深刻化する地球温暖化問題に起因する種々の課題を解決するため,使用時にCO2を排出しない水素エネルギーの利活用が求められている.モビリティ分野では,固体高分子形燃料電池 (PEFC) を搭載し,水素を利用して発電した電力により走行する燃料電池自動車 (FCV) の普及拡大に向けた取り組みが進められており,水素基本戦略で定められたFCV普及台数の目標値 (2030年時点で80万台) を達成するには,車両の低コスト化が重要な課題の一つとなっている.
FCVの低コスト化には,PEFCの主要な構成部材である膜電極接合体 (MEA) の材料のうち,Pt等の貴金属を使用する電極触媒使用量の大幅な低減が必要不可欠となる.したがって,材料開発の観点からは,高性能かつ高耐久性を有する電極触媒の設計指針を得るため,その劣化メカニズムを詳細に解析することが喫緊の課題である.電極触媒の劣化メカニズムを解析するための手法としては,耐久試験を模擬した電位サイクル試験を実施し,電極触媒の微細構造変化を解析することが一般的である.ところが,単セルを使用した電位サイクル試験 (電気化学測定) と一般的な透過電子顕微鏡 (TEM) 観察を組み合わせた従来の手法では,一度観察した試料は単セルに戻せなくなるため,MEAの耐久性評価試験前後に同一試料かつ同一視野の触媒層を観察することは不可能である.そのため,Mayrhoferらは,過塩素酸を用いた電解液中で種々の電位範囲で電位サイクル試験を行い,その前後に行った電極触媒の同一視野TEM観察から,Pt粒子の移動や凝集,カーボン担体の変位を明らかにした.しかし,この方法は水溶液中での実験であるため,PEFCが通常使用されるガス雰囲気とは異なることが課題となっていた.一方,我々の研究グループでは,In situ TEM法によりPEFCのカソードを想定した加湿空気雰囲気で電極触媒の同一視野を動的に観察する技術を開発し,空気中の水分がカーボン担体を酸化する過程でPt粒子の移動や凝集が生じることを明らかにした.しかしながら,この方法ではMEAの耐久性評価試験に準じた電気化学測定との両立が課題となっていた.
そこで本研究では,PEFCで用いられる電極触媒の劣化による構造変化過程を詳細に解析するための新たな手法として,電気化学測定前後のMEAについて,Ex situ TEM法により触媒層の同一視野を観察する技術を検討した.
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