置認識社会の一端を担っていると考えられる.

  • -長野県大町市を事例として-
    鹿嶋 航, 有田 英樹, 菊地 祐
    セッションID: 601
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    This study examines school reorganization in Omachi City, Nagano Prefecture, analyzing the multifaceted relationship between schools and communities. While inevitable due to declining birthrates, the reorganization's impact varied significantly across districts. The process involved separate elementary and junior high school restructurings, with limited collaboration between administrators and educators. Although the reorganization successfully resolved spatial discrepancies between administrative and community boundaries, it introduced new challenges regarding the relationship between the new schools and their surrounding communities. The smooth progression, largely due to lessons learned from prior junior high school reforms and the separation of former county areas, still presents issues concerning community ties and the disproportionate burden on some areas.

  • 菅原 至
    セッションID: 605
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.問題の所在

    近代日本の植民島である小笠原諸島は,第二次世界大戦後に日本の施政権が及ぶ範囲から分離された.戦中に強制疎開の対象となった全島民は,米海軍直接統治下の小笠原諸島には帰還できずに伊豆諸島以北の「内地」に留め置かれた.その状況下で例外的に米国政府により帰島を許可されたのが,帝国日本による領有および日系移民の入植以前に先住していた欧米•太平洋諸島出身者の子孫とその家族であった.したがって,1968年6月の小笠原諸島施政権返還は,米国施政権下の小笠原諸島で生活していた先住系島民と,約四半世紀のあいだ島外で帰島の機会を待っていた日系島民との再会をもたらした.同時に,日本統治の再開にともない,多方面に配慮した社会再編が要請された. 本研究では,小笠原諸島,とりわけ父島における1960年代から70年代前半にかけての社会再編の過程を,文献調査と現地での聞き取り調査を通して明らかにする.参照する文献は,総理府や東京都などによる行政文書や引揚者関連団体による定期刊行物,返還後の父島島内で流通した村民だよりや記念誌等である.

    2.米軍統治下父島における「在来島民」 

    「在来島民」とは,1946年に父島に帰島した欧米系•太平洋系世帯の構成員を指す行政用語である.返還前年の1967年末時点で,父島に44世帯185人が居住していたほか,島外に留学中の高校生・大学生が20~30人程度存在した.この呼称は,一見すると戦前期の「帰化人」というカテゴリーを踏襲したものに見える(石原 2007).しかし「在来島民」には欧米系・太平洋諸島系世帯の配偶者も含まれるため,厳密にはかつての「帰化人」と「在来島民」の範囲は重ならず,その内部のエスニシティのあり方も一様ではない. 「在来島民」の経験は世代によっても異なる.1930年代半ばまでに生まれた戦前世代は,帝国日本の初等教育を受けており,日本本土での生活経験がある者や日本兵として従軍した者も少なくない.30年代末から50年代半ばに生まれた世代は,英語による初等教育を受け,グアムの中等教育校に進学していたため,返還後の日本語社会への順応に苦労した.50年代末以降に生まれた世代は,返還時は小学生以下であり,日本語教育への移行が比較的スムーズであった.米軍統治期には「在来島民」世帯のほとんどが,軍雇用か漁業で生計を立てていた.日本との間の境界が厳格に管理される一方で,小笠原諸島と同様に米国施政権下に置かれたマリアナ諸島方面との結びつきが強まり,父島から水産物を出荷し,食料や日用品を取り寄せていた.

    3.「旧島民」による「在来島民」への働きかけ 

    返還・帰島運動を展開する「旧島民」は,1965年以降3度にわたり実施された墓参事業を通して父島の「在来島民」と再会する.返還を見据えて情報交換をするなかで,彼ら彼女らの懸念が就職や教育の問題にあることを把握した.以降「旧島民」側は,戦後育ちの「在来島民」を東京に招待し,東京留学の支援を行うなど,「日本」を知らない世代を懐柔する.また,「旧島民」による運動は沖縄における「祖国復帰闘争」とは異なり,反米闘争を志向する日本共産党を排除した.このことは,米軍に親しみを持つ「在来島民」への配慮であり,返還•帰島後に軋轢を生じさせないようにする戦術でもあった.

    4.返還後の社会再編の実際

    小笠原返還前後は,美濃部亮吉知事による革新都政に重なる.美濃部は返還直前の68年5月に父島を訪れ,「在来島民」80人と対話集会を実施し,在父島米軍の撤収により失業する島民を全員公共部門で雇い入れることを約束した.また,美濃部は返還直後の68年7月に父島の中高生を東京旅行に招き,自ら案内役を買って出る.その際に全寮制の都立秋川高校への進学を打診するが,中高生の反応が芳しくないことを受け,同年11月に都立小笠原高校の設置を決定する.さらに,東京都小笠原支庁が小笠原村役場を兼任する直轄行政体制を敷き,米軍統治下における議会制度を存続させた.このように,美濃部都政における小笠原政策には「在来島民」への配慮が随所にみられ,返還後の社会再編の速度を抑制する意図が確認できる.加えて,在来島民漁業者14人と旧島民漁業者62人が共同設立した小笠原島漁協が,役員12人中6人を「在来島民」に設定した事例からは,民間においても急激な社会再編を避ける実践があったことが窺える.しかし,諸アクターが懸念していた戦後世代の「在来島民」のなかには,返還を機にグアムや父島の米兵と結婚する女性や,米国での永住権取得および国籍取得をめざして米軍に入隊する男性が相当数存在した.父島に残った者は,夜学で日本語の読み書きを勉強するなど苦労を重ねた.彼ら彼女らの存在とその経験は,官民が目指した「緩やかな社会再編」の限界であると結論付けられる.

  • 岩井 愛彩
    セッションID: P061
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    本研究では,現在までの6次産業化研究がどのような問題意識を持って行われ,農業・農村振興における効果や課題を把握してきたのか,研究の進展を明らかにする。その上で,6次産業化研究の課題と地域振興に寄与する研究の新たな方向性を示したい。

     CiNiiにおいて文献検索を行ったところ,1996年~2024年の期間で,タイトルや雑誌の特集名に「6次産業」を含む論文数は1573件であった。2010年以降論文数は増加し,ピークは2014年であった。取り組みの事例研究や報告が最も多いが,2010年代前半には,畜産業や水産業,林業における6次産業化の導入や活用,地域や農山漁村の振興における6次産業化推進の提言が比較的多くみられた。一方で,女性活動者の取り組み,起業支援やファンド活用,ブランド化の視点から6次産業化を捉えた研究等が行われてきた。6次産業化に関する研究は,農政や地域政策上の流行に伴う隆盛があり,農業に限らない様々な視点から研究や実践の提言が行われてきたと考えられる。地理学的な視点では,則藤(2008),宮地(2014),高柳(2014),川久保(2018)などがあり,原料産地と消費地の空間的距離や取引関係,土地利用や産地構造の変化に着目している。先行研究の動向から,6次産業化が注目されたことにより事例や効果について分析した研究が蓄積される一方で,事業体が立地する地域への波及効果を検証した研究は限定されている。

     実際に6次産業化に取り組む事業体として,2024年9月にヒアリング調査を行った長野県信濃町「道の駅しなの」の事例を示す。ヒアリングにおける成果として,道の駅の管理主体である行政視点の考えでは,6次産業化商品の収益だけでなく,体験観光や飲食などの町内周遊を通した顧客やリピーターを重視すると聞き取ることができた。

     この事例から,6次産業化に取り組む際の目的は農林水産業の振興等の原点的なものに限らないことが明らかになった。1次産業以外の業種と連携が必要になるとすれば,各主体が6次産業化に何を求めているか精査することが重要である。また,様々な主体が6次産業化への期待を抱いているならば,1事業者の経営多角化に加えて,地域内での連携に着目した6次産業化研究を行う必要があると考える。

  • 髙橋 未央, 小岩 直人, 樫田 誠
    セッションID: P005
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    石川県小松市周辺には,加賀三湖と呼ばれる海跡湖(木場潟,今江潟,柴山潟)が存在する。加賀三湖は,北東-南西方向に分布する海成段丘面や3列の沿岸州によってそれぞれ隔てられている。これらの沿岸州を本研究では,内陸側から沿岸州Ⅰ,沿岸州Ⅱ,沿岸州Ⅲとする。これまで発表者らは,木場潟周辺において得られた既存ボーリング資料,ボーリングコアをもとに完新世における地形環境復元を試みてきた。今回,新たに,沿岸州Ⅱの内陸側と北端付近の2地点でオールコアボーリングを実施し,得られた試料の諸分析から地形発達過程を検討した。

     沿岸州Ⅱの内陸側に位置するMOコアは,掘削深度24mで,2つのユニットに区分される。下位から,ユニット1(U1)は,シルト~粘土で構成され,最下部には黒色と白色を呈する縞状構造の特徴があり,上部に含まれる木片から3724-3614 calBP(深度20.18m)の年代値が得られた。上位のユニット2(U2)は,中粒砂~粗粒砂で構成され,中部に含まれる木片の年代値は,3980-3843 calBP(深度10.58m)を示した。

     沿岸州Ⅱの北端にあり,河口から約2㎞に位置するUYコアは,掘削深度23mで,ユニット1~ユニット4(U1~U4)の4つに区分される。下位のU1は,シルト~粘土で構成され,その下部はMOコアと同様に,縞状構造を呈す。上部に含まれる木片から7159-6941 cal BP(深度16.45m)の年代値が得られた。U2は,中粒砂と粘土の互層からなり,その上位に砂礫がみられ,上方粗粒化を示す。下位の中粒砂と粘土の互層に含まれる木片から7160-6961 calBP(深度13.15m),2065-1925 calBP(深度10.50m)の年代値が得られた。U3は,細粒砂~中粒砂,シルト~粘土が堆積し,貝殻片を多く含み,上位のシルト~粘土に含まれる貝殻片は,870-797 calBP(深度5.39m)の年代値を示す。U4は,淘汰の良い細粒砂となる。

     以上の結果から,完新世における今江潟周辺の地形環境変遷が以下に推定される。両地点のU1にみられた黒色を伴う縞状構造の層は,還元的な環境で堆積した内湾性堆積物と考えられ,約7,000 cal BP前後にMO地点からUY地点にかけて内湾が形成され,その沖合には,内湾を外洋から隔てる地形が存在していたと推定される。両コアは,この内湾性堆積物を砂層および砂礫層が被覆している。これらは,現在の沿岸州Ⅱを構成する堆積層であると考えられ,MO地点では約4000 cal BP前後,UY地点では約2000 cal BP前後に,沿岸州Ⅱの形成開始が推定される。その後,UYコアでは,貝殻片が産出し,上方細粒化するU3の堆積から,UY地点において湖沼などの環境が870 cal BP前後に形成されたと推定される。特に,U3上部のシルト~泥が堆積した時代は,UY地点に形成された水域は閉塞していた可能性が高く,UY地点よりも海側に,沿岸州(現在の沿岸州Ⅲ)が発達していたことが示唆される。UYコアの最上位のU4は,砂丘砂と考えられ,この砂層が堆積した時代には,UY地点は離水していたと推定される。

  • 稲松 朋子
    セッションID: 547
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    農業水利の研究において,近世前期は一つの画期とされる。この時期に開削された用水の特徴として,①幕藩制的地域支配体制の形成,②戦国期以来の築城・鉱山などの土木技術の進展,などを背景として,③大河川を水源とする大規模用水施設の建設,④広域的な灌漑域をカバーする水利組織の形成,などが実現したとされる(古島など)。報告者はこれまで,和泉国日根郡の樫井川や,陸奥国磐井郡の磐井川を事例として,築造時期が近世前期に遡るとされる用水施設を取り上げ,それらの歴史的特質の考察を行ってきた。当該期の用水については,近世領主による新田開発や勧農との関わりで論じられ,その成果が強調されているようにもみえる。しかし,用水開発に関する史料は決して豊富とはいえず,用水路の形成と展開過程については,伝承や推測によるところが少なくない。近世初期の東北地方には,野谷地や畑作地帯が残されており,幕藩体制のもと,領主ならびに家臣による大規模な用水建設と耕地開発が進展したことは周知のところであるが,その詳細を知ることのできる事例は乏しい。そこで本報告では,東北地方特有の近世的用水開発の特質を考察する基礎作業として,照井堰・大江堰,鹿妻穴堰を取り上げ,それぞれの成立・展開過程を復元する。あわせて,近世絵図類や,近代以降の旧版地形図などをGISに統合し,水路景観と土地利用の対応関係を明らかにするとともに,土地改良区所蔵の各種資料や聞き取り調査,現地調査を通じて,取水施設の変遷や用水路の構造把握を行い,近世東北の大規模用水開発の特質を考察する。

  • 経営改善と環境負荷低減の取組みを中心に
    若本 啓子
    セッションID: 622
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    畜産をめぐる持続可能性には、継続的な利益を生み出し、経営の世代間継承を可能にする経済性の追究と、環境負荷の削減や動物福祉に配慮した飼養環境実現など、アグロエコロジーへの志向が含意される。本研究は、多様な経営体が牛肉生産に携わる北海道十勝地域において、価格変動の大きい子牛・牛肉市場への対応と、環境負荷の低減にかかわる意思決定を通し、肉用牛経営の持続可能性を評価するものである

     2024年10月に、十勝地域3町において乳肉複合、畑作複合、和牛経産牛肥育を行う3戸の肉用牛経営(飼養規模120~500頭)に対し、①飼料・資材高騰ならびに子牛価格・牛肉価格低迷下における経営改善のための飼料調達や技術導入、②環境負荷を低減するための実践について、インタビューを実施した。

     飼料調達については、経費抑制のために、デントコーンの作付面積の増加、域内産のエコフィードの利用という選択が認められた。一方、粗収入の安定化のために、自家採卵・受精卵移植による産肉性の高い和牛子牛の生産、酪農家や肉用牛のギガファームからの預託牛の受入れが行われている。経営改善を目指す選択の結果、コントラクター、食品加工業者、ギガファームとの地域内連携が成立していた。

     家畜ふん尿処理について、各経営体は自家の飼料圃場への還元、小麦農家との麦稈・堆肥交換、堆肥販売業者への無償提供を行っていた。各経営体から排出される家畜ふん尿由来の窒素量、経営内での飼料・畑作物への必要窒素施肥量を比較したところ、前者が後者の2.1~3.6倍であった。

  • 目代 邦康
    セッションID: S703
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    日本における自然保護区の制度には,自然公園(国立公園,国定公園,県立自然公園),鳥獣保護区,自然環境保全区域などがある.これらの場所のいくつかにおいては,レクリエーション・観光を目的として多くのビジターが訪れている.ビジターが多く訪れるところでは,排泄物の量が,自然保護区内のその処理能力を超えてしまう状況がしばしば発生してきた. 本発表では,各地の事例を紹介するとともに,自然保護区における排泄物処理の問題点について考察する.

  • 大橋 壮真
    セッションID: 621
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
    会議録・要旨集 フリー

    1.研究の背景と目的

     家畜排せつ物は有機性廃棄物の中でも排出量が多く,再生利用率も非常に高い点に特徴がある.しかし,日本の畜産農家では堆肥を自家利用するための農地が不足しており,生産した堆肥の大部分を耕種農家に利用してもらう必要がある(羽賀 2023).

     本研究では,堆肥の供給過剰傾向にある地域における堆肥流通の空間的範囲と,畜産農家が堆肥の搬出先を確保するためにどのような対応を行っているかを明らかにすることを目的とする.これまで,家畜排せつ物や堆肥に関する研究では,家畜排せつ物処理の経済性や,地域における資源循環といった観点からの議論が展開されてきた一方で,家畜排せつ物を滞りなく処理するために,畜産農家がどのような戦略を取ってきたかに注目した研究は少ない.

    2.調査の対象および方法

     本研究では,畜産業が盛んに営まれている愛知県半田市において酪農および乳肉複合経営を行う畜産農家から排出される家畜排せつ物を対象とした.2024年2月現在,半田市では3,489頭の乳用牛,6,835頭の肉用牛が飼養されており,飼養密度も全国平均を上回っている.しかし,飼養密度の高さゆえに,半田市を含む知多地域では堆肥が供給過剰状態にあり,堆肥の適正処理のためには,一定量を地域外に流通させる必要がある.

     調査は,半田市内で乳用牛を飼養する畜産農家,家畜排せつ物処理組合,堆肥を使用する耕種農家等に対する聞取りを主体として,2024年から2025年にかけて行った.

    3.結果

     半田市では,家畜排せつ物や堆肥の処理方法は基本的に各農家の裁量に委ねられており,各農家による個別対応と,組合による集団対応の両方がみられた.

     堆肥の流通範囲は,個別対応においては労働力や輸送力の制約から,直線距離で約30km程度までに限られていた.一方,集団対応では,輸送力を確保することが容易となるため,広域流通を実現していた.

     家畜排せつ物処理施設は,1980年代以降,主として集団対応によって,国の補助事業等を活用しながら段階的に整備されてきた.自給飼料基盤を持たない加工型畜産が大半を占める半田市では,自家農地への投入によって堆肥を処理することが困難であることに加え,都市化・混住化が進展していることによる畜産公害の予防を目的として,全国と比較して早期に家畜排せつ物処理施設が整備された.現在,農家は個別対応と集団対応のどちらの対応を取るか選択することができ,それぞれの方法を併用したり,切替えたりすることも可能である.

     現在集団対応を行っている組織には,完熟堆肥の製造販売を行う半田市グリーンベース生産組合のほか,堆肥の広域流通を図る半田市堆肥生産利用連絡協議会,共同で農地を確保し堆肥の搬出先を確保することを目的とする南知多圃場利用組合等がある.

     集団対応を採用する場合,品質の統一,広域流通等が可能になる一方で,集団対応における処理が不適切な堆肥の搬入に起因する悪臭問題や,組合費負担の大きさなどを背景として,個別対応に切り替え,新たな堆肥の搬出先の確保に努めようとする農家も現れた.こうした農家では,自家農地を確保したり,知人や紹介等を通じて堆肥の搬出先の確保に努めていることが明らかになった.

     堆肥を投入できる農地を十分に保たない畜産農家では,排せつ物や堆肥の処理が行き詰まると経営に影響をきたすため,まとまった量を安定して,継続的に搬出できることを重視していた.堆肥を使用する耕種農家は,供給量が安定していることに加え,苦情を防止する観点から悪臭がなく,ほこりが立ちにくい堆肥を求めていた.

    文献

    羽賀清典 2023.硝酸性窒素による地下水汚染問題と家畜排泄物処理について.地学雑誌132(2): 107-125.

  • 崎田 誠志郎
    セッションID: 618
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    国内の漁業従事者数は減少の一途をたどっており,特に沿岸漁業を中心とする小規模漁村では,漁業者の高齢化・後継者不足が深刻化している.漁場利用圧の低下に伴い,漁場紛争や乱獲の抑止といった慣習的な漁場利用制度の役割は後退し,一方で参入障壁の高さ,権利の囲い込み,世代・性別による格差(島田 2019)のような弊害が表面化してきた.地域漁業を維持し,後継者や新規参入を確保していくためにも,これまで漁場利用慣習の基盤となってきた共同性を再構築していくことが求められている(濱田 2018).このような状況下において,伝統的な漁場利用慣習はその姿をいかに変えていくのだろうか.筆者は2013年~2014年にかけて,和歌山県串本町の地先漁場管理に関する現地調査をおこない,特にイセエビ刺網をめぐる共同体基盤型管理の実態と多様性を崎田(2017)として発表した.その中で,既存の漁場利用制度は漁業者の減少・高齢化や漁獲の変動によって今後大きく変容しうることや,一方で形骸化しつつも慣習として強固に継続されうることを考察した.その後10年が経過し,実際に漁場利用制度や共同体がどのような推移をたどったかを検証することが本発表の目的である.現地調査は2023年12月から2025年3月にかけて断続的に実施し,崎田(2017)で扱った11地区から1地区を除いた10地区において聞取り調査をおこなった.串本町に本所を置く和歌山東漁協では,2013年以降,イセエビ刺網従事者・イセエビ漁獲量のどちらもほぼ一貫して減少しており,2022年のイセエビ漁獲量は2013年の約4分の1にまで低迷していた.漁場利用の現状と変化の動向は10地区それぞれで異なっていたが,本発表では,対照的な特徴を有する串本町西部の和深と東部の下田原に着目して報告する.串本町の最西端に位置する和深では,イセエビ刺網従事者数が2013年当時の6名から2名(いずれも80代)にまで減少しており,あわせて操業の簡素化や脱機械化が進行していた.2名となった時点で番手(漁場の分割・割り当て)は廃止され,イセエビ漁師がいなくなった漁場では,これまで共同体の構成員でなかった住民がイセエビ刺網を営む例もみられた.これとは別に,既存漁業者が不在となったことでイセエビ刺網の権利を取得した人物(50代)がいたが,既存漁業者の不在ゆえに,操業の補助や指導が受けられないという問題が生じていた.東部の下田原では,イセエビ刺網従事者数が2013年の34名から19名にまで減少していた.従来の漁場利用制度自体は継続されていたものの,番手の数は10年前から大きく減少するなど,制度の縮小がみられた.イセエビの不漁を受けて,高齢漁家を中心に操業頻度の低下が顕著にみられ,中堅漁家との間で制度の運用をめぐって意識のずれが生じていることもうかがわれた.一方で,和深と同様に,既存漁業者の減少は新規参入の余地を生じさせ,女性や他業種からの転職といった多様な人物がイセエビ刺網に従事するようになっていた.こうした従来とは異なる形での新規参入者の発生は,既存コミュニティによる参入条件の新規追加といった制度変化をもたらしていた.

  • 小森 次郎
    セッションID: 446
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    AI の操作には批判的な視点と思考力が求められる.今回,AI が生成した文章および画像の間違い探しを通した教材化を試みた.これにより,地学分野におけるAI の画像読解力と生成力の未熟さが確認された.しかし,生成画像の間違い探しや修正という作業が,自然地理学や防災に関する学習だけでなくAIの操作能力の成長を促す素材として,授業に導入することは可能である.また,これらの結果は大衆化されてから3年目を迎えたAIの地理学・防災・電力エネルギー分野の教育における現在の能力のベンチマークになると考えられる.

  • -地圏・気圏学習の連携性に着目して-
    鹿野 友渚, 小倉 拓郎
    セッションID: 447
    発行日: 2025年
    公開日: 2025/09/30
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    1.はじめに

     日本列島では、毎年各地で大雨に関連した災害を経験する。大雨による災害は土砂災害と洪水害に大きく二分される。これらの大雨による災害の自然科学的な要因は,素因となる地形や地質と、誘因となる大雨が重なることで災害が発生することは共通している。地形や地質といった地圏、大雨などの気圏などの自然現象に関わる学習(以下、自然学習)を災害学習に関連付けていくことで、どのような災害が発生するのかという自然理解が「正常化の偏見」を避けて災害をイメージする力を養う。一方で,地学・地理の学習内容において、気圏・地圏の学習の連携性は自然のプロセスを理解できる学習構造になっていない。

     現行の学習指導要領では、地学・地理共に時間的・空間的視点から自然の事物・現象を捉えることが求められている。一方でこれらの試みは科目ごとに行われており,科目間の連携を検討した例は少ない。また、地学・地理の学習内容の連携や小学校から高等学校までの一貫したカリキュラムの開発は主に自然学習の単元で行われており、関連する災害学習に関して十分に検討されていない。よって,新学習指導要領に基づいた地学・地理の科目および校種間における災害学習の内容を、用語及び空間的・時間的な視点から整理することが求められる。加えて、災害学習が自然学習と空間的・時間的な視点で十分に関連しているか検討することで災害の理解をより促すことができる.そこで本研究では、初等中等教育の地学・地理における地圏・気圏の自然学習と災害学習の連携について、時間的・空間的スケールに焦点を当てて整理する。

    2.方法

     本研究では、2025年7月現在で使用されている、理科・社会科の学習が始まる小学校3年生から高等学校までの検定教科書約60冊における地圏・気圏の学習および災害学習を対象として、学習内容の整理と比較を行った。地圏・気圏の自然学習と水害・土砂災害について扱う災害学習の単元を特定し、各教科書でそれぞれの災害について扱っている教科書の掲載ページを抽出した。また、それぞれのページで扱われる地圏・気圏の自然学習と災害学習に関わる掲載図表の抽出を行った。さらに、水害・土砂災害の学習において扱う時間的・空間的スケールを、図表を基に整理し、科目間・教科間の学習内容の連携がどのように行われているかについて分析した。

    3.結果と考察

     地圏・気圏の自然学習と災害学習は、小中高いずれの校種においても、地理・地学の2科目で並行して扱われる。地圏の自然学習では、小学校段階での10 mスケールの学習から、中学校段階では1 kmスケールの学習に移行しており(図1)十分な時間的スケールの連携が取れているとは言い難い。地学における気圏の学習は、学習段階が上がるにつれて地球規模の大スケールの学習内容が増える。地理における気圏の学習は気候を指導の中心としており、メソスケールの気象についての言及は災害単元を除けばない。地圏・気圏ともに自然学習では小学校から高等学校にかけて学習するスケールの拡大がみられる。一方で、災害学習では小学校・中学校段階では水害が学習の中心であり、より小規模な現象であるとされる土砂災害は高等学校での学習が中心である。 

     地圏および気圏の現象とその接点に関連する水害・土砂災害の学習は、時間的・空間的スケールに着目した学習順序について異なる特徴を有する。学習の共通点と相違点を明確にすることで科目間・校種間で扱う内容の差異による指導者および学習者の混乱の防止に繋がる可能性がある。空間的・時間的視点を取り入れることは、学習者が自然災害をより現実的・総合的に理解し、防災意識を高めるうえでも重要である。

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