予防接種は、感染症予防のために最も特異的かつ有効な方法である。日本の予防接種は予防接種法に基づいて実施される臨時接種、新臨時接種、定期接種に加えて、予防接種法に基づかない任意接種がある。新型コロナワクチンは2021年8月現在、臨時接種として実施されている。ワクチンの種類には、生ワクチン、不活化ワクチンがあるが、国内で接種が行われている新型コロナワクチンはこれらのいずれにも該当しないmRNAワクチン2種類とウイルスベクターワクチン1種類である。ワクチンの効果は、接種後の抗体価上昇や、当該感染症の発生動向で判断されることが多い。発生動向は、感染症法に基づく感染症発生動向調査でサーベイランスが実施されている。新型コロナワクチンの接種は2021年2月14日の国内製造販売承認をうけて、2月17日から始まった。今後は接種率の上昇に伴った発生動向の変化が注目される。
COVID-19 mRNAワクチンの発症予防効果は、わが国でも95%と高いことが報告された。海外では発症予防だけでなく、感染予防効果も85~92%と報告されている。ウイルスベクターワクチンも、海外で70%程度の有効率が報告され有用である。しかしいずれのワクチンも数か月で抗体価が減衰し、免疫回避力を持つデルタ株の蔓延とともに、ワクチンの有効性低下が懸念される。今後高齢者やハイリスク者を対象に、3回目のブースター接種の検討が必要である。mRNAワクチン接種後は接種部位の疼痛や発熱が比較的多く、わが国ではとくにモデルナのワクチン2回接種後の37.5℃発熱の頻度が78%と高い。しかし、重篤な健康被害はまれであり、アナフィラキシーや心筋炎も100万接種当たり数例程度である。ワクチンの利益は副反応のリスクに比べてはるかに大きく、今後接種率上昇が望まれるが、12歳未満での接種については慎重な議論が必要である。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界中に広がり、2年近く経つ今でも未だ収束の気配がみられず、2021年8月現在は第5波が日本国内全土を席巻している。その最大の防御は個々の体内に免疫をつけることであり、具体的にはワクチン接種を進め、ワクチン接種率を大幅に高めることである。新型コロナウイルスワクチンは新規メカニズムのワクチンであり、これまで他のワクチンに見られなかった特徴を持つ。本稿では、これまでに報告された新型コロナウイルスワクチンの副反応を整理し、一人でも多くの方にワクチンを安全に安心して接種いただくための情報を整理した。
近年、医療分野において、「モダリティ」という言葉が広く使われるようになっており、健康・医療戦略(第二期)においても、「モダリティ」がひとつのキーワードとして用いられている。モダリティとは「医薬品を構成成分、製造法、分子量、作用機序などの観点から分類した種別」を指し、治療薬の分野においては、低分子医薬、抗体医薬に続き、核酸医薬、遺伝子治療用製品などの新たなモダリティが医療現場で用いられるようになっている。一方、ワクチンの領域においても、新型コロナウイルスワクチンの開発を契機に、ウイルスベクターワクチンやmRNAワクチンなどの新しいモダリティが注目を集め、その有用性が実証されつつある。本稿では、治療薬ならびに予防薬(ワクチン)として用いられているモダリティを紹介しながら、新しい仕組みで働く医薬品が実用化されつつある現状をお伝えしたい。
人工的に合成したメッセンジャーRNA(mRNA)をクスリとして体内に投与し、治療薬やワクチンとして用いるmRNA医薬・ワクチンが注目されている。核酸配列を変えるだけでどのようなタンパク質でも産生させることが可能で、ゲノム挿入変異リスクが無いなど、多くの疾患に対する治療薬・ワクチンとしての開発が期待される新規医薬品モダリティである。新型コロナウイルスに対して迅速なワクチン開発が行われたが、そこにはmRNA作成技術、mRNAの免疫原性を制御する技術、体内の目的とする組織・細胞にmRNAを安全に送り届ける送達システム(ドラッグデリバリーシステム:DDS)など多くの技術の寄与がある。本稿ではmRNA医薬・ワクチンの開発経緯、用いられる技術、適応や今後の課題について概説する。
抗体は、ウイルスに対する免疫応答において主要な役割を果たす物質の一つであり、標的となるウイルス抗原に結合することで感染を阻害する。人工的に免疫応答を惹起するワクチン接種によっても抗体が誘導され、その後にウイルスが侵入してきた際に生体を守る。抗体検査は、感染履歴に関する調査やワクチンの有効性評価等における役割が期待されている一方、免疫応答により誘導される抗体には多様性があり経時的にも変化していくことから、検査結果の解釈には注意が必要である。本稿では、抗体に関する基礎的な事項、抗体検査の分類と特徴、抗体検査に関して留意すべき事項について概説し、国立医薬品食品衛生研究所が実施した抗体検査キットの一斉性能評価試験の結果も踏まえて、抗体検査に関する今後の課題について考察する。なお、新型コロナウイルス抗体検査は、現時点では研究目的で行われているものであり、何等かの診断に用いられるものではない点にご留意いただきたい。
新型コロナウイルスワクチンは世界で接種が進んでいるが、その需要は完全には満たされておらず、今後も新たなワクチンの開発が期待されるところである。日本では3種類のワクチンが使用されているが、これらはいずれもプラセボ対照臨床試験で高い有効性が示され承認されたものであるが、変異株の流行と公的ワクチン接種プログラム等により、新たなワクチンの開発環境は従前と変わり、前述のプラセボ対照臨床試験の実施は困難になりつつある。そのため国際的には、プラセボ対照臨床試験でワクチンの発症予防効果を確認することが困難な場合、新たなワクチンと既承認ワクチンとの間で免疫原性を比較し、有効性の評価をする方法についてコンセンサスが得られている。今後の新型コロナウイルスワクチンの開発・評価にあたっては、ワクチンをすでに接種した者への追加接種の有効性など、新たに生じる課題に対応していく必要がある。
2021年2月17日からファイザー社のmRNAワクチンの接種が始まった。欧米では既に2020年12月からファイザー、モデルナ社のmRNAワクチンだけでなくアストラゼネカ社のウイルスベクターワクチンも承認され接種が始まっている。一方、国産ワクチンはDNA、mRNA、精製蛋白、全粒子不活化ワクチンが開発されPhase I/II試験が終了してPhase IIIの検討にはいっている。先行し認可されている主なワクチンはいずれも従来のタンパク製剤や不活化ワクチンと異なる遺伝子情報に基づくワクチンである。欧米では病原体発見から1年ほどで開発認可されたが、我が国の開発が立ち遅れた要因について考察する。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界を席巻し、多くの感染者・死者を生んだ。この終息に向けて国際社会は「新型コロナ感染症に関連する手段へのアクセスを加速化する枠組み」(ACT-A)を創設し、検査・治療薬・ワクチンの開発・生産を促進し、その配布や普及に努めてきた。通常10年以上かかるワクチン開発が1年以内に成功した一方で、その確保・普及には富裕国と貧困国で大きな格差が生まれた。
ACT-Aのワクチン部門である「新型コロナウイルス感染症ワクチンの国際的なアクセス」(COVAX)は高・中所得国から資金を調達し、ワクチンを低・中所得国に分配する仕組みを作り、格差是正に向けた努力が現在進行中である。
今回、新技術によるワクチンの迅速な開発以外にも、デジタル技術などを駆使したデータ収集や可視化、感染者追跡、接触者調査などのイノベーションが見られた。これらの好機も活用しながら、将来のパンデミックの対策に向けて戦略的な国際連携が求められる。
日本薬学会は日本学術会議と連携してこれまで様々なテーマで公開シンポジウムを共同主催し、科学的な観点からの情報発信に努めてきた。現在、新型コロナウイルス感染症COVID-19が世界中で流行しているが、対応策の切り札の一つとして新たに開発されたmRNAワクチンの接種が進められている。COVID-19を終息させるためには日本がコミュニティーとして「集団免疫」を獲得する必要があるが、そのためにはワクチンに対する正しい理解を共有し、一人ひとりがワクチン接種についてきちんと選択できることが重要と考えられる。そこで、日本薬学会と日本学術会議は協働して新型コロナワクチンに関する基本的な科学的情報を国民に分かりやすく、タイムリーに発信し、我が国のワクチン接種を円滑に推進することを目的に2021年4月および7月に公開シンポジウムをWeb開催した。