本研究では,安定性が乏しいリポソーム薬剤を常温で流通させるために,薬効成分を包埋する直径200-300nm のリン脂質ベシクルであるリポソーム(LUV)の常温乾燥耐性について実験的に調べた.乾燥保護物質である二糖類- トレハロースとポリアミノ酸- ポリリジンをLUV 内外に添加した薄液膜を真空乾燥- 再水和し,乾燥前と再水和後のLUV の粒子径数分布を測定した.その結果,ポリリジンを内包したLUV を乾燥- 再水和するとLUV の粒子径数分布が良好に保存されることがわかり,ポリリジンによりLUV に耐乾燥性が付与されていることが示唆された.
がん抑制タンパク質p53 は細胞ストレスに応じて活性化され下流遺伝子の転写を促しがんを抑制する役割を有する.MDM2 は通常p53 に結合し不要な細胞死を防いでいるが,がん細胞においては過剰発現しp53 の働きを妨げることがある.そこでp53 とMDM2 の結合を阻害しp53 を活性化することでがんを抑制する薬剤の研究開発が行われている.本研究ではMDM2 に結合する部位のp53 由来ペプチドを変異させた阻害剤に着目し,正準分子軌道計算によりMDM2 との複合体の電子構造を解析した.その結果,複合体形成に伴う電荷の再配置や,変異ペプチドでは主にクーロン相互作用エネルギーで損得が生じていることを発見した.
アルケンのヒドロシリル化反応は,各種シリコーン製品の合成において重要な反応である.本反応における従来法では白金化合物が触媒として用いられてきたが,近年,白金を用いない触媒の開発が望まれている.本研究では,コバルトおよび鉄上にキレート型ケイ素配位子を導入した一連の錯体を合成し,特にコバルト錯体がアルケンのヒドロシリル化反応に対し良好な触媒活性・選択性を示す触媒として機能することを見出した.
地球規模のサステナビリティの実現に向けて,様々な側面で複雑に連鎖しあう環境と経済社会を,その連鎖も含めて計算機上で再現,評価する必要性が高まっている.本研究では経済活動に伴う土地利用形態の変化と水循環への影響に着目し,統合陸域シミュレータILS と統合評価モデルGCAM を結合し,水ストレスの動態を観察した.その結果,ILS およびGCAM を独立に実行した場合には予測できなかった時間的,空間的解像度で,水資源利用の観点から大きな環境負荷が発生しうる時期や場所を示唆できる可能性を提示できた.
現実世界とデジタル世界の同期が求められる動的な環境において,エージェントの経路探索にはゲームエンジンが有用と考えられ,ナビゲーションメッシュの仕組みがその特徴の一つである.建築および地理分野では,IFC やIndoorGML をはじめとする空間トポロジー情報を含んだ静的な記述仕様の実装が進んでいるが,経路探索には十分に活用されていない.本研究では,ゲームエンジンのナビゲーションシステムを使用しつつ,既存の建築領域の空間記述と併用することで,実空間における経路探索を効率化する可能性を検証する.また,その手法がスケール横断的な探索や意思決定にも活用できること,および人間の直感的な空間把握に合致するノード間関係グラフのクラスタリングにも利用できることを示す.
建築プロジェクトの設計上流工程の品質向上のためには,優良事例の暗黙的な検討プロセスを再現することが有用である.しかし,図面成果物には,出来形が果たす機能・性能や,その検討プロセスといった重要な情報は明示されていないため,プロセスの再現は困難である.そこで本稿では,天井放射冷暖房システムの設計事例の設計検討事項を元に,機能関係の変遷をセマンティックデータモデルとして情報化する試行を通して,検討プロセスを明示化する方法論を検討した.そして,設計事例参照システムを試作し,その効果を考察した.