NO
xはオゾンやOHラジカルとの光化学反応を経由して最終的に硝酸となり、乾性沈着や湿性沈着を通じて大気中から除去される。近年、人為活動に伴うNO
xやその他の化合物の放出量が東アジア域で顕著に増加しつつあり(Akimoto et al., 2003など)、その結果、硝酸の沈着量が増加する可能性や大気中の光化学反応過程が変質する可能性が示唆されている。しかし、光化学反応過程の変質を定量化するのは容易ではない。
そこで硝酸の三酸素同位体組成(Δ
17O≒0.52×δ
18O-δ
17O)を指標に用いて、NO
xの光化学反応過程の解析を試みた。酸素原子には
16O、
17O、
18Oの3つの安定同位体が存在し、ほとんどの含酸素化合物のδ
17O値とδ
18O値の間にはδ
17O≒0.52×δ
18Oの関係が成り立つが、オゾンの酸素同位体組成は例外的にこの関係が成り立たないことが知られている。硝酸の前駆体であるNO
2は(R1)式で示される反応で生成されるため、そのΔ
17O値はオゾンの同位体異常を受け継いでいる。
またここから硝酸が生成する過程には、主に(R2)、(R3)、(R4)式で示される各過程があるが、(R2)式で生成される硝酸のΔ
17O値は同位体異常の小さいOHラジカルの影響を受けて、相対的に小さくなるのに対し、(R3)や(R4)式で生成される硝酸は、オゾンとの反応(R3a)を再度経由するため、相対的にΔ
17O値が大きくなる。従って、これを利用して硝酸が経由してきた光化学反応過程を推定することができる。
試料は利尻(45°N)、佐渡関岬(38°N)、小杉(37°N)、南鳥島(24°N)といった緯度の異なる4つの観測点において採取された湿性沈着試料を用いた。利尻は2008年6月-2009年5月、佐渡関岬は2009年4月-2010年3月、小杉は2010年3月-2011年2月、南鳥島は2009年10月-2010年9月の各期間に、月1回以上の頻度で採取・回収されたもので、南鳥島の試料は気象庁から提供していただいたものである。図1に各観測点における硝酸のΔ
17O値の時間変化を月毎の加重平均値で示す。利尻・佐渡関岬・小杉のΔ
17O値は冬に高く、夏に低い明瞭な季節変化を示した。夏季には(R2)式の反応で生成する硝酸の割合が相対的に大きくなるため、Δ
17O値が相対的に小さくなったものと考えられる。Δ
17O値の年平均値は利尻(+24.7‰)、佐渡関岬(+25.3‰)、小杉(+26.7‰)、南鳥島(+23.3‰)であり、N沈着量が多い小杉や佐渡関岬で、より高緯度に位置する利尻より大きなΔ
17O値が観測された。この傾向は特に冬季に顕著であった。これは東アジアの大都市を起源とする汚染気塊中では、(R3)や(R4)を経由した反応の寄与率が相対的に大きくなることを反映している可能性がある。
NO + O
3 → NO
2+ O
2 (R1)
NO
2 + OH + M → HNO
3 + M (R2)
NO
2 + O
3 → NO
3 + O
2 (R3a)、 NO
3 + HC → HNO
3 + products (R3b)
NO
2 + NO
3 ⇔ N
2O
5 (R4a)、 N
2O
5 + H
2O → 2HNO
3 (R4b)
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