2019 年7 月より東大EMP 修了生有志に生産技術研究所が協力する形で「文化×工学研究会」を実施してきた.この場での議論が生研でも文化と工学を考えるうえでの好機となり,積極的な活動への機運が高まり2020 年4 月に当グループの発足に至った.今回の特集にあたり,冒頭にグループの概要と展望について主に以下の三点,すなわち1)「文化」を軸とした領域横断的展開の実践2)実務家の参加の促進 3)「文理融合」の常態化と独自プロジェクトの展開,を軸に紹介する.
Engineering は,価値中立であるべき「自然科学の適用」と,価値観が反映する「有用性のある何かの創造」という異質な二つの行為から構成されると考えられる.現代文明は,拠って立つ規範も不明確で,その問題構造も不明確な問題(wicked/ill structured problem)に数多く直面している.この問題に適切に対処しないと,係争や不信感を生み,技術の発展や普及を制約してしまうおそれがある.本稿は,設計案の作成とその評価を繰り返して,暗黙の規範をあぶりだしつつ,当事者に受け入れられる設計解を探索していくデザイン思考がEngineering に定着していくよう,その学理の確立に努めるべき必要を説く.
文化×工学研究グループは,複合的・総合的な諸問題を俯瞰する機会を東京大学生産技術研究所に提供する.これにより,将来の100 億 総中間層・高齢化の時代に資する科学技術を開拓していくことが可能になると期待される.
ライフスタイルは社会的な広がりをもった文化のひとつである.PENTA:3D プリント技術を用いたセルフビルト実験住宅のプロジェクトを通じて,都市化に伴うライフスタイルの不自由の解消について考察する.PENTA は,安価で住み手が自ら容易に組み立てができ,生活にあった好みの形態にすることが可能で,都市化によって失われたセルフビルトと遊牧民的移動式住居の文化に回帰するコンセプトを現代的な選択肢として提案している.
従来,建築分野で語られてきた「美」と比較し,「かっこいい」という言葉には,既存の体系に対する異議申してとしての意味が含まれている.「かっこいい」をめぐる建築理論として,形の定量化と感覚の定量化をあげ,その後者から新しい建築理論の構築を目指す.さらに「かっこいい」の定量化の目的として,1)デザインの価値の創造的発見,2)万人がデザインについて語れる共通言語,3) 建築理論なき時代の理論,という3 つの可能性を指摘した.
工学の世界で,英語に翻訳できない日本語が存在し,日本語がそのまま英語でも使われているいくつかの例について紹介し,そのことから,言葉と文化,工業製品,工学,最後は理学の関係について,考察した.ただし,本稿は学問的あるいは文献的な裏付けが取れているものではなく,あくまで仮説の提示にとどまっている.今後の議論のきっかけとなることを狙いとした考察である.
社会システムの数理モデリングでは,背後に潜む人間の価値観を考慮することが有用である.数理最適化手法を例に挙げながら両者の密接な関係について考察してみると,社会の価値観はむしろルールへ反映されることなど,「人文学的に自然な知見は工学的にも自然である」ことが判明する.数学的な正しさのみならず,人間社会の本質を捉えた社会システム分析へと昇華させるために,新しい文理融合の可能性を探求することが重要と考える.
Wellbeing のための科学技術の開発が叫ばれ始めた近年,工学研究は従来の技術追求型から,人間中心型へとシフトチェンジをする必要に迫られている.しかしWellbeing を理解せずにその改革を起こすことは困難である.本論説では,医療領域からの知見に基づいたwellbeing 理解,そしてwellbeing 獲得のために医学領域が発展させた医療モデル改革―生物心理社会モデルーと医学教育における医療人文学の取入れの2 面から学び,wellbeing を目指した工学研究のこれからの在り方を検討する.
本稿では歴史研究で博士号を取得し,実務経験を経た後,生産技術研究所に着任した筆者の経験に基づいて,有効な「文理融合」の実践の在り方を論じたい.最初に現状の「文理融合」の課題すなわち「プロデューサーの不在」,「日常性の欠如」,「重点展開領域の不在」を指摘する.続いて分野横断型プログラムの成功例でもある東大EMP 修了の経験から,その成功要因についても検討する.そのうえで発足した「文化×工学研究会」について紹介する.
温度応答性高分子PNIPAM を利用した保水性舗装の適用に向けた基礎的検討を実施した.PNIPAM を混合したコンクリートは雨水を効果的に保持し,これにより晴天時には水の蒸発に伴う気化熱で周囲の温度低下が期待される.これを「打ち水効果」と定義した.作製したセメントペースト供試体に対して,MRI による水分イメージング,日光照射実験を実施した結果,PNIPAM を混合したセメントペーストの保水効果,打ち水効果が確認された.圧縮強度と凍結融解抵抗性を測定した結果,いずれもPNIPAM の混合により低下した.一方で,PNIPAM の量と寸法を調整することで,打ち水効果を有しつつ,実用化に必要な強度や耐久性を満足できることを示す結果が得られた.