牧野博士は三崎, 葉山附近に見られるヤクシワダンはワダンとヤクシサウとの中間形質を示すこと及びその生育する場所にこの兩種が見られることから之等の兩種の雜種であらうと述べてゐる(1917)。著者等は1932年の秋實際にワダンとヤクシサウとの交雜を行ひ, ヤクシワダンと全く等しいといへる雜種を生ずることを確めた。ワダンを母としても, ヤクシサウを母としても, 同樣の雜種を得るが,發育の初めにはやゝその母親に似た形態を示した。此事は此時期に於ては細胞質の影響の方が著しいことを示すものであらう。而してワダンを母とした方では不規則に發育した葉が見られ, 雜種強勢を示した。この不規則は生長するにつれて消失したが, 唯一株 (ClPd 4) だけは不規則な生長をつゞけた。この植物については後に報告することにする。雜種植物の體細胞染色體數は兩親の單數染色體數の和であつた。
この雜種は1934年の秋に花を開いた。花も亦ヤクシワダンと全く同一であつた。減數分裂は極めて正常で, ワダンを母とした方では多數のキアズマが見られ, ヤクシサウを母とした方ではキアズマ數は少かつた。之はキアズマ數はワダンに多く, ヤクシサウに少いことや, 細胞質等の影響とを合せ考へれば興味ある事實である。
對合の方法がアロシンデシスであるかアウトシンデシスであるかといふことは體細胞染色體の形態及びヘテロモルフィツク二價染色體が3個以上も見られた事等から考へると, アロシンデシスであると考へる方が自然である。
とにかく減數分裂が正常で二價染色體のみが見られるといふことは屬間雜種としては珍しいことである。之等の2組の染色體は異るゲンを有し,異る形態を有するにもかゝはらず, 各組の一個宛が對合し得るのであつて, この例は染色體の對合といふものは必ずしも染色體の相同性と關聯するものではないといふことを支持してゐるやうである。
尚比較のためにヤクシワダンの減數分裂を調べたが, 之でも正常の分裂が見られた。キアズマの行動と頻度とはヤクシサウ♀×ワダン〓に似てゐる。ヤクシサウは自家不實性であるので自分自身の花粉よりもワダンの花粉の方がよりよく働くから, 自然界にある大部分のヤクシワダンは恐らくヤクシサウを母として生れたものであらう。
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