本研究では,歴史地理学的手法による環境問題研究の可能性を再検討することを目的とし,琵琶湖沿岸域の淡水性潟湖である入江内湖を対象に,主に近世以降の景観を分析することから地域住民の生業活動と内湖の環境変化を論じることを試みた.内湖の生態的条件に応じて形成された環境利用システムの実態を,近世以来の文書・絵図資料から検証し,人間を含めた生態系としての水陸漸移帯の全体像と,その崩壊メカニズムを解明した.
入江内湖の生態的環境とその伝統的環境利用システムの崩壊は,昭和初期の水位低下に伴う生物資源の減少と,同時期に生起した農・漁複合生業形態から専業的活動への生業変化を契機としていたことが明らかになった.漁携・藻取り・ヨシ刈りなど多様な価値を含んでいた内湖=水陸漸移帯の「空間の多義性」が捨象され,「農地への転換可能地」という単一の価値観へと収斂されていったことが,干拓促進の要因となったことを指摘した.
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