学術の動向
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27 巻, 12 号
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特集
いま「戦争」を考える ─社会学・社会福祉学の視座から─
  • 石原 俊, 有田 伸
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_9
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー
  • ──「継承」の欲望への問い
    福間 良明
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_10-12_15
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     毎年8月になると、新聞・テレビをはじめとするマス・メディアでは、「記憶の継承」が多く語られる。こうした言説に共通するのは、存命の体験者が少なくなっていることへの焦燥感である。「いまのうちに体験者に聞き取っておかなければならない」という認識は、広く見られるものである。だが、そこで何が継承されようとしているのだろうか。今日語られているものが、さまざまな忘却を経た「上澄み」のようなものであるとするなら、「継承」こそが「忘却」を再生産させてはいないだろうか。さらに言えば、体験や記憶は、そうやすやすと非体験者が受け入れ、共感できるものだったのか。1960年代には、戦中派世代と下の世代の間の深刻な対立が社会問題になっていた。だとすれば、昨今の調和的な「継承」は、かつての「断絶」の存在を後景化しているのではないか。本稿では、こうした「継承」と「忘却」の力学を考えたい。

  • 佐藤 文香
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_16-12_21
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     戦争はジェンダーと深いかかわりをもっている。男性が女子供を「保護する」という家父長制的なジェンダー秩序は、暴力の導火線のように機能することで、戦争に適した状態をつくりあげてきた。この意味で、ジェンダーは、戦争を引き起こす原因としてある。

     一方で、戦争はジェンダー化された暴力を引き起こす。戦時性暴力は長いこと、戦争の副産物とされ不可視化されてきたが、近年では「戦争兵器」と捉える見方が登場するようになった。だが、性暴力は安全保障化され、「保護する責任」の名の下で軍事化されたジェンダー秩序を再編しつつある。この意味で、ジェンダーは戦争の結果でもある。

     戦争とジェンダーの間にこのような循環的な関係があることを思えば、戦争と暴力を考えるためには、そして、戦争と暴力に抗うためには、日常から戦場までのつながりのなかで、ジェンダーの視角から考えることが不可欠なのである。

  • 渡邊 勉
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_22-12_27
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     アジア・太平洋戦争は、日本人を国家総動員体制のもと、等しく戦争に協力することが求められていた。しかし現実には、社会全体を巻き込む災禍や暴力においてでさえ、人々が等しく協力しているわけではないし、負担を負っているわけでもない。そうした不平等の実態を知るための一つの方法として、社会調査データの分析がある。過去の社会調査データを分析することで、アジア・太平洋戦争時の不平等の実態を、ある程度明らかにすることができる。そこで実際に分析してみてわかることは主に二つある。第一に戦争は格差を消失させるわけではないということである。戦前社会は高格差社会であった。戦時中においてもそうした格差は一部維持されていた。第二に戦争はあらたな格差をつくりだすということである。戦時中に負担を強いられた人々は、戦後も苦しい生活を強いられていた。戦争によってもたらされる負担は、戦時中のみならず、戦後も継続しており、それは特定の社会階層に偏っていたのである。

  • 藤井 渉
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_28-12_35
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     本稿で述べていることは、第一に、徴兵制を通して国民がふるい分けられ、そのなかで障害者が「臣民」たり得ない存在として顕在化させられていったこと。第二は、徴兵制の問題は戦時の国策との関連が指摘でき、それが障害者間の差別化にも影響を及ぼしてきたこと。第三は、その問題は戦後も部分的にせよ、持ち越され、今日の障害者福祉制度にも一定の影響を与えてきた歴史である。そして、これらを今日の福祉現場から振り返りながら、研究課題を含む社会福祉の課題を提示した。

  • 上野 千鶴子
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_36-12_40
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     「戦後78年」日本では平和が続いたと言われるが、その時間は同時に体験者が死に絶える時間でもある。体験者の証言を直接聞くことのできた最後の世代にあたる子や孫の世代の研究者や表現者のあいだで、にわかに戦争研究が活況を呈している。日本の戦争研究には対象の設定やアプローチをめぐってさまざまな論点があることがわかる。本稿は以下の4つの論点をめぐって最近の研究動向を概観し、何が戦争研究の課題なのかを明らかにする。

    (1)「あの戦争」か、継続する戦争か?

    (2)近代戦か、ポスト近代戦か?

    (3)体験か、記憶か?

    (4)平時か、非常時か?

  • 野上 元
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_42-12_45
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     戦後社会は、いわゆる「アジア・太平洋戦争」の経験を平和主義の基盤とするため、「戦争体験」や「戦争の記憶」、「戦争観」の研究を進めてきた。ただ敗戦後も人類は、「冷戦」から「新しい戦争」まで、様々な戦争を経験してきた。そしてさらに2022年2月からはウクライナ侵攻が始まり、平和や戦争をめぐる議論の前提が変わったようにみえる。こうしたとき、戦争研究にはどのような役割が期待されているだろうか。ひとつには、アジア・太平洋戦争に関する研究の蓄積を現代にアップデートさせるため、比較と歴史においてそれらを相対化することが求められている。もうひとつには、戦争の記憶や戦争観の研究を、量的・質的な社会意識の研究として継承して行くことが求められている。その際には、これまでの調査とその国際比較において際だった特徴になっている「わからない(DK)」回答の多さについて、繊細かつ慎重な分析が重要となるだろう。

  • 石原 俊
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_46-12_49
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

    (1)ウクライナ侵攻から北東アジアへ

    (2)冷戦の当事者としての日本

    (3)「戦後の終わり」に向き合うために

     北東アジア地域は現在も、世界のなかで際立って、継続する冷戦状況に強く規定されている。だが日本本土は、敗戦の過程から冷戦期にかけて、軍事的な前線や拠点を、沖縄を含む北西太平洋の島々や朝鮮半島・台湾に負担させてきた。本土の人びとの間では、冷戦の当事者意識が希薄なまま、「戦後」意識が形成された。20世紀末に自衛隊海外派遣が始まって約30年経つが、派兵当事者としての意識も日本社会には一向に広がらない。

     台湾海峡や朝鮮半島で次の本格的な戦争が始まったとき、日本の「戦後」も否応なく終わる。帝国日本が敗戦過程で事実上の踏み台にした南洋群島や硫黄島や沖縄諸島のような地上戦が本土で行われた場合、いかなる結果が生じたかについて、そして日本帝国からの「解放」直後に臨戦態勢が始まり、約40年も独裁政権下に置かれた韓国や台湾の状況について、あるいはイラクや南スーダンで自衛隊員が置かれた死と隣り合わせの状況について、本土社会の想像力はあまりに乏しかった。人びとの戦争・軍事に対するリテラシーを高めるには、敗戦過程から現在に至る日本社会の戦争・軍事との関係を、徹底的に直視することが必要だろう。

  • 関 礼子
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_50-12_51
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     ロシアのウクライナ侵攻に対してロシア排斥の動きがみられた。その声を押しとどめようとする戦争の歴史と記憶があった。戦争の歴史と記憶は倫理性をもって“いま”を正そうとする。ここでは、沖縄本土復帰50年となる2022年放映のNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」で描かれた、沖縄での戦没者の遺骨収集とハワイ移民による豚の贈与という二つのエピソードから、戦争の歴史と記憶が“いま”、何を問いかけているのかを考える。

特集
歴史認識と植民地責任
  • 栗田 禎子, 久保 亨
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_53
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー
  • ──「植民地戦争」の視点から見た日本の植民地支配責任
    愼 蒼宇
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_54-12_58
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     本稿は、植民地化過程・支配下における日本軍による朝鮮人に対する軍事暴力の問題を「植民地戦争」の観点から歴史的に検討している。その狙いは、「十五年戦争」の枠組みでしか、連続的に捉えることのなかった日本近代史の「戦争」のなかの「不在」を、朝鮮での軍事行動の視点から問い直すところにある。

     朝鮮では甲午農民戦争以降、日露戦争時の民衆迫害、義兵戦争、三・一独立運動、間島虐殺と、日本による朝鮮民族運動に対する軍事暴力が繰り返されてきた。筆者はそれを「朝鮮植民地戦争」と呼んでいる。朝鮮植民地戦争を通じて、日本の官民は朝鮮人迫害の経験を蓄積していき、郷土新聞における差別扇動などを通じて、朝鮮人=「暴徒」「不逞鮮人」像が日本社会のなかに形成されていった。関東大震災時の朝鮮人虐殺は朝鮮植民地戦争経験の蓄積を経て起こった、無実の朝鮮民衆に対するジェノサイドであった。

  • ──サンフランシスコ講和体制から考える
    内海 愛子
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_59-12_63
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     日本が受諾した「ポツダム宣言」には日本の戦争犯罪を厳しく裁くと明記されていた。東久邇宮稔彦首相は議会で「軍官民、国民全体が徹底的に反省し懺悔しなければならない」と演説、「自主裁判」を行うことも閣議決定、議会は「戦争責任に関する決議」を採択していた。

     だが、戦争犯罪の追及は、連合国による極東国際軍事裁判(通称:東京裁判)と米英蘭豪中など7カ国による軍事裁判(通称BC級戦犯裁判)が実施した。BC級裁判は、捕虜虐待、性暴力など「通例の戦争犯罪」2,244件、5,700人を裁いている。日本人だけでなく朝鮮人、台湾人も「敵に使用された者」として裁かれた。1952年4月28日、サンフランシスコ平和条約で、日本は「日本国民」の刑の執行を引き継いでいる。この中に日本国籍を喪失した朝鮮人、台湾人戦犯も含まれていた。日本の戦争責任、植民地支配はどのように清算され、責任はどうとられたのか、朝鮮人戦犯から考える。

  • ──連帯の可能性と歴史研究者の役割
    井野瀬 久美惠
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_64-12_69
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     1990年代以降、冷戦体制の崩壊やIT技術の進展により、植民地責任を問うローカルな記憶がグローバルに交錯し、謝罪、和解、賠償に影響を与えている。「移行期正義」といった概念が存在感を増すなか、「帝国だった過去」を問う場、問い方も変わりつつある。本論考では、東アジアにおける植民地責任をより広いコンテクストで捉え直すべく、「イギリス帝国の過去」が顕在化したブレア政権(1997-2007)に注目し、具体的な事例を紹介する。植民地的状況で起こったアイルランド大飢饉、奴隷貿易・奴隷制度、先住民の遺骨・遺物の簒奪、脱植民地化過程における暴力──20世紀末から21世紀にかけて想起されたこれらの歴史的不正義は、当時のリアルな文脈を離れ、互いに互いの記憶を刺激しあって論点を変え、若者たちを担い手に加えつつ、共感、連帯をグローバルに広げている。この状況は、「過去と現在の対話」を生業とする歴史研究者の役割や立ち位置をどのように変えていくのだろうか。

  • 川島 真
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_70-12_71
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     東アジアにおける「植民地責任」を考えるに際して、中国・台湾政治外交史の観点に立てばいくつかの留意点がある。それは、まず歴史家の役割、各国内の歴史政策や歴史認識問題のありよう、分断国家や権威主義体制の存在などの東アジアの冷戦の特質と歴史認識問題形成との関係性だ。また、日本の戦後知識人の歴史認識問題への取り組み、とりわけ台湾の忘却といった問題、帝国の学知の継承と忘却の問題もある。そして、和解や移行期正義などの歴史認識問題をめぐる世界的な標準とされるものがこの東アジアでも受容されていることだ。歴史認識問題は不断に継続していくが、歴史学としてもこれまでの歩みを批判的に検討し、歴史学ができうる貢献を構想すべきだと考える。

  • 吉澤 誠一郎
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_72-12_73
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     歴史学は、史料にもとづいて過去について考察しようとする営みである。かりに非常に論争的な歴史認識の対立があったとしても、歴史学の探究を通じて、立場の相違を超えた共通の立脚点を作る余地はある。その過程では発言力の弱い人々、そして過去において理不尽な被害を負わされてきた人々の立場を、歴史研究は格別に留意して扱わなければならない。

     さらに、日本の植民地支配と第二次世界大戦後の各国の政治状況が折り重なって、問題を複雑にしてきたことにも注目すべきである。日本では1945年を区切りとする歴史認識が広く定着している。しかし、日本の植民地支配から解放された後まもなく激しい戦乱や厳しい抑圧を受けることになった人々について十分な関心を向けていく必要がある。

  • 栗田 禎子, 久保 亨
    2022 年 27 巻 12 号 p. 12_74-12_75
    発行日: 2022/12/01
    公開日: 2023/04/28
    ジャーナル フリー

     諸論考の内容を総括し、アジアにおける歴史認識の問題を考える際に「植民地責任」という視角を導入することで開ける新たな展望、取り組みの可能性について論じた。近年世界的な潮流となっている「植民地責任」の視座に立つことにより、①戦争や植民地支配の問題を世界史的文脈に位置づけ直し、その克服の普遍的・人類史的重要性を認識できるようになること、②この問題は長いスパンで粘り強く取り組まねばならないものであること(2001年の国連「ダーバン会議」は人種差別解決のためには奴隷交易・植民地支配の過去全体を検証する必要があると提起)が明らかになることを指摘し、③矛盾の根本的克服のためには、政府間・国家レベルでの真摯な対話、公正な解決に向けての模索が求められると共に、個人の尊厳の回復、人権やジェンダーの観点からのアプローチも不可欠であることを確認した。さらに、植民地責任の追及を阻んできたさまざまな要因(冷戦期の国際政治の構造など)や、問題克服のために今後市民社会が取り組むべき課題についても論じている。

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