遺伝学雑誌
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3 巻, 4 号
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  • 梅谷 與七郎
    1926 年 3 巻 4 号 p. 155-182
    発行日: 1926年
    公開日: 2007/11/30
    ジャーナル フリー
    A. 卵巣移植實驗並に血液移注實驗と關係ありと認むべき化性の變化に就き著者の觀察實驗の結果を列記すれば次の如し。
    1. 一般に一化性種として取扱はれつゝある品種を低温 (59°F) にて催青すれば、何れも多少の二化蠶を産出す、而して其の二化歩合は品種に依りて著しき相異あり、即歐洲種は其の歩合最も尠く、日本種是に次ぎ支那種に至りては其の歩合最も多きを認む。
    2. 一般に日本種二化性は、低温にて催青すれば二化し、高温催青(77°F 以上) すれば一化するも、支那二化性種に至りては、低温にては前者と同樣なるも高温にては完全に一化せず多少二化するものを生ず。
    3. 以上の事實より考ふれば、今日一化性種又は二化性種として取扱はるゝ各品種は同一なる事情の下にても化性に關し必すしも同一の結果を示さざることを知る。
    4. 稚蠶飼育中の高温及低温は、催青申に於けると同樣なる傾向を認め得らるゝも、上簇中の高温及低温は、前者の場合と全く正反對の傾向を示す。
    5. 一化性種と二化性種との交雜に於て、其の F1 卵を低温催青 (59°F)すれば、F2 卵の化性は其の交雜に於ける雄蛾の化性に支配さるゝ傾向顯著なり、然れども其の傾向の強弱は品種により著しき變異ありて、時としては正反對の傾向を示すことあり。
    6. 一蛾の産卵は其の全部が同一化性を示すことを以て通例とせるも、其の例外として屡々一化卵と二化卵との混合産卵をなす蛾の發生することあり、而して其の産卵の有樣は不規則にして、一化卵及二化卵が點在する場合あり、又集團をなす場合等あり、而して其の混在する割合は常に不定なり。
    B. 卵巣移植實驗及血液移注實驗の結果知り得たる事實次の如し。
    7. 一化蠶に二化蠶の卵巣を移植すれば、其の移植卵巣内の二化となるべき卵は、宿主の化性に支配されて例外なく全部一化卵となる、而して二化蠶に一化蠶の卵巣を移植せし其の逆の場合も、同樣に宿主の化性に支配されて全部二化卵となる。
    8. 一化蛹に二化蛹の血液を移注する場合も、亦其の逆の場合も、同樣に化性に關して殆ど影響を表はさず、是蛹體に於ける卵が既に充分發育し、其の化性も固定せられて、最早變化の餘地なきに至れるものなるべし。之が反證として血液移注せる若蛹の一部に於て、最終産卵の數粒が血液の影響を受けて宿主の化性を表はせる事實あり。
    C. 卵巣移植及血液移注實驗の結果より考へ化性に關する種々の事項を説明すること次の如し。
    9. 化性决定は胚子又は稚蠶時代に於ける外圍の事情が、直接其の原卵細胞に及ぼせる爲に非ずして、外圍の事情が先づ胚子又は稚蠶の體細胞に作用して、是に或特殊の性質を賦與し、而して其の體質がIV-V 齡以後の卵細胞増大期に、間接に卵に作用して其の化性を决定するものなるべし、是卵巣移植の實驗結果に依りて推定し得らる、而して體細胞が化性を直接變化せしむるは、或物質又は特殊作用 (或は Enzyme の如きものならむか) に因るなるべし。
    10. 上簇中の外圍の事情は直接蛹體内の卵に作用し、高温にては人爲的孵化促進、低温にては孵化を抑制さす作用を起し、催青中及稚蠶飼育中に於ける場合と正反對の結果を示すに至れるものなり。
    11. 化性が單に一化卵又は二化卵となることは必ずしも遺傳的に非ず、而して遺傳的なる體質の間接の影響を受くるに非ずして直接の外圍の事情に依つて卵細胞の化性が變化する場合あれば、一化卵又は二化卵の結果より見て、其の體質を推定することは一般の場合は不合理なるべし。
    12. 化性が品種に依りて複雜なる結果を示すは、體細胞が外圍の事情に感應して特殊作用を起す強弱性の差異に基くものなり、從而化性に關する品種的變異の實質は、通常識別せらるゝ各種化性より一層複雜にして、恐らく互に相連續せる數多の遺傳的階級を構成するものと推定すべし。
    13. 一化卵及二化卵の混合卵を産む蛾の發生するは、其の個體が一化又は二化する傾向明確ならざる場合に、體細胞より間接の影響を受けて發生するものなり、然れども時としては上簇後卵細胞が直接外圍の影響を受けて發生する場合もあり得るなり。
    14. 化性は外山博士が唱へしが如き、眞の母親遺傳をなすものとして取扱ふは聊か穏當を缺くべし、是を卵巣移植の實驗より推定すれば、結果に於て卵黄色の遺傳現象と類似す、故に化性は「見かけの母親遺傳」をなす程度のものとして取扱ふを妥當なりとす。
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