本研究の目的は「シュルレアリスム文学」である安倍公房『壁』を用い,その舞台となる都市に対する著者自身の地理的イメージを明らかにすることにある。シュルレアリスム文学は作為を極限まで除去するという特質を有するために,文学作品の分析においてより純粋な地理的イメージを得ることができると期待される。『壁』の分析に際しては機械的に「都市空間要素」に該当する語句を抽出し,その種類と出現数によって,そこに見出される都市イメージを確認した。この「都市空間要素」は,大きく3 つのカテゴリーに分かれており,各々のカテゴリーへの該当数によって都市イメージ解釈を可能とする。更にこの結果を,本作の主要概念の意味と関連させて解釈した。また,都市イメージを得た後には『壁』中の主要な概念の関係図を作成した。まず語句抽出分析の結果を述べると,語句数は合計977 個で特に灯火や光に関係するカテゴリーや固有地名のカテゴリーに該当する語句が少なく,そこから抽象的・匿名的な都市イメージが存在することが予想された。これに場面ごとの分析を施し,屋内に語句が集中することや語句数の少ない場面と多い場面が交互に現れることも明らかにした。その後,頻出語句や作中における「壁」「身の回り品」といった主要概念の意味解明を行い,『壁- S・カルマ氏の犯罪』における都市イメージの中心には「人間=壁」と「都市=世界」の対立が認められること,その周縁にはそれを象徴するかのような「砂丘」での「壁」の成長や都市社会的な「身の回り品」の反抗が存在することを示した。更に,それらのイメージの核として「拘束」「遮断」が内在していることを明らかにした。
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