アフリカ研究
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2007 巻 , 70 号
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  • 松浦 直毅
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 1-13
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
    中部アフリカ熱帯林に暮らす「ピグミー」と同じ地域に暮らす農耕民は, 相互依存的な共生関係を築いているが, 多くの先行研究によって, 両者の関係は不平等なものでもあることが報告されてきた。近年では, ピグミーの定住化, 農耕化が進んでおり, ピグミーと農耕民の経済的な格差は小さくなってきているが, ピグミーの社会的地位は依然として低いままである。一方, ガボン共和国の南部に暮らすバボンゴ・ピグミーは, 同じ地域に暮らすバンツー系農耕民マサンゴとの関係が, 他のピグミーと比べて対等に近い。定住化, 農耕化によってマサンゴとの経済的な格差が小さくなっているだけでなく, マサンゴとの社会的な格差が小さいという点でバボンゴは, ピグミーの中でも特徴的な集団である。
    本稿では, 重要な社会的行事としてバボンゴとマサンゴの間で共有されている男性の成人儀礼ムイリに注目し, 両者の社会的地位の対等性が儀礼にも表れていることを明らかにする。儀礼における対等性を示すものとして, (1) バボンゴとマサンゴの儀礼の参加者数が均等で偏りがないこと, (2) 儀礼における重要な役割をバボンゴとマサンゴが対等に担っていること, (3) バボンゴとマサンゴの双方が儀礼に関する規範を遵守しており, 両者の間で規範が共有されていることを指摘する。
  • 目黒 紀夫
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 15-25
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
    2005年9月29日, ケニアではアンボセリ国立公園の国立保護区への「格下げ」が大統領により決定された。この決定は当初, 2ヵ月後に迫った国民投票の票集めとして批判を集めたが, 貴重な野生生物の保全を県議会が担うことに反対するNGOの参入に伴い論点は野生生物保全へと移行, 裁判にまで発展した。この過程で,「格下げ」が国民投票の票狙いの政治工作であること, 法的手続きが違法であることは早い段階からほぼ明白だった。一方,「格下げ」に伴う県議会による保護区管理の是非をめぐっては, NGOを中心とする反対派も県議会などの賛成派も強硬だった。「格下げ」は公園保護区の管理主体や観光収入に大変化をもたらすので賛成・反対両派の間で議論となったが, 法廷闘争の開始で裁判所以外での議論が停滞し, 生産的な対話はなされなかった。今回の騒動から浮かび上がりつつも, NGOと県議会の激しい対立の影響で議論されなかった論点としては, 保全に伴う便益を受け取るべき「地域住民」と「被害者」のズレの問題, 公園・保護区管理の担い手を決める際の「正統性の付与」から地域住民が除外されてきた問題, がある。そうした論点を考えるには, 欧米の先行研究だけでなく日本の環境社会学などを参照することも必要と思われる。
  • 杉村 和彦
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 27-34
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
  • ハイデン ゴラン, 鶴田 格, 黒田 真
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 35-50
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
    本論文の目的は, アフリカ・モラル・エコノミー研究プロジェクト (2003-2006年) で得られた成果を, 比較の観点から検討することである。そこでは, アフリカの事例を, アジアやヨーロッパに関する事例や論考と比較しながら論じることによって, モラル・エコノミー的な現象は普遍的なものだが, 歴史的な時間・空間に応じて異なる様式をもって現れてくることが示される。本論文ではまずモラル・エコノミーの概念と (アフリカ的文脈における) 情の経済の概念の共通点と差異について理論的な考察を行った後に, 実際の事例に基づいて, こうした経済形態のインフォーマルな性質に注目して分析を進める。最後に, 本プロジェクトの成果を踏まえて, こうした研究を今後進めていく上で有用と思われるいくつかの仮説を提示する。
  • 鶴 田格
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 51-62
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
    本論文の目的は, アフリカと東南アジアというふたつの地域の農民経済をめぐる議論を比較することをとおして, アフリカ農民の経済の特質を検討することである。ここでとりあげるのは, アフリカ的文脈で構想されたG. ハイデンの情の経済論と, 東南アジア農村社会を舞台に議論されたJ. スコットのモラル・エコノミー論である。どちらの概念も既存の政治経済学からはみおとされがちな共同体的なネットワークや価値に焦点をあてており, その背後にある家族の再生産の物質的基盤 (サブシステンス) の重要性に注目している, という共通点がある。他方で, 両者のあいだには, それぞれの概念の内容が検討された事例地の歴史的・文化的なちがいにもとづく, 微妙な差異があった。その差異は基本的に, アフリカ農民の道徳的規範はサブシステンスの問題と密接にむすびついているのに対し, 東南アジア農村ではこの両者が分離してひさしい, というちがいに由来しているとかんがえられる。情の経済とモラル・エコノミーが示唆する共通の方向性に注目しながら, 同時にそれぞれの概念がもつ文化的な固有性を考慮することは, 地域固有の文化と自立的な経済にもとづいたオルタナティブな社会開発のあり方 (内発的発展) をかんがえるための有力な手がかりとなるだろう。
  • 松村 圭一郎
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 63-76
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
    本稿は, アフリカの農村社会が直面する現代的状況をふまえ, 本質主義的なモラル・エコノミー概念を超えて, 複雑化する農民の経済行動を理解するための動態的視点を提起することを目的とする。とくに, 非市場経済の領域で論じられることの多かったモラル・エコノミー的な経済行動が, 商品作物栽培が拡大してきた農村社会のなかで, どのような位置を占めているのかに焦点をあてる。それによって, モラル・エコノミーか, マーケット・エコノミーか, という二者択一的な図式を相対化し, より動態的なモラル・エコノミー論の可能性を示す。エチオピアの農村社会の事例からは, 人びとが「モノ」・「人」・「場」とそれらの関係で構成されるコンテクストに応じて, 作物などの富の売却や分配を行っていることがわかってきた。人びとは「商品作物」と「自給作物」という属性に応じて経済行動を選択しているわけではなく, むしろ相互行為のなかで, それぞれの作物やそれをめぐる社会関係を「分配すべき富/関係」と「独占される富/関係」として位置づけあっている。市場経済が浸透した農村社会において, モラル・エコノミーは強力な原則として社会を覆っているわけでも, まったく別のものに置き換わってしまったわけでもない。それは, 市場での商品交換とは明確に区別されるひとつの行為形式として存在し, 人びとの相互行為のなかで顕在化したり, 交渉されたりしているのである。
  • 嶋田 義仁
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 77-89
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
    モラル・エコノミーと情の経済学は基本的に低開発論であり, その特徴は低開発を当該社会が充分経済合理性を成熟させず, 非経済的な諸価値に支配されていることに起因させる点にある。非経済的価値の重要性を評価しようとしている点で新しさがあるが, 当該社会がどのような価値に重きを置くかという内的要因の観点から (経済合理性も一つの価値), その経済を論じようとしている点で, 基本的に心理主義的であり倫理的である。したがって, 経済発展の方策は新たな価値観の注入という倫理的心理的教育的な手段しかない。低開発を非経済的価値で説明しようというのはそもそもトートロジーであり, 経済発展も低開発も実に多様な様相をとることが説明できない。小論では, これに対して, 経済的発展も停滞も, 歴史自然環境という外的要因によって説明しうるとする。外的要因数は内的要因数よりもはるかに多数であり, これはそれだけの多様な経済発展と低開発があることにもなる。小論では, こうした分析の一例として, アフリカと東南アジアの比較を試みた。アフリカだけでも4種類の歴史自然環境があることになるが (表), この数は分析のレヴェルにおうじてもっと増やせるし, 東南アジアもさらに細かくわけられる。
  • 池谷 和信
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 91-101
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
    アフリカ南部のカラハリ砂漠に暮らす狩猟採集民サンの社会は, 平等主義社会の典型であるといわれる。本稿では, 危機に対する戦略としてのモラル・エコノミーという枠組みから, 市場とのつながりをもちつつも, 生存維持的志向を持つサンの経済行動の特質を把握する。具体的には, サンの分配の地域性を把握すると同時に, ボツワナ中部のガナに焦点を当てることで, 彼らのなかでの分配の実践や貯蔵方法を生業別に報告する。その結果, 獲物や収穫物の所有者は, 生業ごとにあらかじめ緩やかなルールによって決められていること, 狩猟採集のみならず農耕牧畜においても「持つ者」から「持たざる者」への分配システムが働いていること, とりわけ農耕では収穫時期の畑の近くにキャンプが移動してきたあとに収穫物が分配されていたことが明らかになった。また, 彼らは, 自給用に加えて, 交易用の肉を獲得するための商業狩猟をおこない, 肉の平等分配という原理を維持しながら, 食糧用と交易用の肉とに区別していた。さらに, 本稿の事例とアフリカ (焼畑) 農民の生業とを比較するなかで, ヤギ飼養の重要性が両者のあいだで共通していた。
  • 杉山 祐子
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 103-118
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
    モラル・エコノミーという概念は,「生計維持的」または「自給的」生産と表現されるような, 生産の側面での特徴をもとに語られることが多かった。一方、生態人類学では, アフリカ農耕民の生計の特徴を消費の側面に見いだし生産の不均衡をならす「平準化機構」に注目してきた (掛谷, 1974)。これをふまえて杉村 (1994) は「消費の共同体」論を展開したが、本稿ではその一事例として, ザンビア北部に住み焼畑農耕を営むベンバの社会をとらえる。ベンバでは1930年代から出稼ぎ労働が常態化し, 現金経済が浸透した。その一方でチテメネ・システムに軸足をおいた生計を営み, 国家の経済との間にある種のバッファを介在させながら, 国家の経済とは別の論理でくらしを立ててきた。生計の基本には「必要に応じて調達する」という姿勢があり, 分かち合いに根ざした平準化機構に支えられている。世帯の垣根を越えた労働力の利用と柔軟な離合集散は, 特定の世帯への富の蓄積を抑制するだけではなく, 1990年代初頭には, 世帯構成の差異に関わりなく, 新しい作物や農法が村全体に普及することを可能にした。本稿はこのような分析を通じて, 世帯や村を越えた柔軟な離合集散が, アフリカ・モラル・エコノミーの中心的な特徴をなすことを指摘する。
  • 杉村 和彦
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 119-131
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
    本稿は, アフリカ・モラル・エコノミーの特質とその動態のありようをザイール (現コンゴ民主共和国)・クム社会の共食慣行を中心に, 消費の世界から再検討している。本稿で検討するクム人の生活では, 現金とかかわる消費生活は, 日常的な消費物資から婚資や医療費にいたる様々なレベルにおいて, 多層なかたちでモラル・エコノミーが発現し, その過程において, 現金という他の財と比較してなかなか分配されにくい富が, いわば自発的に村の中で平準化され, また共有化される大きな契機となっている。
    また, 現金経済が流入する中での「扶養」を介した「分ける」人としての富者像は, クムの中で, 社会的富としての山羊を保有し, 複数の妻を持って子供や親族に恵まれている富者像とつながるモラリティを有している。このようなクムの富者は, 共食慣行を軸にその背後の生活過程を支える消費の共同体を前提とし, その中で示される「物的生産」次元ではない, 人間の再生産を軸とする「社会的富」にかかわる富者像というものである。
    このように,「共食」に生きるクムの農民の世界には, リネージの拡大を目指し,「生産」の意味を「人間の再生産」の中に置こうとする価値の次元が存在するが, そこには同時に, 日常的に消費の世界を介して,「分け合って」暮らすことによって再生産する農民の世界が浮かび上がってくる。そして同時に, この「食」をめぐる「共同の場」は, 生活集団を再生産させ, まさに親族構造を生み出す中核としても機能している。
    このようなクムの共食の世界は, 経済学批判として展開した, 分配をめぐるポラニー派の経済人類学と「生産」の意味を反転させようとしたマルクス主義経済人類学という, これまで引き裂かれてきた二つの視角を接合することを要請し, そこにアフリカ小農のモラル・エコノミーのかたちとその原像を浮かび上がらせる。
  • 阪本 公美子
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 133-141
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
    本論文は, 赤道アフリカにおけるモラル・エコノミーの志向する価値と組織の特徴に焦点を当て, その内発的発展のための課題と可能性について検討する。アフリカ・モラル・エコノミーの第一の特徴としては, 人間形成のための生命再生産が重視されている点である。第二の特徴としては, インフォーマルな組織が人びとの生活にとって不可欠であることが挙げられる。これらの特徴を内発的発展論と比較すると, 人間が生きるために必要な基本的必要の充足を志向し, 住民・市民といった組織や主体の役割への注目といった視点は, アフリカ・モラル・エコノミーと微妙なニュアンスの違いがあるものの, 呼応する側面も多い。しかし生命再生産が重視されているにもかかわらず, 必ずしも人びとの生命が保障されていない赤道アフリカにおいて, モラル・エコノミーに基づく内発的発展の課題は大きい。このような課題に対して, 倫理的観点から地球的なモラル・エコノミーの形成に対する期待も高まっている。そしてアフリカ・モラル・エコノミーを生かしながら内発的発展を実現することは, 生産を一義的に捉えてきたいわゆる先進社会に対し, オルターナティブを提示するという意味で地球的な意義があると考える。
  • 曽我 亨
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 143-145
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
  • 縄田 浩志
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 145-148
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
  • 高田 明
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 148-150
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
  • 小田 英郎
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 150-152
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
  • 梶 茂樹
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 152-154
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
  • 浅沼 修一
    2007 年 2007 巻 70 号 p. 154-156
    発行日: 2007/03/31
    公開日: 2010/04/30
    ジャーナル フリー
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