地理空間
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Print ISSN : 1882-9872
14 巻, 3 号
選択された号の論文の6件中1~6を表示しています
  • 特集号の趣旨
    堤 純
    2021 年 14 巻 3 号 p. 159-160
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/04/04
    ジャーナル オープンアクセス
    本特集号が世に出る頃,2022年4月から,高等学校の地理歴史の教科において地理総合,歴史総合,公共の科目の必履修化がスタートする。とくに地理総合において目玉の一つとなるものが地理情報システム(GIS)である。GISといえば,国別や県別などのコロプレスマップや,地形の3D表示や地形断面図の作成,さらには防災ハザードマップへの応用など,いわゆる「定番」といわれる利用方法がさまざまな場面で紹介されている。そうした状況下において,GISの社会経済的な視点からの利用の一例として,大都市圏の諸問題に鋭く切り込むようなGISの使い方がないだろうか,という問いから本特集号の企画がスタートした。具体的には,大都市圏の中のどこにどのような人が暮らしていて,それがここ数十年の間にどのように変化してきたのか。あるいは,所得レベルや学歴,使用言語,職業別といった社会経済的な条件別にみた大都市圏内部における人口学的な特徴を地図化した上で,詳細な考察を進められないだろうか。ただ,こうした学術的な興味関心を実証的に検証するには,さまざまな困難が伴うことも事実である。例えば,日本の国勢調査を例に挙げれば,個人の学歴や所得,信仰する宗教,語学の運用能力などの調査項目がないため,当然のことながらこうした統計は日本にはほぼ存在しないといってよいだろう。一方で,統計利用の先進地域に目を向けると,われわれが知りたいと思っている指標の多くについて,国勢調査の統計として存在することが分かってきた。とくに,統計利用の先進地域の中でも,オーストラリア統計局が提供するテーブルビルダーのサービスは,世界で最も先進的な統計利活用の例と言っても過言ではないだろう。なお,オーストラリアの国勢調査データの先進性については,谷道ほか(2016)に詳しい。そこで,本特集号を執筆するに当たり,2022年2月28日に,地理空間学会第29回例会「オーストラリアの先進的な統計利用ーテーブルビルダーの利点と可能性ー」(Zoomによるオンライン開催)を実施した。例会で発表された各論考のタイトルは以下の通りである。 ・堤 純(筑波大):オーストラリア大都市圏の変容 ・宇野広樹(筑波大・院)・堤 純(筑波大):ホテル検索サイトデータを活用したオーストラリア都市内部のホテル立地に関する考察 ・石井久美子(筑波大・院):オーストラリア大都市圏におけるエスニック別にみた学歴と所得の関係 ・花岡和聖(立命館大):オーストラリアにおける移民の地方移住・定住に着目した居住地分析 ・阿部亮吾(愛知教育大):シドニー大都市圏におけるアジア系留学生の居住分布
  • 堤 純
    2021 年 14 巻 3 号 p. 161-170
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/04/04
    ジャーナル オープンアクセス
    本稿は,ABSが提供する国勢調査のカスタマイズデータ(テーブルビルダー)を用いて,人口の急増に伴うメルボルン大都市圏の変容の一端を考察することを目的とした。大都市圏内の公共交通分担率の考察では,都心に近い部分では公共交通の利便性が光る一方で,自家用車による通勤に強く依存した地域が多数存在することの矛盾を明らかにした。また,一般にエスニックエンクレーヴは,かつて主流であったエスニック集団の大多数が郊外に住居を移す過程でその求心力を失い,衰退期を迎えることは珍しくない中で,メルボルン郊外のオークレイがギリシャ人コミュニティのセンターであり続けている過程を明らかにした。
  • ホテル検索サイトデータを用いて
    宇野 広樹, 堤 純
    2021 年 14 巻 3 号 p. 171-180
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/04/04
    ジャーナル オープンアクセス
    本稿では,Webサイト上のビッグデータであるホテル検索サイトデータをもとに,メルボルン大都市圏内部における宿泊施設の立地に関して考察を行い,地理学におけるWebデータの有用性と今後の改善点や課題を論じることを目的とした。その結果,①ApartmentsやAparthotelなどに代表される長期滞在需要を主な顧客とする施設が多いこと,②オーストラリアにおいて不動産関連ビジネスを行う中国人または中国系オーストラリア人が増加していることが明らかになった。そして,これらは既存のオープンデータでは得られなかった結果であり,ホテル検索サイトのWebデータから地域の特性を捉えるための基礎データとして貢献したといえる。その一方で,Webデータを利用する際にはデータの有用性と個人情報の扱いに注意が必要であることが課題として挙げられた。
  • 国勢調査のカスタマイズデータによる分析
    石井 久美子
    2021 年 14 巻 3 号 p. 181-190
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/04/04
    ジャーナル オープンアクセス
    本稿では多文化・多民族化が進むシドニー,メルボルンの2大都市圏を対象に,学歴と所得の関係について考察することで,エスニックグループのオーストラリア大都市圏における社会的な位置づけを明らかにすることを目的とした。オーストラリア大都市圏におけるエスニックグループは,収入面では家庭で英語を話すグループに比べると低いが,大学進学率の高さやエスニックグループの人口増加からみると存在感が今後にさらに拡大すると予想される。エスニックグループの中でもインド系と中国語系は,他のグループに比べ大学進学率も高く収入も高い傾向にある。また,家庭で使用される言語の割合は,シドニーとメルボルン両都市で2倍にまで増加しているため,他のエスニックグループと比較し存在が突出していることが明らかとなった。
  • 中国人・インド人・フィリピン人・日本人留学生に着目して
    阿部 亮吾
    2021 年 14 巻 3 号 p. 191-200
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/04/04
    ジャーナル オープンアクセス
    本研究では,オーストラリア国家統計局(ABS)が提供するTableBuilder PRO機能を利用して,Censusデータからシドニー大都市圏における外国人留学生の居住分布パターンを出身国別に詳述した。その結果,大都市圏全体でみればインド人とフィリピン人留学生は郊外の特定都市に集住する傾向にある一方で,中国人と日本人は都心部での居住を志向することが見出された。とりわけ,人口規模の大きい中国人留学生が都心居住を志向する傾向は,シドニー大都市圏の成長をとらえるうえで重要な観点である。そこで,大都市圏の中心都市を構成するシドニー市とランドウィック市を取り上げ,SA1ごとにより詳細な居住分布の把握を試みた。それによると,大学キャンパスの集積するメインストリート周辺への居住は共通してみられたものの,中国人留学生の居住分布パターンはより広く,逆に日本人やフィリピン人,インド人は中国人の少ない地区に居住がみられるなど,留学生の居住地における緩やかなセグリゲーションの可能性が指摘された。
  • 特集号のまとめ
    堤 純
    2021 年 14 巻 3 号 p. 201-202
    発行日: 2021年
    公開日: 2022/04/04
    ジャーナル オープンアクセス
    本特集号は,2022年2月28日に,地理空間学会第29回例会「オーストラリアの先進的な統計利用ーテーブルビルダーの利点と可能性ー」(Zoomによるオンライン開催)において発表された論考とその後の総合討論を受けて,報告内容を微修正したものをまとめたものである。この例会は,本特集号の企画代表者である堤 純(筑波大)を研究代表者とする科学研究費基盤研究(B)(No.24401036:2019〜2022年度)「アジアリンクの拡大からみた現代オーストラリアの産業多様化」の研究成果の一例として企画された。当日発表された五つの発表と総合討論における議論の成果をふまえ,最終的には4本の論文をもって特集号としてまとめた。第1論文である堤 純「国勢調査カスタマイズデータからみたメルボルン大都市圏の変容」では,二つの事例を通して,以下の点が明らかになった。第一の事例とした大都市圏内の公共交通分担率の考察では,都心に近い部分では公共交通の利便性が光る一方で,通勤時間がかかる大都市圏の縁辺部においても住宅開発が進行し,自家用車による通勤に強く依存した地域が多数存在することの矛盾を明らかにした。今回使用したデータは通勤手段に関するデータであるが,このデータに通勤先,所得,学歴,家族構成,家庭での使用言語などのデータを組み合わせることにより,大都市圏郊外の性格がより明確に炙り出されると考えられる。また,第二の事例では,一般にエスニックエンクレーヴは,かつて主流であったエスニック集団の大多数が郊外に住居を移す過程でその求心力を失い,衰退期を迎えることは珍しくない中で,メルボルン郊外のオークレイがギリシャ人コミュニティのセンターであり続けている過程を明らかにした。これは,来豪年,所得,家庭で話す言語などのデータを組み合わせて,任意のスケールの統計区についてデータを取得できたからこそ指摘できた事実である。第2論文である宇野広樹・堤 純「オーストラリア大都市圏におけるホテル立地に関する考察-ホテル検索サイトデータを用いて-」では,Webサイト上のビッグデータの利用としてホテル検索サイトデータに着目してメルボルン大都市圏における宿泊施設の立地に関する考察をすることを目的とした。その結果,①ApartmentsやAparthotelなどに代表される長期滞在者を主な顧客とする施設が多いこと,②オーストラリアにおいて不動産関連ビジネスを行う中国人または中国系オーストラリア人が増加していることを明らかにした。そして,これらは既存のオープンデータでは得られなかった結果であり,ホテル検索サイトのWebデータから地域の特性を捉えるための基礎データとしての応用可能性について展望した。第3論文である石井久美子「オーストラリアの大都市圏におけるエスニック別にみた学歴と所得の関係-国勢調査のカスタマイズデータによる分析-」では,①オーストラリア大都市圏におけるエスニックグループは収入面では家庭で英語を話すグループに比べると低いが,大学進学率の高さやエスニックグループの人口増加から今後の存在の拡大が期待でき,②その中でもインド系と中国語系は他のエスニックグループと比較し存在が突出していることを明らかにした。第4論文である阿部亮吾「シドニー大都市圏におけるアジア系留学生の居住分布の空間的特徴―中国人・インド人・フィリピン人・日本人留学生に着目して―」では,シドニー大都市圏全体ではTAFE(州立職業訓練専門学校)の学生等は大学生等に比べてやや郊外に分散すること,出生国ではインド人とフィリピン人留学生は郊外の特定都市に集住する傾向にある一方で,中国人と日本人は都心部での居住を志向することを見出した。とりわけ,人口規模の大きい中国人留学生が都心部に集住する傾向は,シドニー大都市圏の成長をとらえるうえで重要な点であることを指摘した。最後に,本特集号を閉じるに当たり,先進的な統計利用の例であるオーストラリア統計局提供のテーブルビルダーの利用方法の可能性や拡張性について言及したい。それは,現地におけるフィールドワークで気づいた現象を客観的に証明するデータとしての利用が期待できることである。堤・オコナー(2008)や本特集号の阿部論文のように,大都市圏の都心部における留学生の急増の実態を国勢調査のカスタマイズデータから考察したり,特定の出身国からの留学生が大学卒業後もオーストラリア国内に残って就職し,オーストラリア国内の労働市場に深く食い込んでいる実態(本特集号の石井論文)を明らかにする上で有効である。オーストラリア統計局の提供するテーブルビルダーは,詳細な国勢調査のデータすべてが詰まった一種のビッグデータである。このデータの宝の山を活かすのは,利用者側の学術的な探究心にほかならない。
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